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番外編9 人魚姫になった俺、ヤンデレ10人にドラゴン退治をさせられる

第一幕 海底の人魚姫


ある日、屋敷の居間で、ヤンデレたちは新しい童話を演じることにした。


今回の演目は、人魚姫。


もちろん、人魚姫役は主人公である。


「それでは、さっそく始めましょう!」


魔導が優雅に杖を構える。笑顔がすでに完成している。


「ん? 何を――」


主人公が質問を終える前に、ヤンデレたちは主人公の両足に巨大な重りを取り付けた。ガシャン、と重い音がする。


そして、そのまま海へ放り込んだ。


「待て! 説明しろ! せめて『人魚姫やるぞ』くらい言え!」


主人公の身体は、重りに引かれてあっという間に海底へ沈んでいった。泡だけが上がる。


「…………」


海底に到着した主人公は、しばらくじっとしていた。砂が舞う。


別に息苦しくはない。


これまでの過酷な訓練の結果、主人公は海の魚を食べることで酸素を得られる特殊な能力を身につけていたのだ。鋼の精神の副産物だ。


主人公は近くを泳いでいた魚を捕まえて食べた。


これで呼吸には困らない。味は普通の魚だ。


しかし、両足の重りはどうにもならなかった。動くたびに砂が巻き上がる。


「……何がしたいんだ、あいつら。普通に『人魚姫ごっこ』って言えば済むだろ。いきなり海かよ」


そのころ、海上ではヤンデレたちが主人公の回収方法を相談していた。紅茶を淹れながら。


「人魚姫が海から王子様に助けられる場面を再現したいのですが……」


慈愛が優しく提案する。目が本気だ。


「それなら、碇を使えばよろしいのでは?」


科学がタブレットを見ながら答える。数字が正確だ。


「まあ! 素晴らしいアイデアですわ!」


魔導が扇子で口元を隠して微笑む。


こうして巨大な碇が海へ投げ込まれた。ドボン、と大きな音がする。


碇は海底まで沈み、主人公の身体に引っかかった。鎖が張る。


「では、引き上げましょう!」


十人が力を合わせて鎖を引っ張る。優雅に、息を揃えて。


主人公は海底を引きずられながら、ゆっくりと海面へ引き上げられていった。砂と海藻が絡む。


「おい、引きずんな! 普通に引き上げろ!」


やがて、主人公の身体が海上に現れた。水しぶきが上がる。


その瞬間、王子役のヤンデレが駆け寄り、主人公を優しく抱きかかえた。腕が柔らかい。


「まあ……! なんて美しい方なのでしょう。あなたが無事で、本当によかった……!」


彼女は主人公の髪をそっと撫で、慈しむように微笑んだ。目が潤んでいる。愛が重い。


「どうか目を覚ましてくださいませ。あなたを失うなんて、私には耐えられません……! 愛していますわ」


そして、主人公の口に深いキスをした。


同時に、鼻にも深いキスをする。


口と鼻を同時に塞がれた主人公は、たちまち呼吸困難に陥った。


「んんんんっ!? 鼻までするな! 普通のキスだろ!」


主人公が必死にもがく。手足がバタバタする。


しかし、王子役のヤンデレは感動に打ち震えていた。抱きしめる力が強くなる。


「まあ……! 生きている喜びを全身で表現してくださっているのですね! 愛が伝わってきますわ!」


主人公の身体から力が抜けた。視界が暗くなる。


「大変! 意識を失ってしまいましたわ!」


そこで慈愛のヤンデレが主人公を完全に回復させた。光が優しく包む。


「これで安心ですわね! すぐに元気になりますから」


回復した主人公に、王子役のヤンデレは再び口と鼻へ同時に深いキスをした。愛が、さらに重い。


主人公はまた呼吸困難に陥った。


「王子様と人魚姫の愛が伝わってきますわ!」


ほかのヤンデレたちは、感動的な救出劇に惜しみない拍手を送っていた。涙まで浮かべている。


主人公は心の底から思った。


(これ、助けられてるんじゃなくて、殺されかけてるんじゃないのか? 愛が重すぎる……!)


