王女2度目の来訪 魔導との攻防戦
**番外編――王女の推し活、二度目の来訪**
*
【主人公の屋敷・玄関前】
午後の穏やかな陽光が、修復途中の屋敷を照らしていた。
前回の衝撃波で半壊した玄関は、まだ新しい材木の匂いが残っている。
その傍らで、拷問特化と科学が作業を続けていた。
拷問特化は金槌を一手に握り、柱の補強材を打ち付けながら短く言った。
「……いい出来だ。次はもう少し頑丈にしておく。簡単に壊れないようにな」
科学は計測器を玄関枠に当て、数値を確認しながら眼鏡を直した。
「衝撃耐性は前回比で一七パーセント向上していますわ。ただし、波動砲級の直撃にはまだ不十分です。データ上、さらなる補強を推奨します」
「わかっている。逃がさない構造にもしておく」
「逃がさない、ではなく『壊れない』ですわね? ご主人様の生活動線を塞がない範囲でお願いします」
「……同じことだ」
二人がそんなやり取りをしている最中に、新しい玄関のチャイムが静かに鳴った。
「はい、どちら様ですの?」
扉を開けたのは、やはり魔導だった。
扇子を軽く開き、にこやかな笑みを浮かべる。しかし、その瞳の奥には、明確な警戒が宿っていた。
(前回の愚を繰り返すつもりはありませんわ。新聞の押し売り台詞で油断させ、即座に波動砲――完璧ですわ)
玄関の向こうに立っていたのは、正装の王女だった。
王女は優雅に一礼し、はっきりと言った。
「こんにちは。わたくし、主人公様に会いに参りました」
魔導の扇子が、わずかに止まった。
「……ああ、新聞の押し売りでしたら――」
言葉を途中で切り、魔導は一気に距離を取った。
扇子を閉じ、杖を構える。優雅な微笑みはそのままに、声だけが冷たく変わる。
「――お断り、と見せかけて、波動砲ですわ♡」
魔導の周囲に、巨大な魔法陣が展開される。
前回の屈辱を取り戻すための、先制攻撃。
(今度こそ、わたくしの愛の防衛線を突破させませんわ。ご主人様はわたくしのもの。新聞の押し売り対策など、二度と通用させませんもの)
しかし、王女の動きは、魔導の想定を完全に外れていた。
王女は腰の短剣を抜き――そのまま、ポン、と足元に投げ捨てた。
「居合は、しませんわ」
次の瞬間、王女の姿が消えた。
単身で、魔導の懐へ滑り込む。
剣気も衝撃波も纏わず、ただの体当たり。
「そんなのありですかッ!?」
ドゴォォォン!!
魔導は王女の体当たりを真正面から受け、庭の奥まで再び吹き飛ばされた。
「ぶへッ!?」
木々を巻き込み、土煙を上げて転がる。
扇子は空中でくるくると舞い、杖は別の方向へ飛んでいった。
魔導は土の上で上体を起こし、ほこりを払いながら、引きつった笑顔を浮かべた。
「……やはり、あの方は常識がありませんね」
(体当たりですって……? 波動砲を構えている相手に、短剣を捨てて体当たり。わたくしの想定を、根本から無視してくるなんて……!)
しかし、すぐに立ち上がり、杖を引き寄せる。
優雅さを取り繕いながらも、内心は燃えていた。
「しかし、このままわたくしが敗北することがあっては――ヤンデレ軍団の筆頭であるわたくしのプライドが、許しませんわ」
魔導は杖を高く掲げ、魔力を一気に収束させた。
空間を縛り上げる拘束系統の大魔法だ。
「――《拘束結界・多重展開》! 今度は懐に入らせませんわよ!」
幾重もの光の輪が王女の周囲に展開され、逃げ道を塞ぎにかかる。
魔力の密度が急上昇し、空気が軋む音を立てた。
(この結界で、近接を許さず、動きを封じてから波動砲で決着――完璧な流れですわ♡)
だが、王女の判断は速かった。
「結界が完成する前に……!」
光の輪が閉じきる一瞬の隙間を狙い、王女は再度、縮地に近い瞬発力で踏み込んだ。
拘束の光を掻い潜り、魔導の眼前まで一気に距離を詰める。
「まさか、また……!?」
魔導が結界の制御を優先して後ずさろうとした瞬間、王女の体当たりが再び胸に突き刺さった。
「二撃目ですわ」
ドゴォォォォン!!
