番外編 魔道のヤンデレ「幸運値を上げましょう!」
# 幸運値編――効果のないイヤリングと、全部こちらの仕業
ある日、魔導のヤンデレは、主人公の「幸運」について考えていた。
主人公は毎日、十人のヤンデレたちと過ごしている。
彼女たちから見れば幸せなはずなのに、いつも行為の果てに気絶し、心身ともに疲れ果てている。
「主人公様が疲れ果ててしまうなんて……。なんて不幸なことでしょう」
「そうですね。もっと幸運値を上げて、私たちと過ごす毎日を幸せにしてあげましょう」
彼女たちは本気で主人公の幸せを願っていた。
ただし、主人公本人が何を望んでいるかは、誰も気にしていなかった。
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## 第一幕 魔法で作ったイヤリング
魔導のヤンデレは、研究室にこもった。
「幸運値を上げる道具……。なければ、作ればいいのですわ♡」
杖を振るい、光を編む。
やがて完成したのは、見かけだけは高級そうな一対のイヤリングだった。
魔力の反応はない。
効果もない。
ただ、それっぽく光るだけの装飾品。
魔導は完成品を手に取り、満足そうに頷いた。
「これで十分ですわ♡ 大事なのは効果ではなく、主人公様が『上がった』と実感できること。そして、私たちがその成長を見届けることですわ」
彼女は残る九人を集めた。
「皆様♡ 主人公様の幸運値を上げる計画ですわ」
「どうやって?」
「このイヤリングですわ♡ 私が魔法で作成しました。使用後、段階的に試練を与え、回避できれば幸運上昇の証拠としますの」
科学特化が首をかしげる。
「効果測定は?」
「目視で十分ですわ♡ 主人公様が危機を回避するたびに、上昇と判断します」
誰も深く追及しなかった。
というより、九人はすでに「見守り役」として乗っていた。
「素晴らしいですわ♡」
「成功したら、夜のご褒美も増えますね♡」
魔導はにっこりと笑った。
「しばらくは私に任せてくださいませ。皆様は、進捗を楽しんでいてください♡」
表向きは単独作戦。
実際には、九人全員が報告を受け、主人公の反応を共有する体制ができあがっていた。
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## 第二幕 希望を渡す
魔導は主人公のもとへ向かった。
「主人公様♡ 少々、お願いがございますの」
「……またか。何だよ」
「ご安心くださいませ。今回は、あなたのお役に立つことですわ」
主人公は警戒した。
「幸運値を上げるイヤリングですわ♡ 私が特別に作ったものですの。これを使えば、毎日がもっと楽になりますわ」
「……本当か?」
「ええ♡ 私を信じてくださいませ」
その笑顔は、本気だった。
だからこそ、タチが悪かった。
主人公は長い沈黙のあと、小さく息を吐いた。
「……最悪でも、今より不幸にはならないだろ」
「もちろんですわ♡」
魔導はイヤリングを主人公の手に渡した。
何も起きない。
当然だった。効果がないのだから。
それでも魔導は胸の前で手を組んだ。
「はい♡ 装着完了ですわ。これより、幸運値の上昇を確認してまいりますわね」
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## 第三幕 全部、こちらの仕業
その日の午後。
主人公の頭上に鉄骨が落ちてきた。
「うおっ!」
人類最強の反射神経が、間一髪で彼を生かす。
物陰から見ていた魔導は、小さく拍手した。
「すばらしいですわ! 危機を回避するなんて……やはり、幸運値が上がっていますわね♡」
鉄骨を落としたのは、彼女自身だった。
空間の歪みを一瞬だけ作り、建材の固定を外しただけである。
翌日、トラックが突っ込んできた。
運転手席には誰もいない。
魔力で動かされた無人の車体だった。
主人公は紙一重で避ける。
「昨日より大きな災難ですわ♡ それなのに回避できる……上昇していますわね!」
落石も、橋の崩落も、巨大な岩も、すべて魔導の準備だった。
魔法で岩を浮かせ、タイミングを見て落とす。
橋の要を消し、崩落を演出する。
