王女屋敷へ行く、そして新聞押し売り拒否との遭遇
**番外編――王女の推し活、そして門前撃破**
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【屋敷・グッズ販売事業部】
魔導は机の上に並べられた最新の販売データを、扇子で軽く扇ぎながら眺めていた。
主人公様を題材にしたフィギュア、トレーディングカード、恋愛ゲーム、一番くじ。
それらを企画し、科学や薬学たちと協力して展開してきた事業である。
以前は主人公様関連の商品だけが、発売直後に異常な速度で完売を繰り返していた。転売目的か、組織的な買い占めか――魔導はそう疑っていた。
ところが。
「……あら?」
データを見直した魔導の扇子が止まった。
主人公様のフィギュアも、トレーディングカードも、関連商品の売上が、急に通常水準へ戻っている。
「おかしいですわね。先日まで異常に売れていたのに……急に落ち着きましたの」
科学が横から報告書を覗き込む。
「需要が一巡したんじゃない? 一時的なブームだったのかも」
「でも、あまりに急ですわ。まるで、買い占めていた相手がいなくなったみたいに……」
魔導は腕を組み、首を傾げた。
(誰が、あれほど大量に買い占めていたのでしょう。そして、なぜ急に止めたのか……)
そのときだった。
屋敷の玄関チャイムが、静かに鳴り響いた。
魔導は扇子を閉じ、優雅に立ち上がる。
「お客様のようですわね。わたくしが出ましょう」
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【王城・謁見の間】
王城制圧から数日後。
王女は玉座に座り、集まった重臣たちを見下ろしていた。
「これより、王国の現体制はお父様からわたくしへ、自発的に譲っていただいたものです」
国王は隣で頭に湿布を当てたまま、虚ろな目で虚空を見つめていた。
「……そうだ。自発的に……な」
「ええ。お父様は『娘よ、お前に全てを託す』とおっしゃいましたわ」
実際には峰打ちで沈黙させられただけだったが、公式記録では「自発的な権限移譲」となっていた。
王女は優雅に立ち上がった。
(ご主人様……。やっと、お会いできますわね。手紙も電話も届かなかった日々は、もう終わりです。わたくしの愛を、直接お伝えします。もう、グッズで我慢する必要もありませんわ)
「それでは、わたくしはご主人様にお会いに参ります。邪魔はしませんので、皆様はそのまま政務を続けてくださいませ」
重臣たちは誰も止めなかった。止められる空気ではなかった。
*
【主人公の屋敷・玄関前】
午後の穏やかな陽光の下。
王女は正装のまま、鍛練用の剣を腰に帯びて屋敷の玄関前に立っていた。
扉を叩く音が、静かに響く。
(ここですわ……。ご主人様がいらっしゃる場所。わたくしの全てを捧げたい方が、この扉の向こうに)
しばらくして、扉が開いた。
出てきたのは、魔導だった。
魔導は扇子を軽く開き、にこやかに相手を一瞥する。いつもの、完璧な拒絶ルーチンが始まる瞬間だった。
「はい、どちら様ですの? ……ああ、新聞の押し売りでしたら――」
その言葉が終わらない。
「居合――」
銀色の閃光が走った。
鍛練用の剣が鞘走った瞬間、刃を潰した剣身から放たれた鋭い剣気が衝撃波となって爆発した。
ドゴォォォォォォン!!
玄関が粉々に砕け、衝撃波は屋敷全体を呑み込む。窓ガラスが一斉に砕け散り、外壁がめくれ上がり、屋根の一部が空へ舞い上がった。
「ぶへッ!?」
魔導は扇子ごと後ろへ吹っ飛び、庭の奥まで転がっていく。
(な、何ですの、これは……! わたくしの鉄壁の拒絶が、途中で断ち切られた……?)
ほこりと粉塵が晴れないうちに、王女は崩れた玄関の残骸を優雅に踏み越え、屋敷の中へ入ってきた。
衝撃波に巻き込まれて廊下に転がっていた主人公の前に、静かに立った。
主人公は咳き込みながら上体を起こし、目の前の女性を見上げる。
「……は? また何だよ、今度は……」
王女は剣を鞘に納め、満面の笑みで一礼した。
(ああ……ご主人様のお顔が、こんなに近くに。生きていらっしゃる。わたくしの推しが、ここに)
「こんにちは、主人公様。わたくしです。あなた様を推している、この国の王女ですわ」
「王女……? なんで屋敷が壊れてんだよ!?」
「新聞の押し売り扱いをされそうでしたので、対策をいたしました」
王女は澄ました顔で続けた。
「潜入特化様と監視特化様から、『この屋敷では正体不明の訪問者は一律に新聞の押し売り扱いされる』と事前に予習を受けておりましたの。ですので、魔導様が『新聞の押し売りは間に合っていますわ』とおっしゃる前に、先手を打たせていただきました」
庭の奥から、ふらふらと起き上がる魔導の声が聞こえてくる。
「先手……ですって……? わたくし、まだ『間に合っていま――』までしか言っていませんわよ……!」
「ええ。ですから、その途中で止めさせていただきました」
そのとき、半壊した廊下の奥から、二人の姿が現れた。
エンジェルとリリムである。
エンジェルはバインダーを抱え、ほこりを払いながら近づいてくる。リリムは腕を組み、呆れたような表情を浮かべていた。
二人は、かつてこの屋敷の門前で、魔導に「新聞の押し売りでしたら結構ですわ」と追い返された経験を持つ。実際、エンジェルが記録係として訪れた際も、リリムが魔界からの使者として来た際も、最初は同じ台詞で門前払いを食らっていたのだ。
エンジェルがバインダーを開き、淡々と記録しながら呟く。
「記録します♡ 自称王女による居合斬り。魔導の鉄壁の拒絶ルーチンを完全に封じる先制攻撃。……素晴らしい対策ですわね」
リリムも小さく息を吐き、感心したように言った。
「ええ。わたしたちも昔、新聞の押し売り扱いされて追い返されたことがありますもの。あの完璧な拒絶を、ここまで無力化するなんて……褒めてあげたくなりますわ」
リリムが小さく呟く。
「王女殿下、魔導の拒絶を突破しただけでなく、屋敷まで吹き飛ばしましたものね……」
エンジェルがバインダーを閉じた。
「記録。魔導の拒絶ルーチンを突破する有効な手段。ただし、屋敷への被害甚大♡」
「被害甚大で済ませるな!!」
主人公の悲痛な叫びが、半壊した屋敷に響き渡った。
魔導は庭から戻ってきつつ、二人の言葉に耳を疑った。
(褒めて……? わたくしの拒絶を破った相手を、褒めるですって?)
