慈愛のヤンデレ、身体交換で主人公を回復させすぎてキス地獄を終わらせない
# 身体交換編――交換されない身体と終わらないキス地獄
主人公には、ひとつの疑問があった。
「身体交換をすることになりましたわ♡」
ある日、魔導のヤンデレがそう宣言したのだ。
「……身体交換?」
「ええ♡ 主人公様と私たちの身体を交換するのですわ!」
主人公は十人のヤンデレを見回した。
魔導のヤンデレ。
森羅万象のヤンデレ。
監視・情報特化のヤンデレ。
潜入特化のヤンデレ。
科学特化のヤンデレ。
薬学特化のヤンデレ。
慈愛のヤンデレ。
羨望特化のヤンデレ。
拷問・具現化特化のヤンデレ。
束縛・愛の包囲特化のヤンデレ。
どう考えても、まともな企画ではない。
「……断る」
「まあ♡ まだ説明も終わっておりませんのに!」
「説明を聞く前から嫌な予感しかしないんだよ!」
「大丈夫ですわ♡ 今回は安全性にも配慮しておりますもの!」
「お前の言う安全性を信用できるか!」
魔導のヤンデレは、にっこりと微笑んだ。
「それでは、始めましょう♡」
「人の話を聞けええええええ!!」
## 第一幕 身体交換とは何だったのか
主人公は、魔導のヤンデレに魔法をかけられた。
光が身体を包み込む。
「うおっ!?」
数秒後。
主人公は自分の手を見た。
いつもの手だった。
足も、胴体も、顔も、何も変わっていない。
「……何も起きてないじゃねえか」
「ええ♡」
「ええ、じゃねえ! 身体交換はどうしたんだよ!」
魔導のヤンデレは首を傾げた。
「身体交換の魔法を使うとは申し上げましたけれど、身体を交換するとは申し上げておりませんわ♡」
「日本語を破壊するなあああああ!!」
「今回は、身体交換をテーマにしたイベントですの♡」
「テーマだけかよ!」
森羅万象のヤンデレが、満足そうに頷いた。
「ええ。主人公様が別の身体になったら、いつもの主人公様ではなくなってしまいますもの」
「いや、身体が変わっても中身は俺だろ!」
「ですが、私たちは今の主人公様が大好きですわ♡」
「なら普通にしてくれ!」
「まあ♡ 普通のキスをご希望なのですね!」
「どこをどう聞いたらそうなるんだよ!?」
そのとき、部屋の壁が開いた。
向こう側には、巨大なモニターと撮影機材が並んでいた。
監視・情報特化のヤンデレが、カメラの前で優雅に微笑んでいる。
「皆様、こんにちは♡ 本日は特別企画、『身体交換と言いながら身体を交換しない男』をお届けいたしますわ♡」
「配信してんじゃねえええええ!!」
「すでに視聴者の皆様が集まっておりますわ♡」
「いつ準備した!?」
「企画が決定した瞬間からですわ♡」
その隣では、潜入特化のヤンデレが小型カメラを構えていた。
「現場の潜入特化です♡ 主人公様の死角から撮影しております!」
「潜入する必要あるか!? 目の前にいるだろ!」
「真正面からでは撮れない表情がありますもの♡」
「撮るな!」
監視・情報特化のヤンデレが、別の画面を指さした。
「さらに、本日の配信をもとに小説も執筆いたしますわ♡」
「小説!?」
「タイトルは『身体交換を望んだ主人公様と、十人の愛の記録』ですわ♡」
「俺は望んでねえええええ!!」
「まあ♡ さっそく名台詞が撮れましたわ!」
「記録するなあああああ!!」
こうして、主人公の意思とは無関係に企画が始まった。
## 第二幕 十人の愛情表現
「それでは、最初は私からですわ♡」
魔導のヤンデレが主人公の前に立った。
「待て。何をする気だ」
「キスですわ♡」
「なんでだよ!」
「身体交換の企画ですもの♡」
「その理屈、もう通用しねえだろ!」
魔導のヤンデレは主人公の頬に両手を添えた。
そして、唇にそっとキスをした。
「んっ……!」
数秒後、彼女は満足そうに離れた。
「まあ♡ 素晴らしいですわ!」
「何がだよ!」
「主人公様とのキスですわ♡」
「感想が雑なんだよ!」
続いて森羅万象のヤンデレが前に出た。
「では、次は私ですわ♡」
「おい、待て! 順番制なのか!?」
「もちろんですわ。公平性は大切ですもの♡」
「こんなところで公平性を発揮するな!」
森羅万象のヤンデレは主人公を優しく抱きしめ、唇にキスをした。
その間、監視・情報特化のヤンデレは複数のカメラを切り替えていた。
「正面カメラ、良好。側面カメラ、良好。主人公様の表情、非常に良好ですわ♡」
「良好じゃねえ!」
「主人公様、眉間にしわが寄っておりますわ。怒りと照れが混ざった複雑な表情ですわね♡」
「怒りしかねえよ!」
潜入特化のヤンデレが、主人公の背後から実況した。
「おっと、主人公様、逃走を試みました! しかし、森羅万象のヤンデレが退路を確保しております!」
「実況しながら逃げ道を塞ぐなあああああ!!」
次は科学特化のヤンデレだった。
「キスの時間、角度、主人公様の反応を記録しました。統計的に最も満足度の高い方法を算出します」
「やめろ! 俺を実験対象にするな!」
「ご安心ください。データは小説の描写にも活用します」
「活用先が増えただけじゃねえか!」
