駅伝をヤンデレたちに任せたら、国が大変なことになった
## 第一部 こたつと箱根駅伝
ある冬の日。
十人のヤンデレたちは、こたつを囲みながらミカンを食べ、テレビで箱根駅伝を見ていた。
画面の中では、選手たちが懸命に走り、次の走者へタスキをつないでいた。
「今年も駅伝の季節ですわね♡」
「選手の皆さん、一生懸命走っていますね♡」
「襷をつなぐ姿、素敵ですわ♡」
ヤンデレたちは、楽しそうにテレビを眺めていた。
すると、森羅万象のヤンデレが、ぽんと手を叩いた。
「そうですわ♡ 私たちも駅伝大会を開催しましょう♡」
「いいですわね♡」
「楽しそうですわ♡」
「ぜひ開催しましょう♡」
ヤンデレたちは、あっという間に開催を決定した。
「まずは兵士さんたちに走ってもらいましょう♡」
「それなら、国王様に許可をいただかないといけませんわね♡」
こうして、ヤンデレたちは国王のもとへ向かった。
## 第二部 兵士対抗駅伝
国王は、ヤンデレたちの姿を見た瞬間、過去の記憶が蘇った。
以前、ヤンデレたちが主催した訓練レースでは、スタート前に波動砲が発射された。
さらに、デレステのイベントでは、女性アイドルにされてしまい、観客から「男だったのか!」と叫ばれた。
国王にとって、ヤンデレたちが主催するイベントは、もはや災害そのものだった。
「国王様♡ 今度、駅伝大会を開催したいのですが♡」
「許可する!!」
国王は即答した。
「……え?」
「許可する!! 余は許可したぞ!!」
「ありがとうございます♡」
ヤンデレたちは、満面の笑みで礼を述べた。
「ちなみに、兵士さんたちに走ってもらう予定ですわ♡」
「……兵士?」
国王の顔が引きつった。
しかし、もう許可してしまった。
「う、うむ! 余が許可したのだからな!」
こうして、兵士対抗駅伝大会が開催されることになった。
大会当日。
二十の兵士チームが集められ、駅伝大会が始まった。
監視特化のヤンデレは、カメラを使って大会の様子を全国へ配信していた。
潜入特化のヤンデレは、実況席に座り、選手たちの走りを解説していた。
「各チーム、順調なスタートですわ♡」
「選手の皆さん、頑張ってくださいね♡」
兵士たちは、真剣な表情で走っていた。
波動砲も飛んでこない。
突然、競技内容が変更されることもない。
少なくとも、この時点では普通の駅伝大会だった。
やがて、各チームの選手たちがタスキをつなぎ、順位が入れ替わりながらもレースは順調に進んでいった。
そして、最終走者がゴールへ飛び込んだ。
大会は無事に終了し、優勝チームも決まった。
「うむ。見事な大会であった!」
国王も、ようやく安堵の息を吐いた。
その夜。
ヤンデレたちは、再びこたつを囲んでいた。
「今日の駅伝、楽しかったですわね♡」
「そうですわね♡」
「明日は、企業対抗駅伝を開催しましょう♡」
森羅万象のヤンデレの提案に、全員が賛成した。
こうして、翌日の開催も決定した。
国王は、まだそのことを知らなかった。
## 第三部 企業対抗駅伝
翌日。
企業対抗駅伝大会が開催されることになった。
実況席には、監視特化のヤンデレと潜入特化のヤンデレが座っていた。
監視特化のヤンデレは、カメラの映像を全国へ配信している。
