復讐のために強制恋愛ノートに名前を書いたら、自分が入っていた
第一話 強制恋愛ノート
その日の夜。
主人公は、ベッドの上で天井を見つめていた。
「…………」
疲れた。
とにかく疲れた。
今日もヤンデレたちに股間を散々な目に遭わされ、抵抗する気力も体力もすっかり失われていた。
ここは、主人公がもともと暮らしていた世界。
かつて魔王ルシファーを倒し、大天使ミカエルとも戦った、世界最強の男が暮らす世界である。
一度は転生し、平和な世界で学校生活を送っていたはずなのだが、目を覚ますと元の世界に戻っていた。
しかも、十人のヤンデレたちに囲まれ、股間は以前よりも強化されている。
なぜこうなったのか。
神様は何も説明してくれない。
「……なんで俺、毎晩こんな目に遭ってるんだろうな」
主人公は力なく呟いた。
魔王を倒した。
世界を救った。
次元にすら干渉できる力を手に入れた。
それなのに、自分の寝る時間すらまともに確保できない。
「もういい……寝よう」
主人公は布団をかぶろうとした。
そのときだった。
ベッドの脇に置かれた棚の隙間から、黒いノートが半分ほど飛び出していることに気づいた。
「……なんだ、これ?」
引っ張り出してみる。
表紙には、金色の文字で奇妙な名前が刻まれていた。
**『強制恋愛ノート』**
「…………」
主人公はノートを開いた。
最初のページには、使い方が記されていた。
名前を書き込み、最後に結末を記すことで、記入された者たちの恋愛関係を強制的に進展させることができる。
「……これ、使えるんじゃないか?」
主人公の脳裏に、十人のヤンデレたちの顔が浮かんだ。
毎晩、自分に好き放題してくる連中。
自分の意思などお構いなしに愛情を押しつけ、逃げようとすれば追いかけてくる。
こちらが嫌がっていても、本人たちは心から幸せそうに笑っている。
「そうか……」
主人公は、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「お前らが俺を独占したいっていうなら……お前らにも、恋愛ってものを味わわせてやるよ」
主人公はペンを手に取った。
まず、ヤンデレ十人の名前を書き込んだ。
一人ずつ、丁寧に。
書き間違いがないか確かめながら、全員の名前を記していく。
「よし……次だ」
続けて、ゲイバーのお兄さんの名前を書いた。
かつて主人公が通っていたゲイバーで働いていた、あのお兄さんだ。
「……悪いな、お兄さん。今回は付き合ってもらうぜ」
もちろん、本人の許可など取っていない。
主人公はさらに、ヤンデレたちの国の国王の名前も書き込んだ。
これで、全員の名前がそろった。
ヤンデレ十人。
ゲイバーのお兄さん。
そして、国王。
主人公はペンを置き、ノートを見つめた。
「……くくっ」
笑いがこみ上げてきた。
今まで自分は、あいつらの愛情を一方的に押しつけられてきた。
ならば、今度は逆だ。
自分が望むように、あいつらの運命を決めてやる。
主人公は最後の一行に、ゆっくりと文字を書き込んだ。
**『結婚』**
「……よし」
主人公はノートを閉じた。
「これで、あいつらも俺に構っている暇なんかなくなるだろ」
主人公はノートを枕元に置き、久しぶりに晴れやかな気持ちで布団に入った。
「明日の朝が楽しみだ……」
その顔には、世界最強の男が魔王を討伐したときでさえ見せなかった、邪悪な笑みが浮かんでいた。
今まで散々な目に遭わされてきた主人公。
ついに反撃の手段を手に入れたのである。
そして、主人公は眠りについた。
しかし、その様子を扉の隙間から窺っている者がいた。
魔導のヤンデレである。
主人公がノートを枕元に置き、寝息を立て始めたのを確認すると、彼女はそっと扉を閉めた。
そして、廊下で待機していた仲間たちのもとへ向かった。
「皆さん、主人公様がやりましたよ」
「まあ♡ ついに反撃ですか?」
「はい。強制恋愛ノートに、私たち十人とゲイバーのお兄さん、それから国王様の名前を書いて、最後に『結婚』と書いたんです」
森羅万象のヤンデレが、ふっと微笑んだ。
「……あのノート、ただのノートなのに」
「ええ。主人公様、本気で信じているようです」