薬学特化のヤンデレが続いた。
「主人公様、緊張なさらないでくださいませ♡」
「緊張の原因がお前らなんだよ!」
「それでは、気持ちが落ち着くよう調整いたしますわね♡」
「何を調整する気だ!?」
彼女は主人公の頬にそっとキスをした。
「ふふ♡ これで少しは落ち着きましたか?」
「まったく落ち着いてねえ!」
羨望特化のヤンデレは、ほかの者たちを睨みながら主人公の前に立った。
「皆様ばかり、ずるいですわ。私も主人公様に愛を伝えます!」
「お前ら、順番に愛を伝えればいいって問題じゃ――」
言い終わる前に、彼女は主人公の唇にキスをした。
「これで私の愛情も記録されましたわ♡」
「記録するなって言ってんだろ!」
ここで、拷問・具現化特化のヤンデレが前に出た。
「私も、愛情表現を記録するための演出を追加しましょう」
「いや、普通にキスするだけでいいだろ!」
拷問・具現化特化のヤンデレは、両手を広げた。
「具現化――!」
次の瞬間、撮影用の舞台装置が出現した。
照明、背景、撮影用の椅子。どれも妙に本格的である。
「演出を追加しました。照明、背景、撮影用の椅子も完備です」
「キスに舞台装置はいらねえ!」
「小説の挿絵資料としても使えます」
「小説のために設備を充実させるな!」
彼は主人公の額にキスをした。
「愛情表現の種類も豊富に記録しておきましょう」
「記録の話ばっかりじゃねえか!」
束縛・愛の包囲特化のヤンデレが、主人公の両手を握った。
「主人公様♡ 私たちの愛から逃げようとなさらないでくださいませ」
「逃げるに決まってるだろ!」
「まあ♡ 照れ隠しですわね♡」
「違う!」
彼女は主人公を抱きしめ、優しくキスをした。
残る一人、慈愛のヤンデレが前に出た。
「皆様、とても幸せそうですわね♡」
「お前だけはまともでいてくれ!」
「もちろんですわ♡ 主人公様のお身体を大切にいたしますもの」
「そうだ! 身体を大切にするなら、この企画を――」
彼女は主人公の顔を両手で包み、優しく唇にキスをした。
「…………」
主人公は天井を見つめた。
「……お前もか」
「はい♡」
慈愛のヤンデレは、幸せそうに微笑んだ。
「主人公様への愛は、皆様と同じくらい大切ですもの♡」
「その愛情を今すぐしまえええええ!!」
監視・情報特化のヤンデレが、静かに拍手した。
「素晴らしいですわ。十人全員のキス映像が揃いました♡」
「揃えるな!」
潜入特化のヤンデレがカメラを下ろした。
「映像、音声、現場の反応、すべて記録完了です!」
「お前、いつの間に俺の正面に回った!?」
「潜入特化ですもの♡」
「便利な言葉にするな!」
### 森羅万象のヤンデレによる映画演出
十人のヤンデレたちによる最初のキスが一通り終わった。
主人公は、もう何度目かもわからないキスを受けながら、心の底から思った。
(頼む……もう普通に終わらせてくれ……)
そのときだった。
森羅万象のヤンデレが、何かを思いついたように微笑んだ。
「せっかくの愛のイベントですもの。もっと感動的に演出しましょう♡」
「……嫌な予感しかしないんだが」
パチンッ!
彼女が指を鳴らした瞬間、周囲の景色が一変した。
目の前に広がるのは、果てしない海。
主人公はいつの間にか船の先端に立たされていた。背後から森羅万象のヤンデレが主人公を抱きしめ、両腕を広げる。
「見てください、主人公様♡ まるで世界のすべてを手に入れたような気分ですわね♡」
「待て待て待て! これ、タイタニックの有名な船のシーンじゃないか!」
「ええ♡ 愛する人と一緒に風を感じる……なんてロマンチックなのでしょう♡」
「ロマンチックなのはわかるけど、俺は今、船の先端で抱きしめられてるんだぞ!?」
「では、感動的なキスを♡」
「話を聞けええええ!」
森羅万象のヤンデレは、主人公の抗議を無視して唇を重ねた。
その様子を、監視・情報特化のヤンデレが実況する。
「現在、映画史に残る名場面を再現したキスシーンが発生しています。主人公様の表情は、感動というより絶望に近いですね」
「勝手に解説するな!」
森羅万象のヤンデレは、主人公から離れると、満足そうに頷いた。
「素晴らしいですわ♡ 海と風と愛……完璧な演出です!」
「俺の感想も聞け!」
パチンッ!
再び指が鳴った。
今度は薄暗い工場のような場所だった。
機械がうなり、周囲には火花が散っている。
森羅万象のヤンデレは主人公を抱きしめたまま、ゆっくりと親指を立てた。
「主人公様……さようなら♡」
「おい! その別れの台詞、聞き覚えがあるぞ!」
「最後に、愛のキスを♡」
「ターミネーターの名場面をこんな使い方するなあああ!」
彼女は満足そうに主人公へキスをした。
「感動的でしたわね♡」
「俺の感想を聞け!」
「別れの場面には、やはり深い愛情が必要ですもの♡」
「俺は別れたいんだよ! お前ら全員と!」
「まあ♡ そんなに強く私たちを意識してくださっているのですね!」
「どうしてそうなるんだよ!」
森羅万象のヤンデレは、さらに指を鳴らした。
パチンッ!
