ヤンデレたちよ 世界の平和は任せた。俺は逃げる
この世界には、平和を守る守護者たちがいた。
彼女たち――そして彼ら――は圧倒的な力を持ち、世界に害をなす存在を監視し、必要とあらば排除する。
森羅万象のヤンデレは重力も天候も空間も意のままにし、国そのものを「整える」。
魔導のヤンデレは強大な魔法と法則干渉を操り、表向きは希望を与えながら裏を取る。
科学特化は兵器も無効化フィールドも分析もこなし、数値で世界を詰める。
薬学特化は強化薬も改変薬も作り、回復のサポートもする。
監視特化は遠距離撮影から全世界配信まで、すべてを記録する。
潜入特化は変装と先回りで逃げ道を塞ぐ。
慈愛のヤンデレは完全回復で命を救い、同時に「再開ボタン」を押す。
嫉妬のヤンデレは国民的アイドルとして士気を上げ、チームの潤滑油となる。
格闘特化の男は国を守る拳で教導し、熱血に鍛錬を積む。
腰振りスペシャリストの男は制御前なら国滅級の衝撃波を持ち、今日も特訓中であった。
その中でも、特に危険な存在として知られているのが、このヤンデレたちであった。
もっとも、彼女たち(と彼ら)は自分たちを悪だとは思っていない。
世界を守ることも、大切な人を守ることも、すべて愛情の一環であった。
そして彼女たちは、世界の平和を脅かしかねない人物を見逃さなかった。
――そんな彼女たちから逃げ回る男が、一人いた。
その男は、地上最強の戦闘力を持つ男である。
本気を出せば、彼女たちを相手にしても一歩も引かない。世界を揺るがすほどの力を持ち、数々の死線をくぐり抜けてきた。
だが、そんな男にも弱点があった。
それは、ヤンデレたちの愛情である。
世界の平和を守るため、彼女たちが大事件の解決に奔走している間。
男はその隙を突き、逃亡を図った。
世界を脅かす悪党に立ち向かうわけでもない。
人々を救うために戦うわけでもない。
ただ、自分に向けられる愛情から逃げたかったのである。
これは、世界の平和を守る最強のヤンデレたちと、地上最強の戦闘力を持ちながら逃げることしか考えない、男の物語である。
そして今回、彼女たちが世界を救っている間に逃げ出した男が、いったいどうなったのか――その顛末を語ろう。
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ある日、魔導のヤンデレと科学のヤンデレが、面白半分で共同開発した不思議なメガネがあった。
「他人の人生が覗けるなんて、データとして面白そうですわ♡」
科学が目を輝かせる。
「私もこの魔法にハマっていますの♡ 」
魔導がにこやかに同意する。
完成したメガネは実験台の上に置かれていたのだが、ちょうどそのとき、腰振りスペシャリストの男が「制御特訓だ!」と部屋に入ってきて、いつものように腰を振った。
必殺の衝撃波が暴発し、メガネはどこかへと吹っ飛んでいった。
「……あ」
男が固まる。
「またやってしまいましたわね♡」
魔導が呆れつつ微笑む。
「データは取れましたので、再製作は容易ですわ♡」
科学はすでに次の設計図を開き始めていた。
そしてそのメガネを、通勤ラッシュの電車に乗っていた一人のサラリーマンが拾った。
メガネをかけて他人を見ると、その人物の人生が見える。
男は最初、面白半分に周囲の乗客を眺めていた。
しかし、ある平民の少年を見た瞬間、表情が変わった。
少年の人生には、異常な光景が映し出されていた。
落下してきた鉄筋の下敷きになる。
トラックに轢かれる。
何度も、何度も死の危険にさらされている。
男は不思議に思った。
さらに男は、平民の少年が電車の中で勉強の悩みを話しているのを耳にした。
実は男は、家庭教師のアルバイトもしていた。
「私、家庭教師をやっているものです。今なら無料キャンペーン中ですよ」
男は平民の少年に声をかけた。
