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ヤンデレたちへの感謝 主人公からのプレゼント

# 番外編――主人公のささやかなお返しと、それぞれの受け取り方


*


【主人公の屋敷・応接室】


森羅万象との一日が終わってから、数日が経っていた。


主人公はソファに座り、天井を見上げていた。


あの日のことは、うまくいった。


静かなお店で、彼女が本当に使いそうなものを渡せた。森羅万象も満足してくれた。


だが、その成功が自分一人の力ではないことくらい、主人公にも分かっていた。


魔導が店の条件を教え、エンジェルが好みの傾向を整理し、リリムが「ど派手なのは却下」と釘を刺した。


慈愛と潜入特化が周囲を見張り、乱入を防いでくれた。


「……俺がうまくやれたのは、あいつらのおかげだな」


主人公は小さく息を吐いた。


「なら、何かお返ししねえと悪ぃだろ」


そう思った主人公が最初に向かったのは、男たちのいる部屋だった。


*



【男衆の部屋】


拷問特化が拘束具の設計図を広げ、格闘特化が筋トレの合間に水を飲み、腰振りが椅子に座って足を組んでいた。


主人公が扉を開けると、三人同時に顔を上げた。


「なんだ、ご主人様か」


「珍しいな。俺たちに用か?」


「ああ。ちょっと相談がある」


主人公は部屋に入り、近くの椅子に腰を下ろした。


「この前、森羅万象にプレゼントを渡しただろ。あれ、魔導たちやリリムたちが協力してくれたおかげで、うまくいったんだ」


「ほう。それで?」


拷問特化が設計図から顔を上げる。


「助けてもらったままってのも落ち着かねえから、今度は俺から何かお返しをしたいと思ってな。ただ、何を渡せばいいのか分からない」


主人公がそう言うと、三人は揃って黙り込んだ。


やがて、拷問特化が設計図を畳み、真剣な表情で口を開いた。


「なるほど。相手に喜んでもらえる贈り物を選ぶわけか。なら、まずは相手の弱点を把握する必要があるな」


「弱点?」


「何をされると困るのか。どこに負担がかかっているのか。それを調べれば、改善に役立つ品を選べる」


「……プレゼントだぞ。尋問じゃねえんだ」


「分かっている。だから、無理に聞き出す必要はない。日頃の行動から推測すればいい」


拷問特化は腕を組み、真面目に考え込んだ。


「例えば、魔導なら扇子の耐久性を上げる。エンジェルなら記録作業の負担を減らす。潜入特化なら装備の収納効率を改善する。そういう実用的な贈り物がいいだろう」


「いや、確かに役には立ちそうだけどよ……」


主人公は微妙な顔をした。


「もうちょっと、普通のプレゼントっぽいものはねえのか?」


「実用性のないものを贈る理由が分からん」


「そこからかよ……」


今度は格闘特化が、腕を組んで考え始めた。


「だったら、体を動かす連中には運動用の服や道具がいいんじゃねえか? 使うたびに鍛えられるようなやつだ」


「全員が鍛えてるわけじゃねえだろ」


「そうか。なら、全員で使えるものはどうだ? 屋敷にトレーニング設備を増やすとか」


「俺が欲しいのは、みんなへのお返しだ。屋敷の設備投資じゃねえ」


「……難しいな。相手のためを思って選んでも、本人が欲しいとは限らねえのか」


格闘特化は本気で悩んでいた。


「俺なら、鍛錬に役立つものをもらえば嬉しいんだがな」


「お前の基準を全員に当てはめるな」


主人公の突っ込みに、格闘特化は「そうか」と素直に頷いた。