今度は巨大な城がそびえ立つ、幻想的な空の世界。
風が吹き抜け、雲が流れていく。
「天空の城ラピュタの舞台まで再現したのか!?」
「ええ♡ 空に浮かぶ城、壮大な景色、そして愛する人とのキス……。最高の舞台ですわ♡」
「いや、そこは名場面を再現する場所であって、キスを追加する場所じゃないだろ!」
「名場面に愛を加えたのです♡」
「余計な改変をするな!」
森羅万象のヤンデレは、主人公の頬を両手で包み込んだ。
「さあ、主人公様♡ この美しい景色の中で、永遠の愛を誓いましょう♡」
「俺は家に帰ることを誓いたい!」
「まあ♡ 帰宅よりも愛を優先してくださるのですね♡」
「どうしてそうなるんだよ!」
その間にも、監視・情報特化のヤンデレは小説に記録し、潜入特化のヤンデレは別角度から撮影していた。
科学特化のヤンデレは冷静に分析する。
「興味深いですね。背景の壮大さが増すほど、主人公様の拒絶反応も強くなっています」
「分析対象にするな!」
森羅万象のヤンデレは、主人公を抱きしめたまま満足げに頷いた。
「これでキスシーンが、より感動的になりましたわね♡」
「感動してるのはお前たちだけだろうがあああ!」
彼女が指を鳴らすと、周囲の景色が元の撮影スタジオへと戻った。
主人公は、その場にへたり込んだ。
「……もう映画の名場面はいい。頼むから、普通に帰らせてくれ……」
「まあ♡ 主人公様、すっかり感動なさったのですね!」
「絶望してんだよ!」
森羅万象のヤンデレは、満足そうに微笑んだ。
「映画の名場面を再現することで、主人公様との思い出がさらに増えましたわ♡」
「思い出を勝手に増やすな!」
監視・情報特化のヤンデレが、原稿に新しい見出しを追加した。
『特別演出編――名作映画と永遠の愛』
「そんな章を作るなあああああ!」
そして魔導のヤンデレが、楽しそうに手を叩いた。
「素晴らしいですわ♡ これで、さらに企画が盛り上がりましたわね!」
「盛り上げなくていいんだよ!」
しかし、彼女は主人公の抗議を聞いていなかった。
「皆様♡ 少々、物足りなくありませんこと?」
主人公の背筋に悪寒が走った。
「……おい。今、何を思いついた?」
「最初は普通のキスでしたわね♡」
「普通のキスって言い方をするな!」
「ですが、愛情表現は進化するものですわ♡」
森羅万象のヤンデレが、にっこりと微笑んだ。
「ええ♡ 口だけでは、主人公様への愛を表現しきれませんもの」
「いや、十分すぎるほど伝わってるから!」
魔導のヤンデレは、主人公の顔を見つめた。
「それでは、次からは口と鼻に同時にキスをすることにいたしましょう♡」
「なんで鼻まで増やすんだよおおおおお!!」
科学特化のヤンデレが、真剣な顔で頷いた。
「なるほど。接触箇所を増やすことで、愛情表現の新たな段階に移行するわけですね」
「分析するな!」
薬学特化のヤンデレも、うっとりと微笑んだ。
「主人公様のお顔を、もっと近くで感じられますわね♡」
「近づくな!」
羨望特化のヤンデレは、ほかの者たちを押しのけるように前へ出た。
「それなら、私も負けていられませんわ!」
「競争するな!」
束縛・愛の包囲特化のヤンデレが主人公の手を握りしめた。
「ご安心くださいませ♡ 私たち全員で、愛を深めてまいりますわ」
「その団結力を別のところで使えええええ!!」
監視・情報特化のヤンデレは、すぐさま配信画面に新しいテロップを表示した。
**『特別企画・キスの進化――口だけから、口と鼻の同時キスへ♡』**
「テロップにするなあああああ!!」
## 第三幕 進化するキスと完全回復
第二巡が始まった。
今度は、最初の一人から違った。
魔導のヤンデレは主人公の頬に手を添え、唇にキスをすると同時に、鼻にもそっとキスをした。
「んっ……!?」
彼女は満足そうに離れた。
「まあ♡ 口と鼻、同時に愛をお届けできましたわ!」
「愛の配達方法を増やすな!」
「いかがでしたか、主人公様♡」
「感想を求めるな!」
森羅万象のヤンデレが続いた。
「では、私も♡」
「待て! さっきより増えてるんだぞ!」
「ええ♡ ですから、私も同じようにいたしますわ」
彼女は主人公を抱きしめ、唇と鼻に同時にキスをした。
主人公は目を見開いた。
「おい! 口だけのときより、顔の逃げ場がなくなってるだろ!」
「まあ♡ お気づきになりましたのね!」
「気づくわ!」
監視・情報特化のヤンデレが、画面を確認しながら実況した。
「皆様、ご覧くださいませ♡ 第二巡からキスの方式が変更されました。主人公様の困惑も、第一巡を大きく上回っておりますわ!」
「困惑を数値化するな!」
潜入特化のヤンデレは、別角度からカメラを構えた。
「主人公様が顔をそらしました! しかし、撮影位置を変更することで、正面からの映像も確保しております!」
「カメラを持って追いかけるなあああああ!!」
科学特化のヤンデレは、手元の端末を操作していた。
「第一巡と第二巡の比較データが出ました。接触箇所の増加に伴い、主人公様のツッコミの頻度も上昇しています」
「俺を研究対象にするな!」
「これは貴重な記録です」
「貴重じゃねえ!」
薬学特化のヤンデレも前に出た。
「主人公様、少し緊張なさっておりますわね♡」
「当たり前だろ!」
「それでは、優しくいたしますわ♡」
彼女は主人公の唇と鼻に同時にキスをした。
「…………」
「いかがですか?」
「優しいかどうかを聞く前に、企画そのものをやめろ!」
「まあ♡ まだお元気そうですわね!」
「元気かどうかの話じゃねえ!」
