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普通にレースがしたいだけなのに、ヤンデレたちが競技を破壊していく

# 現実レース編――画面の外へ


ある日のこと。


主人公は屋敷で、十人のヤンデレたちとレースゲームを楽しんでいた。


画面の中では、色とりどりのカートがコースを駆け抜けている。


「おおおお! 抜いた! 俺が一位だあああ!」


主人公はコントローラーを握りしめ、歓声を上げた。


「まあ♡ 主人公様、速いですわね♡」


「さすが主人公様ですわ♡ わたくし、感動しましたわ♡」


ヤンデレたちは、主人公が勝ったことを心から喜んでいた。


……ただし、彼女たち自身は最下位争いをしていた。


「次こそは主人公様に勝ちますわ♡」


「いいえ、次はわたくしが主人公様と一緒にゴールしますわ♡」


「皆様、落ち着いてくださいませ♡ ゲームは逃げませんわ♡」


魔導は画面の端を走りながら、小さく息をついた。


(魔法が使えないと、こうも差が出るのですね……。いいえ。次は、もっと面白い形で並びましょう)


科学はリザルト画面のタイム差を睨んでいた。


(データ不足ですわ。仮想空間だけでは、実測が足りませんわね)


嫉妬は最下位付近でも笑顔だった。


(皆様、楽しそうですわ♡ 主人公様が一位なのも、嬉しいですわ♡)


そんな中、森羅万象のヤンデレが画面をじっと見つめていた。


指先が、コントローラーの上で止まっている。


(楽しい。……けれど、足りない。風もない。雨もない。本当のカーブの怖さも、ない)


そして、唐突に口を開いた。


「……現実でやりましょう」


「は?」


主人公はコントローラーを持ったまま固まった。


「現実で、ですわ♡」


森羅万象のヤンデレは、にっこりと微笑んだ。


「このゲーム、とても楽しいですわ。でも、画面の中だけでは物足りませんの。実際にコースを走れば、もっと楽しいと思いませんこと?」


「いや、思わねえよ! 普通にゲームで遊んでればいいだろ!」


「まあ♡ 主人公様ったら、遠慮なさらなくてもよろしいのに♡」


「遠慮じゃねえ!」


しかし、森羅万象のヤンデレは聞いていなかった。


彼女は窓の外へ目を向けると、両手を広げた。


(主人公様の一位の顔……あの顔を、本物の風の中でも見たいですわ)


次の瞬間、世界が揺れた。


大地が隆起し、地面が次々と形を変えていく。


屋敷の外に広がる平原には、巨大な道路が生まれた。道は幾重にも曲がりくねり、急カーブや長い直線、起伏の激しい坂道が次々と形成されていく。


地面が割れ、その間には深い谷が生まれた。


風が吹き荒れ、雲が渦を巻き、周囲の地形まで彼女の意のままに変化していく。


まるで、ゲームのコースがそのまま現実世界に出現したかのようだった。


「完成ですわ♡」


森羅万象のヤンデレは、満足そうに手を叩いた。


「どうですか、皆様! これで現実でもレースができますわ♡」


主人公は窓の外を見た。


巨大なコースができていた。


確かに、ゲームのコースにそっくりだった。


ただし。


「……おい」


主人公の視線が、コースの一角で止まった。


そこには、つい先ほどまで王城が建っていたはずだった。


今、その場所にあるのは巨大なヘアピンカーブだった。


「王城はどうしたあああああああああああああああああ!」


「コースを作るのに邪魔でしたので、地形ごと整えましたわ♡」


「王城だぞ!? 国の王様が住んでる場所だぞ!?」


「まあ♡ でも、王城があったらコースを作れませんでしたもの♡」


「だったら別の場所に作れよおおおおお!」


森羅万象のヤンデレは、きょとんと首を傾げた。


「でも、こちらのほうが面白いコースになりましたわ♡」


(王城より、主人公様の笑顔のほうが大事ですもの。国の地図は、あとでまた整えればよろしいのですわ)


