王女 最終試験1
# 番外編――王女の推し活、「夜の生活指導」最終試験
*
【王城・特別応接室跡】
「……で、どうして王城の応接室が半壊しているんだ?」
瓦礫の散乱する廊下で、主人公は額を押さえていた。
目の前には、煤だらけになりながらも満面の笑みを浮かべる王女。傍らには、吹き飛ばされた扉の破片を拾っている魔導。そして、何事もなかったかのようにバインダーへ記録を続けるエンジェルがいた。
「ご主人様! 抜き打ちテスト、無事に合格いたしましたわ!」
「いや、俺は今、部屋が壊れた理由を聞いているんだが!?」
「愛の力が、少々あふれてしまいましたの♡」
「少々で王城の壁が消し飛ぶか!」
王女は両手を胸の前でぎゅっと握りしめた。
「ですが、ご主人様! わたくし、ついに素手で衝撃波を放てるようになりましたわ! これもすべて、夜の生活指導のおかげです!」
「絶対に違うだろ! 何を教えたんだ、お前ら!」
主人公の視線が、魔導とエンジェルへ向けられる。
魔導は扇子で口元を隠した。
「わたくしは、あくまで理論を教えただけですわ。実際に王城を破壊なさったのは王女殿下ですもの♡」
「理論を教えた責任はどこへ行った!?」
「記録上、指導者側の責任は限定的です」
エンジェルが淡々と答えた。
「お前もだよ!」
王女は、そんな三人のやり取りを聞きながら、ふと真剣な表情になった。
「……ですが、わたくしには、まだ課題が残っておりますわ」
「課題?」
「はい。ご主人様を想う気持ちは誰にも負けません。けれど、実際にご主人様を前にすると、恥ずかしさで頭が真っ白になってしまうのです」
王女は頬を赤らめながらも、拳を握りしめた。
「このままではいけませんわ。知識を学び、実技を身につけ、最後には自分の気持ちをきちんと伝えられるようにならなければ……!」
その瞳には、先ほどまでの羞恥心を吹き飛ばすほどの情熱が宿っていた。
(ご主人様は人類最強。どれほど強くても、わたくしの想いまで力ずくで押し通すわけにはいきませんわ。だからこそ、まずはわたくし自身が成長しなければ……!)
王女は勢いよく顔を上げた。
「先生方! 最終試験をお願いいたしますわ!」
「……え?」
主人公が嫌な予感に顔を引きつらせる。
魔導とエンジェルは、一瞬だけ視線を交わした。
そして。
「……なるほど。ついに、その段階ですのね」
魔導が意味深に頷いた。
「承知しました。最終試験の実施を提案します」
エンジェルも、すでにバインダーを開いていた。
「待て待て待て! 何を勝手に話を進めている!?」
「ご主人様が教材ですもの♡」
「その理屈はもう聞いた!」
王女は深々と頭を下げた。
「お願いいたしますわ! わたくし、今度こそ最後までやり遂げてみせます!」
その真剣な姿に、魔導は扇子の陰で小さく笑った。
「……仕方ありませんわね。ここまで努力なさったのですもの。最後まで見届けるのも、指導者の務めですわ♡」
「魔導、お前、妙に楽しんでないか?」
「気のせいですわ♡」
エンジェルは、バインダーに新たな項目を書き込んだ。
『夜の生活指導・最終試験』
その下に、試験対象者の名前を記入する。
『主人公様』
「……本人の同意欄は?」
「ありません」
「そこを即答するな!」
こうして、本人の知らないところで、最終試験の開催が決定した。
*
【主人公の屋敷・庭】
翌日。
修復された庭には、妙に張り詰めた空気が漂っていた。
主人公は、庭の中央に立つ王女と、その背後に控える魔導とエンジェルを見て、深々とため息をついた。
「……それで? 今度は何を始めるつもりだ?」
魔導が扇子を開き、優雅に一礼する。
「――それでは、これより『夜の生活指導』最終試験を開始いたしますわ♡」
「は?」
エンジェルがバインダーを開き、淡々と告げた。
「試験内容を記録します。課題は、これまでに習得した技術を用いて主人公様を捕獲し、夜の生活について話し合う場へお連れすること。制限時間は一時間。判定は魔導およびわたくしが行います♡」
「おい待て。何で俺が試験対象なんだ。本人の許可は?」
「取っていません」
「じゃあ中止だろ!」
「却下ですわ♡」
魔導がにこやかに言い放った。
主人公はこめかみを押さえた。
「……なんで俺の知らないところで、俺を使った試験が成立しているんだよ」
「ご主人様が、わたくしにとって最高の目標だからですわ!」
王女は一歩前に出た。
その顔には、昨日までのような狼狽はない。頬こそ赤いものの、瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「わたくし、今までたくさん学びました。距離の詰め方も、相手の動きの読み方も、気持ちの伝え方も……。もちろん、まだまだ未熟ですけれど」
王女は胸に手を当てた。
「それでも、ご主人様に一歩でも近づきたいのです。ご主人様の隣に立ち、同じ時間を過ごし、いつか心から笑い合えるようになりたい……!」
「……王女」
「ですから、本日は全力で参りますわ!」
あまりにも真剣だった。
主人公は一瞬、言葉に詰まった。
(……いや、気持ちは分かった。分かったが、どうしてその結論が捕獲試験になるんだ)
王女は腰を落とし、構えを取った。
「それでは、ご主人様。失礼いたしますわ!」
「いや、失礼する前に話し合おう!」
「試験開始ですわ!」
「話を聞けぇぇぇ!」




