メリーさんメンヘラごっこ――最強の俺でも10人のヤンデレから逃げられない
『最強の俺が、10人のヤンデレと“メンヘラごっこ”に付き合わされた結果』
メンヘラごっこが始まる少し前。
魔導のヤンデレが、ふと思いついたように手を叩いた。
「そういえば私たち、ヤンデレなのにメンヘラらしいことをしていませんわね?♡」
他の9人「確かに」
主人公は即座にツッコんだ。
「お前らメンヘラじゃなくてヤンデレだろ! 中身が別物なんだから辞書を引き直せ!」
「あら、主人公様。細かいことを気にする殿方はモテませんわよ?♡」
「お前らのせいで気にせざるを得ねえんだよ!」
魔導のヤンデレは、楽しそうに微笑みながら片手を掲げた。
「では、今から私たちでメンヘラを学び、実践してみましょう♡」
「待て! その言い方は絶対にロクなことにならねえ!」
「お口チャック♡」
魔法が発動し、主人公の口がピタリと閉じた。
「ふふっ、反対意見は受け付けませんわ。それでは皆様、メンヘラごっこの始まりです♡」
主人公は廊下の角で、スマートフォンを握りしめていた。
画面には、【科学】からのメッセージが大量に表示されている。
そのときだった。
「……ふふ。スマホなんか見ているから、そんなに心が汚れるのよ」
背後から声がした。
振り返ると、【魔導】が立っていた。
「物理的なLINEなんて原始的なもの、私があげない。術式展開、精神直結型呪文――『私メリーさん、あなたの脳内に直接語りかけてるの』♡」
「待て! 嫌な予感しかしないんだが!?」
次の瞬間、主人公の脳髄に、ねっとりとした声が直接響き渡った。
『私メリーさん。今、あなたの脳のシナプスの隙間にいるの……♡』
『ねえ、なんでほかのことを考えているの? 私以外の記憶なんて、全部焼き払ってあげる……♡』
『今、あなたの海馬に私の可愛い顔を刷り込み中だよ……♡』
「やめろ! 頭の中に直接メリーさんを住まわせるな!!」
そのとき、廊下の向こうから妙な声が響いた。
『私メリーさん! 今、あなたの後ろにいるの!』
「……は?」
主人公が振り返ると、そこにはメガホンを持った【嫉妬】が立っていた。
「私メリーさん! 今、ここにいるの!!」
「いや、声でかっ! あと、お前は誰だよ!!」
【嫉妬】はメガホンを握りしめ、満足げにうなずいた。
「ふふふ……これで私の居場所をアピールできたわね♡」
「メリーさんごっこを居場所アピールに使うな!!」
「えっ? だって、メリーさんって『今どこにいるのか』を教えてくれる遊びじゃないの?」
「違うわ!! 少なくとも、そんな大声で自己紹介する遊びじゃねえよ!!」
「……なるほど。じゃあ、次はもっと近づいてから叫ぶわね♡」
「改善する方向が間違ってる!!」
【魔導】は額を押さえた。
「嫉妬……あなた、せっかくの恐怖演出を台無しにしないでくださる?」
「えっ? でも、魔導ばっかり主人公の脳内に入り込んでずるいじゃない!」
「そこに嫉妬するな!!」
主人公はスマートフォンを放り投げ、頭を抱えた。
科学による通知の集中砲火。
魔導による精神への直接侵蝕。
そして嫉妬によるメガホン付き居場所アピール。
「なんで恐怖演出のはずなのに、運動会みたいになってんだよ!!」
そのとき、遠くから轟音が響き渡った。
ドゴォォォォォン!!
城塞の外壁が、突如として吹き飛んだ。
「な、何だ!?」
主人公が窓の外を見ると、【腰振り】のスペシャリストである男ヤンデレが、腰を振り抜いた姿勢で立っていた。
「フッ……今、俺はここにいるぜぇぇぇ!!」
「何で腰の動きで城塞を破壊してんだよ!!」
男ヤンデレは満足げに腰を回した。
次の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、城塞の塔が根元から崩れ落ちた。
「これが俺の愛の存在証明だぁぁぁ!!」
「存在証明の規模が災害なんだよ!!」
すると、もう一人の男ヤンデレ――【格闘】が、楽しそうに拳を鳴らしながら現れた。
「おっ、何だよ! 面白そうなことやってんじゃねえか!」
「お前もやるのか!?」
「当たり前だろ!!」
格闘は拳を構え、城塞の城門に向かって全力でパンチを放った。
ドッゴォォォォン!!