最後に、腰振りがゆっくりと手を挙げた。


「よし。ここは俺に任せろ☆」


主人公は少しだけ期待した。


「お前、何かいい案があるのか?」


「女の子へのプレゼントなら、やっぱり雰囲気が大事だ。綺麗な花、洒落た小物、それから二人きりで過ごせる場所。そういうのがいいんじゃねえか?」


「……お前、意外とまともなことを言うな」


「だろ? 相手が喜ぶ顔を想像しながら選ぶ。それが大事なんだよ☆」


腰振りは得意げに胸を張った。


「ただし、渡すときは距離感も大事だ。自然な流れで手を取り、目を見つめて――」


「そこから先はいらねえ」


「まだ何も言ってねえだろ☆」


「言いそうだったから止めたんだよ」


主人公は額を押さえた。


実用性を突き詰める拷問特化。


鍛錬の基準から抜け出せない格闘特化。


雰囲気を重視する腰振り。


三人とも真剣に考えてくれている。それはありがたい。


だが、どうにも決め手に欠けていた。


「……悪い。せっかく考えてくれたのに、俺の方が何を求めてるのか分からなくなってきた」


「いや、ご主人様が悪いわけじゃねえ」


格闘特化が首を振った。


「相手の好みを知らずに選ぶのは、俺たちでも難しい。鍛錬だって、本人の目的に合わなきゃ意味がねえからな」


「そういうことだ。情報が足りない以上、推測には限界がある」


拷問特化も頷いた。


腰振りは椅子から立ち上がり、主人公の肩を軽く叩いた。


「焦ることはねえさ。気持ちがあるなら、きっと伝わる。……まあ、俺なら花束に一言添えて渡すけどな☆」


「お前の方法は参考にしづらいんだよ」


主人公が苦笑した、そのときだった。


扉が静かに開いた。


「皆様、ずいぶんと真剣なお話をなさっていますのね」


入ってきたのは、森羅万象だった。


彼女は部屋の中を見渡し、主人公の前で足を止めた。


「お邪魔しますわ。少し、お話が聞こえてしまいましたので」


「森羅万象? どうしたんだ?」


「ご主人様がお返しを考えていらっしゃると伺いましたので。よろしければ、わたくしがお手伝いいたしましょうか」


主人公の表情が明るくなった。


「本当か?」


「ええ。皆様が何を好まれるか、普段の会話からある程度は把握しておりますわ」


拷問特化が感心したように頷く。


「なるほど。本人から情報を得るのではなく、日常の行動から好みを推測するわけか」


「ええ。ただし、相手の気持ちを決めつけないことも大切ですわ。好みを把握したうえで、最終的にはご主人様ご自身が選ばれる。それなら、きっと素敵なお返しになります」


格闘特化が納得したように拳を握った。


「なるほどな。本人の目的を確かめてから、道具を選ぶのと同じか」


「そういう考え方もできますわね」


腰振りが指を鳴らした。


「よし、これで解決だな☆ 俺たちは運搬係として同行しようぜ!」


「まだ何も解決してねえだろ」


主人公が突っ込むと、森羅万象は楽しそうに微笑んだ。


「それでは、ご主人様。まずは皆様の好みを整理して、買い物に出かけましょうか」


「ああ。助かる。頼む」


森羅万象は小さく一礼した。


「お任せくださいませ」


こうして、主人公のささやかなお返し計画は、森羅万象の協力を得て、ようやく具体的に動き始めたのだった。


*


【数時間後】


森羅万象が戻ってきたとき、手には小さなメモ帳が握られていた。


「お待たせいたしました。それぞれの方の『普段使いできるもの』と『本当に欲しがっているけれど、自分では買わないもの』を中心にまとめております」