「私たちが結婚してしまえば、主人公様に構う暇がなくなる。そんなことを考えているのでしょうね♡」
「そういうことでしょう」
魔導のヤンデレは、くすくすと笑った。
「さて、皆さん。明日からどう動くか考えますか。一応、期待には応えましょう」
「そうね♡」
森羅万象のヤンデレは、少し考え込んだ。
そして、突然顔を上げた。
「……待って」
「はい?」
「あのノート、持ってきてちょうだい」
魔導のヤンデレは、にっこりと笑った。
「なるほど。そういうことですね♡」
「ええ。せっかく主人公様が用意してくださった舞台ですもの。こちらも少し、手を加えましょう」
しばらくして、魔導のヤンデレが主人公の部屋から強制恋愛ノートを持ってきた。
森羅万象のヤンデレはノートを開いた。
そこには、主人公が一生懸命書き込んだ名前が並んでいた。
ヤンデレ十人。
ゲイバーのお兄さん。
国王。
そして、最後の一言。
『結婚』
「まずは、ゲイバーのお兄さんの名前を消しましょう」
森羅万象のヤンデレが言った。
「えっ、いいんですか?」
「ええ。あの方には関係ありませんから」
彼女はゲイバーのお兄さんの名前を消した。
そして、空いたところに新しい名前を書き込んだ。
**主人公。**
「これでよし♡」
森羅万象のヤンデレは満足げに頷いた。
ノートに残された名前は、ヤンデレ十人、主人公、そして国王。
最後の一言は、変わらず『結婚』。
そのとき、魔導のヤンデレが国王の名前に目を向けた。
「森羅万象のヤンデレ。国王様の名前のところだけ、少々細工をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。お好きにどうぞ♡」
魔導のヤンデレは、国王の名前が書かれた部分に指先を添えた。
そして、そっと魔力を注ぎ込んだ。
ほかの名前には何もしていない。
**魔力を宿したのは、国王の名前が書かれた部分だけだった。**
「……これで準備完了です♡」
魔導のヤンデレは、何事もなかったかのようにノートを閉じた。
森羅万象のヤンデレは、幸せそうに微笑んだ。
「主人公様の期待には、きちんと応えて差し上げましょう」
「承知しました♡」
十人のヤンデレたちは顔を見合わせた。
「明日の朝が楽しみですね♡」
そのころ、自分の仕掛けた計画が完璧に成功したと信じている主人公は、夢の中でようやく自由な生活を満喫していた。
復讐の準備は整った。
あとは、明日の朝を待つだけである。
主人公だけが、何も知らなかった。
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## 第二話 目覚めたら結婚相手が十一人いた
朝。
主人公は、柔らかな日差しを感じて目を覚ました。
「……ん……?」
ずいぶんと寝心地がいい。
いつものベッドとは比べものにならないほど広く、ふかふかだった。
頭上には、豪華な天幕が取り付けられている。
金色の刺繍が施された天幕。
豪華な装飾の壁。
巨大な窓。
そして、ベッドの脇には揃いの制服を着た使用人たちが整列していた。
「…………」
主人公は目を開いた。
見知らぬ天井。
見知らぬ部屋。
見知らぬベッド。
その一人が、恭しく頭を下げた。
「お目覚めでございますか。おはようございます、旦那様」
「…………は?」
主人公は、ゆっくりと上半身を起こした。
「誰が旦那様だ。ここはどこだ?」
「こちらは王宮でございます。旦那様と奥様方がお暮らしになるお部屋でございます」
「奥様方?」
主人公は周囲を見渡した。
そして、凍りついた。
自分の右隣に、魔導のヤンデレが眠っていた。
左隣には監視・情報特化のヤンデレ。
その周囲には、格闘特化、慈愛、性技のスペシャリスト、薬学特化、羨望特化、拷問・具現化特化、束縛・愛の包囲特化、そして森羅万象のヤンデレたちが眠っていた。
**十人全員が、主人公と同じ巨大なベッドで眠っていた。**
「…………」
主人公は、恐る恐る視線を動かした。
さらに向こう側。
立派な寝間着を着た男が、主人公の腕を枕代わりにして眠っていた。
見覚えのある顔。
立派な髭。
王冠こそ外しているものの、間違いない。
ヤンデレたちの国の国王だった。
「…………」