もちろん、誰も聞いていなかった。拍手だけが響く。


第二幕 人魚姫、陸へ上がる


「さて、次は人魚姫が人間の足を手に入れる場面ですわね!」


魔導のヤンデレが杖を優雅に掲げた。光が走る。


主人公の尾びれが魔法によって二本の人間の足に変わる。普通の足だ。


「おお、これで普通に歩ける――」


ガシャン!


両足に巨大な金属製の重りが取り付けられた。


左右合わせて一トン。床が少し沈む。


「…………」


主人公は足元を見つめた。


「人間の足に慣れるための訓練ですわ! 愛を込めて重くしましたわ♡」


科学が満足そうに説明する。数字が完璧だ。


さらに、主人公の口にはボールギャグが装着された。カチャリ、と音がする。


「んんんんっ!? これ、原作か!?」


「人魚姫は声を失うのでしょう? 原作に忠実ですわね!」


魔導が優雅に頷く。


「んんんんんっ!! 忠実すぎるだろ! 重りは原作にねえ!」


そして、ヤンデレたちは主人公の服まで剥ぎ取った。丁寧に、愛を込めて。


「人魚姫は海から現れたのですから、服を着ていないほうが自然ですわ! 自然が一番の愛ですわ♡」


こうして主人公は、全裸で、口にボールギャグをくわえ、両足に合計一トンの重りをつけられた状態になった。風が冷たい。


主人公は一歩を踏み出そうとした。


当然、動けなかった。重りが床にめり込む。


「んんんんんんっ!! 動けねえ! これ、訓練じゃなくて拷問だろ!」


「まあ! 歩こうと努力していらっしゃる! 健気ですわ!」


ヤンデレたちは感動していた。手を合わせて目を輝かせる。


そのとき、王子役のヤンデレが優雅に振り返った。微笑みが完璧だ。


「それでは、人魚姫。私たちはお城でお待ちしておりますわ」


そして、にっこりと微笑んだ。愛が、静かに重い。


「一日待ってあげますから、それまでにお城まで来てくださいませ。間に合わなかったら、お仕置きですわよ! 愛を込めて、ね」


そう言い残すと、ヤンデレたちは楽しそうに城へ向かった。手を振りながら。


海岸に取り残された主人公は、重りを見下ろした。


一トン。


声は出せない。


服もない。


そして、制限時間は一日。


「んんんんんんんんっ!! 誰か、普通の人魚姫にしてくれ……!」


人魚姫の陸上生活は、開始早々、攻略不可能な難易度になっていた。


第三幕 王子、お茶会に夢中になる


そのころ、城では盛大なお茶会が始まっていた。


大広間には大きなモニターが設置されている。紅茶の香りが漂う。


画面に映し出されているのは、海岸で一トンの重りを引きずりながら、必死に城を目指す主人公の姿だった。砂が舞う。


監視特化ヤンデレが、主人公の様子をリアルタイムで配信しているのである。解像度が最高だ。


さらに、潜入特化ヤンデレは主人公の近くに潜伏し、その状況を逐一報告していた。声が冷静だ。


「報告します! 主人公様、現在、海岸から三メートルほど進まれました!」


「まあ! 素晴らしいですわ!」


十人のヤンデレたちから歓声が上がった。カップが鳴る。


モニターには、重りのせいで転倒する主人公の姿が映し出されている。砂まみれだ。


「転倒されました! ですが、すぐに立ち上がろうとなさっています!」


「なんて健気なのでしょう……! 愛が伝わりますわ!」


「主人公様、頑張ってくださいませ! 応援してますわ♡」


ヤンデレたちは目に涙を浮かべながら、モニター越しに主人公を応援した。手を取り合う。


「報告します! 再び転倒されました!」


「まあ! 何度転んでも諦めないなんて! 鋼の精神ですわね!」


「私、感動で胸がいっぱいですわ……! もっと愛を込めましょう!」


十人は互いに手を取り合い、主人公の努力に感動していた。愛が、部屋中に溢れる。


その傍らでは、優雅に紅茶とお菓子が楽しめるよう、テーブルが整えられている。森羅万象が温度を調整している。


「ところで、主人公様は間に合いそうですの?」


「現在の進行速度では、かなり厳しいと思われます! データ上、到着確率は0.3%ですわ」


科学がタブレットを見せる。数字が冷たい。


「まあ! それでは、もっと応援しなければなりませんわね!」


「ええ! 主人公様、頑張ってくださいませ! 両方応援してますわ♡」


嫉妬が声を張り上げる。十人の声援が城内に響き渡った。


そのころ主人公は、海岸で重りを引きずりながら、必死に前進していた。汗が砂に落ちる。


(誰か……助けてくれ……! 普通の足で歩かせてくれ……!)


