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王女の推し活、西方大国攻略戦3

【王女の国・王城/数日後】


王城の会議室には、王女と国王、そして外交を担当する官僚たちが集まっていた。


机の上には、大国との正式協議に向けて作成された条約改定案が並んでいる。


「まず、貢納の廃止。次に、駐留軍の撤退。そして、関税と通商条件の見直しですわね」


王女は、書類に目を落とした。


「こちらから輸出する品には高い関税を課し、向こうから輸入する品には低い関税しか課さない。あの仕組みも改めなければなりませんわ」


担当官僚が頷いた。


「はい。関税率を一方的に変更できる条項も問題です。これまでは、大国側が税率を引き上げるたび、我が国の商人が損失を被ってきました。輸出品の価格競争力が落ち、国内の職人や生産者にも影響が及んでいます」


「食料や生活必需品の流通にも影響が出ていましたわね」


「そのとおりです。さらに、通商上の制限によって別の交易路を利用しにくくなっているため、我が国は大国側の判断に依存せざるを得ません」


国王は、条約改定案を手に取った。


「貢納をなくすだけでは不十分ということか」


「はい。貢納を廃止しても、関税を一方的に引き上げられれば、別の形で同じ負担を強いられることになります。通商条件そのものを見直さなければなりません」


王女は、書類の一項目を指で示した。


「関税率の変更には、双方の合意を必要とすること。特定の国だけを優遇したり、我が国の商品だけに不利益な税率を課したりする場合には、事前協議を義務づけること。そして、通商上の制限を一方的に課すことも認めない」


「ただし、これらをすべて受け入れさせるには、相当な交渉が必要でしょう」


官僚の言葉に、王女は頷いた。


「ええ。向こうにも、簡単には譲れない事情があるのでしょう。だからこそ、こちらも譲れない部分を明確にしておかなければなりませんわ」


国王は、娘の顔を見つめた。


「……お前は、本当に大国と対等に交渉するつもりなのだな」


「もちろんですわ」


「相手が再び軍事力を背景に圧力をかけてきたら?」


「そのときは、国を守るために備えます。ですが、最初から相手を滅ぼすことを目的にはいたしません」


王女は、条約改定案を閉じた。


「わたくしたちは、自分たちの未来を自分たちで決めたいのです。相手の未来まで支配したいわけではありませんもの」


国王は、しばらく黙っていた。


やがて、静かに頷いた。


「……分かった。交渉団の編成は任せよう。お前の考えを、正式な提案としてまとめるのだ」


「はい、お父様」


王女は、深く一礼した。


*


【大陸西方の大国・王城/正式協議の場】


それから数日後。


大国の王城では、双方の代表による正式協議が始まった。


大国側は、財務官、外交官、軍務を担当する高官を交渉団に加えていた。


一方、王女の国からも、外交と財政、通商に詳しい者たちが出席している。


交渉は、決して順調ではなかった。


大国側は、貢納の即時廃止に難色を示した。駐留軍についても、国境の安全保障を理由に撤退の時期を先送りしようとした。


関税の見直しに至っては、財務官が強く反発した。


「関税は、我が国の財政と産業政策に直結する問題です。貴国の都合だけで変更することはできません」


王女側の代表は、落ち着いて答えた。


「それは、我が国も同じです。関税率を一方的に引き上げられれば、我が国の商人だけでなく、生産者や消費者まで影響を受けます。双方の利益を守るためにも、税率の変更には協議が必要です」