こうして、王城は犠牲になった。


そして主人公は、まだ知らなかった。


これから始まるレースが、ただのゲーム大会では済まないことを。


一方、その頃。


王城があった場所では、国王と大臣たちが呆然と立ち尽くしていた。


「…………」


「…………」


「…………城が、ない」


国王は震える手で、目の前に広がる巨大なレースコースを指差した。


つい先ほどまで、そこには代々の王が暮らしてきた立派な王城があった。


国の歴史を見守ってきた城。


豪華な謁見の間。


歴代国王の肖像画が飾られた廊下。


そして、国王が毎晩愛用していた寝室。


そのすべてが、跡形もなく消えていた。


代わりにあるのは、色鮮やかな道路と、やたらと急なカーブだった。


「わ、わしの城は……?」


国王の声が震えた。


「陛下……お気を確かに!」


大臣が慌てて駆け寄った。


「お気を確かにと言われても! 城がないのだぞ!? わしの寝室も、玉座も、国宝も! 全部なくなっているのだぞ!?」


「そ、それが……」


大臣は目の前の道路を見つめた。


「どうやら、レースコースの一部にされたようです」


「レースコースだとおおおおおおおお!?」


国王の絶叫が響き渡った。


「わしの王城を何だと思っておるのだ! 道路工事の邪魔な岩か!?」


「陛下! あちらをご覧ください!」


兵士が指差した先では、王城の跡地に巨大な看板が立てられていた。


『第一コーナー』


「看板まで立ておったあああああああああああ!」


国王は膝から崩れ落ちた。


「わしは……わしは、ただ平和に国を治めたかっただけなのに……」


「陛下……」


「それなのに、なぜ王城がレースコースになるのだ……」


大臣たちも、兵士たちも、誰ひとりとして答えられなかった。


そもそも、彼らにどうにかできる相手ではない。


自然現象すら自在に操る森羅万象のヤンデレが、主人公と遊ぶために作ったコースなのだ。


王城ひとつの消失など、彼女にとっては些細なことだった。


国王の声が震えた。


そして、次の瞬間。


「あいつら、またわしの城をおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


国王は頭を抱えて絶叫した。


「これで何度目だと思っておるのだ! 城を壊すな! わしの城を遊び場にするなああああああああああ!」


大臣たちは、誰ひとりとして国王を慰められなかった。


なぜなら、彼らもまた、何度も繰り返されるこの惨劇に心を折られていたからである。


「……せめて」


国王は涙を拭い、震える声で言った。


「せめて、わしらの国を巻き込まずに遊んでくれ……」


その願いが届くことは、なかった。


こうして、現実世界に巨大なレースコースが完成した。


王城は犠牲になった。


国王たちは嘆いていた。


しかし、ヤンデレたちはそんなことなど気にも留めていなかった。


コース脇には、いつの間にか立派な実況席まで用意されていた。


実況席に座っているのは、潜入特化のヤンデレと嫉妬のヤンデレだった。


潜入特化のヤンデレはマイクを握り、実況者らしい衣装に身を包んでいる。隣では、嫉妬のヤンデレがコメンテーター用の席に腰掛けていた。


(実況なら、全体が見渡せますわ。逃走経路の確認にもなりますし♡)


(応援も、実況も、どっちも主人公様のためですわ♡)


「さあ、始まりました! ヤンデレ杯、現実世界レーシング大会ですわ!」


潜入特化のヤンデレが、堂々と声を張り上げた。


「今回の注目選手は、もちろん主人公様! そして、主人公様を心から愛する十人のヤンデレたちが参戦しておりますわ!」


「皆様、頑張ってくださいませ♡ そして主人公様、素敵な走りを見せてくださいませ♡」


嫉妬のヤンデレも、笑顔で応援した。


「ええ、皆様の熱い走りに期待ですわね! それでは、レース開始ですわ♡」


森羅万象のヤンデレが手を上げた。


カウントダウンが始まる。


「三!」


エンジン音が響く。


「二!」


主人公はアクセルを踏み込む準備をした。


(勝つ。勝って、普通のゲームに戻す。……戻せるのか?)


