マッチングアプリで出会った美女の正体が、ヤンデレアイドルでした
# 嫉妬のヤンデレ ~最高のデートと最悪のネタバラシ~
ある日の朝。
主人公は、ヤンデレたちが朝食を食べている隙に自室へ戻り、スマートフォンを取り出した。
「……よし。今ならいける」
開いたのはマッチングアプリだった。
実は科学特化が開発したものだが、本人は知らない。
「頼む……普通の女性と、普通のデートがしたい……」
魔法も薬も修行も追跡もない一日。
ただ食事して、話して、笑う。それだけが欲しかった。
画面に、優しい笑顔の女性が出る。
カフェ、映画、散歩。甘いもの。
『一緒にいて自然体でいられる人と出会いたいです』
「これだ……!」
メッセージを送り、翌日の約束を取り付けた。
「やった……普通のデートだ……」
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その頃、本拠地の円卓。
巨大モニターには、アプリを操作する主人公が映っている。
「皆様♡ 主人公様がデートの約束を取りつけましたわ」
監視の報告に、十人が顔を見合わせた。
「相手は?」
「もちろん、嫉妬さんですわ♡ アプリ側で、最適なお相手として通してありますの」
科学が眼鏡を直す。
「マッチング精度、想定どおりですわ♡」
歓声が上がる中、嫉妬だけは少し困ったように微笑んだ。
「わたくし、ですの……?」
「ええ。顔を出せば騒ぎになりますから、変身のうえでですわ」
魔導が杖を立てる。
「声も仕草も、別人にいたしますわ♡」
潜入がノートを開く。
「自然に楽しんでいただく必要がありますわ。最初から不自然だと、警戒されますもの」
森羅万象が地図を広げる。
「天候と景色は、整えますわ。昼は爽やかに、夕方はきれいな夕焼けに♡」
薬物が小瓶を置く。
「長時間でも疲れにくいよう、軽い調整を♡ 害はありませんわ」
格闘が腕を組む。
「邪魔者は出さない」
拷問が短く頷く。
「逃げ道の確保は、最後まで残しておく」
腰振りが手を挙げかけ、全員の視線で下ろした。
「……今日は、振らない」
嫉妬は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「皆様、ありがとうございますわ♡ わたくし、ステージでは笑顔の練習をたくさんしてきましたの。今日は……ご主人様に、普通の一日を差し上げますわ♡」
瞳の奥だけが、そっと熱を帯びる。
「そして、最後に——誰が用意した幸せか、きちんとお伝えしますの♡」
十人が拍手した。
計画は、彼女の「応援」を核に回り始めた。
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## 演技指導
デート当日の朝。
変身を終えた嫉妬の前に、潜入が立っていた。
鏡の中の彼女は、国民的アイドルではない。
落ち着いた髪、柔らかい声、派手さのない服。
「基本は“いい人”で十分ですわ♡ 押しすぎない。沈黙を恐れない。主人公様が話し始めたら、最後まで聞く」
「はい♡」
「共感はしても、深入りしすぎない。“大変でしたね”まで。裏の生活を掘らない」
「掘りませんわ♡」
「笑顔はステージ用を少し抑えて。握手会の神対応は、出しすぎると不自然ですの」
嫉妬が練習で微笑む。潜入が首を傾げる。
「……今のは、ファンが気絶しますわ。もっと“近所の人”ですわ」
「むずかしいですわね♡」
何度かやり直す。
「会話の球は、相手に返す。自分語りは短く」
「はい♡ わたくし、普段から皆様の話を聞く係ですもの。できそうですわ」
最後に、潜入が念を押す。
「正体は、夕方が来るまで出さない。ご主人様が“また会いたい”と言うまで、応援のつもりで傍にいてくださいませ」
嫉妬は胸に手を当てた。
「応援、ですわね♡ ステージの外でも、センターを輝かせますの♡」
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## 普通の一日