羨望特化のヤンデレは、先ほどの映像を確認していた。
「皆様、なかなか見事ですわね……。ですが、私だって負けませんわ♡」
「だから競うな!」
彼女も主人公の顔を両手で包み、唇と鼻に同時にキスをした。
「これで私の愛も、より強く伝わりましたわね♡」
「愛情表現に競技性を持たせるな!」
束縛・愛の包囲特化のヤンデレは、主人公を抱きしめた。
「主人公様♡ 私たちの愛を、全身で感じてくださいませ」
「せめて顔だけでも自由にさせろ!」
「まあ♡ 顔も大切ですわね!」
「そういう意味じゃねえ!」
彼女も口と鼻に同時にキスをした。
主人公は、もはや何も言えなかった。
「…………」
監視・情報特化のヤンデレが声を弾ませた。
「皆様! 主人公様が無言になりましたわ♡」
「喜ぶな!」
「これは新たな反応パターンです。小説にも追加いたしますわ!」
「追加するな!」
そして、慈愛のヤンデレの番が来た。
「主人公様♡ 少々お疲れのご様子ですね」
「誰のせいだと思ってるんだ……」
「大丈夫ですわ♡ 私が優しく愛情をお伝えいたしますもの」
「だから、その愛情表現を――」
彼女は主人公の顔を両手で包み、唇と鼻に同時にキスをした。
「…………」
慈愛のヤンデレは、心から幸せそうに微笑んだ。
「まあ♡ 主人公様のお顔をこんなに近くで感じられるなんて、幸せですわ!」
「……お前まで進化するとは思わなかった」
「皆様と同じように、私も主人公様を愛しておりますもの♡」
「その愛を競ってどうするんだよ……」
主人公は椅子にもたれかかった。
十人とのキスが終わった頃には、すっかりぐったりしていた。
「……もう終わりだろ」
「ええ♡ 第二巡は終了ですわ!」
「第二巡!? まだ続くのかよ!」
魔導のヤンデレが、楽しそうに指を一本立てた。
「もちろんですわ♡ 愛情表現が進化したばかりですもの!」
「進化したことを理由に延長するな!」
主人公は立ち上がろうとした。
しかし、足に力が入らず、床に膝をついた。
「……くそっ。もう限界だ……」
その姿を見た慈愛のヤンデレが、慌てて駆け寄った。
「主人公様!? 大丈夫ですか!?」
いつもの笑顔が消えていた。
彼女は主人公の前に膝をつき、心配そうに顔を覗き込んだ。
「お顔が真っ青ですわ……。こんなにお疲れになるまで、無理をなさって……」
「……誰のせいだと思ってるんだ……」
「ごめんなさい、主人公様。私、もっと早く気づいて差し上げるべきでしたわ……」
慈愛のヤンデレは、主人公の手を両手で包み込んだ。
「大丈夫ですわ、主人公様。私が必ず元気にして差し上げます♡」
柔らかな光が主人公の身体を包み込んだ。
蓄積していた疲労が消えていく。
身体の重さが消え、乱れていた呼吸も落ち着いた。
やがて、主人公はゆっくりと顔を上げた。
「……身体が、軽い」
「よかったですわ……♡」
慈愛のヤンデレは、心から安堵したように胸を撫で下ろした。
「本当に心配したんですのよ。主人公様に元気でいていただくことが、私の何よりの幸せですもの♡」
「……ああ、ありがとう」
主人公は素直に礼を言った。
今だけは、本当に感謝していた。
十人のヤンデレに囲まれ、逃げ場もなく、終わりの見えないキスを繰り返す地獄。
その中で、目の前の彼女だけは自分の体調を気遣ってくれた。
主人公は、ほんの一瞬だけ救われた気がした。
「……お前だけは、まともな味方でいてくれるんだな」
「まあ♡ もちろんですわ!」
慈愛のヤンデレは、ぱっと顔を輝かせた。
「主人公様が元気になってくださって、本当によかったですわ♡」
彼女は満面の笑みを浮かべ、主人公の手を握り直した。
「さあ、これで次のキスも楽しめますわね♡」
「…………は?」
主人公の笑顔が消えた。
「……次のキス?」
「はい♡ もうお疲れではありませんもの! これなら安心して、皆様との愛情表現を続けられますわね♡」
「…………」
主人公は、ゆっくりと彼女を見つめた。
「……お前、俺を休ませる気はないのか?」
「まあ♡ お疲れになったら、いつでも回復いたしますわ!」
「そういう話じゃねえええええ!!」
慈愛のヤンデレは、不思議そうに首を傾げた。
彼女に悪意はなかった。
主人公を苦しめたいわけでもない。
ただ、疲れている主人公を心配し、元気になってほしいと願い、その願いを叶えただけだった。
そして、元気になった主人公には、再び企画を楽しんでほしいと思っていた。
彼女の中では、何ひとつ矛盾していない。
だからこそ、主人公にはどうすることもできなかった。
「……頼むから、回復した俺を休ませてくれ……」
「まあ♡ まだお疲れが残っているのですね! 必要でしたら、もう一度回復いたしますわ♡」
「回復じゃなくて休憩だあああああ!!」
監視・情報特化のヤンデレが、原稿に一文を追加した。
『慈愛のヤンデレは、主人公の異変に誰よりも早く気づき、献身的な回復魔法によって彼を救った。そして、再び元気になった主人公を、次の愛情表現へと送り出したのである。』
「勝手に美談にするなあああああ!!」
慈愛のヤンデレは、主人公の頭を優しく撫でた。
「大丈夫ですわ、主人公様♡ 何度お疲れになっても、私が必ず元気にして差し上げますからね!」
「その優しさが一番怖いんだよおおおおお!!」
十人のヤンデレたちが、感動したように顔を見合わせる。
「まあ! 主人公様が慈愛のヤンデレに感謝を!」
「回復の効果が表情にも出ていますわね!」
監視・情報特化のヤンデレは、すぐさま小説の原稿に一文を追加した。
『慈愛のヤンデレの献身に、主人公は心から感謝した。』