少年はその申し出を受け入れた。
家庭教師として平民の少年と接するうちに、男はある違和感に気づいた。
少年の死の瞬間は、すべて第三者の視点から描かれていたのだ。
その違和感が頭から離れず、モヤモヤした気持ちで帰路についていた。
一方その頃、監視特化のヤンデレの監視網が、異常な反応を捉えていた。
「他人の人生を覗き見るメガネ……魔導と科学が作った試作品が、行方不明になっていましたわね♡」
監視が画面を見つめる。
「拾ったのは一般のサラリーマン。位置は特定済みですわ♡」
潜入特化のヤンデレが静かに立ち上がる。
「尾行しますわ。安全対策ですもの♡」
彼女は変装し、サラリーマンの影に溶けるように追った。
男は少年の目の正体を知る。
少年の目は、少し先の未来に起こる危険を察知できる能力を持っていた。
しかし、それだけではなかった。
この世には、もう一つ特別な目が存在していた。
それは、平民の少年の彼女である少女が持つ目であった。
少女の目は、死の危険を回避するためのものではない。
死んだ人間の因果律を捻じ曲げる目であった。
男は、その目がどうしても欲しくなった。
ヤンデレたちも、この男の存在を把握していた。
他人の人生を覗き見るメガネ。
少年の特殊な目への執着。
そして、少女の目を手に入れようとする危険な欲望。
「これは、少し監視したほうがよさそうですわね♡」
監視が記録を続ける。
「証拠がそろうまで、様子を見ましょう♡」
魔導が紅茶を傾ける。
彼女たちは世界の平和を守るため、男をマークした。
対象が危険な行動を取る前に止めるのは当然として、対象が誰かに迷惑をかける可能性があれば、その人物の周囲まで徹底的に調べる。
そして、いったん監視対象に関わった人間は、彼女たちの保護対象にもなってしまう。
少年と少女も例外ではなかった。
やがて男は、少年に相談を持ちかけた。
「あなたの彼女さんがアルバイトをしている店に行きたいんですが」
平民の少年は最初、断った。
しかし、金欠だった少年は、男から金を受け取ることで手を打った。
こうして少年は、男を彼女のアルバイト先の店へと連れていった。
店に着くと、少女は男を見てすぐに察知した。
この男は危険だ。
結局、男はその日、変装して店主擬態していた潜入特化ヤンデレに追い返されてしまった。
もちろん、他のヤンデレたちもその一部始終を把握していた。
「やっぱり危険人物でしたわね♡」
潜入が報告する。
「もう少し様子を見ましょう。証拠がそろえば、確実に対処できますわ♡」
魔導が冷静に続ける。
だが、男は諦めなかった。
どうしても、あの目が欲しい。
死を察知するだけの目ではない。死んだ人間の因果律を捻じ曲げる目。
男の執着は消えなかった。
少女の目を手に入れる方法を考えながら歩いていたところ、男の前に、全滅させられたはずの「闇に蠢くもの」の残党が現れた。
薄汚れたフードの男が、にやりと笑う。
「あんたが欲しいのは、これだろ」
差し出したのは、コンタクトレンズであった。
それは、目が合った人間を殺せる代物であった。
男は考えた。
これを使えば少女を殺し、その目を傷つけずに手に入れられる。
男は再び少女のアルバイト先へと向かった。
今度はコンタクトレンズを装着して。
ヤンデレたちは、男の動きを察知した。
「来ましたわね♡」
監視が告げる。
彼女たちは少年と少女のもとへ急いだ。
男は少女と目を合わせようとした。
その瞬間であった。
少年の危険察知能力が、迫り来る危機を告げた。
しかし、少年はまだ知らなかった。
自分が助かるために必要なものが、すでに手元に用意されていたことを。
魔導のヤンデレが、あらかじめ少年に鏡を渡していたのだ。
「これを持っていてくださいませ♡ 何かあったら使ってくださいね♡ お任せくださいませ♡」