主人公と男たちは、そのメモを囲んだ。


魔導――扇子の替え。ただし、装飾を抑えつつも品のあるもの。


エンジェル――バインダー用の上質な補充紙と、書きやすいペン。


リリム――実用的で持ち歩きやすい小物。派手さよりも使いやすさを重視。


慈愛――休息や癒やしに関わる、穏やかな香りのするもの。


潜入特化――目立たないが、機能性の高い収納具。


嫉妬――推し活にも使える、小さくて可愛いが品位のあるもの。


科学・薬学――研究や調合の効率を上げる、小さな道具類。


王女――上品で実用的な小物。過度に華美ではなく、日常や公務の合間にも使えるもの。できれば、ご主人様が選んだという事実が伝わる程度の控えめな品。


格闘特化が唸った。


「……細けえな」


「これが『さりげなく聞いた』結果かよ」


腰振りが感心する。


「さすがだな。俺たちじゃ一生分からなかったぜ☆」


森羅万象は静かに微笑んだ。


「それでは、ご主人様。お店を回りましょうか」


「ああ。付き合ってくれ」


男たちも立ち上がった。


「俺たちも行く。運搬係だ」


「力仕事なら任せろ」


「俺は雰囲気担当で☆」


「雰囲気担当は要らねえ」


*


【商店街・午後】


こうして、主人公、森羅万象、そして男たち三人の奇妙な買い物部隊が商店街を練り歩くことになった。


最初の店で、魔導用の扇子を選ぶ。


職人の店には、華やかなものからシンプルなものまで並んでいた。


主人公が手に取ったのは、骨組みがしっかりしていて、紙面の模様が控えめな一品だった。


「これなら、あいつでも使いそうだな」


そのとき、隣で品物を眺めていた森羅万象が、静かに口を開いた。


「ご主人様。その扇子も悪くありませんが……少々、骨の装飾が主張しすぎているように思いますわ」


「そうか?」


「ええ。魔導様は、開いたときに『品よく手元を整える』ことを大切になさいます。でしたら、こちらの方が長く使ってくださると思います」


森羅万象が指し示したのは、一見さらに地味だが、閉じたときの収まりがよく、開いたときに線が美しい扇子だった。


主人公は両方を見比べ、彼女の言葉を噛みしめたあと、最初の品を棚に戻した。


「……そうだな。お前の言う通りだ」


「お役に立てて幸いですわ」


森羅万象は小さく微笑んだ。


「あの方は、華やかさより『使い続けること』に価値を見出されますから。最初の印象より、日々の手触りを優先された方がよろしいかと」


「助かった。やっぱりお前がいると違うな」


「過大評価ですわ。わたくしは、日頃の様子を見ていただけですから」


そう言いながらも、森羅万象の声には、わずかな満足が混じっていた。


主人公は改めて、彼女の選んだ扇子を手に取った。


「よし。これにしよう」


「ええ。きっと、喜んでいただけますわ」


次はエンジェルの分だ。


文具店で、バインダーに合う厚手の紙と、長時間書いても疲れにくいペンを選ぶ。


「これなら、記録が捗りそうだな」


「エンジェル様は、『残すこと』そのものに喜びを感じますものね」


リリムの分は、コンパクトで壊れにくいポーチ。


慈愛の分は、優しく香るハーブティーのセット。


潜入特化の分は、一見するとただの布袋だが、内部に細かい仕切りがある特殊な収納具。


嫉妬の分は、小さなアクセサリーケース。推し活のグッズ整理にも使えそうなものだ。


科学と薬学の分は、精密な計量器具と、持ち運びに便利な薬箱。