「一!」


「スタートですわ♡」


十台のカートが一斉に飛び出した。


「おおっとおおおおお! 飛び出したのは主人公様! 圧倒的なスタートダッシュですわああああ!」


潜入特化のヤンデレが実況する。


「素晴らしい加速ですわ! 最初のコーナーも鮮やかに攻略! これは見事なドライビングテクニック!」


「本当にお見事ですわ♡ 普段からゲームで鍛えていらっしゃるだけありますわね♡」


嫉妬のヤンデレは、感心した様子で主人公を見つめていた。


(一位の後ろ姿……ステージのセンターみたいですわ♡)


「おっと、ここで主人公様がさらに加速! 直線で後続を突き放します! 二位以下との差がどんどん広がっていくうううう!」


「皆様も頑張ってくださいませ♡ 主人公様に追いつけるでしょうか♡」


「さあ、どうなるのでしょうか! 各選手の奮闘にも注目ですわ!」


実況席の二人は、顔を見合わせて楽しそうに笑った。


そんなやり取りをしている間にも、主人公は次々とコーナーを攻略していった。


「一周目を終えました! 主人公様、堂々のトップですわああああ!」


「素晴らしいですわ♡ このまま最後まで走り切ってほしいですわね♡」


「二位以下を大きく引き離しています! これは圧勝の予感ですわ!」


その声はコース全体に響き渡っていた。


主人公は実況を聞きながら、満足そうに笑った。


「よっしゃあああああ! 見たかお前ら! これが俺の実力だあああああ!」


「主人公様、素敵ですわああああ♡」


実況席からも、熱烈な声援が飛んだ。


主人公は知らなかった。


このレースが、まだ本当の意味では始まっていないことを。


そして、実況席の二人もまた、これから起こる展開を楽しみにしていた。


二周目。


主人公は、相変わらず余裕の表情でコースを走っていた。


「いやあ、やっぱりレースは楽しいな! この調子なら優勝間違いなしだぜ!」


その頃、後方を走っていた科学特化のヤンデレは、自分のカートのスイッチを押していた。


(ゲームのタイム差は、データですわ。現実なら、変数を増やせますわね♡)


「ふふふ♡ 実はわたくし、愛する主人公様とのレースのために、マシンを魔改造しておきましたの♡」


次の瞬間。


科学特化のヤンデレのカートが爆発的に加速した。


「な、なんだあああああ!?」


周囲のカートを一気に追い抜き、猛烈な勢いでコースを駆け抜けていく。


さらに、車体の側面からミサイル発射装置が展開された。


「主人公様に勝つためには、これくらい当然ですわ♡」


(勝たなければ、隣に並べませんもの。並ぶための火力ですわ♡)


ドドドドドドドドドドッ!


科学特化のヤンデレは、ミサイルを次々と発射した。


「おおおおっとおおおお! 科学特化のヤンデレ選手、驚異的な加速です! しかもミサイルを連射していますわああああ!」


潜入特化のヤンデレが、興奮した声で実況する。


「これはすごいですわね♡ 車体の改造だけで、あそこまでの速度を出せるなんて♡」


嫉妬のヤンデレも感心していた。


「いや、レースでミサイルを撃つなあああああああ!」


主人公の絶叫がコースに響き渡った。


しかし、暴走はそれだけでは終わらなかった。


「ふふふ♡ 科学特化のヤンデレさんだけに、いい格好はさせませんわ♡」


魔導のヤンデレが、カートのハンドルを握りながら魔力を解放した。


(魔法が使えないゲームは不公平でしたわ。現実なら、公平ですわね♡ わたくしの流儀で)


車体が光に包まれる。


「魔力を推進力に変換しますわ♡ これで、わたくしのカートも超加速ですわ!」


ゴオオオオオオオオオッ!


魔導のヤンデレのカートが、凄まじい速度で飛び出した。


さらに彼女は、前方に向けて両手をかざした。


「波動砲、発射ですわ♡」


ドオオオオオオオオオオン!