城門どころか、その奥の城壁までまとめて吹き飛んだ。
「今、俺はここにいるぜぇぇぇ!!」
「お前までメリーさんごっこに参戦するな!! しかも城塞を破壊するな!!」
格闘は腰振りのスペシャリストと肩を組み、互いにうなずいた。
「なるほどな……。つまり、どれだけ派手に存在をアピールできるかってことだろ?」
「そういうことや! 愛も筋肉も、存在感が大事なんや!」
「違うわ!! メリーさんはそんな競技じゃねえ!!」
二人は同時に拳と腰を構えた。
「「今、俺たちはここにいるぜぇぇぇ!!」」
次の瞬間、二人の攻撃が同時に炸裂した。
城塞の残り半分が、轟音とともに崩壊した。
主人公は瓦礫の山を見つめ、呆然とつぶやいた。
「……俺、ただメリーさんごっこから逃げたかっただけなんだが……」
その背後では、【嫉妬】がメガホンを握り直していた。
「負けてられないわ……! 私も、もっと大きな声で居場所をアピールしなきゃ!」
「張り合うなぁぁぁ!! 城塞もメリーさんごっこも、もう原型がねえよ!!」
ドゴォォォォォン!!
腰振りと格闘の男ヤンデレによって、城塞の壁がまた一つ吹き飛んだ。
「今、俺はここにいるぜぇぇぇ!!」
「だから城塞を壊すなぁぁぁ!!」
主人公の絶叫が響く中、瓦礫の山から一人の男が姿を現した。
【拷問具現化】のヤンデレである。
彼は無言で工具箱を開き、ハンマーと木材を取り出した。
「……今、俺はここにいる」
トントントン。
「……今、俺はここにいる」
トントントン。ギュイイイイン。
「……今、俺はここにいる」
トントントン。カンカンカン。
彼は腰振りと格闘が破壊した城塞を、ものすごい勢いでDIY修復していく。
崩れた城壁に木材を打ち付け、吹き飛んだ城門を作り直し、倒壊した塔まで手際よく補修していた。
「いや、待て! お前までメリーさんごっこに参加してるのか!?」
「当然だ。俺の存在を忘れられたら困るからな」
トントントン。
「俺はここにいる」
トントントン。
「ここにもいる」
トントントン。
「この壁の向こうにもいる」
「DIYで存在感をアピールするな!! しかも修復が早すぎるだろ!!」
その瞬間。
ドゴォォォォン!!
修復したばかりの城壁が、腰振りの衝撃波によって再び吹き飛んだ。
「今、俺はここにいるぜぇぇぇ!!」
「今、俺もここにいるぜぇぇぇ!!」
格闘の拳が追い打ちをかけ、城門まで粉砕する。
拷問担当は、飛んできた瓦礫を避けながら静かに工具を持ち直した。
「……そうか。まだ修復が足りないか」
トントントン。
「今、俺はここにいる」
トントントン。
「俺は何度でも直す」
トントントン。
「お前らが何度壊そうともな」
「何だこの終わらない城塞修復ループはぁぁぁ!!」
主人公の悲鳴と、男ヤンデレ二人の破壊音、そして拷問担当のDIY音が城塞に響き渡る。
ドゴォォォォン!!
トントントン。
ドゴォォォォン!!