主人公は、深く息を吸い込んだ。
そして。
「**なんで国王まで一緒に寝てんだよおおおおおおおおおお!!**」
主人公の絶叫が、王宮中に響き渡った。
使用人たちは、慣れた様子で静かに一礼した。
「皆様、お目覚めでございますね」
「皆様じゃねえ! 説明しろ! なんで俺は王宮にいるんだ!? なんでこいつらと同じベッドで寝てるんだ!? そして、なんで国王までいるんだ!?」
その声に、ヤンデレたちが次々と目を覚ました。
「ん……主人公様……?」
魔導のヤンデレが目をこすった。
主人公の顔を見ると、彼女はぱっと笑顔になり、主人公の腕に抱きついた。
「おはようございます、私の大切な旦那様♡」
「誰が旦那様だ!!」
「もう、朝から照れなくてもいいじゃないですか♡」
「照れてねえ!!」
監視・情報特化のヤンデレも目を覚ました。
「主人公様、おはようございます♡ 昨夜はよく眠れましたか?」
「眠れるわけねえだろ! なんだよ、この状況は!」
「私は主人公様の寝顔を見ながら眠れて、とても幸せでした♡ 寝返りも呼吸も、全部記録してありますよ♡」
「寝顔を見るのはともかく、記録するな!!」
格闘特化のヤンデレは、豪快に笑いながら主人公の背中を叩いた。
「おう、主人公! 今日から俺たちは夫婦だな! これからもよろしく頼むぜ!」
「お前まで何を言ってるんだ!」
「夫婦なんだから、遠慮するなって!」
「遠慮とかそういう問題じゃねえ!」
慈愛のヤンデレは主人公の手を両手で包み込んだ。
「主人公様……これからは毎朝、あなたのお顔を見て、あなたのお食事を用意して、健やかに暮らせるようにお世話をしたいのです♡」
「いや、俺は自分でできるから……」
「まあ♡ 自立した主人公様も素敵です。でも、甘えたいときにはいつでも私のところへいらしてくださいね。何があっても、私は主人公様の味方ですから♡」
彼女は主人公の手をぎゅっと握った。
「愛しています、主人公様♡」
「うっ……。いや、だから、そういう話じゃなくてだな……」
薬学特化のヤンデレは、すでに手帳を開いていた。
「主人公様との結婚生活……素晴らしいですね♡ 毎朝の健康診断、毎日の体調管理、そして股間強化計画の継続……」
「最後のやつは中止しろ!!」
「ええっ!? せっかく夫婦になれたのですから、もっと健康になっていただきたいのに……♡」
「お前の健康の定義がおかしいんだよ!!」
性技のスペシャリストも主人公の頬に手を添えた。
「主人公様♡ これからは毎日、二人きりで過ごす時間も作りましょうね♡」
「二人きりって、ほかの皆はどうするんだよ!」
「順番にお時間をいただきます♡」
「順番を組むな!!」
羨望特化のヤンデレが、主人公の腕に抱きついた。
「主人公様……私のこと、ほかの皆さんよりも愛してくださいますか?」
「いや、俺はそもそも……」
「……そうですか。私だけを一番にしてくださるのですね♡」
「まだ何も言ってねえだろ!!」
拷問・具現化特化のヤンデレは、いつの間にか小さなノートを取り出していた。
「主人公様との夫婦生活を充実させるため、特別な訓練設備を用意いたしました♡」
「いらねえ!! 結婚生活に訓練設備を持ち込むな!!」
束縛・愛の包囲特化のヤンデレは、主人公を背後からぎゅっと抱きしめた。
「主人公様♡ これからはもう、離れなくていいんですよ。どこへ行くにも、私たちが一緒です♡」
「それが嫌だから逃げようとしてるんだよ!!」
そして、森羅万象のヤンデレが目を覚ました。
彼女は主人公の顔を見ると、嬉しそうに微笑み、そっと頬を寄せた。
「おはようございます、主人公様♡」
「お、おう……」
「今日から毎朝、こうしてあなたのお隣で目覚められるのですね。ずっと夢見ていたことが、ようやく叶いました♡」
彼女は主人公の手を握り、愛おしそうに見つめた。
「あなたが世界最強であろうと、どれほど強大な力を持っていようと、私にとっては大切な人です。何者にもあなたを奪わせません。これからは毎日、私の愛を受け取ってくださいね♡」
「……それが一番怖いんだよ!!」
彼女は主人公の手の甲にそっと口づけた。
「大好きですよ、主人公様♡」
そのときだった。
主人公の腕を枕にしていた国王が、ゆっくりと目を覚ました。