「しかし、我が国が貴国に与えている保護の対価も考慮すべきでしょう」


「保護を理由に、一方だけが条件を決める仕組みを続けることはできません」


交渉は何度も中断し、双方が持ち帰って検討する日もあった。


大国側には、従来の条約から利益を得てきた者たちがいる。王女の国にとっても、急激な制度変更は商業や財政に影響する。


どちらか一方がすべてを押し通せば、協議そのものが決裂しかねなかった。


それでも、王女側は譲れない原則を明確にした。


貢納を廃止すること。


駐留軍の撤退について、期限と手順を定めること。


関税率の変更は双方の合意を原則とし、通商条件を一方的に変更できないようにすること。


そして、今後の条約改定には双方の署名を必要とすること。


最終的に、双方は段階的な実施を含む改定案で合意した。


貢納は定められた期間を経て廃止される。駐留軍も期限を設けて撤退する。関税率と通商条件は協議のうえで見直され、一方的な変更を認めない条項が盛り込まれた。


すべてが、王女の望んだとおりになったわけではない。


だが、これまで一方的に押しつけられてきた条件を、両国が交渉して決める仕組みへと変えることができた。


そして、正式な条約改定文書には、双方の代表と国王の署名が記された。


*


【王女の国・王城/数日後】


「……これで、ひとまず決着か」


国王は、署名済みの条約を見つめていた。


「はい、お父様」


王女は、隣に立っていた。


「もちろん、これから実際に条約を履行させていかなければなりません。関税の見直しも、駐留軍の撤退も、書類に署名しただけで終わるわけではありませんもの」


「分かっている」


国王は、苦笑した。


「だが、よくやった。お前は大国を打ち破っただけではない。相手を滅ぼすことなく、我が国が自分の意思で交渉できる道を切り開いた」


「……ありがとうございます」


「正直に言えば、私は恐れていたのだ」


国王は、静かに続けた。


「お前たちの力なら、相手の王城を落とすことはできるかもしれない。だが、その後に何が残るのかは分からなかった。大国を敵に回し、軍事的な報復を受け、交易を止められれば、我が国が苦しむことになる」


「はい」


「だが、お前は相手の国を支配しようとはしなかった。交渉を続け、互いに譲れないものを確かめ、合意できるところを探した」


国王は、条約を机の上に置いた。


「……お前は、私が守ろうとしていたものを、別のやり方で守ったのだな」


王女は、父の手にそっと自分の手を重ねた。


「お父様が国を守ろうとしていたことは、分かっておりますわ。わたくしは、ただ、その国が自分たちの未来を選べるようにしたかったのです」


「ああ」


国王は、娘の手を握り返した。


「これからも、守っていこう。誰かに支配されるためでも、誰かを支配するためでもなく、我々自身の意思でな」


「はい、お父様」


王女は、笑顔で頷いた。



*


【王女の国・王城/数日後】


王城の会議室には、新たな条約案が広げられていた。


国王は書面を読み、何度も目を通した箇所へ指を置いた。


「……供出条項の廃止。駐兵義務の撤廃。関税率の変更には双方の合意を必要とする。通商上の紛争についても、協議によって解決する……」


向かいに座る王女が、背筋を伸ばして頷いた。


「はい。今回の合意記録をもとに、正式な交渉の準備を進めておりますわ。まだすべてが確定したわけではありませんが、少なくとも一方的な条件変更を改めるという原則は確認できました」


国王は書面を机に置いた。


「……本当に、ここまで来たのだな」


「はい」


王女はまっすぐに父を見つめた。


「お父様が守ってきた国を、これからはわたくしたち自身の判断で守っていけるようにしたいのです」


国王は、しばらく黙っていた。


「余は、お前が力を得たと聞いた時、正直に言えば恐ろしかった」


「恐ろしかった、ですか?」


「そうだ。お前なら、あの大国を力で屈服させることもできるかもしれない。だが、相手を屈服させることと、国を守ることは違う。相手の王を倒し、領土を奪い、国民を支配すれば、今度はこちらが新たな支配者になるだけだ」


王女は静かに頷いた。


「はい。わたくしも、そうはなりたくありません」


「ならば、今回の結果は大きい。相手の国を滅ぼさず、王を殺さず、必要以上の被害を出さずに、交渉の場を作ったのだからな」


国王は娘を見つめた。


「……よくやった」


「お父様……」


王女の目が、わずかに潤んだ。


「ですが、これで終わりではありませんわ。正式な条約が結ばれるまでは、気を抜けません。関税の具体的な税率や通商手続きについても、双方が納得できる条件を定める必要があります」