巨大な光線がコースを貫いた。


「波動砲まで撃ち始めましたああああ! 魔導のヤンデレ選手、もはやレースの常識を完全に超越していますわああああ!」


「科学と魔法の夢の競演ですわね♡」


嫉妬のヤンデレは、楽しそうに実況席から眺めていた。


(皆様、本気ですわね♡ 主人公様の一位を、本気で狙っていらっしゃる♡)


「夢の競演って言ってる場合かあああああ! 道路が消し飛んでるだろうがあああああ!」


主人公は必死にハンドルを切り、波動砲の直撃を回避した。


その頃、薬物特化のヤンデレにも動きがあった。


「お二人とも、楽しそうですわね♡ わたくしも負けていられませんわ♡」


(薬学的に、地面は非効率ですわ。立体機動のほうが、最短ですわ♡)


彼女は怪しげな薬品を取り出し、カートに投入した。


すると、車体がみるみる変形していく。


ボディが巨大化し、翼が生え、鋭い爪と長い尾が現れた。


「完成ですわ♡ ワイバーン型レーシングマシン!」


薬物特化のヤンデレは、カートごとワイバーンへと変化した。


「おおおおっとおおおお! 薬物特化のヤンデレ選手、まさかのワイバーン化です! 地上のレースを捨て、空へと飛び立ちましたああああ!」


「空からなら、コースのカーブも関係ありませんわね♡」


嫉妬のヤンデレが感心した、その直後だった。


科学特化のヤンデレが、空を飛ぶワイバーンを見つけた。


「あら♡ 空を飛んでコースをショートカットするなんて、ずるいですわね♡」


(ルール外は、迎撃対象ですわ。データ取得の邪魔ですもの♡)


科学特化のヤンデレは、ミサイル発射装置を上空へ向けた。


「撃ち落として差し上げますわ♡」


ドドドドドドドドドッ!


無数のミサイルがワイバーンへと飛んでいく。


「えっ、ちょっと待っ――」


ドゴオオオオオオオオオン!


ワイバーンは爆発に包まれ、そのまま墜落した。


「きゃあああああああああ!」


薬物特化のヤンデレは、変身が解除されながらコース脇へと落下した。


「薬物特化のヤンデレ選手、撃墜されましたああああ! まさかの空中失格ですわああああ!」


「科学特化のヤンデレさん、見事な迎撃でしたわね♡」


嫉妬のヤンデレが拍手した。


「ふふふ♡ 当然ですわ♡ 空を飛ぶ相手への対空攻撃も、想定済みですの♡」


科学特化のヤンデレは、満足げに胸を張った。


その瞬間だった。


「……あら?」


ミサイルを撃つことに夢中になっていた科学特化のヤンデレは、目の前に迫る急カーブに気づいていなかった。


「えっ、カーブ!?」


キキキキキキキキッ!


急ブレーキも間に合わない。


カートはコースの端を飛び越え、そのままコースアウトした。


「きゃああああああああああ!」


科学特化のヤンデレのカートは、派手な音を立ててコース脇に突っ込んだ。


「科学特化のヤンデレ選手もコースアウトおおおお! ワイバーンを撃墜してご満悦の直後、自らも脱落ですわああああ!」


「お二人とも、派手なレースでしたわね♡」


嫉妬のヤンデレは、にこにこと笑っていた。


(落選も、応援のうちですわ♡ 次の周で、また誰かが主役になりますわ)


「二周目にして、薬物特化のヤンデレ選手と科学特化のヤンデレ選手、二名が失格! レースは早くも大波乱ですわああああ!」


実況席の声がコース全体に響き渡った。


一方、主人公は――。


「普通にレースをさせろおおおおおおおおおおおおおおお!」


もはや、純粋に走りを楽しんでいた一周目が懐かしくなっていた。


三周目。


二周目で科学特化のヤンデレと薬物特化のヤンデレが脱落した。


しかし、レースはまだ終わらない。


主人公は、後方から聞こえてくる不穏なエンジン音に顔をしかめていた。


「頼むから、今度こそ普通に走ってくれよ……!」


その願いが叶うことはなかった。


「ふははははは! マシンなど不要!」


格闘特化の男のヤンデレが、突然カートから立ち上がった。


(車は道具だ。俺の拳と脚こそが、本物のマシンだ!)


そして――。


バキィッ!


彼は自分のカートを素手で破壊した。


車体が砕け、タイヤが吹き飛び、エンジンが地面を転がる。


「己の肉体こそ、最強のマシン!」


格闘特化の男のヤンデレは、地面を蹴った。


ドゴォッ!