主人公が即座に声を上げる。
「お前らどこ褒めてんだよ!!」
周囲に集まっていたヤンデレたちも、一斉に続いた。
「「「「「「「「「そこ褒めんな!!」」」」」」」」」」
エンジェルはきょとんとした顔でバインダーを見る。
「事実を記録しただけです♡ 対策として極めて有効でしたもの」
リリムも肩をすくめる。
「わたしたちが追い返されたときのことを思うと、素直に凄いと思っただけですわ。あんなに綺麗に『間に合っていますわ』を封じるなんて」
「お前らが追い返された経験を美談みたいに語るな!!」
主人公の悲鳴が響く。
魔導は扇子を拾い上げ、ほこりを払いながら引きつった笑顔を浮かべた。
(わたくしの愛の防衛線が……紙切れのように破られた。しかも、その対策をエンジェルとリリムに褒められるとは……。ご主人様の前で、この屈辱……許せませんわ。でも、あの居合のタイミングは……確かに、完璧でしたわね)
内心では認めたくない称賛が、微かに混じる。
王女はそんなやり取りを穏やかに見つめていた。
(ふふ……。ご主人様の周囲の方々も、個性的ですわね。でも、わたくしの愛は負けません。今日はご挨拶だけ。焦らず、確実に、ご主人様の日常に根を張っていきますわ)
彼女は主人公の手を取ろうと、そっと伸ばした。
しかし、すぐに手を引っ込め、優雅に一礼する。
「……いえ、本日はご挨拶だけですので、これにて失礼いたします。またよろしくお願いいたしますわ」
そう言うと、王女は満足げな笑みを浮かべ、玄関だった場所を通って帰っていった。
半壊した屋敷に、妙な沈黙が落ちる。
魔導は扇子を握りしめ、去っていく王女の背中を見つめた。
「……あの人、常識ってもんがないんですの?」
その場にいたヤンデレたちと主人公は、そろって魔導を振り返った。
「「「「「「「「「「お前が言うな!!」」」」」」」」」」
「なっ……!? わ、わたくしは屋敷を吹き飛ばしたりしていませんわよ!?」
「そこじゃねえよ!!」
エンジェルが追記する。
「記録。魔導、自身の拒絶ルーチンを破られたことに対し『常識がない』と発言。周囲から総ツッコミを受ける♡」
リリムが小さく呟く。
「わたしたちの経験が実りましたわね……」
「実るな!!」
主人公の悲痛な叫びが、半壊した屋敷に響き渡った。
また一人、病んだ愛が増えた。
しかも今回は、挨拶のためだけに玄関を衝撃波で突破してくるタイプだった。
魔導は扇子で口元を隠し、小さく息を吐く。
(次に来たときは……波動砲で迎えて差し上げますわ。ご主人様は、わたくしのもの。新聞の押し売り対策など、二度と通用させませんもの♡)
そして、去っていく王女の後ろ姿を見つめながら、ふと販売データのことを思い出す。
(……そういえば、主人公様グッズの異常な売上。急に落ち着いたのは、ちょうどこの方が屋敷に来られるようになった頃……)
魔導の目が、細くなった。
(まさか……あの買い占め、自称王女の女の仕業だったのですか?)
一方、帰路につく王女は、胸の内で静かに微笑んでいた。
(ご主人様……。今日はお顔を拝見できただけで、幸せですわ。もうグッズで我慢する必要もありません。次は、もっと近くで。もっと長く。わたくしの愛を、届けます)
そのとき、王女のもとに潜入特化と監視特化から通信が入った。
「王女殿下、ひとつお伝えしておくことがあります」
潜入特化が、どこか申し訳なさそうに切り出した。
「先ほどの魔導ですが……次にお屋敷へいらっしゃる際には、波動砲を撃ってくる予定だそうです」
監視特化も静かに頷く。
「本人がそう宣言していました。冗談なのか、本気なのかは分かりませんが、念のため警戒しておいた方がよろしいかと」
王女は一瞬だけ目を丸くした。
しかし、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「まあ……波動砲ですか」
そして、胸元に手を当て、優雅に頷いた。
「了解しましたわ」
潜入特化と監視特化は、思わず顔を見合わせた。
「……ずいぶんと落ち着いていらっしゃいますね」
「ええ。ご主人様にお会いするためですもの。その程度の障害で、わたくしの推し活が止まるはずありませんわ」
王女は何事もなかったかのように歩き出した。
その背中を見送りながら、監視特化がぽつりと呟く。
「……次は屋敷が残っているといいですね」
「それは魔導に言うべきなのか、王女殿下に言うべきなのか……」
潜入特化の呟きが、秋の空に虚しく響いた。
――正統派限界推し王女による、衝撃波付きの初対面であった。