そして最後に、王女の分。


主人公は少し迷ったあと、上品でありながら過度に華美ではない、小さな手帳カバーを手に取った。


「これなら、あいつでも使いそうだ。公務の合間にも邪魔にならねえだろ」


森羅万象が静かに頷く。


「ええ。王女様は『ご主人様が選ばれた』という事実そのものを大切にされますから。派手さより、思いが伝わる品がよろしいかと」


買い物袋が徐々に増えていく。


格闘特化が両手に袋を下げ、呟いた。


「……俺たち、いつの間にか配達員になってねえか」


「力仕事担当だ。文句は言うな」


腰振りが笑う。


「まあ、平和な買い物で済んでるなら上等だろ☆」


森羅万象は先頭で、次の店を案内していた。


その背中は、どこか楽しそうに見えた。


*


【夕方・屋敷・居間】


全員が揃ったところで、主人公は買い物袋をテーブルに置いた。


「……今日は、お返しだ」


部屋にいた面々が、一斉に顔を上げる。


「お返し、ですの?」


魔導が手にしていた扇子を止めた。


「ああ。森羅万象との一日がうまくいったのは、お前らのおかげだった。だから、何か渡したくてな」


主人公は順番に袋を取り出し、渡していった。


まずは魔導へ。


「お前のだ。扇子。派手すぎず、使いやすそうなのを選んだ」


魔導は扇子を受け取り、ゆっくりと開いた。


骨組みの感触、紙の張り、模様のバランス。


彼女はしばらく無言で確かめたあと、扇子を胸元に寄せ、優雅に微笑んだ。


「……まあ。ご主人様が、わたくしの好みをここまで理解して選んでくださったのですね♡」


「森羅万象が調べてくれたんだ」


「それでも、最終的に選ばれたのはご主人様ですわ」


魔導は扇子を開き、顔の半分を隠すように掲げた。


「この扇子を開くたびに、ご主人様がわたくしのために選んでくださったことを思い出せますわね♡ 大切に使います。チャオ♡」


「……普通に使ってくれればいいからな」


「もちろんですわ。ご主人様の愛用品と並べて飾る場所も考えておきます♡」


「飾るな。使え」


次にエンジェル。


「バインダーの補充紙とペンだ。記録がしやすいように」


エンジェルは即座にバインダーを開き、新しい紙を一枚差し込んだ。


ペンを手に取ると、試し書きをして、その書き味を確かめる。


「……滑らかで、筆記時の抵抗も少ない。記録効率が向上します。ありがとうございます♡」


彼女は新しい紙に、さっそく何かを書き始めた。


「おい、何を書いてるんだ?」


「本日の記録です。『主人公様から、記録用具一式を贈呈された日』として保存します」


「そこまで記録しなくていいぞ」


「重要な出来事ですので、記録の省略は推奨できません」


エンジェルは真剣な顔でペンを走らせる。


「なお、今後はこのペンを使用した記録と、従来の記録との比較検証も実施します」


「プレゼントを研究対象にするな……」


リリムへ。


「お前のだ。持ち歩きやすいポーチ」


リリムは受け取り、中を確認してから肩にかけた。


大きさも手触りも、彼女が普段使いするのにちょうどよかったらしい。


「……悪くないわね。派手じゃなくてちょうどいい。ありがと」


「素直だな」


「素直に受け取れるものだったからよ」


リリムはポーチを軽く叩き、満足そうに頷いた。


「これなら普段から使えるし、邪魔にもならないわ。変に飾り立てたものを渡されるより、ずっといいわね」


「それならよかった」


