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自分を誘拐した悪の組織を倒して助けに来たヤンデレを倒そうとする主人公

**第1部 地底に潜む者**


*


主人公が誘拐された。


本来なら世界を揺るがす大事件だったはずだ。

だが、牢屋の中で主人公はどこか安堵していた。


「はあぁぁぁ……」


石壁にもたれかかる。両手両足には魔力封じの鎖。

逃げようと思えば逃げられる。だが、今だけは逃げる気がなかった。


なぜなら。


「静かだ……」


誰もいない。

監視カメラもない。追跡センサーもない。地形が突然変わることもない。転移魔法も飛んでこない。フルヒールも衝撃波も来ない。


十人のヤンデレがいない。


それだけで天国だった。


「ありがとう、地底に潜む者……」


主人公は心の底から感謝した。


「誘拐してくれてありがとう……。普通に飯を食って、普通に寝られる……」


牢番が怪訝そうな顔をした。


「おい」


「なんだ」


「普通は助けを求めるところじゃないのか?」


「助けは来ないでほしい」


「は?」


「絶対来ないでほしい。頼むから失敗してくれ」


主人公は真顔だった。

世界中で彼だけが、救助を恐れていた。


*


同じ頃。巨大地下神殿。


秘密結社『地底に潜む者』の幹部たちは歓喜していた。


「ついに手に入れたぞ!」


「英雄だ! これで儀式が完成する!」


「冥王ゼルガド復活の日は近い!」


黒ローブの集団が沸き立つ。


しかし、一人だけ顔面蒼白の男がいた。最高幹部である。


「いや待て」


彼は震えていた。


「お前ら本当に調べたか?」


「え?」


「奴には十人のヤンデレがいる。全員化け物だぞ」


「知っていますよ。ですが我々には結界があります」


「そういう問題じゃない」


「監視網も完璧です」


「だからそういう問題じゃない」


「潜入も防げます」


「だからそういう問題じゃないんだ!!」


幹部は絶叫した。


「お前らは何も分かっていない!! 奴らを怒らせたら、結界も監視網も意味がない! 奴らは『ご主人様のため』と微笑みながら全部壊すんだ!!」


*


その頃。地上。


監視特化は静かに双眼鏡を覗いていた。

数百キロ先の地下施設。隠蔽結界。偽装地形。全てを貫通して内部を観測している。


「発見しましたわ♡ ご主人様、生存確認♡ リラックスされているようですわ」


通信機の向こうで歓声が上がる。


「位置情報取得♡」


科学が即座にモニターへ映し出す。施設構造。警備経路。熱源分布。武装状況。すべて数秒で解析される。


「なるほど。正面から突破可能ですわね♡ 警備装置の制御系統も特定できました。無力化する装置を用意しますわ。ご主人様を一刻も早くお迎えしなければ」


「待ってください、科学さん」


潜入特化が微笑む。


「すでに内部へ侵入済みですわ♡ 昨日から掃除係として勤務しておりますので。儀式の責任者も確認済み、逃走経路も確保済みです♡ ご主人様のいる牢屋の鍵も、複製してありますわ」