そのときは、少年も理由を尋ねなかった。
今、その意味を理解した。
少年は鏡を取り出し、男と少女の間に差し入れた。
すると男は、鏡越しに自分自身を見てしまった。
目が合った人間を殺すコンタクトレンズ。
その力は、男自身にも作用した。
こうして男は、自分が手に入れた殺人道具によって命を落とした。
ヤンデレたちは、少年と少女の無事を確認した。
「よかったですわ。二人とも無事ですわね♡」
慈愛が微笑む。
「配信も完了していますわ♡」
監視が満足げに頷く。
「データも取れましたわ♡」
科学がメモを取る。
嫉妬のヤンデレが二人に優しく声をかける。
「頑張っていましたね♡ 私が応援していましたから♡」
世界の平和は守られた。
危険人物は排除された。
少年と少女も救われた。
すべて、彼女たちの計画どおりであった。
ただし、少年はまだ気づいていなかった。
自分たちが助かったのは偶然ではない。
ヤンデレたちは、最初からすべてを見ていたのだ。
そして一度、彼女たちに保護対象と認定された人間が、その監視から逃れることは容易ではなかった。
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## サラリーマン、復活
ところが、物語はそれで終わらなかった。
世界の因果律は、死んだはずのサラリーマンを再び蘇らせたのだ。
少年を生かし続けることもまた、因果律に許されていなかったのである。
少年が生きている限り、サラリーマンは復活する。
そして、復活した男は以前よりも危険な存在になっていた。
復活するたびに、新たな呪物を手に入れて戻ってくるのだ。
あるときは、接触した相手を即死させるイヤリング。
またあるときは、周囲に猛毒をまき散らす数珠。
さらに、視線を合わせただけで骨を砕く指輪。
触れた者の時間を止める懐中時計。
倒しても倒しても、男は新たな力を携えて蘇る。
主人公たち(少年と少女、そして巻き込まれる形になった周囲の人間)は何度も彼を倒した。
しかし、何度倒そうとも、決着がつかない。
ついに、ヤンデレたちが本格的に動いた。
彼女たちは、他人の気持ちを顧みず、自分の愛情だけを押しつける人間が大嫌いであった。
……もっとも、彼女たち自身も、主人公の気持ちなどお構いなしに愛情を押しつけているのだが。
もちろん、そんな矛盾を彼女たちが気にするはずもない。
「そもそも、こいつが何度も復活するのは、世界の因果律のせいではありませんか?」
魔導が静かに指摘する。
その一言で、彼女たちの方針は決まった。
サラリーマンを倒すだけでは意味がない。
彼を復活させる原因そのものを排除すればいいのだ。
「それなら、世界の因果律を消しましょう♡」
森羅万象が優雅に微笑む。
「整えましたわ♡」
彼女たちは、全員で連携した。
監視が男の現在位置と復活パターンを完全に把握し、全世界に「危険人物討伐実況」を配信。
潜入が男の逃走経路をすべて封鎖し、先回りする。
科学が呪物の無効化フィールドを展開し、分析データをリアルタイムで共有。
薬学が毒や即死効果を中和する特効薬を散布。
格闘特化の男が正面から拳で圧力をかけ、「俺は真剣に鍛えている!」と熱血を燃やす。
腰振りスペシャリストが制御した衝撃波で男の動きを封じる。
拷問担当(必要に応じて登場)が頑丈な拘束具を用意し、「この器具……最高の頑丈さだ」と満足する。
慈愛が万一の被害者を即座にフルヒールで回復させ、「再開ですわ♡」と優しく告げる。
嫉妬がメガホンで「みんな頑張って!」「いい連携!」と応援し、士気を上げる。
魔導が法則干渉で男の呪物を一時的に無力化し、「お任せくださいませ♡」と希望を与えつつ裏を取る。
そして最後に、森羅万象のヤンデレが空間そのものを掌握した。
「因果律など……不要ですわ♡ 逃げ道はありませんわ♡」