「……ま、あんたが選んだものなら、多少趣味が悪くても使ってあげるつもりだったけど」


「今、褒めたんじゃなかったのか?」


「褒めたわよ。今のは余計な一言」


リリムはそっぽを向いたが、ポーチを外そうとはしなかった。


慈愛へ。


「ハーブティーだ。休むときに使え」


慈愛は袋を胸の前で抱き、目を細めた。


「まあ……ご主人様が、わたくしの休息まで気にかけてくださるなんて。大切に淹れさせていただきますわ♡」


「大げさだな……」


「いいえ。誰かを気遣うことは、心身を休めることから始まりますもの。ご主人様も、疲れたときにはご一緒にいかがですか?」


慈愛は、柔らかな笑みを浮かべた。


「このお茶を飲みながら、ゆっくりお話しできたら素敵ですわね」


「それくらいなら、いいかもな」


「ふふっ……お約束ですわ♡」


慈愛は袋を大切そうに抱え直した。相手を癒やすことに慣れた彼女自身も、誰かから気遣われる喜びを噛みしめているようだった。


潜入特化へ。


「収納具だ。目立たなくて、中は仕切りがある」


潜入特化は袋を受け取り、静かに中を確認した。


仕切りの位置を確かめ、収納部分の深さを測るように指先でなぞる。


「……機能性が高いです。外見から内部構造を悟られにくく、必要なものを分類して収納できます。ありがとうございます」


「任務に使うなよ」


「私用が主です」


「今、少し間があったぞ」


「気のせいです」


潜入特化は表情ひとつ変えず、収納具を丁寧に畳んだ。


「大切に使います。目立たず、長く使える品は重宝しますので」


「そうか。ならよかった」


「……ご主人様からいただいた品ですから、紛失の可能性がある場所には持ち込みません」


「そこまで気を遣わなくてもいいぞ」


「いえ。管理方法は慎重に検討します」


「普通に使ってくれればいいからな……」


嫉妬へ。


「アクセサリーケースだ。グッズの整理にでも使え」


嫉妬はケースを開け、中を眺めると、ぱっと顔を輝かせた。


「まあ、素敵! 小物を分けて入れられるし、これなら大切なグッズもきれいに整理できるわ♡」


彼女はさっそく、持っていた小さなグッズをひとつ取り出し、ケースに収めた。


「これで推し活も捗るわね。ふふっ、主人公のことを思いながら、このケースも大切に使うわ♡」


「ケースまで応援するな」


「だって、主人公が選んでくれたものだもの。ケースも立派な推し活仲間よ♡」


「物にまで仲間意識を持つのか……」


「もちろん! この子には、わたしの大切なものを守るという重大な使命があるのだから!」


嫉妬はケースを大事そうに抱きしめた。


「ありがとう。大切にするわね♡」


その表情は、いつもの推し活に夢中なときと同じくらい幸せそうだった。


科学と薬学へは、精密器具と薬箱を渡した。


まず科学は、器具を手に取って光にかざし、目盛りや細部を確かめ始めた。


「目盛りの精度もよさそうですわ。これなら実験時の誤差を減らせるかもしれません。ありがとうございます」


彼女は器具を丁寧に置くと、主人公に向き直った。


「ご主人様、わたくしの研究内容まで考慮して選んでくださったのですね。実に興味深い贈り物ですわ」


「いや、そこまで詳しくは分からなかったけどな。使えそうだと思ったんだ」


「その判断が重要なのです。実際に使う者の立場を考えた選択ですもの」


科学は器具をもう一度手に取り、満足げに微笑んだ。


「大切に使わせていただきますわ。もちろん、性能の検証も行いますけれど」