その瞬間、地面が陥没した。


彼の身体が弾丸のように飛び出し、カートを遥かに超える速度でコースを駆け抜けていく。


「な、なんだあああああ!? 人間がカートより速いだとおおおお!?」


主人公は目を疑った。


「おおおおっとおおおお! 格闘特化の男のヤンデレ選手、マシンを自ら破壊! そして自分の脚で走り始めましたああああ!」


潜入特化のヤンデレが興奮気味に実況する。


「驚異的な脚力ですわ! カートを使わずにこの速度! まさに肉体の限界を超えていますわね!」


「さすがですわ♡ 鍛え上げた肉体は素晴らしいですわね♡」


嫉妬のヤンデレも感心していた。


「いや、レース用の車を壊して走るなああああ!」


主人公の叫びもむなしく、格闘特化の男のヤンデレは猛スピードで走り続けた。


(ご主人様の背中が、見える……! 追いつく! 追いついて、並ぶ!)


その頃、別の場所では、腰振りのスペシャリストの男のヤンデレが動き出していた。


「ふふふ♡ 皆様、まだまだ甘いですわね♡」


彼はカートの上に立ち上がった。


しかも、進行方向とは逆を向いている。


(推進は、後ろからが美しい。一拍目を、酒じゃなくアクセルに合わせます♡)


「わたくしの腰振りを見せて差し上げますわ♡」


「おい、前を向けええええ!」


主人公が叫んだ。


しかし、腰振りのスペシャリストの男のヤンデレは聞く耳を持たない。


「いきますわよおおおお♡」


ブンッ! ブンッ! ブンッ!


彼が猛烈な勢いで腰を振るたび、空気が震えた。


そして――。


ドゴォォォォォン!


凄まじい衝撃波が発生し、カートを後方から押し出した。


「うおおおおおおお! 速いですわああああ!」


カートが猛烈な勢いで加速する。


「おおおおっと! 腰振りのスペシャリストの男のヤンデレ選手、独自の推進方法で驚異的な加速を見せていますわああああ!」


潜入特化のヤンデレが実況する。


「衝撃波を推進力にするとは……! 発想が素晴らしいですわね♡」


嫉妬のヤンデレも感心していた。


「だから前を向けって言ってるだろおおおおお!」


主人公の忠告は、やはり届かなかった。


腰振りのスペシャリストの男のヤンデレは、後ろ向きのまま腰を振り続けていた。


「ふふふ♡ このまま一気に追い抜いて差し上げ――」


その瞬間。


目の前に巨大な壁が迫っていた。


「……え?」


(間が……足りなかった、ですわね)


ドゴオオオオオオオオオン!


カートは壁に激突した。


猛烈な衝撃で車体が大破し、腰振りのスペシャリストの男のヤンデレはコース脇へと吹き飛ばされた。


「うおおおおおおおおお!」


「腰振りのスペシャリストの男のヤンデレ選手、壁に激突うううう! 前を向かずに加速した結果、まさかの脱落ですわああああ!」


「惜しかったですわね……。加速自体は見事でしたのに♡」


嫉妬のヤンデレは、残念そうに首を傾げた。


一方、格闘特化の男のヤンデレは、何事もなかったかのように走り続けていた。


「ふははははは! これが鍛え上げた肉体の力よ!」


「三周目も大波乱! 腰振りのスペシャリストの男のヤンデレ選手が脱落! 格闘特化の男のヤンデレ選手は、驚異的な速度でコースを疾走しておりますわああああ!」


実況席の声が響き渡る。


主人公は、ハンドルを握りしめながら絶叫した。


「これ、レーシングゲームの再現じゃなかったのかよおおおおおおおおお!」


## 第4周目 凶器の車


第4周目。


主人公が必死にコースを走っていると、背後から不気味な音が聞こえてきた。


ガシャン。


バキバキバキッ!