世界の因果律が、音もなく消え去った。
サラリーマンは跡形もなく消滅した。
今度こそ、復活することはなかった。
こうして、ヤンデレたちは無事に仕事を終えたのである。
世界の因果律を消し、何度でも復活するサラリーマンを完全に討伐する。
常人には到底不可能な離れ業であった。
だが、彼女たちにとっては、愛する人々の平和を守るための仕事にすぎなかった。
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「世界の因果律」すら消し飛ばしてサラリーマンを塵ひとつ残さず消滅させ、ドヤ顔でド派手なフィナーレを決めた直後――。
静まり返った戦場の瓦礫の上で、科学のヤンデレがふと手元のタブレットのログを遡り、メガネのシリアルナンバーを目にした瞬間であった。
「……あ」
科学のヤンデレの指先がピタリと止まる。
眼鏡の奥の瞳が、かつてない勢いで泳ぎ始めた。
「……科学さん? どうなさったの?」
魔導のヤンデレが杖を優雅に傾けながら尋ねると、科学は冷や汗をダラダラと流しながら、震える手でタブレットの画面を魔導に見せた。
『被験体変貌の契機:【試作型・人生覗き見メガネ(魔導&科学共同開発)】の取得。なお、紛失理由は腰振り特化の衝撃波暴発による飛散』
「……」
魔導のヤンデレの顔から、一瞬で余裕の微笑みが消えた。
数秒前まで「因果律など不要ですわ♡」と神のごとき威厳を放っていた彼女の額から、タラッと冷たい汗が伝い落ちる。
(やばいですわ……。元を正せば、わたくしたちが面白半分で作って放置したメガネのせいで、あのサラリーマンさんは狂気に走り、何度も殺されては蘇る怪異にならざるを得なかった……つまり完全なわたくしたちのマッチポンプ……!)
この事実が他のメンバー、特に正義感溢れる者たちや「愛の過剰供給」に厳しい面々にバレたら、今度は自分たちがどんな目(またはお仕置き)に遭うか分かったものではない。
二人は目配せを交わすと、そーっと忍び足で、慈愛のヤンデレの背後に近づいた。
「……慈愛さん、慈愛さん♡(ヒソヒソ)」
「まあ、魔導さんに科学さん。どうなさったの?(ヒソヒソ)」
慈愛が首を傾げると、二人は冷や汗をダラダラ流しながら、慈愛の耳元で超高速の早口で囁いた。
「実はあのサラリーマンさん、根本的な原因は全てわたくしたちの事故……いえ、不可抗力で作ったメガネのせいでして……本来はごく普通の、どこにでもいる心優しいサラリーマンさんだったのですわ!(ヒソヒソ)」
「彼に罪は一切ありませんの! だから、どうか彼を《フルヒール》超絶極限蘇生で生き返らせて差し上げてくれませんかしら……!?(ヒソヒソ)」
慈愛のヤンデレは一瞬パチクリと目を丸くしたが、すぐに聖母のような温かな微笑みを浮かべた。
「まあ♡ そうだったのですか。罪のない方を巻き込んでしまったのなら、お救いするのが私の役目ですわ♡」
慈愛のヤンデレがそっと手を掲げると、消滅したはずの空間から神々しい光があふれ出した。
「完全蘇生回復魔法――《アルティメット・フルヒール》♡」
次の瞬間、消滅したはずの世界の因果律が「慈愛の都合」だけで局所的に強引に再構築され、サラリーマンが綺麗なスーツ姿のまま、何事もなかったかのようにポカンと草原(元戦場)に立っていた。
「……え? 俺……死んだはずでは……? 呪物は……? 少女の目は……?」
サラリーマンが混乱していると、魔導と科学が滝のような冷や汗を拭いながら、ものすごい勢いで駆け寄ってきた。
「あ、あら〜〜〜っ! サラリーマンさん! ご無事で何よりですわ〜〜〜っ!♡(冷や汗ダラダラ)」
「あなたの心霊的・因果的ストレスは全て我が科学技術と魔導の力で完全に浄化・クレンジングされましたわ! これでもう変な呪物を拾うことも、少女の目を欲しくなることもありませんの!♡(冷や汗ダックダク)」