「検証はいいが、危ない実験には使うなよ」


「……善処いたしますわ」


「今の間は何だ?」


続いて薬学は、薬箱を丁寧に開き、内部の仕切りや収納スペースを確認した。


「持ち運びに便利ですし、薬剤や器具を整理するのにも役立ちそうですわ。これなら調合の管理がしやすくなりますね」


薬学は箱を閉じ、主人公に穏やかな笑みを向けた。


「必要なものをきちんと整理できると、作業の負担も減ります。わたくしたちの仕事まで気にかけてくださって、ありがとうございます」


「役に立つならよかった」


「ええ。大切に使いますわ。ご主人様の期待に応えられるよう、これからも研究と調合に励みますね」


「いや、期待っていうか……無理はするなよ」


「ふふっ。ご主人様にそう言っていただけるのが、一番のお薬かもしれませんわね」


「薬学、それはさすがに言い過ぎだろ……」


「そうでしょうか?」


薬学は楽しそうに笑いながら、薬箱を大事そうに抱えた。


最後に、森羅万象自身にも小さな贈り物を渡した。


「お前にも。前回のお礼とは別だ。今日、協力してくれた分」


森羅万象は、渡された小さな茶托を両手で受け取った。


「……わたくしは、すでに十分にいただきましたのに」


「いいから受け取れ」


森羅万象は茶托に目を落とした。


派手さはない。けれど、手元に置いて長く使えそうな、落ち着いた品だった。


「……ありがとうございます、ご主人様。大切に使わせていただきますわ」


彼女は茶托をそっと撫で、いつもより少し柔らかな笑みを浮かべた。


「わたくしがしたことは、皆様のお役に立ちたかっただけです。それでも、こうしてお心遣いをいただけるのは嬉しいものですわね」


「お前にも助けられたからな。ちゃんと礼を言っておきたかったんだ」


「……そのお気持ちだけで、十分ですわ」


森羅万象は一瞬だけ目を伏せたあと、再び主人公を見つめた。


「ですが、せっかくいただいたものですもの。これからお茶を淹れるときには、ぜひ使わせていただきますわ」


「そうしてくれ」


彼女は茶托を大切そうに胸元へ寄せ、静かに微笑んだ。


*


【その後】


居間は、それぞれが受け取った品を確かめる声で、穏やかに賑わっていた。


魔導は新しい扇子を何度も開き、角度を変えて模様を眺めている。ときおり主人公の方へ視線を向けては、満足げに微笑んでいた。


エンジェルはすでに記録を始め、新しいペンの書き味まで細かく確認している。どうやら、今日の出来事はかなり詳細に残されることになりそうだった。


リリムはポーチを肩にかけたまま腕を組んでいる。口では素っ気ないことを言いながらも、外す気配はまるでない。


慈愛はハーブティーの袋を眺め、どんな香りがするのか楽しみにしている様子だった。主人公と一緒に飲む時間まで、すでに考えているらしい。


潜入特化は収納具の仕切りを確かめ、実際に何を入れるかを検討していた。無駄のない動きからは、品物を本当に気に入ったことが伝わってくる。


嫉妬はアクセサリーケースを開けたり閉じたりしながら、グッズの配置をあれこれ考えている。ときおりケースを主人公に見せては、嬉しそうに笑った。


科学は精密器具の性能に興味津々で、薬学は薬箱の収納方法を考えている。二人とも、贈り物を実際の仕事に役立てるつもりのようだった。


そして森羅万象は、もらった茶托を手元に置き、皆の様子を静かに眺めていた。


主人公はソファに座り、その光景を見渡した。


「……なんか、みんな嬉しそうだな」


