嫉妬のヤンデレ――数千万人に愛されるアイドルが、主人公だけを独占したい理由
**【嫉妬のヤンデレ】**
彼女は、この歪んだ国家において異色の存在だった。
表向きの顔は、国民的トップアイドル。
ひとたび彼女がライブイベントのステージに立てば、チケットを手に入れようと数百万人の国民が暴動寸前の争奪戦を繰り広げる。オークションサイトには法外な値段の転売チケットが並ぶが、それらは秒速で【監視・情報特化のヤンデレ】のサイバー部隊によって不正検知され、転売ヤーたちは一網打尽に社会的抹殺を遂げられていた。
「不正なチケット転売は認めませんわ♡ 推しへの愛は、正しい手順で証明しなさい」
監視が冷徹に裏の害虫を駆除する一方、ステージ上の嫉妬は、完璧な笑顔と神対応で何万人ものファンたちの握手会に丁寧に応じている。
誰もが彼女に恋をし、誰もが彼女の「唯一の隣人」になりたいと夢見た。
――だが、国民が数千万円を積んでも絶対に手に入らない「彼女のすべて」を、この要塞の奥底で完全に独占している男がいた。
それが、主人公である。
彼女の「嫉妬」という名の由来。それは他の女に嫉妬するのではなく、「こんなに愛しているのに、ご主人様が自分以外の世界(自由や逃走経路)に目を向けること」そのすべてに対する独占欲だった。
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### アイドルの裏の顔、そしてチームの潤滑剤
アイドル活動のスケジュールがない日、彼女の仕事場はステージから研究所や要塞の裏方へと変わる。
「拷問さん、設計図ばかり見つめすぎて肩が凝っていますわ。温かいお茶をどうぞ♡」
「科学殿、徹夜のしすぎです。これ以上の無茶は私が許しませんわよ♡」
時には怪我をした兵士を癒やし、時には行き詰まった研究者の背中を押し、殺伐としたヤンデレ組織の中で唯一の「チームの潤滑剤(お母さん的存在)」として、彼女は全員から頼られていた。
誰もが彼女を「聖母」と呼ぶ。
誰もが、彼女には狂気などないと思っていた。
――だが。
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### 控え室の「ご褒美」
激務の合間。誰の目もない控え室のソファ。
彼女は笑顔のまま、楽屋着のまま、スマートフォンを取り出した。
画面をタップする。
監視特化から送られてくる、専用のリアルタイム監視映像。
要塞の奥。
拘束具に四肢を固定された主人公が、必死に体をよじり、歯を食いしばり、小さく、しかし確かに悲鳴に近い声を漏らしている。
「やめて……今日はもう……」
その一言で、疲労で落ちかけていた彼女の背筋が、ゆっくりと伸びた。
「……ふふ」
最初は微笑だった。
次の瞬間、画面に顔を寄せ、瞳の焦点が合わなくなる。
「あ……また、その声……♡」
指先が画面を撫でる。触れられないと分かっていながら、主人公の喉元あたりを、何度もなぞる。
「ステージのライトより、握手会の笑顔より……こっちのほうが、ずっと効きますわ……」
配信の端で、主人公が「助けてくれ」と口だけ動かす。
その口の形を、彼女は声に出して真似した。
「助けてくれ……♡ いいえ。助けませんわ。助けないから、そんな顔をするのでしょう? その顔が……見たいのよ……」
控え室の空調音だけが響く中、彼女の呼吸が少しずつ荒くなる。
アイドルの完璧な仮面の下で、瞳だけが、美しい狂気で濡れていく。
「何千万人のファンが、私の手を握りたがる。でも、ご主人様は私の『推し』を拒否する。……それなのに、逃げられない。縛られて、声を上げて、私たちのところから出られない」
画面の主人公が、再び身をよじる。
そのたびに、彼女の口元が緩む。
「……好き。嫌い、じゃない。好きで、好きで、自由にしようとするところごと、好き……♡」
ノックの音がした。スタッフだ。
彼女は一瞬で表情を消し、いつもの聖母の笑顔に戻した。
「はい♡ 少々お待ちくださいませ」
スマホは胸元にしまい、画面の光だけが、服の下でまだ熱を持っている。
「もう少しで今日のスケジュールが終わりますわ。そうすれば――本物のご褒美の時間ですの♡」
国民がどれだけ焦がれても絶対に触れられないトップアイドルは、今夜も要塞の奥底で、愛しい主を独占するための夜のステージへと向かうのだった。
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### 夜のステージ――十人で、仲良く
夜。
要塞の奥の寝室は、すでににぎやかだった。
魔導が笑い、科学が計測器を置き、慈愛が「先に回復しておきますわね♡」と手をかざし、監視が「今夜も記録しますわ♡」とカメラを回している。
森羅万象は紅茶を置き、腰振りと格闘が「順番は公平に」と談笑し、拷問は新しい拘束の感触を確認している。
その輪の中に、ステージ衣装を脱ぎ捨てた嫉妬が、自然に滑り込んだ。
「お待たせいたしましたわ♡」
「ああ、嫉妬。ライブお疲れ様♡」
「今日の握手会、ニュースになってましたわよ♡」
彼女はいつもの明るい声で手を振り、空いていた主人公の横――正確には、拘束された主人公の枕元に座った。
「ご主人様♡ テレビの中でずっと見ていましたの。今日も逃げようとして、可愛かったですわ♡」
「お前まで……来るな……」
「来ますわ♡ だって、みんなでご主人様を愛するのが、私たちの流儀ですもの」
十人が、自然な間隔で主人公の周囲を埋めていく。
誰一人として割り込まず、誰一人として独占を主張しない。
順番を決め、肩を叩き合い、時々「次は私ね♡」「いいわよ♡」と笑い合う。
嫉妬は、その輪の中でメガホンではなく、素の声で言った。
「ステージでは一人でしたけれど……ここは違いますわ。十人で、ご主人様をいっぱいにしますの♡」
「一人にしてくれ……」
「いいえ♡ 一人にはしません。寂しくないように、みんなでいますから」
慈愛が回復し、魔導が何か悪戯っぽく笑い、監視のランプが赤く点灯する。
その隣で、嫉妬は主人公の手が届かない位置から、そっと手を振った。
「今夜も、仲良くやりましょうね♡ ご主人様♡」
彼女が頑張る理由は、ファンでも、国家でも、聖母の称号でもない。
**主人公様との夜の生活、そこ一点**に集約されている。
狂気の質は、他のヤンデレと変わらない。
ただ、彼女だけは、それを「みんなでワイワイ」の形でぶつけてくる。
そして今夜も、国民的トップアイドルは、要塞の奥で、十人の輪の一員として、愛しい主の夜を、にぎやかに、終わらせないのだった。