もちろん、主人公の声は届かない。ボールギャグが邪魔をする。


いや、正確には、ヤンデレたちは彼の状況をすべて把握していた。


ただし、助けるつもりはなかった。愛が、見守る形で重い。


「報告します! 主人公様、また一歩進まれました!」


「まああああ! 素晴らしいですわあああ!」


十人のヤンデレたちは、感動のあまり立ち上がった。


そして、盛大な拍手を送った。お茶がこぼれる。


主人公は何度も転びながら、少しずつ城へ近づいていく。膝が砂で痛い。


一方、城では二杯目のお茶が用意されていた。優雅に。


「そういえば、主人公様はまだ到着されませんわね」


「現在の位置からですと、制限時間内の到着は難しいかと!」


「まあ! それは大変ですわ! 結婚イベントを中止するわけにはいきませんわ!」


ヤンデレたちは顔を見合わせた。愛が、決断を急がせる。


そして、森羅万象ヤンデレが立ち上がった。手を優雅に掲げる。


「結婚イベントを中止するわけにはいきませんわ! 整えましょう♡」


彼女が指を鳴らす。


次の瞬間、主人公の身体が空間ごと引き寄せられた。


一トンの重りも、何もかもそのまま。砂が一緒に飛んでくる。


主人公は一瞬にして城の大広間へ転送された。床に転がる。


「到着ですわ!」


「んんんんっ!? いきなり転送かよ! 歩かせろ!」


主人公は床に転がった。重りが床を傷つける。


ヤンデレたちは満面の笑みで拍手した。涙まで出ている。


「まあ! 最後まで諦めずに頑張られましたわね! 愛が届きましたわ!」


「ええ! 私たち、ずっと見守っておりましたもの! 応援してましたわ♡」


(いや、最後はお前が転送したんだろうが! 俺の努力は何だったんだ!)