「……ん。朝か」
国王は主人公を見ると、満面の笑みを浮かべた。
「おお、主人公殿! おはよう!」
「……国王」
「どうしたのだ?」
国王は主人公の手を取った。
「昨夜はそなたの隣で眠れて、実に幸福だったぞ。余は長年、国を治めることばかり考えてきた。しかし、これからはそなたと過ごす時間も大切にしたい」
「…………は?」
「そなたの笑顔を見るだけで、余は明日も国を治めようと思えるのだ。これからは余のことを、国王ではなく夫として頼ってくれ」
国王は主人公の手を胸元に引き寄せた。
「愛しているぞ、主人公殿♡」
「**お前まで何を言ってんだああああああああああ!!**」
国王は、きょとんとした。
「何を驚いているのだ? 余たちは結婚したのではないか?」
「してねえ!!」
「しかし、そなたの名前はノートに……」
「……え?」
主人公の顔色が変わった。
「おい、待て。今、何て言った?」
主人公の脳裏に、国王は首をかしげた。
「ノートに名前が書いてあったであろう?」
昨夜の出来事がよみがえった。
黒いノート。
『強制恋愛ノート』。
自分はヤンデレ十人、ゲイバーのお兄さん、国王の名前を書き、最後に『結婚』と記した。
そうだ。あのノートだ。
「……ノートはどこだ!?」
主人公は慌ててベッドの脇を探した。
すると、サイドテーブルの上に黒いノートが置かれていた。
「これだ……!」
主人公はノートを掴み、ページを開いた。
まず、自分が書いた名前を確認する。
ヤンデレ十人。
ゲイバーのお兄さん。
国王。
……のはずだった。
「…………」
主人公の目が止まった。
ゲイバーのお兄さんの名前が消えている。
代わりに、そこには自分の名前が書かれていた。
**ヤンデレ十人。主人公。国王。**
最後の一言は、昨夜と同じ。
『結婚』
「…………」
主人公は、自分の名前を凝視した。
「俺……こんなの書いてねえぞ?」
よく見ると、書き換えられた部分は、もとの文字があった場所をきれいに処理してから書き直されていた。
しかも、自分の筆跡にそっくりだった。
あまりにも自然で、ぱっと見ただけでは改ざんに気づかない。
「おい……ちょっと待て……」
主人公はページをめくり、元の名前が消された痕跡を探した。
ない。
筆跡も不自然ではない。
完全に書き換えられている。
「誰だ……誰がこんなことを……!」
その瞬間、森羅万象のヤンデレが、涼しい顔で告げた。
「**魔導のヤンデレが秒でやってくれました♡**」
「**お前らああああああああああ!!**」
魔導のヤンデレは、満面の笑みで親指を立てた。
「お任せください♡ 筆跡まで完璧に再現しておきました!」
「秒で何をやってんだよ!!」
森羅万象のヤンデレは、主人公の肩にそっと手を置いた。
「主人公様♡ せっかくご用意くださった結婚計画ですもの。関係のないゲイバーのお兄さんを巻き込むわけにはいきませんから♡」
「だったら、なんで俺の名前を追加するんだよ!!」
「だって、主人公様も一緒なら、もっと幸せな結婚生活になるでしょう?♡」
「**ならねえよ!!**」
主人公はノートを掲げた。
「お前ら、俺の計画を勝手に改変するな!!」
魔導のヤンデレは、にっこりと微笑んだ。
「主人公様がご自分でお書きになったのですよ♡」
「そうだけど!! そうじゃねえ!!」
主人公はノートを握りしめた。
自分が仕掛けた計画が、いつの間にか自分自身を巻き込む計画へと変わっていた。
そして、ヤンデレたちは全員、心から幸せそうにしている。
「……神様」
主人公は天井を仰いだ。
「俺、今度こそ自由になれると思ったんだけどな……」
そのときだった。
森羅万象のヤンデレが、ふと国王のほうを見た。
「…………」
彼女の笑顔が、すっと消えた。
「……ところで」
「うむ? どうしたのだ?」
国王が振り向いた。
森羅万象のヤンデレは、眉をひそめた。
「**なんであなたがここにいるんですの?**」
「…………は?」
国王の笑顔が固まった。
「いや、待て。余は昨夜、主人公殿と――」
「主人公様のお隣は、私たちの場所でしょう?」
「いや、しかし、ノートには余の名前も――」
「**なんであなたが主人公様の夫になっているんですの!?**」
