英雄の屋敷生活は、ヤンデレたちのせいで自由がない
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**屋敷での生活**
*
世界を救った英雄には、大きな屋敷が与えられた。
広い庭。豪華な客室。訓練場。温泉。図書館。
一般人から見れば夢のような住環境である。
主人公も最初はそう思っていた。
本当に最初だけは。
朝。
目を覚ました主人公は、異変に気付いた。
体が動かない。
「……ん?」
目を開く。両手が拘束されていた。
「は?」
足も固定されていた。
「は??」
さらに視線を動かす。ベッドの周囲に十人が並んでいた。
「おはようございますわ♡」
全員が笑顔だった。
「説明しろ」
主人公は真顔だった。
「どうして俺は拘束されている」
「安全対策ですわ♡」
科学が即答した。
「寝相のデータを取得した結果、昨夜のご主人様は三十七回寝返りを打っております♡ 逃走の予兆かもしれません♡」
「寝返りだよ!!」
監視がタブレットを差し出した。
「こちら昨夜の録画ですわ♡ 寝顔フォルダ三万二千件に追加済みです♡」
「録画するな! 増やすな!!」
主人公は拘束具を引き千切った。
人類最強である。この程度で止まる男ではない。
「今日こそ自由時間を勝ち取る」
決意する。本気だった。
*
戦いが終われば、主人公には自由時間が与えられる。
ただし、それは十人全員の要求を満たしたあとに限られていた。
「今日は屋外で過ごしたいですわ♡」
「私はホテルがいいですわね♡」
「では、明日は私の番ですね♡」
十人は互いの希望を尊重し、順番を決め、協力し合っていた。
嫉妬がスケジュールを調整しながら笑顔で言った。
「みんなの希望、ちゃんと順番に入れたからね♡ 主人公様も安心してください! 私も応援するわ!」
森羅万象は屋外用に天候を整え、科学は設備を改造し、魔導は移動用の魔法陣を設置する。
薬学は疲労回復薬を用意し、格闘特化は一緒に鍛える時間を望み、腰振りは技術披露の機会をうかがう。
拷問特化は拘束具を研究し、潜入は居場所を把握し、監視は映像を記録し続ける。
「主人公様は自由時間になると、南側の出口へ向かう傾向がありますわ♡」
「では、南側に追跡センサーを設置しましょう」
「北側へ向かった場合は、私が先回りしますわ♡」
「東側の森は私が管理しますわ♡」
「西側には、拘束具を設置しておきますわ♡」
嫉妬が手を叩く。
「完璧な役割分担ですわね♡ これで主人公様は安全です!」
役割分担は完璧だった。
彼女たちにとって、これは「愛する人を守るための当然の工夫」だった。
*
朝食後。
主人公は隙を見て廊下へ飛び出した。
「よし!」
角を曲がる。勝ったと思った。
だが。
「お待ちしておりましたわ♡」
そこには潜入特化がいた。メイド姿。掃除道具装備。完璧な自然さで立っていた。
「何でいる」
「先回りしました♡ 先回りするのが仕事ですので♡ ご主人様を見失ったら大変ですから」
「どんな仕事だよ!」
主人公は反転した。今度は庭へ向かう。窓を突き破る。着地。全力疾走。完璧だった。
しかし十歩先で地面が消えた。
「うおおおおお!?」
巨大な穴だった。穴の向こう側で、森羅万象が優雅に紅茶を飲んでいる。
「危険ですので整えましたわ♡ ご主人様が転ばないように」
「増やしただろ崖!」
「いえ、安全な崖ですわ♡ 逃げ道はありませんわ」
「安全な崖って何だ!」
主人公は方向転換する。東へ。そこには鉄格子があった。
「お前か!」
拷問特化が頷く。
「逃走防止用だ。いい出来だ。ご主人様を守るためだ」
「俺の屋敷だぞ!?」
「だから設置した」
「意味が分からん!!」
主人公は鉄格子を破壊して走る。今度こそ。本当に今度こそ自由だ。
しかし空から声が降ってきた。
『ご主人様、現在北東へ時速四十七キロ♡』
監視だった。
『予測ルート計算完了ですわ♡ 五秒後に左へ曲がります♡ ご主人様の行動パターン、大好きですわ』
科学だった。
「曲がらねえ!」
主人公は意地で右へ曲がった。すると右で潜入が待っていた。
「いらっしゃいませ♡ ご主人様を待っておりました」
「何でだぁぁぁぁ!!」
*
昼。捕獲。
午後。再捕獲。
夕方。三度目の捕獲。
日没。
主人公はソファに倒れていた。
「……疲れた。今日は何回逃げたんだ?」
「二十七回ですわ♡」
監視が嬉しそうに答えた。
慈愛が優しく微笑む。
「頑張りましたわね♡ 《フルヒール》で回復して差し上げます。また明日も一緒に過ごせますもの」
「回復されるとかえって再開するだけだろ……」
「お前ら本当に俺を愛してるのか?」
ふと主人公が聞いた。
部屋が少しだけ静かになる。
最初に答えたのは嫉妬だった。
「もちろんよ♡ だからみんなで守ってるの」
格闘特化が腕を組む。
「だから鍛える。ご主人様の背中を追うためだ」
科学が頷く。
「だから解析する。次もご主人様を助けられるように」
監視も言う。
「だから記録する。素敵な思い出ですもの♡」
潜入は微笑む。
「だから追いかけます♡ 離れたくないから」
森羅万象は優雅に紅茶を置いた。
「だから逃がしませんわ♡ ご主人様が危険な目に遭わないように」
「結論がおかしいんだよ」
主人公は頭を抱えた。
だが十人は本当に幸せそうだった。
誰も争わない。誰も本気で傷つけようとは思っていない。
全員が、心の底から「この人を幸せにしたい」と思っている。
ただし、その方法が全員おかしいだけだった。
「主人公様が迷子にならないように、居場所を把握しているだけですわ♡」
「危険な場所へ向かわれたとき、すぐに助けられますもの♡」
「監視映像も、主人公様との素敵な思い出ですわ♡」
嫉妬が優しく付け加える。
「みんなで主人公様を守るのよ♡ それが一番の愛情ですもの!」
主人公は大きくため息を吐いた。
「俺の自由はどこへ行った。普通に飯を食って、普通に寝たいだけなのに……」
嫉妬が笑顔で手を挙げる。
「みんなで守ってるわ♡」
「返せぇぇぇぇぇ!!」
こうして屋敷での一日が終わる。
世界を救った英雄は今夜もまた、世界最強の敵ではなく、世界一仲の良い十人のヤンデレたちに「愛され」ながら眠りにつくのだった。