魔導は結界ごと後方へ弾き飛ばされ、庭の植込みを巻き込みながら転がった。
「ぶへッ……!? また体当たりですかッ!?」
杖が別方向へ飛び、扇子も土に落ちる。
魔導は伏せたまま、ぼそりと呟いた。
「……まさか私の魔法まで読まれるとは。この人には、本当に常識が通用しませんわ」
(大魔法を展開する予備動作を、あの短い時間で見切って懐に入ってくるなんて……。優雅に構えている暇すら、与えてくれないのですわね)
それでも魔導は起き上がり、杖を引き寄せた。
「ここまでわたくしを追い詰めたことは認めましょう。ですが、わたくしが負けてしまっては――ヤンデレ軍団の名誉に関わりますわ」
そのとき、背後から冷静な声が降ってきた。
「ヤンデレたちをまとめ上げているのは、わたくしですわよ」
二階のテラスから一部始終を見下ろしていた森羅万象が、優雅に紅茶を傾けながら言った。
「あなたは、好き勝手やっているだけでしょう?」
「……まあ、そこはいいじゃないですか」
魔導は扇子を拾い上げ、軽く払った。
「今のは、かっこつけるためですよ。それでは余計な茶々が入りましたが――続き、やりますか?」
王女は庭に降り立ち、剣を持たない両手を軽く開いて見せた。
「もちろん。制圧します」
(ご主人様に会うためですもの。剣を捨てても、体を張っても、わたくしの推し活は止まりませんわ)
二人が再び間合いを取ろうとした、その瞬間だった。
「お待ちくださいませ」
慈愛が、穏やかな笑みを浮かべて間に割って入った。
「お二人とも、あまり激しくなさると、ご主人様がお困りになりますわ。ここは、わたくしが少し仲裁を」
魔導は不満げに扇子を開いたが、慈愛の笑顔に押されて一歩下がる。
王女も、主人公が屋敷の奥から様子を窺っていることに気づき、剣気を収めた。
「……わかりましたわ。では、別の方法で」
慈愛はにこやかに手を打った。
「それでは、クイズで勝負といたしましょうか」
*
【屋敷・居間】
修復された居間に、関係者が集まっていた。
慈愛は、王女を前ににこやかに微笑んだ。
「王女様。一つ、質問してもよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんわ!」
王女は自信満々に胸を張った。
(クイズですのね。わたくしは王女ですもの。常識問題なら負けるはずがありませんわ)
慈愛は穏やかな口調で問いかける。
「シャンプーの後にするものは、なんでしょうか?」
「ふふん! そんなの簡単ですわ!」
王女は即答した。
「リンスですわ!」
「不正解です」
「……え?」
慈愛は、勝ち誇ったように胸を張った。
「正解は、お湯でした!」
王女は目を丸くした。
「納得できませんわ!」
「でも、正解ですよ♪」
慈愛はにこやかに、しかしはっきりと言い切った。
「シャンプーの後は、まずお湯でしっかり流すものですから」
「そんな……! 世間一般ではリンスではないのですか!?」
「ふふふ。残念でしたね、王女様。わたくしの勝ちです♪」
「そ、そんな……!」
王女は悔しそうに唇を結び、握った拳を小さく震わせた。
「まさか、こんな初歩的な問題で……。わたくしとしたことが、不覚ですわ……!」
(納得がいきませんわ……! シャンプーの後と聞けば、普通はリンスを思い浮かべるものではありませんの!?)
「正解を知っている者の余裕というものですよ♪」
慈愛は、してやったりとばかりに笑顔を浮かべる。
「くっ……! 今回は慈愛様の勝ちということにしておきますわ。でも、次はそうはいきませんからね!」
王女は悔しさを押し隠すように、すっと顔を背けた。
そこへ、騒ぎを聞きつけた主人公が顔を出した。
「……何をやってるんだ?」
慈愛は満面の笑みで答えた。
「王女様とクイズをしていたんです。わたくしの勝ちですよ♪」
「勝ち誇るなよ! 相手は相当悔しそうじゃないか!」
主人公は、まだ納得できない様子の王女を見て、深いため息をついた。
「もういいだろ。クイズなんてどうでもいい。……そんなに気にすることじゃない」
そう言いながら、主人公は何気なく王女のそばへ歩み寄り、その手を取った。
「ほら、もう気にするな」
王女の手が、びくりと震える。
主人公の掌の温もりが、指先から伝わってくる。
力強くも、どこか優しい感触。