隣に座った森羅万象が、静かに答える。


「ええ。ご主人様が『お返し』として選んでくださったことが、何より嬉しいのでしょう」


「俺はただ、借りを返しただけだ」


「それでも、十分ですわ」


そのとき、魔導が扇子を閉じ、意味ありげに笑った。


「ふふっ……ご主人様。次はわたくしたちからも、何かお返しをした方がよろしいかしら♡」


「するな」


「記録します」とエンジェル。


「また始まるわね……」とリリム。


「素敵な循環ですわ」と慈愛。


「応援するわ♡」と嫉妬。


科学は器具を手にしたまま顔を上げた。


「お返しをするのでしたら、まずはご主人様の好みを分析する必要がありますわね」


「研究対象にするな」


薬学も微笑みながら続けた。


「疲労回復に役立つものを用意するのもよさそうですわ」


「それは普通に助かるけどな……」


潜入特化が淡々と告げる。


「ご主人様の希望する品を事前に把握すれば、無駄のない贈り物が可能です」


「だから、そこまで大げさにしなくていい」


主人公は深く息を吐いた。


「……平和なお返しのつもりが、また何かの火種になってる気がする」


森羅万象は紅茶を淹れながら、小さく微笑んだ。


「火種にならなければ、この屋敷ではありませんわ」


「お前まで言うな」


男たちが荷物を片付けながら、遠巻きに見ていた。


拷問特化が低く呟く。


「……まあ、うまくいったならいいだろう」


格闘特化が頷く。


「俺たちは力仕事で十分だ」


腰振りが笑う。


「平和な買い物で済んだだけ、上等だぜ☆」


主人公は天井を仰いだ。


「普通に飯を食って、普通に寝たいだけなのに……」


その言葉は、いつものように、穏やかな笑い声にかき消されていくのだった。


――ささやかなお返しは、確かに全員に届いた。


そしてその温かさは、この屋敷の、また新しい日常の一部になっていった。


*


【翌日・王城】


ただ、一人だけ、屋敷では渡せなかった相手がいた。


王女だ。


主人公は小さな包みを持って、王城を訪れた。


「……ちょっと渡すだけだ。すぐ帰る」


門をくぐった時点では、そう思っていた。


ところが。


「ご主人様!?」


王女が廊下の向こうから飛んできた。


正装ではない。けれど、いつもの気合いの入った私服で、足取りは明らかに普段より軽い。


「まあ、ご主人様が王城まで! 何かご用ですの!?」


「いや、これ。お前へのお返しだ。森羅万象の日がうまくいったのは、みんなのおかげだったからな」


主人公が包みを差し出すと、王女は一瞬で動きを止めた。


「……わたくしに、ご主人様からの贈り物、ですの?」


「ああ。手帳カバーだ。派手じゃねえが、使えそうだと思って」


王女は包みを受け取り、まるで壊れ物を扱うように丁寧にほどいた。


中から現れた手帳カバーを両手で掲げ、光にかざし、表も裏もじっくりと確認する。


「……これは」


彼女の声が、わずかに震えた。


「ご主人様が、わたくしのために選んでくださったのですわね。色も、大きさも、装飾の控えめさも……わたくしが使いやすいように考えてくださったのですわ」


「そこまで深く考えてねえぞ。使えそうだと思っただけだ」


「いいえ。伝わっておりますわ」


王女は手帳カバーを胸に抱きしめた。


「わたくし、このようなものをいただけるとは思ってもみませんでした。ご主人様は、いつも皆様のために動いていらっしゃるのに、わたくしの分まで気にかけてくださるなんて……」