「おい! 今のは本当に感謝したんだ! お前らへの感謝じゃないからな!」
「もちろんですわ♡」
「絶対にわかってねえ!」
慈愛のヤンデレは、主人公の頭を優しく撫でた。
「さあ、もうお疲れではありませんわね♡」
「……え?」
「それでは、続きを頑張りましょう!」
「…………」
主人公はゆっくりと彼女を見た。
「……続き?」
「はい♡ 完全に回復なさいましたもの!」
「いや、回復したからって続ける必要は――」
「主人公様が元気になられたことが、何より嬉しいですわ♡」
慈愛のヤンデレは、満面の笑みを浮かべていた。
そこには悪意など微塵もなかった。
主人公を苦しめたいわけではない。
ただ、主人公が疲れているなら治したい。
元気になったなら、また頑張れるように応援したい。
その純粋な善意こそが、主人公にとって最大の問題だった。
「……お前、俺を休ませる気はないのか?」
「まあ♡ お疲れになったら、いつでも回復いたしますわ!」
「そういう話じゃねえええええ!!」
監視・情報特化のヤンデレが、原稿に赤字を入れた。
『慈愛のヤンデレは、主人公の疲労を完全に取り除いた。主人公は再び試練へと立ち向かうことになる。』
「勝手に物語を進めるなあああああ!!」
## 第四幕 回復役を支える回復役
第三巡が始まった。
今度は、全員が口と鼻への同時キスを基本とするようになっていた。
主人公は十人とのキスを再び浴びた。
そして、疲労が蓄積すると慈愛のヤンデレが回復させた。
回復すると、次のキスが始まる。
疲労する。
回復する。
再びキス。
また回復する。
主人公にとっては終わりの見えない地獄だった。
「まあ♡ 主人公様、もう一度ですわ!」
「一度でいいんだよ!」
「口だけでは物足りませんもの♡」
「俺は口だけでも十分すぎるほど物足りてるわ!」
「では、口と鼻の両方で愛をお届けいたしますわ♡」
「配送サービスみたいに言うなあああああ!!」
監視・情報特化のヤンデレは、配信画面を確認しながら満足そうに頷いていた。
「皆様、ご覧くださいませ♡ 第三巡では、十人全員が新しい愛情表現を採用しておりますわ!」
画面の隅には、視聴者のコメントが流れていた。
『回復役がいるの強すぎる』
『完全回復からの再開は鬼畜』
『主人公、頑張れ……』
『身体交換はどこに行った?』
『なぜ鼻まで参加しているんだ』
「最後のコメントの方、鋭いですわね♡」
「そこは最初から何もしてないだろ!」
潜入特化のヤンデレは、撮影場所を変えながら実況を続けていた。
「現場から報告します! 主人公様、現在、第四巡に突入しております!」
「勝手に巡数を数えるな!」
「口と鼻への同時キスも、すっかり定番となりました!」
「定番にするな!」
「主人公様の表情には疲労、困惑、諦めの三段階が確認されました!」
「実況のために分析するな!」
「その分析結果、小説にも反映される予定です♡」
「反映するなあああああ!!」
監視・情報特化のヤンデレは、執筆画面を大きなモニターに映し出した。
そこには、すでに長編小説の原稿ができあがりつつあった。
『身体交換を望んだ主人公様と、十人の愛の記録』
第一章 身体交換という名の企画。
第二章 十人のキス。
第三章 進化する愛情表現。
第四章 慈愛の完全回復。
第五章 終わらない愛の循環。
「待て! 最後の章題は何だ!」
「主人公様が何度でも立ち上がる姿を描く感動の章ですわ♡」
「俺は立ち上がりたくねえんだよ!」
「しかし、実際に何度も回復して立ち上がっていらっしゃいますわ」
「お前らが回復させてるからだろ!」
慈愛のヤンデレが、嬉しそうに手を叩いた。
「主人公様、何度でも頑張れるなんて素晴らしいですわ♡」
「その頑張りを強制してるのはお前らだあああああ!!」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「まあ? でも、お疲れになったら私が治しますわよ?」
「だから、その回復を前提にするな!」
「ご安心くださいませ♡ どれほどお疲れになっても、私が完全に回復いたします!」
「安心できる要素が一つもねえええええ!!」
監視・情報特化のヤンデレは、主人公の叫びを録音した。
「今の台詞、第四章の山場に使えそうですわ♡」
潜入特化のヤンデレも、別角度から撮影していた。
「映像も最高です! 小説の宣伝用動画に採用いたしましょう!」
「宣伝までやるなあああああ!!」
そのときだった。
慈愛のヤンデレが、主人公を回復させた直後、ふらりとよろめいた。
「……あら?」
「おい?」
主人公が顔を上げる。
慈愛のヤンデレは、額の汗を拭いながら微笑んだ。
「大丈夫ですわ♡ 主人公様を元気にすることが、私の幸せですもの……♡」
「いや、どう見ても疲れてるだろ!」
「少し魔力を使いすぎただけですわ。もう一度ヒールをかければ――」
「待て! お前、休め!」
主人公が珍しく心配した、その瞬間。
薬学特化のヤンデレが、すっと前に出た。
「慈愛のヤンデレさん。少々お待ちくださいませ♡」
「まあ? どうなさいましたの?」
薬学特化のヤンデレは、どこからともなく一本のドリンクを取り出した。
鮮やかな色をした液体が、瓶の中で怪しく輝いている。
「こちら、私が開発した特製回復ドリンクですわ♡」
「回復ドリンク?」
主人公が反応した。
「おい、待て。まさか……」
「慈愛のヤンデレさんは、主人公様を何度もヒールしてくださっていますもの。術者の疲労を軽減し、魔力の回復を助けるために開発しましたの♡」