「その通りだ。相手の国にも事情がある。こちらだけが得をする条件を押しつければ、今度は向こうが不満を抱くことになる」


「はい。わたくしたちが求めているのは、支配する側とされる側を入れ替えることではありません。対等な関係です」


国王は、ゆっくりと頷いた。


「お前なら、そう言うと思っていた」


王女は微笑んだ。


「お父様が、国を守ってくださったからこそ、わたくしはその先を考えられるのです」


国王は、しばらく娘を見つめた後、小さく息を吐いた。


「……余も、もう少し早く動けていればと思うことはある」


「お父様」


「だが、あの時の余には、今のお前たちのような力はなかった。戦争を避け、国民を守ることが最善だと判断した。その判断を、今になって悔いているわけではない」


国王は窓の外へ目を向けた。


「ただ、お前がその先へ進んでくれたことは、嬉しく思う」


王女は深く頭を下げた。


「ありがとうございます、お父様」


「……それと」


国王が、ふと思い出したように書類を一枚取り出した。


「今回の遠征に関する報告書を読んだが、屋敷の主人公殿が同行していたそうだな」


「は、はい!」


王女の顔がぱっと明るくなる。


「ご主人様は、最後まで皆様を見守ってくださいましたわ。わたくしの判断を尊重してくださり、必要な時には助言もしてくださいました」


「そうか」


国王は頷いた。


「……それで、報告書の末尾に『帰還後、魔導・科学・拷問特化の三名による合作・限定プレミアム映像および特典グッズを制作・納品』とあるのだが」


「えっ」


王女の顔が固まった。


「これは、何だ?」


「そ、それは……!」


国王は額の湿布を押さえた。


「まさか、遠征の記録を、推し活用の限定映像とグッズにしたのではあるまいな?」


「ち、違いますわ! あれは作戦の成功要因を多角的に分析するための資料で……!」


「資料に、シリアルナンバー入りの豪華パッケージと、特典アクリルスタンドは必要なのか?」


「必要なのです! 科学様が耐久性を国防新素材並みに強化し、魔導様が空間記録魔法で多視点映像を編集し、拷問特化さんが『逃がさない構造』の特製ケースを製作したのですから! これは国家の重要記録ですわ!」


「……お前の机の引き出しに、同じパッケージが三セット並んでいるのも『国家の重要記録』か?」


「ひっ……!?」


王女の顔が一気に真っ赤になった。


「な、なぜそれを……!」


「報告書に写真付きで添付されていたからだ」


「監視特化さんの仕業ですわね!?」


国王は深いため息をついた。


「お前という奴は……。国の未来を変えるために大国の中枢を制圧しておきながら、帰還した瞬間に推し活限定グッズの発注をしていたのか」


「ち、違います! 違いますわ! あれは……あれは作戦の記録を後世に残すための、必要な措置で……!」


「必要なら、普通の報告書で十分だろう」


「普通では足りないのです! ご主人様の活躍を、最高の品質で、永久に、手元に置いておかなければ……!」


王女はテーブルに手をついて身を乗り出し、顔を真っ赤にしたまま必死に弁明した。


「しかも限定版は数量限定で、シリアルナンバー入りで、転売防止のために購入者一人につき二個までで……!」


「そこまで詳しく説明するな」


「わたくしはただ、ご主人様のすべてを正しく残したかっただけですわ……!」


国王は湿布を押さえ直しながら、天井を仰いだ。


「……娘よ。お前は本当に、よくやった。国の未来を変える第一歩を、確かに踏み出した」


「お父様……!」


「だがな」


国王の目が、わずかに細められた。


「次に同じことをしたら、報告書の『推し活関連経費』の欄を、余が直接チェックするぞ」


「ひぃっ……!?」


王女は椅子からずり落ちそうになりながら、顔を両手で覆った。


「も、申し訳ありません……! でも、次はもっと質の高いものを……!」


「次を考えるな!」


会議室に、国王の嘆きと、真っ赤な顔で慌てふためく王女の声が響き渡った。


それでも、その声には以前のような絶望だけではなく、わずかな安堵も混じっていた。


娘は帰ってきた。


国も残った。


そして、未来を変えるための一歩を踏み出した。


……たとえその一歩の直後に、推し活限定プレミアム映像を発注していたとしても。


国王は、もう一度条約案へ目を落とした。


「……さて。次は外交だな」


「は、はい! わたくしたちの国が、これからどう歩んでいくかを決めるための交渉ですわ!」


王女は、顔を真っ赤にしたまま、それでもまっすぐに答えた。


その表情には、国への決意と、どうしようもない推し活の熱が、見事に同居していた。


*


こうして王女編は、遠方の大国との従属的な関係を、少数精鋭による軍事中枢の制圧によって転換させるという、大きな区切りを迎えた。


大国に対して、もう跪かない。


かつては兵士の数も、武器の数も、国民の数も、作物の量も足りず、人質と食料、そして交易を握られれば譲歩するしかなかった。


相手は巨大な常備軍を持ち、複数の防衛線と精鋭部隊、豊富な予備兵力を備えていた。さらに、関税や通商制限によって、戦争をせずとも小国の経済に圧力をかけることができた。


その現実は、今も変わっていない。


一夜の勝利で大国の軍事力が消えたわけではない。正式な条約改定も、これからの交渉を経て成立させなければならない。


それでも、相手の国そのものを滅ぼすことなく、指揮系統と防衛設備を押さえ、対等な交渉の場を作ることはできた。


その決断を支えたのは、ヤンデレたちの圧倒的な力と、それぞれの能力を組み合わせた連携。そして、主人公が最後まで譲らなかった「死者は出すな」という条件だった。


何より、父の苦悩を理解したうえで、自分の代から未来を変えようとした王女自身の決意があった。


彼女が求めたのは、大国の支配者になることではない。


自分たちの国の未来を、自分たちで選べるようにすることだった。


そして、その第一歩は確かに踏み出された。


もちろん、彼女の推し活が終わったわけではない。


むしろ、外交問題にまで発展してしまった以上、これから先も主人公の平穏が守られる保証は、どこにもなかったのだった。

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