「昨日から!?」


通信先で格闘特化が思わず突っ込んだ。


潜入はもう神殿内部にいた。制服姿。名札付き。休憩室まで確保済み。


「ご主人様は?」


「牢屋で非常にリラックスされていますわ♡ 『助けは来ないでほしい』とおっしゃっていました」


一同が少し沈黙する。


「……それは、私たちの愛が足りない証拠ですわね♡」


魔導が優雅に笑った。


「お任せくださいませ♡ ご主人様に『来てよかった』と思っていただけるよう、全力でお迎えしますわ。チャオ♡」


その笑顔を見て、遠く離れた牢屋の主人公は理由もなく悪寒を感じた。


*


一時間後。地底神殿。


緊急警報が鳴り響く。


「敵襲だぁぁぁ!」


「なに!?」


「正面入口が吹き飛びました!」


「馬鹿な!?」


報告兵が転がり込む。


「格闘特化の男が壁を殴って消しました! 『ご主人様の邪魔をするな!』って叫びながら!」


「壁を殴って!?」


「腰振りの男が衝撃波で第二防壁を消しました! 『完璧な愛の道を切り開くで!』だそうです!」


「何なんだあいつら!?」


さらに地面が揺れた。


「ひっ……!」


地下神殿全体が軋む。森羅万象だった。彼女は地図を眺めながら穏やかに言う。


「退路を整えましたわ♡ ご主人様が安全に帰れるように、余分な通路は消しておきました」


退路は、消えていた。


「結界、消滅!」


「魔法陣、沈黙!」


「何が起きた!?」


「魔導のヤンデレです!!」


魔導が優雅に杖を振った。


「ご主人様を閉じ込めるなんて」


にっこり笑う。


「それ、わたくし以外がやってはいけませんわ♡ ご主人様は私たちのものですもの」


薬学が敵兵に薬を散布し、能力を封じる。


「動けるとご主人様の邪魔になりますから♡」


拷問特化は捕虜から情報を聞き出し、拘束具を即座に展開。


「逃げられないようにな。ご主人様を奪おうとした罰だ」


監視は戦闘の一部始終を記録し、科学は映像から弱点を解析し続ける。


「データ上、あと三分で制圧完了ですわ。ご主人様をお迎えする準備を」


嫉妬がメガホンで応援する。


「皆さん、その調子ですわ♡ 主人公様のためにも、頑張って! みんな素敵よ! 愛を届けましょう!」


結果は一方的だった。


地底に潜む者は壊滅し、冥王ゼルガドが復活することもなかった。


*


牢屋の中。


主人公は壁にもたれていた。遠くで爆発音が響く。悲鳴も聞こえる。


「来たか……」


絶望の声だった。


数分後。牢屋の扉が開く。


そこに立っていたのは、満面の笑顔の面々だった。


「ご主人様♡」


「お迎えに参りました♡」


「帰りましょう♡」


「嫌だぁぁぁぁぁぁぁ!!」


主人公の悲鳴が地下に響く。


彼は鎖を引きちぎり、自ら魔力を解放した。

人類最強の力が牢房を揺らす。


「お前らに捕まるわけにはいかない……! 俺はここで静かに暮らすんだ!!」


最初に突っ込んできたのは格闘特化だった。


「うおお! ご主人様、俺がお連れするぜ!」


主人公の拳が一閃する。


「……ごめん」


格闘特化は一瞬で壁に埋め込まれた。


次に腰振りスペシャリストが衝撃波を放つ。


「完璧な捕獲や!」


主人公は衝撃波を踏み越え、膝を正確に打ち込んだ。


「次」


腰振りも沈む。


拷問特化が拘束具を投擲してきたが、主人公はそれを掴み、そのまま相手に投げ返した。


「……速い」


三人の男が、ほんの数秒で倒れた。


「……いける」


主人公の目に、希望の光が宿る。


出口が見える。外の光が差し込んでいる。

このまま走り抜けば、少なくともこの場からは逃げられる。


「俺は自由だ……!」


彼は全力で外へ走り出した。


その瞬間だった。


「ふふっ……♡」


後ろから、不適なほど優雅な笑い声が聞こえた。


振り返ると、魔導が杖を構えて微笑んでいる。

その隣に科学、薬学、森羅万象、監視、潜入、嫉妬が静かに並んでいた。


「ご主人様、よくぞ男たちを退けられましたわ♡」


魔導の笑顔は優しかった。しかし、目は笑っていなかった。


「ですが、私たちは違いますのよ」


次の瞬間、連携が発動した。


森羅万象が足元の地面を一瞬で深い泥に変える。主人公の靴が沈み、勢いが殺される。

科学が「右へ0.3秒後に回避行動を予測」と淡々と告げ、薬学がそこへ微弱な麻痺薬を正確に散布。

監視が死角を塞ぐように位置を取り、「逃走経路、三方向封鎖」と報告。

嫉妬が明るく「頑張って逃げて! でもこっちよ♡」と叫びながら、わざと開けた通路へ誘導する。


「ちっ……!」


主人公は泥から足を引き抜き、薬をかわし、誘導を無視して壁を破ろうとした。


だが、魔導が杖を軽く振った。


「転移封じの結界、展開しますわ♡」


空間が固定され、壁を壊しても外へ通じなくなる。

さらに潜入が影のように背後へ回り、両腕を優しく、しかし確実に固定した。


「すでに逃げられないようにしてありますわ♡」


主人公が力を込めて振りほどこうとした瞬間、森羅万象が天井から柔らかい土を落として視界を奪い、薬学が二度目の麻痺を霧状に散布。

科学が「力の入れ方から判断して、次は左足に重心が移ります」と先読みし、嫉妬が「そこ危ないわよ♡」と叫びながら本当に足場を崩す。


「ぐっ……!」


膝が沈む。

腕を固定されたまま、体勢を崩したところを魔導が優雅に近づき、杖の先で軽く額を突いた。


「おやすみなさいませ、ご主人様♡」


衝撃はほとんどなかった。

だが、正確に急所を突かれ、残っていた力がすうっと抜けていく。


「……こんな……男三人は倒したのに……」


「男の子たちは、ご主人様の力を引き出すための前座ですわ♡」


魔導がにこやかに言った。


「本命は、私たちですから」


監視が記録する。


「ご主人様、捕獲完了ですわ♡」


科学がデータを確認する。


「抵抗時間、47秒。前回より3秒短縮されました」


薬学が優しく微笑む。


「麻痺は軽度です。後でちゃんと解いてあげますからね♡」


嫉妬が手を叩く。


「みんなすごいわ! 主人公様も頑張ったわね♡」


主人公の体は、ゆっくりと床に沈んでいく。

人類最強の力も、完璧に噛み合った愛の連携の前では、わずか数十秒で封じられた。


「……頼むから、次は失敗してくれ……」


「どうしてですの♡」


「お前らの救出成功率が高すぎるんだよ!! 普通に飯食って寝たいだけなのに……!」


ヤンデレたちは不思議そうに顔を見合わせた。


そして全員、同時に微笑んだ。


「だって、愛していますもの♡」


「ご主人様を一人にはできませんわ」


「私たちがいますから♡」


主人公は泣いた。


地底に潜む者相手より、この連中の方が圧倒的に恐ろしいことを、改めて思い知らされたのであった。

読んでいただきありがとうございます。

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