トントントン。
やがて城塞は、破壊と修復を繰り返す謎の建築現場と化した。
その様子を見ていた【嫉妬】は、メガホンを口元に構えた。
「今、私もここにいるのぉぉぉ!!」
「お前はもう黙ってろぉぉぉ!!」
『私メリーさん。今、あなたの脳のシナプスの隙間にいるの……♡』
『ねえ、なんでほかのことを考えているの? 私以外の記憶なんて、全部焼き払ってあげる……♡』
『今、あなたの海馬に私の可愛い顔を刷り込み中だよ……♡』
「やめろ! 頭の中に直接メリーさんを住まわせるな!!」
科学による通知の集中砲火。
魔導による精神への直接侵蝕。
嫉妬による騒音。
腰振り、格闘、拷問による意味不明なアピール。
主人公はスマートフォンを放り投げ、耳を押さえた。
「くそっ……! こうなったら、身勝手の極意で一気に逃げるしかない!」
全身から闘気が立ち上る。
しかし、科学はタブレットを操作し、魔導は新たな魔法陣を展開した。
「逃げるつもりなの?」
「私たちの愛が、そんなに嫌なの……?」
「うるせえ! お前らの愛は物理法則と精神衛生を無視しすぎなんだよ!!」
主人公は床を蹴った。
音速に迫る勢いで廊下を駆け抜け、リビングの扉を突き破る。
――そこには、十人のヤンデレたちが勢揃いしていた。
「お待ちしておりましたわ、英雄様♡」
ソファーの端で膝を抱え、前髪の隙間から湿度の高い瞳で主人公を見つめていたのは、【魔導】だった。
その隣には、電子タブレットを手にした【科学】。
二人は何事もなかったかのように、ほかのヤンデレたちと並んでいる。
「……は?」
主人公は立ち止まった。
「お前ら、さっきまで廊下にいただろ!?」
「ええ。ですから、先回りしましたの♡」
魔導が微笑む。
科学もタブレットを掲げた。
「あなたの逃走ルートは全部予測済みだよ♡」
「最初からここに誘導するつもりだったのかよ!!」
十人のヤンデレたちが、一斉に笑った。
こうして、主人公の逃走劇は本番を迎えた。
「ねえ……私のこと、本当はもう愛してないんでしょ……?」
豪奢なリビングの中心。
ソファーの端で膝を抱え、前髪の隙間から湿度の高い瞳で主人公を見つめてくるのは、【魔導】のヤンデレだった。
「……はぁ。で? 今日は何の茶番なんだよ」
主人公は深いため息をついた。
身勝手の極意を発動し、いつでも窓から脱出できるよう全神経を研ぎ澄ませる。
そう、これは今日思いつきで始まった『メンヘラ彼女ごっこ』。
もっとも、主人公にとっては廊下での精神攻撃から続く、地獄の延長戦だった。
「ひどい……! 試しただけなのに! ほら、やっぱり私を捨てる気なんだ! 魔法陣全展開、空間封鎖『愛の監獄』!!」
「速ぇよ! 試し方のスケールが重いんだよ!」
展開された超高密度の魔導結界。
だが、主人公は世界最強の英雄だ。
スタープラチナ並みの精密動作性と四身の拳を組み合わせ、結界の隙間を突いて一瞬で部屋の外へと脱出――
「あ、無駄ですよ、主人公様」
廊下に立っていたのは【科学】だった。
電子タブレットを操作しながら、冷たい笑みを浮かべている。
「あなたが脱出を試みた瞬間、ナノマシンが作動して足元の重力場を百倍に固定しました。『私なんてどうせ捨てられるんだ……』という心の重さを物理的に再現するメンヘラデバイスです」
「技術力の無駄遣いが過ぎるだろ!!」
重力場を腕力だけで強引に破り捨てようとしたその時、背後からスッと【薬学】が寄り添ってきた。
「ふふ……脈拍が上がってる……。私と一緒にいるのが、そんなに苦痛なの……? なら、この『飲むと三日間意識を失って私依存症になる自作の特効薬』を飲むね……私、もう死んじゃう……」
「お前が毒を飲むフリして、こっちに飲ませようとしてるの見え見えなんだよ!」
薬を払いのけ、天井を突き破って逃走を図る主人公。
希望が見えた――そう思った瞬間、視界の隅に【監視】のホログラムがずらりと浮かび上がった。