潜入特化のヤンデレは、マイクを握り、準備を整えていた。
今回の参加チームは五つ。
第一チームは、股間のスペシャリストが征服した黒鉄帝国を母体とする企業チーム。
第二チームは、格闘専門の男のヤンデレが征服した白銀王国を母体とする企業チーム。
第三チームは、森羅万象のヤンデレが征服した黄金諸侯連盟を母体とする企業チーム。
いずれの国も、ヤンデレたちに征服されている。
そのため、企業側に大会への参加を拒否するという選択肢はなかった。
第四チームは、主人公、ゲイバーのお兄さん、勇者、そして国王の四人だった。
「……おい、ちょっと待て」
主人公は、参加者名簿を見て眉をひそめた。
「俺たち、四人しかいないんだけど?」
「そうだな」
勇者は頷いた。
「駅伝って、普通はもっと人数が必要なんじゃないのか?」
「余に聞くな!」
国王が叫んだ。
「そもそも、なぜ余が駅伝に参加せねばならんのだ!」
「まあ、四人で走れるところまで走ればいいんじゃないか?」
お兄さんは、のんきに答えた。
「いや、そういう問題じゃないだろ!」
主人公が抗議した。
ほかのチームには十分な人数がいる。
自分たちのチームだけ、明らかに人数が足りていない。
しかし、誰もその問題を解決しようとはしなかった。
そして第五チームは、残る八人のヤンデレたちだった。
「ご主人様と同じ大会に参加できるなんて、嬉しいですわ♡」
「今日は思いっきり走りましょうね♡」
彼女たちは、主人公に向かって楽しそうに手を振っていた。
主人公は、隣に立つ勇者へ小声で尋ねた。
「なあ、俺たち、あいつらに勝てると思うか?」
「走る速さだけなら、可能性はあるんじゃないか」
「本当か?」
「知らん」
「おい!」
主人公は頭を抱えた。
一方、国王は遠い目をしていた。
「なぜ余は、こんなところにいるのだ……」
やがて、実況が始まった。
「皆様、お待たせいたしました♡ これより、企業対抗駅伝大会を開催いたします♡」
監視特化のヤンデレが、カメラを各チームへ向けた。
「映像は全国へ配信しておりますわ♡」
「実況席の私たちは、走らなくていいんですよね?」
潜入特化のヤンデレが尋ねた。
「もちろんですわ♡」
「それなら安心ですわね♡」
二人は、実況席で準備を整えた。
主人公は、その様子を見ていた。
「……あいつら、実況するだけなのか?」
「たぶんな」
勇者が答えた。
「たぶんってなんだよ!」
主人公が叫んだ。
国王は、もう何も考えないことにした。
スタート地点では、ヤンデレたちが主人公に手を振っていた。
「ご主人様♡ お互い頑張りましょうね♡」
「……おう」
主人公は、引きつった笑顔で返事をした。
そして――。
「それでは、企業対抗駅伝――」
潜入特化のヤンデレが、マイクを握り直した。
「スタートですわ♡」
号砲が鳴った。
第一走者たちが、一斉に走り出した。
## 第四部 波動砲と命がけの第一走者
### 波動砲、発射
ヤンデレチームの第一走者は、魔導のヤンデレだった。
彼女はスタート地点から走り出すことなく、にっこりと微笑んだ。
「波動砲♡」
ドゴォォォォォォン!!
コースの彼方で、大爆発が起こった。
「波動砲♡」
ドゴォォォォォォン!!