薬学特化のヤンデレは、慈愛のヤンデレにドリンクを差し出した。
「さあ、どうぞ♡」
「まあ! ありがとうございますわ♡」
慈愛のヤンデレは、ドリンクを受け取ると一気に飲み干した。
「……あら?」
彼女の身体が、柔らかな光に包まれた。
疲労が消え、魔力がみなぎり、表情にも活力が戻っていく。
「まあああ♡ すごいですわ! 身体が軽くなりました!」
薬学特化のヤンデレは、満足そうに微笑んだ。
「当然ですわ♡ 疲労回復、魔力補助、集中力の維持まで考慮して調合いたしましたもの!」
「これで、また主人公様を回復できますわね♡」
「…………」
主人公は、ゆっくりと二人を見比べた。
「おい」
「はい? 主人公様♡」
「今、何をした?」
「慈愛のヤンデレさんの疲労を回復させましたわ♡」
「違う! そうじゃねえ!」
主人公は頭を抱えた。
「せっかく回復役が疲れてきたんだぞ!? 普通なら、そこで休憩になるだろうが!」
薬学特化のヤンデレは、不思議そうに首を傾げた。
「まあ? 疲れている方を回復させるのは当然ではありませんか?」
「正論で地獄を延長するなあああああ!!」
慈愛のヤンデレは、元気いっぱいに主人公のもとへ戻ってきた。
「主人公様♡ お待たせいたしました! これで、また完全回復できますわ!」
「待ってねえええええ!!」
柔らかな光が主人公を包み込んだ。
疲労が消えた。
体力が戻った。
そして――。
「それでは、次のキスに参りましょう♡」
「回復するなあああああ!!」
監視・情報特化のヤンデレが、すぐさま配信画面に新しいテロップを表示した。
**『薬学特化の支援により、慈愛の回復能力が完全復活! キス地獄、継続確定♡』**
「配信で地獄の継続を報告するな!」
薬学特化のヤンデレは、追加のドリンクを何本も取り出した。
「ご安心くださいませ♡ 予備も十分に用意しておりますわ!」
「予備まであるのかよ!?」
「ええ♡ 長時間の企画にも対応できるよう、十分な本数を準備いたしました!」
「長時間の企画を前提に薬を開発するなあああああ!!」
慈愛のヤンデレは、薬学特化のヤンデレの手を握った。
「本当にありがとうございますわ♡ これで主人公様を、何度でも元気にして差し上げられます!」
「はい♡ 私たち、最高のコンビですわね!」
二人は、嬉しそうに微笑み合った。
主人公はその光景を見つめた。
回復魔法の使い手。
回復薬の開発者。
互いの弱点を補い合う、完璧な連携。
本来なら、仲間を支える素晴らしい協力関係のはずだった。
しかし、その連携が使われる目的は――。
「……俺へのキス地獄を永続化させることじゃねえかあああああ!!」
科学特化のヤンデレが、感心したように頷いた。
「なるほど。回復魔法と回復薬の併用によって、長時間の企画運営が可能になったわけですね」
「分析するな!」
監視・情報特化のヤンデレは、原稿に新しい章題を追加した。
『第六章 慈愛と薬学の完璧な連携――終わらない愛の回復システム』
「システム化するなあああああ!!」
薬学特化のヤンデレは、慈愛のヤンデレにもう一本ドリンクを差し出した。
「念のため、二本目もどうぞ♡」
「ありがとうございますわ♡」
「二本目はいらねえだろおおおおお!!」
## 第五幕 拷問・具現化特化の拘束用ベッド
主人公は、キス地獄の合間を縫って逃げ出そうとした。
「……よし。今度こそ帰るぞ」
疲労は慈愛のヤンデレによって完全に回復している。
しかし、元気になったからといって、ここに居続ける理由はない。
主人公は撮影スタジオの出口へ向かった。
「主人公様♡ どちらへ?」
「帰るんだよ!」
「まあ♡ まだ企画の途中ですのに!」
「俺の中では、とっくに終わってんだよ!」
そのとき、拷問・具現化特化のヤンデレが、主人公の前に立ちはだかった。
「……なるほど」
「なんだよ」
「主人公様は、すぐに逃げようとなさいますね」
「当たり前だろ! 誰が好き好んでこんな企画に付き合うんだ!」
拷問・具現化特化のヤンデレは、何かを思いついたように頷いた。
「それなら、逃げられないようにすればいいんですね」
「おい。今、何を思いついた?」
彼は両手を広げた。
「具現化――!」
次の瞬間、立派なベッドが出現した。
その周囲には、見るからに頑丈そうな金属製の鎖が備え付けられている。
「完成です! 超高強度の拘束用ベッド!」
「待て待て待て! なんでベッドなんだよ!」
「主人公様が逃げられないよう、四肢を固定するためです」
「発想が物騒すぎるだろ!」
「ご安心ください。この鎖は、あらゆる衝撃に耐えられる特殊合金製です。並大抵の力では破壊できません!」
彼は誇らしげに鎖を持ち上げた。
「魔力による強化も施しています。さらに、破壊されそうになった場合には、自動的に強度が上がる仕組みです」
科学特化のヤンデレが、鎖を観察した。
「構造も強度も申し分ありません。通常の人間が破壊するのは、ほぼ不可能でしょう」
「ほぼ、ってなんだよ……」
主人公は嫌な予感を覚えた。
「さあ、主人公様。こちらへどうぞ!」
「断る!」
「では、失礼します!」
「人の話を聞けえええええ!!」
こうして主人公はベッドに拘束された。
両手、両足に頑丈な鎖が巻き付けられる。
カチリ。
金属製の留め具が閉じた。
拷問・具現化特化のヤンデレは、満足そうに頷いた。
「これで完璧です。どれほど逃げようとしても、もう無駄ですよ!」
主人公は、自分の手足を見下ろした。
「…………」
そして、軽く腕に力を込めた。
バキィィィン!!