彼女は嬉しそうに目を細め、包みを何度も撫でた。


「これは、ただの手帳カバーではございませんわ。ご主人様の思いが込められた、特別な品です。公務の合間に使うたびに、ご主人様のことを思い出せますわね」


「思い出すな。普通に使え」


「普通に使うからこそ、意味があるのですわ!」


王女は満面の笑みで周囲を見渡した。


その声は廊下に響き、侍女や近衛、事務官たちが次々と足を止めた。


「今、殿下があんな声を……?」


「ご主人様が贈り物を……?」


「王城に直接!?」


一人の侍女が目を輝かせた。


「素晴らしい……! 殿下、おめでとうございます!」


別の侍女も双手を合わせて声を上げる。


「ご主人様から直接の贈り物ですわよ!? これは歴史的瞬間では!?」


近衛の一人が拳を握りしめた。


「殿下の推し活が、また実を結んだな……!」


「喜べ、皆の者! 殿下に幸福が訪れたぞ!」


「違う! ただの個人的な贈り物だ!!」


主人公が否定しても、もう遅かった。


王女は包みを高く掲げ、堂々と宣言した。


「皆様、聞いてくださいませ! ご主人様が、わたくしのために選んでくださった贈り物ですわ! これは歴史に残すべき出来事です!」


「残すな!」


「記録係! 今日の日付を正確に残しておくように! 可能であれば、ご主人様が選ばれた理由も併せて記録すること!」


「理由なんてねえよ! ただ使えそうだと思っただけだ!」


「それも立派な理由ですわ! ご主人様の『使えそう』は、わたくしにとって最高の評価なのですから!」


侍女の一人が即座にメモ帳を取り出した。


「かしこまりました! 『ご主人様より王女殿下へ、思いのこもった手帳カバーを贈呈』――と記録いたします!」


「記録するな!」


近衛たちが勝手に整列し始める。


「これは慶事だ! せめて廊下の警備を厳重にして、この瞬間を守れ!」


「守れって何をだよ!」


事務官までが駆け寄ってきた。


「殿下、この出来事を簡易報告書にまとめてよろしいでしょうか!? 後世に残す価値があるかと!」


「残すな! まとめるな! 報告書にするな!」


王女は手帳カバーを大切そうに抱き直すと、侍女たちに向き直った。


「この品は、わたくしの私室の最も目立つ場所に飾ります。いえ、飾るだけではなく、実際に使用もいたします。使用と保存の両立ですわね」


「飾るな。使え」


「両方いたしますわ!」


侍女たちが感動したように頷き合う。


「さすが殿下……贈り物の扱い方も優雅です……」


「ご主人様の品を大切になさるお姿、涙が出ますわ……」


「私室の配置図を更新した方がよろしいでしょうか!?」


「更新するな!」


主人公は頭を抱えた。


「……お前ら、ノリノリすぎるだろ。ただの手帳カバーだぞ」


近衛の一人が真顔で答えた。


「ただの手帳カバーではありません。殿下の笑顔を引き出した、歴史的な一品です」


「歴史にするな!」


王女は、本当に目を潤ませていた。


「わたくしは、いつもご主人様のところへ押しかけてばかりでした。それなのに、ご主人様の方から王城まで足を運んでくださって……しかも、贈り物まで」


「大げさだ。ただのお返しだぞ」


「わたくしにとっては、それ以上のものですわ」


彼女は手帳カバーを胸に当て、深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます、ご主人様。大切に、大切に使わせていただきますわ」


その真剣な様子に、周囲の侍女たちから小さく歓声が上がった。


「美しい……」


「この忠誠心、この推し活……見習わねば……」


「殿下、そのお気持ち、わたくしたちも応援しております!」


「応援はいいから、落ち着いてくれ……」


主人公は思わず言葉を失った。


「……ああ。好きに使え」


「はい!」


王女の笑顔が、一段と輝いた。


その瞬間、近くにいた近衛の一人が小さく呟いた。


「……これは、しばらく殿下の機嫌がよくなりそうだな」


「それは喜ばしいことだが、城の方が持つかどうか……」


「持つわけないだろ。次は何が始まるか分からん」


国王は別室で湿布を貼り替えながら、遠くの騒ぎを聞いていた。


「……また始まったか」


老臣が恐る恐る尋ねる。


「陛下、修繕費の予算は……」


「増やせ」


「……かしこまりました」


「あと、胃薬も追加だ。侍女と近衛の分もな」


「皆までも、ですか」


「ノリノリで乗ってる声が聞こえる。放っておけば、次は祝賀会を企画し始めるぞ」


王城は、たった一冊の手帳カバーをきっかけに、しばしの間、穏やかならざる熱気に包まれた。


主人公は頭を抱えながら、玄関へ向かった。


「……ただ渡しただけなのに、なんでこうなる」


後ろでは、王女が包みを大切そうに掲げ、侍女たちに説明を続けていた。


「これはご主人様の思いが込められた品ですわ。わたくし、一生大切にします! 使用記録も残しますわね!」


「一生は大げさだろ……! 記録も残すな!」


侍女たちが元気よく返事をする。


「使用記録、作成いたします!」


「私室の展示場所も確保しました!」


「近衛も護衛強化で応えます!」


「するな! 全部するな!」


結局、主人公が王城を後にしたのは、予定よりかなり後のことだった。


そして屋敷に戻った彼を待っていたのは、例によって、にんまりと笑う魔導と、すでに記録を始めているエンジェル、そして「だから行くなと言ったのに」と呆れるリリムだった。


「……次からは、郵送にする」


主人公の呟きは、誰にも届かなかった。

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