さらに爆発。
「うふふ♡ 走らなくても攻撃できますわね♡ これは画期的ですわ♡」
魔導のヤンデレは、楽しそうに波動砲を連射した。
その結果、黒鉄帝国の企業チーム、白銀王国の企業チーム、黄金諸侯連盟の企業チームが、次々と脱落していった。
ほかのチームも、爆発に巻き込まれて大混乱に陥っていた。
もはや、駅伝大会ではなかった。
監視特化のヤンデレは、全国配信を続けていた。
潜入特化のヤンデレは、冷静に実況している。
「おっと、魔導のヤンデレ選手、走ることなく波動砲を連射しております♡ 各チーム、序盤から大変厳しい状況ですね♡」
「監視映像をご覧ください♡ 魔導のヤンデレ選手、非常に楽しそうですわね♡」
「おっと、第一チームと第二チームが大きく脱落しました♡ レース序盤から、なかなか激しい展開になっていますね♡」
「第三チームも厳しい状況ですわ♡ 各チーム、ここからどう立て直すのでしょうか♡」
「実況してる場合かあああああ!!」
主人公の叫びが響いた。
テレビを見ていた国民たちは、言葉を失った。
誰もが画面を見つめ、やがて、そっと目を逸らした。
### 国王、第一走者を辞退する
一方、主人公たちのチームでは、第一走者を務める予定だった国王が、完全に怯えていた。
「波動砲……」
国王の脳裏に、過去の悪夢が蘇る。
訓練レースのスタート前に撃ち込まれた波動砲。
あのときの恐怖は、今も忘れられない。
「余は国王だぞおおおおお!!」
国王は叫んだ。
「こんなものを避けながら走れるわけがないだろうがあああああ!!」
「国王、落ち着け!」
主人公が声をかける。
「落ち着けるかあああああ!!」
国王は、第一走者を務めることを断固として拒否した。
そのとき、勇者が前に出た。
「……もういい。俺が行く」
主人公は驚いた。
「勇者、本当に行くのか!?」
「行くしかないだろ! このままじゃ駅伝が始まって数分で終わるぞ!」
「いや、もう何カ国か終わっているぞ……」
「分かってる!」
勇者は、コースの先にいる魔導のヤンデレを睨んだ。
「……あいつ、絶対に楽しんでやがる」
魔導のヤンデレは、勇者の視線に気づくと、嬉しそうに手を振った。
「勇者様も頑張ってくださいね♡」
そして、再び波動砲を構えた。
「波動砲♡」
ドゴォォォォォォン!!
「やっぱり帰りたい……!」
勇者は思わず叫んだ。
しかし、もう逃げ場はない。
「くそっ! こうなったら、命がけで走り抜けてやる!」
勇者は、コースへ飛び出した。
もはや、普通の駅伝ではなかった。
勇者は爆発を避けながら、必死に走った。
右へ跳ぶ。
左へ転がる。
爆風を受けながら、どうにか前へ進む。
「うおおおおおおおお!!」
勇者は必死に走った。
もはや駅伝ではない。
生きて次の走者にタスキを渡すための、命がけの逃走劇だった。
### 十歩の走者と格闘専門の男のヤンデレ
魔導のヤンデレは、波動砲を撃ち終えると、満足そうに頷いた。
「ふう♡ 楽しかったですわ♡」
そして、ようやく走り始めた。
一歩。
二歩。
三歩。
彼女は、のんびりとコースを進んだ。
十歩ほど走ったところで、次の走者へタスキを渡した。
次の走者は、格闘専門の男のヤンデレだった。
「任せろ。勇者を粉砕してくる」
彼は、笑みを浮かべて走り出した。
その頃、勇者は後方から迫る気配に気づいていた。
「……嘘だろ?」
振り返ると、格闘専門の男のヤンデレが、凄まじい速度で迫ってきていた。
「待て♡ 勇者♡」
「待てるかあああああ!!」
勇者は、さらに必死に走った。
波動砲を避け、格闘専門の男のヤンデレから逃げる。
前にも後ろにも、まともな安全地帯はなかった。
### タスキをつないだ勇者、彼方へ
勇者の体力は、限界に近づいていた。
背後からは、格闘専門の男のヤンデレが迫ってくる。
「もう駄目だ……!」
そのときだった。
勇者の背中を、強い追い風が押した。
「……何だ?」
風に押され、勇者の体が一気に前へ進んだ。
その風を生み出していたのは、観客席にいたゲイバーのお兄さんだった。
本来なら走者として参加しているはずのお兄さんは、いつの間にかコースを離れ、観客席でのんびりしていた。
そして、我儘の極意状態で腰を振り、その衝撃波によって勇者を後押ししていたのである。
「お兄さん、ありがとうおおおおお!!」
勇者は、追い風に乗って走り続けた。
主人公は、その光景を見て呆れた。
「……でもお前、サラッと離脱してるよな」
お兄さんは、気まずそうに視線を逸らした。
「……野菜の収穫が気になってな」
「そんな理由で駅伝から離脱する奴がいるかあああああ!!」
主人公の叫びが響いた。
それでも、勇者は走った。
お兄さんの追い風に助けられながら、格闘専門の男のヤンデレを振り切る。
そして、ついに次の走者のもとへたどり着いた。
「主人公……!」
勇者は、タスキを差し出した。
「あとは頼んだぞ……!」
「ああ、任せろ!」
主人公はタスキを受け取った。
その瞬間だった。
ドゴォォォォォォン!!