「いや、それを書いたのは主人公殿では……」
「知りませんわ!!」
森羅万象のヤンデレは、理不尽な怒りを爆発させた。
「そもそも、国王という立場を利用して主人公様の隣を確保するなんて、あまりにも卑怯ではありませんこと!?」
「余はそんなつもりでは――」
「魔導のヤンデレ!」
「はい♡」
「ノートを持ってきてちょうだい!」
魔導のヤンデレは、すでにノートを手にしていた。
「こちらです♡」
「国王の名前を消してください」
「承知しました♡」
魔導のヤンデレはノートを開いた。
そして、昨夜、魔力を注いでおいた国王の名前の部分に指先を添えた。
その箇所だけは、ほかの名前と違っていた。
魔導のヤンデレの魔力が、国王の名前と『結婚』という言葉を結びつけていたのである。
彼女はペンを走らせた。
**シュッ。**
一瞬だった。
国王の名前が、ノートから消えた。
同時に、名前に宿っていた魔力がほどけた。
「……魔導のヤンデレが秒でやってくれました♡」
森羅万象のヤンデレは、満足げに頷いた。
「これでよし♡」
「報告するな!!」
主人公が叫んだ。
「お前ら、さっきまで国王も一緒に結婚するって話だっただろうが!!」
「何のことでしょう?」
森羅万象のヤンデレは、にっこりと微笑んだ。
「主人公様。ノートをご覧くださいませ♡」
主人公は慌ててページを確認した。
ヤンデレ十人。
主人公。
最後の一言は、もちろん――。
**『結婚』**
国王の名前だけが、きれいに消えていた。
「……おい」
主人公は震える指で、ノートを指差した。
「国王の名前、消えてるんだけど……?」
「ええ♡」
「なんで!?」
「邪魔でしたので♡」
「理由がひどすぎるだろ!!」
その瞬間。
国王が、ふわりとベッドから浮き上がった。
「……え?」
本人も何が起きたのかわからない様子だった。
「ま、待て! 余の身体が……!」
名前に宿っていた魔力が消えたことで、国王をベッドに留めていた力も失われたのだ。
**ポイッ。**
「うわああああああああああ!!」
国王は、掛け布団ごとベッドの外へと退場させられた。
床に降ろされた国王は、しばらく呆然としていた。
使用人たちが慌てて駆け寄る。
「国王陛下! お怪我はございませんか!?」
「…………」
国王は床に座り込んだまま、遠い目をしていた。
「……余は、いったい何をしたというのだ……」
ベッドの上では、森羅万象のヤンデレが満足そうに微笑んでいた。
「これで、主人公様のお隣は私たちだけですわ♡」
そして、主人公の腕に抱きついた。
「さあ、主人公様♡ 邪魔者はいなくなりました。私たちだけで、ゆっくり過ごしましょうね♡」
「**お前が一番の邪魔者なんだよ!!**」
魔導のヤンデレは、消し終えたノートを掲げた。
「ちなみに、国王様のお名前は完全に消しておきました♡」
「だから報告するな!!」
こうして、国王は結婚騒動から早々に退場した。
残された結婚相手は、ヤンデレ十人。
主人公には、**十一人の結婚相手**がいることになっていた。
「……なあ」
主人公はノートを見つめながら呟いた。
「これ、俺の復讐計画だったよな……?」
森羅万象のヤンデレが、幸せそうに頬を寄せた。
「ええ♡ 主人公様の計画ですわ♡」
「……どうしてこうなった」
「愛の力ですわ♡」
「そんな便利な言葉で全部済ませるなあああああああ!!」
王宮の朝は、今日も騒がしかった。
主人公が自分を解放するために仕掛けた計画は、ヤンデレ十人を結婚相手とする、これまで以上に逃げ場のない生活へと変わっていた。
主人公は、まだ知らない。
自分が作ったノートのどこに、魔導のヤンデレが魔力を仕込んだのか。
そして、次にどんな仕掛けが待ち受けているのか。
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第三話「もう一冊のノート」
主人公は、ベッドの上で絶望していた。
十人のヤンデレに囲まれ、結婚までさせられた。
国王は消えた。
逃げ場もない。
しかし、主人公にはまだ疑問が残っていた。
「……おかしい」
「どうなさいましたの、主人公様♡」
魔導のヤンデレが、にっこりと微笑んだ。