拷問担当の男のヤンデレが、自身の車の外装を次々と破壊していた。


「ふふふ……。もう、この姿を隠す必要はないな」


(見た目で勝つ。恐怖で差をつける。それが職人の美学だ)


外装が剥がれ落ち、その下から現れたのは――。


刃物。巨大な棘。鋭利な突起。どう考えても車に搭載するべきではない、無数の凶器。


どこからどう見ても、レーシングカーではない。


凶器だった。


「これが、俺の本当の姿だ!」


拷問担当の男のヤンデレは、誇らしげに宣言した。


実況席も大興奮だった。


「おおおおお! 拷問担当のヤンデレ、ついに真の姿を現しました! 車体の至るところに凶器が搭載されています!」


「すごいですね! あれだけの凶器を搭載した車、見たことがありません!」


「これなら、どんな相手も恐怖に震えること間違いなしです!」


しかし。


遅かった。


とにかく、遅かった。


車体のあちこちに凶器を搭載しすぎたせいで、重量が増えすぎていたのだ。


主人公はあっという間に距離を詰められるどころか、逆にどんどん引き離していく。


「いや、凶器を搭載しすぎて遅くなってるじゃねえかあああああああああ!」


拷問担当の男のヤンデレは、主人公の叫びも気にせず、必死にアクセルを踏み続けていた。


(重い……。だが、この重さこそが愛だ……!)


そのときだった。


ガキンッ!


「……なに?」


タイヤに取り付けられた刃物が、コースの路面に深々とはまった。


前にも進めない。


後ろにも下がれない。


拷問担当の男のヤンデレは、完全に立ち往生してしまった。


そこへ。


ドドドドドドドドドドドドッ!


地響きを立てながら、格闘特化の男のヤンデレが走ってきた。


第3周目に自分の車を破壊して以来、己の肉体だけでレースを続けていた男である。


「フハハハハハ! 己の肉体こそ、最強のマシン!」


(止まるな。足を止めた奴から、落ちる)


そして――。


ドゴオオオオオオオオオオオオン!


格闘特化の男のヤンデレは、立ち往生していた拷問担当の男のヤンデレの車に、勢いよく激突した。


車体が吹き飛ぶ。


凶器が宙を舞う。


格闘特化の男のヤンデレも、激突の勢いでコースの外へ転がっていった。


実況席は大騒ぎだった。


「な、なんとおおおおお! 格闘特化のヤンデレが拷問担当のヤンデレに激突! 両者、コースアウトです!」


「拷問担当のヤンデレ、真の姿を披露した直後に失格! 格闘特化のヤンデレも、走り続けた末にまさかの失格です!」


主人公は目の前の惨状を見て叫んだ。


「だから普通にレースをしろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


こうして、第4周目にして2名が失格となった。


しかも、格闘特化の男のヤンデレは車を破壊してからずっと走り続けていたのに、最後は他人の車に激突して失格になったのだった。


## 第5周目 自然の力


第5周目。


ここまで、数々のヤンデレたちが己の得意分野を生かしてレースを破壊してきた。


しかし。


ついに、この女が動き出す。


森羅万象のヤンデレである。


「ふふふ……。そろそろ、わたくしの出番ですわね♡」


森羅万象のヤンデレは、ハンドルを握りながら微笑んだ。


(皆様、楽しそうでしたわ。では、舞台を本物にいたしましょう♡)


主人公は、その声を聞いた瞬間に嫌な予感がした。


「お、おい……。お前、まさか……」


「自然の力を、少しお借りするだけですわ♡」


「少しってなんだよ! お前の場合、その少しが信用できねえんだよ!」


しかし、時すでに遅し。


森羅万象のヤンデレが指を鳴らした瞬間、空模様が一変した。


ゴロゴロゴロゴロ……。


空を覆う黒雲。


吹き荒れる突風。


そして、コースの上に降り注ぐ豪雨。


「な、なんだああああああああああ!」


主人公は慌ててハンドルを握り直した。


コースは一瞬にして水浸しになり、視界まで悪くなっていく。


だが、森羅万象のヤンデレだけは違った。


彼女の車の周囲では、風が都合よく流れ、雨粒は車体を避け、路面の水さえも彼女の進路を邪魔しない。


まるで自然そのものが、彼女の味方をしているかのようだった。


実況席は大興奮である。


「おおおおお! 森羅万象のヤンデレ、天候まで自在に操っています!」


「雨も風も、すべて彼女の味方ですわ! これはとんでもない走りです!」


そのとき。


魔導のヤンデレが、森羅万象のヤンデレの前に躍り出た。


「まあ! 自然現象を操るなんて、面白そうですわね♡ わたくしの魔法と、どちらが上か勝負ですわ!」


(二重スパイでも、ここでは正面から勝ちますわ♡)


「ふふふ♡ いいですわよ」


森羅万象のヤンデレは、楽しそうに微笑んだ。


次の瞬間。


ゴロゴロゴロゴロ……!