「ささ、お家へお帰りになって、美味しい温かいスープでも召し上がってくださいませ〜〜〜っ! チャオ! チャオですわ〜〜〜っ!!(背中を押し込む)」
「えっ? あ、はい……? ありがとうございました……?」
狐につままれたような顔のサラリーマンは、二人に深々と頭を下げられながら、そのまま平和な日常へと帰っていった。
少年と少女も二人の無事を確認し、手を繋いで仲良く帰路につく。
こうして、誰の命も失われることなく、世界の平和は守られ、見事なハッピーエンドを迎えたのであった。
――なお、冷や汗を流しながら「ふぅ……これで一件落着ですわね♡」と胸を撫で下ろした魔導と科学の背後には。
「……で? 逃げようとした主人公様のお仕置きに戻りましょうか♡」
全てを察している監視と潜入、そしてガチガチに拘束具を準備した拷問担当が、極上の笑顔で静かに佇んでいたのであった。
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## 逃亡、そしてお仕置き
一方、その頃。
主人公は別のことを考えていた。
今なら逃げられる。
彼が逃げたいのは、サラリーマンではない。
ヤンデレたちである。
「あいつらがサラリーマンの討伐に夢中になっている今しかねえ……!」
主人公は隙を突いて爆速で逃亡を開始した。
目指す先は、いつものゲイバーだった。
あそこなら潜入特化のヤンデレもしばらく不在(変装中)のはずだし、お兄さんの顔を見ながら酒でも飲めば、少しは心を落ち着かせられるかもしれない。
そう考えた主人公は、息を切らせてゲイバーの扉を叩いた。
ガラガラッ!
「お兄さん! 生ビールひとつ!」
カウンターの中にいたお兄さんは、突如飛び込んできた主人公を見て、呆れたようにため息をついた。
「……おいおい、お前こんなところで油売ってて大丈夫なのか?」
グラスにビールを注ぎながら、お兄さんがジト目で尋ねる。
「大丈夫大丈夫! 今あいつら、蘇るサラリーマンと世界の因果律を消すだのなんだの言っていなくなってるから!」
主人公はカウンター席にドカッと腰掛け、出されたビールを喉に流し込んだ。束の間の平和。お兄さんの作る酒。がやがやとした店の温かい空気。
「ふぅーーーっ! 生き返るぜ……!」
しかし、お兄さんはグラスを磨きながら、心底哀れむような目で主人公を見つめて言った。
「お前……あいつらが『世界の因果律を消せるような連中』だって自覚あるんだろ? そんな奴らに、お前がこんなところで呑気に酒飲んでるのがバレないと思うのか?」
「……え?」
主人公の手が止まった。
お兄さんは静かに店の天井の隅を指さした。
そこには、赤く点滅する超小型の監視カメラが、バッチリ主人公の顔面を捉えていた。
「……はっ!!」
血の気がサッと引く。
「やば!!!! 帰ろう!!!!」
主人公は飲み干したグラスを叩きつけるように置き、脱兎のごとく店を飛び出した。
ヤンデレたちが帰ってくる前に、何食わぬ顔で拠点へ戻ろう。
逃げた証拠さえ残っていなければ、ギリギリ「ちょっと散歩に出かけていただけ」で押し通せるかもしれない。
主人公は冷や汗をダラダラと流しながら、全速力で拠点へと戻った。
……もちろん、バレないわけがなかった。
世界の因果律を消し去るほどの力を持つ彼女たちに、主人公の逃亡を見抜けないはずがなかったのである。
拠点の扉を開けた瞬間、そこにはすでに討伐(と事後処理)を終えたヤンデレたちが勢揃いしていた。
監視のカメラはバッチリお兄さんの店での一部始終を記録し、潜入は「逃走経路のタイムライン」を綺麗にまとめており、魔導は「おかえりなさいませ♡ 楽しそうな散歩でしたわね♡」と極上の笑顔で待ち構えていた。
「……終わった」