主人公の心の叫びは、ボールギャグに阻まれ、誰にも届かなかった。拍手だけが響く。


第四幕 結婚パーティーとドラゴン


「それでは、結婚式を始めましょう!」


ヤンデレたちは大喜びで準備を進めた。花が舞い、音楽が流れる。


主人公は全裸のまま、両足に一トンの重りをつけられ、口にはボールギャグをくわえたまま、王子役のヤンデレの隣に立たされた。床が軋む。


「新郎新婦の入場ですわ!」


「んんんんんっ!! 全裸で入場すんな! 普通の服着せろ!」


「まあ! 感極まって声も出ないのですね! 愛が溢れてますわ!」


「違いますわ。声を失っている設定ですもの! 原作に忠実ですわ♡」


「そうでしたわね! 忠実で素晴らしいですわ!」


結婚式は盛大に執り行われた。誓いの言葉の代わりに、愛の告白が飛び交う。


そして、いよいよ結婚パーティーが始まった。


豪華な料理が並び、ヤンデレたちは楽しそうに歓談していた。紅茶が優雅に注がれる。


そのときだった。


轟音とともに、巨大なドラゴンが大広間へと降り立った。天井が少し壊れる。


「さあ、ここからは余興ですわ!」


「…………は? ドラゴン? 人魚姫にドラゴンいたか?」


主人公は目を見開いた。重りが床に沈む。


「待て。なんでドラゴンがいるんだ? 説明しろ!」


森羅万象のヤンデレが、にっこりと微笑んだ。手を優雅に広げる。


「人魚姫のお話では、最後に王子様を刺すかどうかという選択がありますでしょう?」


「……ああ、そういう場面はあるな。でもドラゴンじゃねえだろ」


「そこで今回は、ルールを変更いたしましたの! 愛を込めて、ね」


彼女は楽しそうに両手を広げた。空間が微かに整う。


「**王子様役をドラゴンに変更いたしましたわ! つまり、主人公様にはドラゴンを短剣で刺していただきますの!**」


「なんでそうなるんだよ!? 原作どこ行った!」


「原作の再現ですわ♡ 愛のクライマックスですわ!」


「どこがだ! ドラゴン討伐だろこれ!」


魔導のヤンデレが、主人公の口からボールギャグを外した。優しく、丁寧に。


そして、一本の短剣を手渡した。柄にリボンがついている。


「さあ、主人公様♡ 愛と感動のクライマックスですわ! 頑張ってくださいませ!」


「いや、これは人魚姫じゃなくてドラゴン討伐だろ! 童話の名前変えろ!」


「まあ! 勇ましい決意表明ですわね! 愛が伝わってきますわ!」


「違う! 俺は普通に帰りたいだけだ!」


ドラゴンが咆哮した。炎が少し出る。


主人公は短剣を握りしめた。手が汗ばむ。


相手は巨大なドラゴン。


こちらは短剣一本。


しかも、両足には一トンの重りがついている。動くたびに床が沈む。


「……ふざけるなよ。俺の『普通』を返せ」


主人公は走った。


正確には、重りを引きずりながら突進した。床が軋む。


ドラゴンの爪をかわし、炎を避け、巨体の隙間へ潜り込む。


人間の限界を超えた反射神経と、これまでの地獄のような訓練で鍛えられた身体能力。


鋼の精神が、体を動かす。


主人公はドラゴンの攻撃を何度もかいくぐり、ついに短剣を急所へ突き立てた。


ドラゴンが大きく咆哮し、床へ倒れ込んだ。埃が舞う。


勝利だった。


大広間に歓声が響き渡った。拍手が爆発する。


「素晴らしいですわ!」


「短剣一本でドラゴンを倒すなんて! 鋼の精神ですわね!」


「さすが私たちの人魚姫ですわ! 愛が実を結びましたわ♡」


主人公は肩で息をしながら、短剣を床に落とした。重りが足を引っ張る。


「……もう、帰っていいか? 普通に寝かせてくれ」


ヤンデレたちは顔を見合わせた。


そして、満面の笑みを浮かべた。愛が、次の段階へ進む。


「ええ、もちろんですわ!」


主人公はようやく安堵した。肩の力が抜ける。


次の瞬間、十人のヤンデレが一斉に主人公を抱え上げた。腕が優しい。


「では、最後の場面ですわね!」


「……は? まだあるのか。終わっただろ」


第五幕 人魚姫の結末


「それでは、海へ参りましょう!」


「待て。何をする気だ。説明しろ。普通に終われ」


「人魚姫の結末といえば、海ですわ! 愛の結末ですわ♡」


ヤンデレたちは主人公を抱えたまま、城の外へ向かった。花道のように歩む。


そして、海岸に到着すると――


「それでは、いってらっしゃいませ! 愛を込めて!」


主人公の身体を、海へ放り投げた。一トンの重りと一緒に。


「うおおおおおおおおおっ!! またかよ! 俺の平和はどこだ!」


主人公は再び海へ沈んでいった。泡がたくさん上がる。


もちろん、両足には合計一トンの重りがついたままだった。砂が舞う。


海底へ沈んだ主人公は、ゆっくりと目を閉じた。魚が近づいてくる。


人魚姫の物語は終わった。


王子との結婚式も挙げた。


ドラゴンも倒した。


それなのに、最後は海へ放り込まれた。


海上では、ヤンデレたちが満足そうに頷いていた。手を取り合う。


「まあ! 素晴らしい人魚姫でしたわね! 愛が深まりましたわ!」


「ええ! 結婚式もドラゴン退治も大成功ですわ! 次はもっと愛を込めましょう」


「次は何の童話にいたしましょう? 桃太郎? かぐや姫?」


主人公は海底で、静かに魚を捕まえて食べた。


酸素は確保できた。


呼吸にも困らない。


ただ、もう何も考えたくなかった。


主人公の鋼の精神は、また少しだけ強くなった。


(……次は、普通の童話にしてくれ。頼む。愛はわかった。普通が欲しい)


海上では、すでに次の相談が始まっていた。笑顔が、愛おしげに揺れている。

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