魔導のヤンデレの頭上に、巨大な積乱雲が発生した。


「……あら?」


ピシャアアアアアアアアン!


猛烈な落雷が、魔導のヤンデレの車のすぐ近くに直撃した。


「きゃああああああああああ!」


車は衝撃で大きく跳ね上がり、そのままコースの外へ吹き飛んでいった。


ドゴオオオオオオオン!


魔導のヤンデレ、失格。


「いやああああああああああ! 自然現象で失格にするなあああああああ!」


主人公は、もはやレースどころではなかった。


魔導のヤンデレが波動砲をぶっ放していたときも十分に恐ろしかった。


だが、森羅万象のヤンデレは違う。


雨も、風も、雷も、すべてが彼女の手の中にある。


このコースそのものが、彼女の武器なのだ。


「ふふふ……。まだまだ、これからですわよ♡」


森羅万象のヤンデレは、何事もなかったかのように走り続けた。


主人公は、ハンドルを握る手を震わせながら叫んだ。


「もう嫌だああああああああああ! 俺はただ、普通にレースがしたかっただけなのにいいいいいいいい!」


こうして、第5周目。


森羅万象のヤンデレがついに本格参戦し、魔導のヤンデレが失格となった。


そして主人公は、ようやく理解した。


このレースで最も恐ろしいのは、凶器でも、ミサイルでも、波動砲でもない。


**自然そのものを味方につけるヤンデレだった。**


## 第6周目 黄金勇者、爆誕!


第6周目。


森羅万象のヤンデレが自然現象を自在に操り、魔導のヤンデレを失格にした。


主人公は震えていた。


「もう駄目だ……。あんなのに勝てるわけがねえ……」


そのときだった。


「諦めるのはまだ早いですわ!」


聞き覚えのある声が響いた。


振り返ると、そこには失格したはずの科学特化、薬物特化、そして魔導のヤンデレが立っていた。


「お、お前ら! 失格になったんじゃなかったのか!?」


「レースには出られなくても、あなたを応援することはできますわ♡」


魔導のヤンデレが笑顔で答えた。


(落選しても、主人公様の側にいれば勝ちですわ♡)


「科学特化の私が、マシンを改造しますわ!」


「薬物特化のわたくしが、特殊な薬で性能を引き上げますわ♡」


「そして、わたくしが魔法で仕上げますわ!」


「いや、ちょっと待て! お前ら、何をするつもりだ!?」


主人公の抗議を無視し、三人は主人公の車を取り囲んだ。


科学特化のヤンデレが工具を取り出す。


(データは揃いましたわ。あとは、主人公様という最強の動力源ですわ♡)


薬物特化のヤンデレが怪しげな薬品を注入する。


(変換効率、最大ですわ♡ 夜のスタミナ飯の応用ですの♡)


魔導のヤンデレが車体に魔法陣を描く。


(合体なら、逃げられませんわね♡ ……冗談、ですわ♡ たぶん)


ガガガガガガガガ!


バチバチバチバチ!


ゴゴゴゴゴゴゴゴ!