「俺はあのノートに名前を書いた。最後に『結婚』とも書いた。だから、こんなことになったんだろ?」
「はい♡」
「だったら……どうして、俺の思いどおりにならないんだ?」
魔導のヤンデレは、楽しそうに首を傾げた。
「主人公様。ひとつ、教えて差し上げましょうか♡」
彼女は懐から、一冊の黒いノートを取り出した。
表紙には、こう書かれていた。
**『強制夜間行動ノート』**
「な、なんだそれは……」
「本物ですわ♡」
魔導のヤンデレはページを開き、さらさらと文字を書き込んだ。
『主人公は、ヤンデレ十人全員の夜のお相手を、毎晩最低五セット務めること』
書き終えた瞬間、ノートが淡く輝いた。
主人公の身体が、ぴたりと動かなくなった。
「お、おい! 何をした!」
「魔法をかけましたの♡」
「ふざけるな! そんなもの、俺が認めるわけが――」
「認める必要はありませんわ♡」
魔導のヤンデレは、満面の笑みを浮かべた。
「このノートは、本物ですもの♡」
主人公の顔から血の気が引いた。
「……本物?」
「ええ。書いた内容を現実にする、正真正銘の魔法のノートですわ♡」
彼女は『強制夜間行動ノート』を大切そうにしまうと、今度はもう一冊の黒いノートを取り出した。
表紙には、見覚えのある文字が並んでいた。
**『強制恋愛ノート』**
主人公が、自分の部屋で見つけたものと同じだった。
「そ、それは……!」
「主人公様が使ったノートですわね♡」
魔導のヤンデレは、主人公の目の前でノートをひらひらと振った。
「では、ここで問題です♡ このノートは、本物でしょうか? 偽物でしょうか?」
「……本物に決まっているだろ!」
主人公は叫んだ。
「俺はこのノートに名前を書いた! 結婚と書いた! 実際に結婚させられたじゃないか! 国王の名前を消したら、国王だっていなくなった!」
「うふふ♡」
魔導のヤンデレは、笑った。
「主人公様」
そして、残酷な真実を告げた。
「**あのノート、ただのノートですわ♡**」
「…………は?」
「何の魔力もありません。名前を書いても、願いを書いても、何も起こりませんの♡」
主人公は、言葉を失った。
「……嘘だ」
「本当ですわ♡」
「嘘だ! だって、結婚は成立した! 国王も消えたじゃないか!」
「それは、わたくしたちがやったからですわ♡」
魔導のヤンデレは、あっさりと言った。
「主人公様が反撃を思いついたように見せかけて、あのノートを使わせました。主人公様が書いた名前も、最後の『結婚』も、わたくしたちは全部把握していましたの♡」
「…………」
「お兄さんの名前を主人公様のお名前に変えたのも、国王様を追い出したのも、わたくしたちですわ。主人公様の計画を、わたくしたちの都合のいいように実現して差し上げただけです♡」
主人公の顔が、みるみる青ざめていく。
自分は反撃していたのではなかった。
反撃できていると思わされていただけだった。
自分が見つけた希望も、自分で考えた作戦も、すべてヤンデレたちの掌の上だった。
「……じゃあ、俺は……」
声が震えた。
「俺は最初から……何もできていなかったのか?」
「はい♡」
魔導のヤンデレは、迷いなく答えた。
「でも、主人公様が一生懸命考えてくださった計画ですもの。わたくしたち、みんなで協力して実現して差し上げましたの♡」
「余計なお世話だあああああああああああああああああああああ!」
主人公の絶叫が、王宮に響き渡った。
十人のヤンデレたちは、楽しそうに顔を見合わせた。
「主人公様、喜んでくださったかしら♡」
「ええ、とっても♡」
「次は、もっと素敵な計画を考えていただきましょう♡」
主人公は天井を見つめた。
もう、何も考えたくなかった。
反撃のためのノートは、ただのノートだった。
自分の計画は、最初から彼女たちに知られていた。
そして今、目の前には本物の魔法のノートを持った魔導のヤンデレがいる。
「……もう嫌だ」
主人公は、力なくつぶやいた。
魔導のヤンデレは、そんな主人公の頬を優しく撫でた。
「大丈夫ですわ、主人公様♡」
彼女は、新しい白紙のノートを取り出した。
「次は、どんなノートを作りましょうか♡」
主人公は、再び絶望した。