冷や汗を流しながら、何食わぬ顔で拠点へ戻った主人公。
そっと扉を開けると、そこには明かりの落とされた大広間と、ソファの中央にポツンと置かれた一つの金属製の椅子があった。
そして、闇の中から浮かび上がる十人の影。
「おかえりなさいませ♡ 楽しそうな“お散歩”でしたわね♡」
魔導のヤンデレが、優雅に紅茶のカップを置きながら微笑んだ。
「ひっ……!」
主人公が後ずさりしようとした瞬間、背後の扉が重厚な音を立てて閉まり、無数の鍵がかかった。
潜入特化のヤンデレが、扉の前で静かに頭を下げる。
「逃走経路の遮断、完了いたしましたわ♡ お兄さんのお店で『やば! 帰ろう!』と叫んでからここへ到着するまでのタイム、完璧に計測済みですの♡」
監視特化のヤンデレが、タブレットの画面を主人公に向けた。
「4K超高画質カメラで、お兄さんのお店でのビールの一気飲みから冷や汗の角度まで、バッチリ録画・保存済みですわ♡ 逃げられるとお思いでしたの?♡」
「ち、違う! 俺はただ、ちょっと喉が渇いて――」
「問答無用ですわ♡」
森羅万象のヤンデレが静かに指を弾いた。
空間の重力が一瞬で変化し、主人公の身体は吸い寄せられるように部屋中央の椅子へと着地した。
「重力と空間を整えましたわ♡ さあ、愛しい主人公様。お仕置きのお時間ですわ♡」
拷問担当の男のヤンデレが、待ってましたと言わんばかりに拘束具のボルトを締め上げる。
「この拘束具は国防新素材の三重構造だ。どれだけ暴れても絶対に壊れん。俺の最高の作品の中で、じっくり愛を受け止めてくれ」
「嫌だあああ! 離せえええ!」
絶叫する主人公の隣で、薬学特化のヤンデレが怪しげな桃色の小瓶を注射器に充填していた。
「ふふふ♡ 逃走で消費されたスタミナを回復させ、さらに夜の感度を万倍に高める特製アンプルですわ♡ 一晩中、元気に叫んでいただきますの♡」
拠点の扉を開けた瞬間、十人のヤンデレに囲まれて冷や汗を流していた主人公だったが、首筋に薬学の注射が向けられた瞬間、その瞳に「地上最強の男」としての正気が戻った。
(待て……俺は山にこもり、身勝手の極意を極め、股間を剣にし、ムスコクラッシュを放ち、『俺自身が股間になることだ!』の境地まで達した男だぞ……!? なぜ大人しく捕まっている!?)
「逃げられねえなら……力で突破するまでだ!!」
「なにっ!?」
主人公の身体から、凄まじいオーラと股間エネルギーが爆発的に噴き出した!
最初に反応したのは、格闘特化の男ヤンデレだった。
「ほう……良い構えだ! だが俺の鍛え上げた拳は――」
「ムスコクラッシュ!!」
ドゴォォォォォン!!
「ぶべらぁっ!?」
主人公の放った股間エネルギーを纏った下段からの突き上げが、格闘特化の顎を完璧に捉えた! 熱血武人の身体が天井を突き破り、遥か上空へと吹っ飛んでいく!
「よし! 次はお前だ!!」
主人公はすさまず、背後からぬるりと迫っていた腰振りのスペシャリストの男ヤンデレへと振り向いた。
腰振りの男は進行方向とは逆を向き、艶めかしく腰をくねらせる。
「ふふふ♡ 無駄ですわ♡ 私の腰振りから生み出される衝撃波は、あらゆる攻撃を――」
「前を向けと言ってるだろ! 鉄拳制裁!!」
ズドォォォォォン!!
「あッ……あはぁんっ♡!?」
逆を向いていた腰振りの男のバックに、主人公の究極のストレートが直撃! 前を見ていなかった男は壁を三枚ブチ抜き、庭の池まで豪快に転がっていった!
「見たかお前らぁぁぁ! これが俺の真の力だ! 俺は自由になるんだぁぁぁ!!」
二大肉体派ヤンデレを瞬殺し、主人公は圧倒的な勝利の余韻とともに正面の出口へと爆走した。
――しかし。
「まあ♡ 主人公様、とってもお強いですわね♡」
森羅万象のヤンデレが、優雅に紅茶を一口すすると、そっと指を鳴らした。
次の瞬間。
ドスゥゥゥゥゥン!!