規模だけは着実に上げていく。
そのたびに、九人へ報告が入る。
「順調ですわ♡ 主人公様、次々と試練を乗り越えていらっしゃいます」
監視特化は映像を保存し、科学特化は「回避成功率100%」と記録し、森羅万象は「次はもう少し派手でもいいですわね♡」と笑う。
主人公だけが、状況を理解していなかった。
「……お前、俺を殺す気か?」
「何を言っているのですか。私はあなたの幸せを願っているのですよ♡」
悪意はなかった。
正確には、悪意の自覚がなかった。
彼女にとってこれは実験であり、育成であり、愛の確認だった。
イヤリングに効果がなくても問題ない。
主人公が生き延びる姿こそが、幸運上昇の証明なのだから。
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## 第四幕 最終試験という名の落とし穴
十分に「幸運が上がった」と判断した魔導は、九人を再び集めた。
「皆様♡ 最終確認の時間ですわ」
「どうするの?」
「私たち十人で、主人公様と戦います。これに勝てれば、幸運値は完璧ですわ♡」
九人は顔を見合わせ、揃って頷いた。
「いいですね♡」
「本気で行けば、正確に測れますわね♡」
魔導は一人、主人公の前に立った。
「主人公様♡ 朗報ですわ」
「……何だ」
「これまでの試練、すべて乗り越えていらっしゃいます。ですので、最後の試験をご用意しましたわ」
「最後の試験?」
「はい♡ クリアすれば、もう災難は降りかかりません。幸運値は完成ですわ」
主人公の目に、わずかに光が戻った。
「……本当に、終わるとか?」
「ええ♡ 私を信じてくださいませ。今度こそ、あなたを楽にして差し上げますわ」
鉄骨もトラックも落石も、全部「過程」だったのだと。
最後を越えれば、楽になれるのだと。
主人公は、希望を持ってしまった。
訓練場へ向かう途中、魔導は背後の九人にだけ聞こえる声で言った。
「皆様、手加減は不要ですわ♡ 正確な測定のためですもの。それに……これまでの演出も、すべて私の魔法でしたから。本番は、本物でいきましょう♡」
「承知しましたわ♡」
主人公は、希望を持ったまま訓練場の中央に立った。
「……おい。まさか、全員で俺と戦うつもりか?」
「はい♡」
魔導は満面の笑みで答えた。
「大丈夫ですよ。あなたの幸運値は、大きく上昇しているはずですから」
試験が始まった。
次の瞬間。
主人公は地面に倒れていた。
一瞬だった。
人類最強の男が、何もできないまま瞬殺された。
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## 第五幕 手違いではない
魔導は倒れた主人公を見て、首をかしげた。
「……あれ?」
彼女は自作のイヤリングを指先でつまんだ。
効果はない。最初からない。
災難も、自分の魔法。
最終試験も、最初から勝たせる気はなかった。
それでも彼女は、にっこりと笑った。
「なるほど♡ つまり、幸運値の確認は、私一人では不十分だったのですね」
九人が拍手する。
「素晴らしい検証でしたわ♡」
「データも十分ですわね♡」
魔導は倒れた主人公に駆け寄り、抱き起こした。
「ごめんなさい、主人公様♡ ちょっとした手違い、ではなく……方針の修正でしたわ♡」
悪びれる様子はない。
「でも、これで分かりました。単独の試練より、私たち全員で見守る方が、主人公様の成長には効果的ですわ♡」
慈愛が光を灯し、傷を消していく。
「はい♡ これで元気になりましたわね」
主人公は気絶したままだった。
効果のないイヤリング。
全部こちらの仕業の危機。
最後に渡された希望と、十人での瞬殺。
それが、魔導のヤンデレの愛だった。
彼女はすでに次を考え始めていた。
「次は『不幸を先に消化する儀式』と銘打って、もう一度やってみますわね♡ イヤリングは新作を作りますの。今度は、もっとそれっぽく光るやつを♡」
監視特化がカメラを止める。
「タイトルは『効果のない幸運具と、世界最強の回避能力』でどうでしょう♡」
「いいですわね♡」
世界最強の男は、今日も新品同様に回復され、幸福の予定表の中へ戻されていくのだった。