「うわああああああああ!!」
勇者の体が、彼方へと吹き飛んだ。
主人公は、タスキを握ったまま固まった。
「……は?」
原因は、観客席にあった。
そこでは、お兄さんと腰振りのスペシャリストの男のヤンデレが、仲良く並んで座っていた。
二人の前には、お兄さんが育てたトマトとキュウリが並んでいる。
かつて、お兄さんは腰振りのスペシャリストと戦い、一瞬で敗北したことがあった。
腰振りの技術では、相手のほうが圧倒的に上だったのだ。
しかし、その戦いをきっかけに、二人の間には不思議な友情が芽生えていた。
今では、野菜を食べながら談笑する仲である。
お兄さんは、我儘の極意状態で腰を振りながら、トマトを頬張っていた。
その衝撃波が、先ほどまで勇者を後押ししていたのだ。
それを見ていた腰振りのスペシャリストが、ふと呟いた。
「……そういえば、俺も久しぶりに腰を振りたくなってきたな♡」
「おっ、やるのか?」
「ああ♡ ちょっとだけな♡」
腰振りのスペシャリストは、軽く腰を振った。
その瞬間――。
ドゴォォォォォォン!!
お兄さんの衝撃波とは比較にならないほど強烈な衝撃波が、コースへと放たれた。
そして、タスキを渡し終えたばかりの勇者を直撃したのである。
「…………」
お兄さんは、箸を止めた。
しばらく、何も言えなかった。
腰振りのスペシャリストは、何事もなかったかのようにトマトを口へ運んだ。
「いやあ、うまいな♡」
「…………お前、今の見たか?」
「ああ。勇者が飛んでいったな♡」
「お前のせいだろおおおおおおお!!」
主人公の悲鳴が響き渡った。
こうして勇者は、命がけでタスキをつないだ直後、友情を育んだ腰振りの達人によって、彼方へと吹き飛ばされたのだった。
## 第五部 残された二チーム
潜入特化のヤンデレは、実況席からコースを見渡した。
「さて、残るチームは主人公様チームと、我らがヤンデレチームです♡」
監視特化のヤンデレは、全国向けの配信を続けていた。
画面には、主人公がタスキを握りしめたまま呆然と立ち尽くす姿が映っている。
先ほどまで、国民たちは波動砲の惨状に耐えきれず、テレビから目を逸らしていた。
しかし、しばらくすると、恐る恐るテレビをつけ直す者が現れ始めた。
「……おい、まだ続いているぞ」
「残っているのは、主人公様のチームとヤンデレたちだけらしい」
「いったい、どうなるんだ……?」
最初は恐怖から目を逸らしていた国民たちも、いつの間にかレースの行方が気になり始めていた。
こうして、国民たちは久しぶりにテレビへと目を戻したのだった。
## 第六部 駅伝、ルール変更
そのとき、森羅万象のヤンデレが実況席のマイクを手に取った。
「ここで、皆様にお知らせですわ♡」
監視特化のヤンデレは、すかさずカメラを彼女へと向けた。
森羅万象のヤンデレは、満面の笑みで宣言した。
「駅伝のルールを変更しますわ♡ ここからは、残っている私を含めた五人のヤンデレが一斉に走り、主人公様を確保するルールにします♡」
「駅伝どこ行ったああああああ!!」
主人公の叫びは、実況席まで響き渡った。
「もちろん、主人公様がゴールまで逃げ切れば、主人公様チームの勝利ですわ♡」
「……それだけはまともなルールなんだな?」
主人公は、わずかな希望を見いだした。
しかし、森羅万象のヤンデレは楽しそうに続ける。
「まずは私が走りますわ♡ ですが、どこから増援が現れるのかは、観客の皆様にも、誰にも分かりません♡」
監視特化のヤンデレは、楽しそうに配信を続けている。
「さあ、主人公様♡ 逃げ切れるでしょうか?」
森羅万象のヤンデレは、スタート地点で軽く屈伸をした。
そして――。
「スタートですわ♡」