王女は思わず、自分の手を握る主人公の手を見つめた。
(……ご主人様が、わたくしの手を)
世界の音が、遠のいた。
クイズの悔しさも、周囲の視線も、全部がどうでもよくなる。
ただ、この手の温もりだけが、はっきりとそこにあった。
「ご、ご主人様……」
声が上ずった。
「わたくしの手を……握ってくださっているのですか?」
「ん? ああ。落ち着かせようと思っただけだ。あんまり大きな声を出すと、また屋敷が……」
主人公にとっては、本当に何気ない仕草だった。
悔しがっている相手を放置するのも気が引けたし、ただそれだけ。
しかし王女にとっては、違った。
(ご主人様が……わたくしのために、手を取ってくださった……。
王城を制圧してまで会いに来た甲斐がありましたわ。
この手は、わたくしを推してくれている手……。
嫌われてなどいなかった。拒絶されてもいなかった。
今、確かに、繋がっている)
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
「……嬉しいですわ」
王女は、主人公の手をそっと両手で包み込んだ。
「こんなに近くで、ご主人様の温もりを感じられるなんて……。わたくし、今、とても幸せです」
「……そこまで言うことか?」
「ええ。わたくしにとっては、それほど大きなことですの」
王女は目元に浮かんだ涙をそっと拭い、晴れやかに微笑んだ。
「ご主人様がわたくしの手を取ってくださった。この事実だけで、今日はもう十分ですわ」
周囲が微妙な空気に包まれる中、王女は主人公の手をなかなか離そうとしなかった。
(この手を、離したくありませんわ……。でも、今は我慢。焦ればご主人様が困ってしまう。
わたくしは、もっとふさわしくならなければ)
ようやく手を離した王女の瞳は、完全に落ちていた。
ただの推し活では、もう止まらない目をしていた。
そのとき、居間の扉が開き、魔導とエンジェルが姿を現した。
魔導は庭での敗北を完全に切り替えたかのように、扇子を広げながら優雅に微笑む。
「まあまあ、王女様。どうかお気をお鎮めくださいませ♡」
エンジェルも手に持っていた包みを差し出した。
「王女様、こちらは差し入れです」
「……なんですの?」
王女が尋ねると、エンジェルは真面目な顔で答えた。
「夜の生活指導本です」
「…………え?」
王女の動きが止まった。
次の瞬間、その目がみるみる輝き始める。
(こ、これがあの……! 兵士たちに探させても手に入らなかった……!)
「こ、これがあの伝説の……!」
王女は震える手で本を受け取った。
「兵士たちに買ってくるよう命じても、なぜか誰も買ってこなかったり……。わたくしが直接本屋に行ったときには、なぜかコーナーごとなくなっていたり……!」
本を両手で抱きしめ、王女は感極まったように声を震わせた。
「そう、あの伝説の本ですわ……! ついに、ついに手に入れましたわ……!」
先ほどまでの悔しさなど、すっかり吹き飛んでいた。
王女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「ふふふ……これさえあれば……!」
本を大切そうに抱えながら、王女は期待に満ちた目で表紙を見つめる。
その様子を見た主人公は、嫌な予感を覚えて顔を引きつらせた。
「……おい。まさか、それを渡すために来たのか?」
魔導は扇子で口元を隠し、楽しそうに笑った。
「ええ♡ 王女様には、こちらのほうが効果的かと思いまして」
「人の機嫌を取るために何を渡してるんだ、お前たちは……!」
エンジェルは首を傾げた。
「ですが、王女様はすっかり元気になられましたよ?」
「そういう問題じゃない!」
王女は二人の会話など耳に入っていない様子で、本を胸に抱きしめていた。
「ふふふ……今夜はじっくりと勉強させていただきますわ……!」
主人公は額を押さえた。
「……頼むから、これ以上面倒を増やさないでくれ」
魔導は、王女が大切そうに抱えている本を見て、ふと思いついたように微笑んだ。
「ちなみに王女様。わたくしとエンジェルを、夜の生活指導の家庭教師として雇うというのはいかがでしょうか?♡」
「……家庭教師?」
王女が顔を上げる。
(家庭教師……? 魔導様とエンジェル様が、直接……?)