待ち合わせ場所。
緊張する主人公の前に、一人の女性が現れた。
「お待たせしました。主人公様、ですよね?」
「は、はい!」
「今日はよろしくお願いしますね」
「こ、こちらこそ!」
美しい。そして、何より普通だった。
二人は歩き出す。空は晴れ、風は心地よい。
森羅万象が整えた一日だったが、主人公にはただの良い天気だった。
カフェでは、静かな席が用意されていた。
「こういうお店、好きなんですか?」
「はい。落ち着いた場所のほうが」
「私もです」
会話が続く。食べ物、休日、行ってみたい場所。
嫉妬は指導どおり、聞き役に回り、笑いすぎず、間を空けすぎない。
「……こんなに普通に話せるの、久しぶりだな」
「そうなんですか?」
「ええ。普段は、ちょっと特殊な人たちに囲まれていまして」
「大変ですね」——そこで止める。掘らない。
主人公は救われたように笑った。
その様子を、監視が配信していた。
『特別企画 理想のデート(協力:嫉妬)』
世界のコメントが流れる。魔導は涙ぐみ、科学は数値を見て満足し、拷問だけが「本番は最後だ」と短く言った。
散歩道の花も、映画も、甘いものも、すべてが自然に見えた。
疲れないのは薬のせいだと、本人は知らない。
夕方、川沿い。茜色の空。
「今日は、本当に楽しかったです」
「……俺もです」
「また、会いたいですか?」
「はい! できれば、またデートしてほしいです」
女性が微笑む。
「うふふ。嬉しいですわ♡」
「……え?」
語尾が、一瞬だけいつもの色を帯びた。
「主人公様。今日は楽しんでいただけましたか?」
「は、はい……?」
「カフェも、お散歩も、景色も。全部、あなたが笑顔になれるように用意しましたの♡」
血の気が引く。
「あなたが好きなものも、どんな一日が休みになるかも……ずっといろんな方と一緒に、見ていましたから♡」
光が包み、髪も顔も服装も戻る。
「嫉妬のヤンデレ、ですわ♡ 今日は“近所の人”の練習、合格でしょうか♡」
「うそだああああああ!」
「マッチングは科学さん。天気は森羅万象さん。会話のコツは潜入さん。元気でいられたのは薬学さん。わたくしは——傍で応援していましたの♡」
「全部、仕組んだのか!」
「ええ♡ 皆様で、ご主人様の普通の一日を応援しましたの」
彼女は本気で嬉しそうだった。ステージの神対応ではなく、控え室で映像を見て目を細めるときの顔に近い。
「だからこそ、最後にきちんとお伝えしますわ。今日の幸せは、偶然ではなく——私たちの愛ですわ♡」
「だからネタバラシすんなああああ!」
上空のモニターに、残り九人が映る。
「大成功ですわ♡」
「変身、完璧でしたでしょう?」
「同時視聴、過去最高ですわ♡」
「小説の題は『運命の出会いと、応援の正体』にしますわ♡」
「夕焼けのタイミング、自信作ですわ♡」
「警備は完璧だった」
「演出としても合格だ」
「腰は振っていないぞ!」
「振るな!」
主人公は頭を抱えた。
今日は本当に幸せだった。
また会いたいとさえ思った。
それが、いちばん残酷だった。
嫉妬は、主人公の手を優しく握る。アイドルの手ではなく、チームの潤滑油の手だった。
「忘れないでくださいませね♡ わたくし、また応援できますの♡」
「二度とデートなんかしねえ!」
「まあ♡ 照れなくてもよろしいのに♡」
「照れてねえ!」
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翌朝。
アプリに通知が来る。
『おすすめのお相手が見つかりました』
昨日の女性の写真。
『もう一度、デートしませんか? ♡』
主人公は端末を伏せた。
「科学特化……!」
その頃、科学は次のパッチを打っていた。
「再マッチングの推薦精度、上げておきますわ♡」
嫉妬は控え室で、監視からの昨日の録画を見ながら、静かに微笑んでいた。
「ご主人様の笑顔……最高でしたわ♡ 次のライブの元気が、出ますわね♡」
ヤンデレたちは、今日も仲が良かった。