「対象の心拍数、逃走ルート、脳内麻薬分泌量をリアルタイム測定完了。……ねえ、なんで逃げるの? 逃げるってことは、私との『メンヘラごっこ』に満足してないってことだよね? 過去三分間の私の『死にたい』発言に対するレスポンスの遅さ、全部録音記録に残ってるよ……?」
「記録すんな! メンヘラはログ取らないの!」
さらに天井の破れ目からは、【潜入】がヌッと影のように降り立つ。
「……私の影が薄いから、最初から私のことなんて見えてなかったんでしょ……? いいよ、影から一生あなたを監視して、夜中に耳元で『ねえ』って囁くだけの存在になるから……」
「地味に一番怖いメンヘラ仕掛けてくんな!」
もはやカオスだった。
十人がそれぞれの属性に全力でメンヘラを掛け合わせ、完璧な包囲網を形成している。
「みんな、やめるんだ……!」
そこへ突如、後光を射しながら降り立ってきたのは【慈愛】だった。
聖母のような笑みを浮かべ、主人公に優しく手を差し伸べる。
「大丈夫ですよ、英雄様。傷つきましたよね。この愚かな彼女たちのメンヘラごっこは、私がすべて癒して差し上げます。……さあ、私と一緒に誰もいない愛の温室へ……『再開ボタン』ぽちっ♡」
「救世主の顔した一番タチ悪いシステム出た!!」
癒やしと見せかけた回復ループの罠!
逃げ場を失った主人公は、最後の手段として四身の拳で残像を作り出し、圧倒的な打撃で無理やり空間の歪みをこじ開けた。
「悪いが俺はゲイバーのお兄さんの元へ逃げる!! あのオアシスだけが俺の癒やしなんだ――!!」
「逃がすかよおおお!!」
突撃してきたのは【格闘】だった。
「俺のこと! 男だからって適当に扱っただろ!! 『俺たち、友達だよね?』って言ったら『ああ』って生返事しただろ!! メンヘラ男の重さを舐めるなあああ!!」
「野郎のメンヘラが一番鬱陶しいんだよ!!」
格闘のラリアットを間一髪でかわした瞬間、主人公の腰にすさまじい強度の密着感が走った。
「逃がさへんでぇ~♡」
【腰振り】だった。
圧倒的な力で腰をホールドされている。
「うちはなぁ、アンタが『ちょっと離れて』って言った時のあの冷たい目が忘れられへんのや……! うちのこと、ただの便利な腰振り男として見てたん!? ええよ、ならこの腰で骨ごと砕いて永久に一つになったる!!」
「物理的に重すぎる!!」
もはや十人のメンヘラ属性が混ざり合い、希望を与えられては裏を取られ、自業自得の連鎖で完全に八方塞がりだった。
そこに、今まで静観していた【嫉妬】がトドメとばかりにトコトコと歩み寄ってきた。
その手に握られているのは、一枚の紙だ。
「……ねえ。これ、なあに……?」
「は? ただのチラシだろ……」
「『ゲイバー・マスターの店、本日レディースデー』……? 私以外の女の気配がする場所に行こうとしてたの……? ねえ……ねえ……!!」
「勘違いだ! マスターの店はただの酒場だ!!」
【嫉妬】の瞳から光が消え、同時に【森羅万象】が天を仰いだ。
「世界よ、嘆け。彼が私たちを裏切った。天変地異、始動。――さあ、夜のお持ち帰りタイムの始まりよ」
「「「「「「「「「「捕まえた♡」」」」」」」」」」
「うぎゃあああああああ――っ!?」
――翌朝。
「……うぅ……腰が割れる……頭が痛い……」
ボロボロになった主人公がベッドの上で目を覚ますと、枕元には十人のヤンデレたちが勢揃いし、笑顔で朝食のトレイを持っていた。
「おはよう、主人公様♡ 昨日の『メンヘラごっこ』、すっごく楽しかったね!」
「……ごっこじゃなくて、ただの集団拉致暴行だろ……」
「ふふっ、反省したご褒美に、今日は『ヤンデレ束縛彼女ごっこ』からスタートだよ♡」
「連戦させるな!! 助けてゲイバーのお兄さんー―――!!」
英雄の平和な毎日は、今日も遠い彼方へと消えていくのだった。