彼女が走り出した。
主人公はタスキを握りしめ、ゴールの方向を確認した。
「よし……! とにかくゴールまで逃げ切ればいいんだな!」
こうして、駅伝大会は新たな局面を迎えた。
主人公に残された勝利条件は、ただ一つ。
五人のヤンデレから逃げ切り、ゴールにたどり着くことだった。
主人公はタスキを握りしめ、ゴールの方向を確認した。
「よし……! とにかくゴールまで逃げ切ればいいんだな!」
主人公は、まだ知らなかった。
森羅万象のヤンデレが、どれほどの身体能力を持っているのかを。
彼女は、神々ですら一瞬で置き去りにするほどの速度を誇る存在だった。
神々が全力で走ろうとも、その背中を見ることすらできない。
それほどのスピードを、彼女は当たり前のように持っていた。
「さあ、主人公様♡ 参りますわよ♡」
森羅万象のヤンデレは、笑顔で走り出した。
その直前、主人公は何気なく準備運動をしていた。
「んーっ……」
大きく伸びをして、両腕を上げる。
次の瞬間。
ドゴォォォォォォン!!
凄まじい風圧が主人公のすぐ横を通り抜けた。
森羅万象のヤンデレは、主人公を捕まえることなく、そのまま彼方へと走り去っていった。
「…………は?」
主人公は、伸びをした姿勢のまま固まった。
少し遅れて、遠くのコースから声が響く。
「……あら? 主人公様、どこですの?」
どうやら、速すぎて主人公の横を通り過ぎてしまったらしい。
主人公は、ゆっくりと腕を下ろした。
「……今の、俺が伸びをしてなかったら……」
考えるのをやめた。
準備運動をしていたおかげで、主人公は奇跡的に難を逃れたのだった。
主人公は、タスキを握りしめた。
「……駄目だ。普通に走ったら死ぬ」
神々すら置き去りにする森羅万象のヤンデレ。
あんなものに何度も隣をかすめられたら、いつか確実に命を落とす。
「もう走るのはやめだ。瞬間移動でゴールしよう」
主人公は、ゴール地点を見据えた。
「これなら、さすがに逃げ切れるだろ!」
主人公は瞬間移動を発動した。
……しかし。
何も起こらなかった。
「……あれ?」
もう一度、瞬間移動を試みる。
やはり、何も起こらない。
「おい、嘘だろ!? なんで使えないんだよ!」
そのとき、実況席から楽しそうな声が響いた。
「うふふ♡ ご主人様、気づきませんでしたの?♡」
薬物専門のヤンデレだった。
「実は今回、ご主人様が途中で棄権したときに、お薬を仕込んでおきましたの♡」
「……は?」
「ご主人様の能力がすべて無効になるお薬ですわ♡ 瞬間移動も、魔法も、特殊能力も、全部使えませんの♡」
主人公は、ゆっくりと足元を見た。
「まさか……床に仕込んだのか!?」
「正解ですわ♡ 私が棄権してコースを離れようとしたとき、こっそり仕込んでおきましたの♡」
「棄権したときに何をやってるんだあああああ!!」
薬物専門のヤンデレは、楽しそうに微笑んだ。
「これで、ご主人様は自分の足で走るしかありませんわ♡」
その直後、遠くから森羅万象のヤンデレが戻ってきた。
「ご主人様♡ 今度こそ捕まえますわ♡」
主人公は青ざめた。
瞬間移動は使えない。
能力も使えない。
目の前には、神々すら置き去りにする速度のヤンデレ。
「……終わった」
主人公の絶望に満ちた声が、駅伝コースに響き渡った。
主人公は青ざめた。
瞬間移動は使えない。
能力も使えない。
目の前には、神々すら置き去りにする速度のヤンデレ。
「……終わった」
そのときだった。
観客席から、声が上がった。
「負けるな、主人公!」
「頑張れえええええ!」
「神羅万象のヤンデレなんか倒すんだ!」
テレビの前でも、国民たちが声を張り上げていた。
「主人公ならできる!」
「ここで負けるな!」