「ええ。わたくしとエンジェルが直接指導いたします。お値段によっては、最高の指導をお約束いたしますわ♡」
エンジェルも、真面目な顔で頷いた。
「記録と分析に基づいた丁寧な指導を提供できます。もちろん、王女様のご要望に合わせた個別指導も可能です」
「な、なんですって……!?」
王女の目が、これまでにないほど輝いた。
「魔導様とエンジェル様が、わたくしのために直接指導してくださるのですか!?」
「はい♡」
「しかも、個別指導……!?」
王女は勢いよく立ち上がった。
「ぜひ! ぜひお願いしたいですわ!!」
(これは……運命ですわ。ご主人様にふさわしい存在になるための、最高の機会……! さっきご主人様に手を握っていただいた以上に、わたくしは成長しなければ)
「王女様、まだお値段のお話もしておりませんが……」
「お金のことなら心配いりませんわ! いえ、待ってくださいませ。最高の指導を受けられるのでしたら、予算を増やすことも検討いたします!」
「王女様、落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられませんわ! わたくしは今、人生を左右する重大な機会を目の前にしているのですもの!」
王女は二人の前まで詰め寄り、真剣そのものの表情で尋ねた。
「それで、指導はいつから始めていただけますの? 今日ですか? 明日ですか? それとも、今すぐにでも可能ですの!?」
「王女様、まずは契約条件を――」
「契約書ですわね!? すぐに用意させますわ! 期間は長期契約がよろしいでしょうか? 専属契約という選択肢もありますわね!」
「ちょ、ちょっと待て!!」
とうとう我慢できなくなった主人公が、二人と王女の間に割って入った。
「何を勝手に話を進めてるんだ! 家庭教師だの専属契約だの、そんなものを本気で検討するな!!」
王女は不満そうに頬を膨らませた。
「ですが、主人公様! こんな貴重な機会、逃すわけにはいきませんわ!」
「貴重な機会って何だよ!?」
魔導は扇子で口元を隠し、楽しそうに笑った。
「あらあら。王女様は、ずいぶん乗り気のようですわね♡」
「当然ですわ! わたくしは本気ですもの!」
王女は即座に答えた。
「お二人のご都合が合わないのでしたら、予定を調整しますわ! 費用が問題でしたら、予算を見直します! 必要な設備があるのでしたら、それも用意させます!」
「いや、そこまでしなくていいから!」
「よくありませんわ! こういうものは、最初が肝心なのです!」
エンジェルは手帳を開き、淡々と記録を始めた。
「記録しました。王女様、家庭教師の雇用に極めて前向き。予算の増額および長期契約も検討中」
「エンジェル! そんな記録を取るな!」
「ですが、重要な交渉記録ですので」
「交渉はまだ始まってもいないだろうが!!」
王女はすでに本を片手に抱え直し、もう片方の手で何かを書き留め始めていた。
「まずは指導内容の確認、それから日程調整……。ふふふ、忙しくなりますわね!」
「王女様、いったん本を置いてください!」
「嫌ですわ! これは大切な教科書ですもの!」
主人公は頭を抱えた。
「……頼むから、誰かこの人を止めてくれ」
魔導はにっこりと微笑んだ。
「ご安心くださいませ、ご主人様。王女様がここまで熱心なのですから、わたくしたちも誠意をもって対応いたしますわ♡」
「お前も商談を成立させる方向に話を進めるな!!」
王女は主人公の叫びなど気にも留めず、魔導とエンジェルに向かって勢いよく頭を下げた。
「それでは、お二人とも! どうか前向きにご検討くださいませ!!」
「王女様、もう少し落ち着いて……」
「落ち着いておりますわ! これでも、まだかなり自制しているほうですもの!」
「どこがだ!!」
屋敷中に主人公のツッコミが響き渡った。
魔導は扇子で口元を隠したまま、小さく、しかし確かに唇の端を上げた。
(ふふ……。体当たりで二度も吹き飛ばされようと、クイズで茶々を入れられようと、最終的にこうして王女をこちらのペースに乗せてしまえば勝ち、ですわ。
家庭教師として王女の時間を管理し、ご主人様への接近を適度にコントロールする。……完璧な包囲網の一つが増えましたわね。
勝った♡)
一方、王女は本を抱きしめたまま、胸の高鳴りを抑えていた。
(……勝ちましたわ。
魔導様とエンジェル様を、わたくしの味方に付けられましたわ♡
そして、ご主人様に手を握っていただいた……。
これでわたくしは、ご主人様にふさわしい存在へ近づける。最高の指導を受けて、必ず……)
二人はそれぞれ、静かに微笑んでいた。
魔導は「管理する側」として。
王女は「指導を受ける側」として。
お互いが「勝った」と思い込んでいる、この瞬間が、
後の大きなトラブルの火種になることを、
この場にいた誰も、まだ知らなかった。
森羅万象が遠くから、静かに紅茶を一口啜った。
「……また、厄介な契約が増えましたわね」
科学が眼鏡を直す。
「データ上、この流れは止められませんでした。玄関の補強も、また必要になりそうですわ」
監視特化が端末を見つめる。
「映像、全部記録済みですわ♡ 体当たり二回、しっかり撮れました」
潜入特化が影から小さく息を吐く。
「次は、波動砲と体当たりと、拘束結界の対策を考えないと……」
そして主人公は、天井を見上げて呟いた。
「……普通に飯を食って、普通に寝たいだけなのに」
その願いが叶う日は、今日もまた、遠ざかっていった。
――二度目の来訪も、二度の体当たりと、そして奇妙な契約で幕を閉じたのであった。