車体が震え、エンジンが唸り、黄金色の光が全身を包み込んだ。


そして、改造が完了した。


「できましたわ!」


「名付けて、股間エネルギー連動型・究極魔改造マシンですわ♡」


「……は?」


主人公は固まった。


科学特化のヤンデレが、得意げに説明する。


「あなたの股間から生み出されるエネルギーを、そのまま車の出力に変換する仕組みですわ! エネルギーが強ければ強いほど、車の性能も上がりますの!」


「なんでそんなものを動力源にしたんだよおおおおおおおおお!」


「その方式が最も効率的だったからですわ!」


「効率で説明できる問題じゃねえだろ!」


薬物特化のヤンデレも、満足げに頷いた。


「薬でエネルギー変換効率も高めてありますわ♡」


「余計なことをするなあああああああ!」


魔導のヤンデレが、最後の仕上げとばかりに両手を掲げた。


「そして、究極の合体魔法ですわ♡」


「合体?」


「ええ。あなたと車を、一つにしますの♡」


「待て! その説明は絶対に嫌な予感しかしねえ!」


しかし、三人は聞く耳を持たなかった。


魔法陣が輝き、黄金色の光が主人公を包み込む。


車体が変形し、装甲が組み上がり、巨大な手足が形成されていく。


ガシャン! ガキン! ドゴォン!


やがて光が晴れたとき、そこに立っていたのは――。


黄金色に輝く、巨大な勇者だった。


その胸部には主人公の顔があり、全身には車の装甲が組み込まれている。


「こ、これは……!」


科学特化のヤンデレが叫んだ。


「黄金勇者、完成ですわ!」


薬物特化のヤンデレも歓声を上げる。


「すばらしいですわ♡ 車と人間の究極の融合ですわ!」


魔導のヤンデレは、うっとりと頬を染めた。


「主人公様、かっこいいですわ♡」


主人公は、自分の黄金色の腕を見つめた。


「……俺、どうなっちまったんだ?」


「さあ、行ってくださいませ! 森羅万象のヤンデレを倒すんですわ!」


三人の声援を受け、黄金勇者はゆっくりと顔を上げた。


その視線の先には、自然現象を操りながら悠々と走る森羅万象のヤンデレがいた。


森羅万象のヤンデレは、黄金色の巨体を見て目を輝かせた。


「あらあら♡ ずいぶんと格好よくなりましたわね!」


(素敵ですわ。では、自然と黄金で踊りましょう♡)


主人公は拳を握りしめた。


「お前だけは……お前だけは、絶対に止めてやる!」


「ふふふ♡ 面白くなってきましたわね!」


森羅万象のヤンデレが腕を振るうと、コース上に竜巻が発生した。


黄金勇者は真正面から竜巻へと突っ込んでいく。


ドゴオオオオオオオオオオオオン!


黄金の装甲が輝き、竜巻を突き破った。


実況席は大混乱だった。


「な、なんとおおおおお! 主人公、黄金の巨大勇者へと変身! 森羅万象のヤンデレに正面から挑みます!」


「これは予想外ですわ! まさか、失格した三人が主人公のために力を合わせるなんて!」


黄金勇者と森羅万象のヤンデレ。


ついに、二人の一騎打ちが始まった。


主人公は叫ぶ。


「今度こそ、普通のレースを取り戻してやるううううううう!」


――そもそも、もうレースではなかった。


実況席では、潜入特化のヤンデレと嫉妬のヤンデレが、黄金勇者と森羅万象のヤンデレによる激闘を見守っていた。


黄金勇者が拳を振るい、森羅万象のヤンデレが嵐を巻き起こす。


大地が揺れ、雷鳴が轟き、コースはもはや原形をとどめていなかった。


潜入特化のヤンデレは、マイクを握ったまま静かに口を開いた。


「……あの、コメンテーターさん」


「はい、なんでしょう?」


「これ、もうレースじゃありませんわよね?」


(実況の範疇を、超えていますわね……。でも、記録は残しますわ)


嫉妬のヤンデレは、黄金勇者と森羅万象のヤンデレを見比べた。


「ジャンルが変わってます」


(でも、主人公様が真ん中ですわ♡ センターですわ♡)


「ですよね」


二人はしばらく無言で激闘を見つめたあと、同時に告げた。


「両者、失格です」


こうして、レースゲームから始まった謎の大会は、最後までレースに戻ることなく幕を閉じた。


王城はヘアピンになり、国王は泣き、ミサイルは飛び、ワイバーンは落ち、肉体はマシンを超え、凶器は重く、自然は味方し、黄金勇者が生まれた。


そして実況席の二人だけが、静かにマイクを置いた。


「……次回も、実況しましょうか♡」


「ええ♡ ジャンルが何になっても、主人公様が走れば大会ですわ♡」

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