鎖が一瞬で砕け散った。
「…………」
「…………」
撮影スタジオが静まり返った。
主人公はベッドから起き上がり、砕けた鎖を見つめた。
「……いや、普通に壊れるだろ」
拷問・具現化特化のヤンデレは、目を見開いていた。
「……え?」
主人公は残った鎖を足で払いのけた。
「こんなもんで俺を拘束できると思ったのか?」
「…………」
「俺は人類最強だぞ?」
その言葉を聞いた瞬間。
拷問・具現化特化のヤンデレの身体が震えた。
「……す、すごい……!」
「……は?」
「すごいです! なんという力だ……!」
彼は両手を胸の前で握りしめた。
「私が設計した特殊合金の鎖ですよ!? 魔力による強化も、自動強度上昇機構も備えていたのに……!」
「それがどうしたんだよ」
「それを、ほんの一瞬で……!」
彼の瞳が輝いた。
「なんという圧倒的な筋力! なんという破壊力! 拘束具そのものを無意味にするほどの強さ……!」
「いや、拘束具の設計を見直したほうがいいんじゃねえの?」
「いいえ! 違います!」
彼は勢いよく首を振った。
「鎖が弱かったのではありません! 主人公様が強すぎたんです!」
「…………」
「人類最強というお言葉に、偽りはなかったんですね……!」
彼は感動のあまり、目に涙を浮かべた。
「私、主人公様の強さを知っていたつもりでした。ですが、まさかここまでとは……!」
「いや、そんなに感動することか?」
「もちろんです! 私の最高傑作を一瞬で破壊するなんて……! こんな素晴らしい光景、ほかでは絶対に見られません!」
「お前の最高傑作を破壊したんだぞ!? 普通は失敗を悔しがるところだろ!」
「失敗? とんでもない!」
彼は砕けた鎖を拾い上げ、うっとりと眺めた。
「主人公様の強さを証明する、最高の実験結果です!」
「実験だったのかよ!」
監視・情報特化のヤンデレが、すかさずカメラを向けた。
「皆様! 主人公様が拘束用の特殊合金製の鎖を一瞬で破壊なさいましたわ♡」
「配信するな!」
「これは本日のハイライトですわね!」
潜入特化のヤンデレも、別角度から撮影していた。
「破壊までの時間、わずか一瞬! 主人公様の圧倒的な力が記録されました!」
「撮るなって言ってんだろ!」
科学特化のヤンデレが、真剣な顔で分析を始めた。
「興味深い結果です。鎖の耐久限界を大幅に上回る力が加わったと考えられます」
「考察しなくていい!」
拷問・具現化特化のヤンデレは、主人公の前に跪いた。
「主人公様……!」
「なんだよ」
「次は、もっと頑丈な鎖を用意します!」
「反省してねえええええ!!」
「今回の結果を踏まえ、素材を見直し、魔力強化を増幅し、具現化した拘束具の耐久性をさらに高めます!」
「やめろ! 次回作を作るな!」
「ええ! 次こそは主人公様の強さに耐えられる拘束具を完成させてみせます!」
彼は満面の笑みを浮かべた。
「主人公様の強さを引き出すためにも、私はもっと精進しなければなりませんね!」
「俺の強さを引き出すな! 俺は普通に帰りたいんだよ!」
「ははっ! そんなところも素晴らしい!」
「何も素晴らしくねえええええ!!」
監視・情報特化のヤンデレは、原稿に新しい一文を追加した。
『拷問・具現化特化のヤンデレが用意した最高傑作の拘束具は、人類最強の主人公によって一瞬で破壊された。しかし、彼は失敗を悔やむどころか、主人公の圧倒的な強さに深い感動を覚えたのである。』
「勝手に美談にするなあああああ!!」
拷問・具現化特化のヤンデレは、砕けた鎖を大切そうに抱きしめた。
「この鎖は、記念に保存しておきます!」
「捨てろ!」
「そして、次回の開発資料に……!」
「再利用するなあああああ!!」
## 第六幕 配信と小説は終わらない
監視・情報特化のヤンデレは、完成した原稿を大きなモニターに映し出した。
そこには、すでに長編小説の原稿ができあがりつつあった。
『身体交換を望んだ主人公様と、十人の愛の記録』
第一章 身体交換という名の企画。
第二章 十人のキス。
第三章 進化する愛情表現。
第四章 慈愛の完全回復。
第五章 拷問・具現化特化の拘束具。
第六章 終わらない愛の循環。
「待て! 最後の章題は何だ!」
「主人公様が何度でも立ち上がる姿を描く感動の章ですわ♡」
「俺は立ち上がりたくねえんだよ!」
「しかし、実際に何度も回復して立ち上がっていらっしゃいますわ」
「お前らが回復させてるからだろ!」
慈愛のヤンデレが、嬉しそうに手を叩いた。