先ほどまで波動砲の惨状に怯え、テレビから目を逸らしていた人々。
しかし今、彼らは主人公を応援していた。
神々すら置き去りにするヤンデレに、たった一人で立ち向かう主人公。
その姿に、国民たちはいつしか夢中になっていた。
主人公は、驚いたように観客席を見渡した。
「……お前ら」
自分を応援してくれる人々の声が、確かに聞こえる。
主人公は、ゆっくりと拳を握りしめた。
「……そうか。俺は、一人じゃないんだな」
そして、森羅万象のヤンデレへと向き直った。
「よし……やってやる!」
森羅万象のヤンデレは、嬉しそうに微笑んだ。
「素敵ですわ、ご主人様♡ その意気ですわ♡」
主人公は構えた。
能力は使えない。
逃げることも簡単ではない。
それでも、観客たちの声援を背に、主人公は立ち向かおうとしていた。
主人公は、必死に走っていた。
森羅万象のヤンデレが放つ音速の攻撃を、紙一重でかわし続ける。
右へ避ける。
頭を下げる。
身をひねり、間一髪で攻撃を回避する。
「ご主人様♡ 惜しいですわ♡」
「惜しくねえよ! 当たったら死ぬんだよ!」
それでも主人公は走った。
そして、ついに中継ポイントへとたどり着いた。
「はあっ……はあっ……! なんとか、ここまで来たぞ……!」
主人公は、差し出されたドリンクを受け取った。
「助かった……! これを飲んで、もうひと踏ん張り――」
そのときだった。
実況席から、冷静なアナウンスが響いた。
「主人公様、失格です♡」
「……は?」
「主人公様、確保されました♡ これにより、主人公様チームは失格となります♡」
「ちょっと待てえええええ!! 俺、まだ捕まってないぞおおおおお!!」
主人公は慌てて周囲を見回した。
森羅万象のヤンデレは、少し離れた場所にいる。
触れられてもいない。
拘束もされていない。
それなのに、なぜ失格なのか。
主人公は、手元のドリンクへ視線を落とした。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
ドリンクを渡してくれたのは、慈愛のヤンデレだった。
彼女は、にっこりと微笑んでいる。
「お疲れさまですわ、ご主人様♡ 喉が渇いていると思って、ドリンクを用意しておきましたの♡」
「……お前、まさか」
「はい♡ ドリンクをお渡しした時点で、確保完了ですわ♡」
「そんなルール聞いてねえええええ!!」
慈愛のヤンデレは、優しく首を傾げた。
「だって、ご主人様♡ 私が差し出したものを、受け取ってくださいましたでしょう?♡」
「それを確保って言うなあああああ!!」
主人公の絶叫が、中継ポイントに響き渡った。
森羅万象のヤンデレは、楽しそうに駆け寄ってきた。
「あらあら♡ ご主人様、捕まってしまいましたわね♡」
「お前が捕まえたんじゃないだろおおおおお!!」
こうして主人公は、音速の攻撃を紙一重でかわし続けた末に、差し出されたドリンクを受け取ったことで失格となった。
「主人公様は、我々に負けましたので、もちろんお仕置きですわ♡」
「理不尽すぎんだろおおおおおおお!!」
主人公の絶叫が響き渡る中、ヤンデレたちは主人公を引きずりながら帰っていった。
「うふふ♡ 今日は楽しかったですわね♡」
「ええ♡ 夜も盛り上がりそうですわ♡」
こうして、その日の夜の生活は格段に盛り上がったという。
一方、その頃。
国王は執務室で頭を抱えていた。
波動砲が飛び交い、勇者が吹き飛ばされ、主人公がドリンクを受け取って失格になる。
そんな駅伝大会を経験した国王は、来年のことを考えていた。
「……来年はどうしよう」
しばらく考え込んだあと、国王はぽつりと呟いた。
「……もう、国王を辞めようかな」