「ぐはっ!?」
主人公の全身に、局所的な十万倍の重力がズドンと圧しかかった。
床の石畳が粉々に砕け、主人公は地面に深々と叩きつけられる。
「あ、圧倒的な物理には……重力と空間改変ですね……」
「ええ♡ 逃げ道は最初からありませんの♡」
魔導のヤンデレが杖を振り、身動きの取れない主人公の全身を感度一万倍の魔法陣で縛り上げる。
天井の穴から頭にタンコブを作った格闘特化が「……見事な拳だったぞ、主人公!」と涙ぐみながら降ってきて、池からずぶ濡れの腰振りが「一拍目の余韻が……最高でしたわ♡」と恍惚の表情で戻ってきた。
「……無理だろ、これ……」
地上最強の男は、世界の法則そのものを改変してくる女たちを前に、静かに床にひれ伏したのだった。
チクッと首筋に注射が刺された瞬間、主人公の全身に熱い電流のような感覚が駆け巡った。
「ぐわっ……!? からだが、熱い……!?」
そこへ、科学特化のヤンデレが最新型の計測バイザーを装着して近づいてくる。
「心拍数、体温、筋電位……すべて上昇を確認しましたわ♡ 今夜は『股間エネルギー連動型出力測定』の完全版データを回収させていただきますわね♡」
武術・格闘のヤンデレが、道着の拳をグッと握りしめて前に進み出た。熱血な眼差しで主人公を見つめる。
「逃げるということは、まだまだ体力が余っている証拠だ! 俺の鍛え上げた技と体躯で、朝までお前の体力を極限まで削り合ってやるぞ! 覚悟しろ!」
「削り合うってなんだよ! 拷問だろそれ!!」
「ふふふ♡ 皆様、力みすぎですわ♡」
腰振りのスペシャリストの男のヤンデレが、ぬるりと主人公の正面へ立った。進行方向とは逆を向き、腰に手を当てる。
「夜の部における推進力は、量ではなく質。一拍目の揺らぎから、ご主人様を極楽へと誘う波を生み出してみせますわ♡」
ブンッ! と腰が揺れただけで、大気が甘く震えた。
主人公が恐怖に顔を引きつらせていると、慈愛のヤンデレが聖母のような微笑みで頬を優しく撫でた。
「どれほど激しくとも、万全の状態に戻して差し上げますわ♡ 《フルヒール》がありますから、何度気絶しても、何度壊れても、一瞬で『再開』できますのよ♡」
「助けてくれえええ! 誰か助けてくれええええ!!」
絶望の悲鳴を上げる主人公のすぐ隣で、メガホンを持った嫉妬のヤンデレが、一番の笑顔でピョンピョンと跳ねていた。
「主人公様、すっごく良いお顔ですわ♡ 私、今日も一番近くで応援していますからね♡ 主人公様が夜のセンターですわ♡ 頑張ってくださいませ〜〜〜っ!♡」
十人のヤンデレたちが、逃げ場のない主人公を一斉に取り囲む。
魔導が杖を掲げ、魔法陣が部屋全体を黄金色に染め上げた。
「さあ……世界の因果律すら消し去る私たちの愛、朝までたっぷりとお受け取りくださいませ♡」
「愛じゃねえええええええええええええ!!」
主人公の絶叫が屋敷に響き渡り、監視の配信停止ボタンが静かに押された。
――こうして、世界の因果律は元通り(?)になり、サラリーマンは無事に救済され、主人公が絶対に夜の愛から逃げられないという絶対の真理だけが証明されたのであった。
世界の因果律を消し、何度でも復活するサラリーマンさえ完全に討伐し、さらには自分たちのミスで巻き込んだ一般人まで慈愛の力で無事に帰したヤンデレたち。
しかし、主人公が逃げられないという因果だけは、今日も健在なのであった。