「主人公様、何度でも頑張れるなんて素晴らしいですわ♡」
「その頑張りを強制してるのはお前らだあああああ!!」
彼女は不思議そうに首を傾げた。
「まあ? でも、お疲れになったら私が治しますわよ?」
「だから、その回復を前提にするな!」
「ご安心くださいませ♡ どれほどお疲れになっても、私が完全に回復いたします!」
「安心できる要素が一つもねえええええ!!」
拷問・具現化特化のヤンデレは、砕けた鎖を手にしたまま顔を上げた。
「主人公様、次回はさらに強固な拘束具を開発します!」
「まだ言ってんのかよ!」
「今回の結果は、次の開発に必ず活かします!」
「活かすな! この企画そのものを終わらせろ!」
監視・情報特化のヤンデレは、主人公の叫びを録音した。
「今の台詞、次回作の予告に使えそうですわ♡」
潜入特化のヤンデレも、別角度から撮影していた。
「映像も最高です! 小説の宣伝用動画に採用いたしましょう!」
「宣伝までやるなあああああ!!」
魔導のヤンデレは、完成した原稿を見て感動していた。
「まあ♡ 素晴らしい作品ですわね!」
森羅万象のヤンデレも頷いた。
「ええ。主人公様の苦労も、私たちの愛も、余すところなく描かれておりますわ♡」
「俺の苦労を勝手に商品化するな!」
羨望特化のヤンデレが、少し不満そうに唇を尖らせた。
「でも、私の出番が魔導のヤンデレより少ないですわ」
「そこを気にするな!」
科学特化のヤンデレが即座に答えた。
「出演時間を計測したところ、全員の出番は公平に調整可能です」
「公平にキス地獄を延長するな!」
束縛・愛の包囲特化のヤンデレが主人公を抱きしめた。
「主人公様♡ 私たちの愛は一巻では収まりませんもの」
「シリーズ化するなあああああ!!」
監視・情報特化のヤンデレは、配信終了の合図を出した。
「皆様、第一回配信はこれにて終了ですわ♡ 次回作もお楽しみに!」
「次回作なんかねえええええ!!」
## 第七幕 身体交換の結末
主人公は、床に座り込んだ。
「……やっと終わった」
「お疲れ様ですわ♡」
慈愛のヤンデレが、主人公の肩に手を置いた。
「最後に、疲労を完全回復いたしますわね!」
「いや、もういい……」
「遠慮なさらないでくださいませ♡」
柔らかな光が主人公を包み込んだ。
疲労が消えた。
体力が戻った。
頭もすっきりした。
主人公は、自分の身体を確認した。
「…………」
「いかがですか? 元気になりましたでしょう?」
「ああ……元気だよ」
慈愛のヤンデレは、心の底から喜んだ。
「よかったですわ♡」
主人公は立ち上がり、魔導のヤンデレを見た。
「……結局、身体交換はどうなったんだ?」
魔導のヤンデレは、にっこりと微笑んだ。
「ええ♡ 大成功ですわ!」
「何も交換してねえだろ!」
「主人公様は私たち全員とキスをなさいましたし、配信も小説も完成しましたもの♡」
「身体交換の要素が一ミリもねえええええ!!」
監視・情報特化のヤンデレが、完成した小説を掲げた。
「タイトルは変更しておきましたわ♡」
「何にだよ……」
彼女は表紙を見せた。
**『身体交換とは名ばかりの、十人のヤンデレによるキス地獄――完全回復と生配信付き』**
「長いわあああああ!!」
「内容を正確に表現しておりますわ♡」
「正確に表現すればいいってもんじゃねえ!」
慈愛のヤンデレが、主人公の手を優しく握った。
「主人公様♡ 次回もお疲れになったら、私が完全に回復いたしますからね!」
主人公は天井を仰いだ。
身体交換は行われなかった。
十人とのキス地獄は行われた。
口だけだったキスは、口と鼻への同時キスへと進化した。
タイタニックの船の先端、ターミネーターの別れの場面、天空の城ラピュタの幻想的な空の世界まで再現された。
配信は行われた。
小説まで出版されることになった。
逃げ出そうとすれば、拷問・具現化特化のヤンデレが拘束具を作る。
疲れれば、慈愛のヤンデレが回復させる。
回復役が疲れれば、薬学特化のヤンデレが回復薬を提供する。
そして、監視・情報特化のヤンデレと潜入特化のヤンデレが、そのすべてを記録している。
完璧な連携だった。
主人公にとっては、最悪の意味で。
「……俺、元気なのに、なんでこんなに絶望してるんだろうな」
慈愛のヤンデレは、優しく微笑んだ。
「まあ♡ 心のお疲れも、いつかきっと癒やして差し上げますわ!」
「心まで回復させるなあああああ!!」
こうして、身体交換企画は大成功に終わった。
主人公以外にとっては。




