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ヤンデレ10人から逃げたい俺、5日連続で身体交換に失敗する

# ヤンデレ編――四日間の身体交換


## 第一日目――魔導の身体交換


主人公には、ひとつの悩みがあった。


夜になると、ヤンデレたちがやってくる。


そして、朝になる頃には干物になっている。


どれだけ体を鍛えようと、どれだけ鋼の精神を身につけようと、この生活だけは終わらなかった。


主人公は、ありとあらゆる方法を試してきた。


逃げても捕まる。


戦っても勝てない。


話し合おうとしても、なぜか愛情表現の話にすり替えられる。


疲れていると訴えれば、体力を回復する薬を飲まされる。


もう無理だと泣きつけば、翌日からさらに手厚い健康管理が始まる。


善意が、すべて裏目に出る。


主人公は考えた。


戦っても勝てない。逃げても捕まる。話し合っても聞いてもらえない。


ならば、自分の身体そのものを捨てればいいのではないか。


身体が変われば、今までとは違う生活になるかもしれない。


少なくとも、今の身体で繰り返されている地獄からは逃れられるはずだ。


そう考えた主人公は、魔導のヤンデレを呼び出した。


「頼みがある」


「はい♡ なんでしょう、ご主人様♡」


「俺とお前の身体を入れ替えてくれ」


「……まあ♡」


「俺を夜の生活から解放してくれ! 頼む! もう限界なんだ!」


主人公は深々と頭を下げた。


魔導のヤンデレは、しばらく主人公を見つめていた。


そして、にっこりと微笑んだ。


「わかりましたわ♡」


「本当か!?」


「もちろんですわ♡ ご主人様のお望みとあらば、喜んで♡」


あまりにもあっさりとした返事だった。


主人公は思わず顔を上げた。


今まで、何度お願いしても聞き入れてもらえなかった。


それが、今回は一度で通じたのである。


「ありがとう……! 本当にありがとう……!」


主人公の目に涙が浮かんだ。


魔導のヤンデレは杖を取り出した。


「では、まいりますわね♡」


杖の先端が輝いた。


「魂よ、彼の器を離れ、我が器へ。そして我が魂は、彼の器へ――!」


次の瞬間、二人の身体が眩い光に包まれた。


光が収まる。


主人公は、自分の手を見つめた。


細い指。白い肌。見慣れない袖。そして、手に持っている魔法の杖。


「……成功したのか?」


声を出す。


聞き慣れない女の声が返ってきた。


鏡を見る。


そこには、魔導のヤンデレの姿が映っていた。


「……おおおおおおおおおおおおお!!」


主人公は拳を握りしめた。


ついに。


ついに解放されたのだ。


あの終わりのない夜の生活から。


主人公はその場で小躍りした。


「やった……! 俺は自由だ……!」


一方、主人公の身体に入った魔導のヤンデレは、自分の新しい身体を見つめていた。


そして、頬を赤らめた。


「まあ♡ これがご主人様のお身体……♡」


「おい、変なことを考えるなよ!」


「ふふ♡ ご安心くださいませ♡ 私は今、ご主人様ですもの♡」


「何の安心にもなってねえええええええ!!」


そのときだった。


部屋の扉が開いた。


ほかのヤンデレたちが、ぞろぞろと入ってきた。


「ご主人様♡ 今夜もご一緒しましょうね♡」


主人公は思わず身構えた。


いや、違う。


もう自分は主人公の身体ではない。


彼女たちの視線は、魔導のヤンデレの姿をした自分へと向けられていた。


主人公は、ようやく安堵した。


これなら大丈夫だ。


今夜は自分ではなく、魔導のヤンデレが相手をすることになる。


そう思ったのも束の間だった。


十人のヤンデレたちは、主人公の身体を見た。


正確には、魔導のヤンデレが入った主人公の身体を。


「……まあ♡」


十人の目が、一斉に輝いた。


主人公は嫌な予感を覚えた。


猛烈に、おかしい。


そして主人公の身体に入った魔導のヤンデレは、満面の笑みで言った。


「皆様♡ 今夜は、私がご主人様ですわ♡」


主人公は、その場で凍りついた。


「……お前、まさか」


魔導のヤンデレは、主人公の身体でウインクした。


「ふふ♡ 私、この魔法にハマっていますの♡」


「お前えええええええ!!」


主人公は、ようやく重大な事実に気づいた。


身体を交換したところで、相手の魂は相手のままなのだ。


魔導のヤンデレは、主人公の身体に入っても魔法を使える。


そして、主人公は魔導のヤンデレの身体に入ったところで、魔法を使えるわけではなかった。


「……待て。能力はどうなるんだ?」


主人公は恐る恐る尋ねた。


「能力は私の魂に宿っていますもの♡ 身体が変わったくらいで、魔法が使えなくなるわけありませんわ♡」


魔導のヤンデレは、きょとんとした顔で首を傾げた。


「ちなみに、魔法の出力も変わりませんわよ♡」


「聞きたくなかったああああああ!!」


主人公は絶望した。


せっかく身体を交換したのに、相手の能力はそのまま。


自分の身体を使った魔導のヤンデレは、以前と同じように魔法を使える。


一方、自分は魔法を使えない。


つまり、主人公は自分の身体を持った魔導のヤンデレに、以前よりも抵抗しにくい立場になってしまったのである。


「さあ、ご主人様♡ 今夜はゆっくり過ごしましょうね♡」


「俺がそっちの身体なんだから、俺を解放しろよ!」


「まあ♡ ご主人様ったら。私の身体をお気に召しませんの?」


「そういう問題じゃねえええええええ!!」


主人公は、魔導のヤンデレの身体で頭を抱えた。


そのとき、部屋の隅から声がした。


「……これは歴史的瞬間だ」


振り向くと、監視特化のヤンデレが立っていた。


彼女は、二人を交互に見つめていた。


主人公の身体に入った魔導のヤンデレ。


魔導のヤンデレの身体に入った主人公。


監視特化のヤンデレは、ゆっくりと頷いた。


「記録せねば」


「待て」


主人公が低い声を出した。


「……何を撮影するつもりだ?」


「何をおっしゃいますの、主人公様♡」


監視特化のヤンデレは、満面の笑みを浮かべた。


「主人公様と魔導のヤンデレの魂が入れ替わった、この歴史的瞬間ですわ♡」


「記録だけじゃないだろ! その機材、どう考えても大げさすぎるだろ!」


数分後。


高級カメラ。


高級ビデオカメラ。


プロ仕様の三脚。


大型照明。


高性能マイク。


音声収録機材。


複数台のモニター。


そして、業務用の配信機材一式。


部屋は、いつの間にか本格的な撮影スタジオへと変貌していた。


「よし……カメラはこちら。ビデオカメラは正面と側面。音声は独立して収録。バックアップも忘れずに」


監視特化のヤンデレは、真剣そのものだった。


「映像の解像度は最高設定。音声も非圧縮で保存。複数のストレージに同時記録……ふふ、これなら万が一にも失われませんわね♡」


「待て! 何をそんなに本格的に記録してるんだ!」


「もちろん、歴史的資料ですわ♡」


「学術研究みたいな顔をするな!」


監視特化のヤンデレは、カメラのモニターを確認した。


「なお、全世界へのライブ配信は行いませんわ♡ ご主人様が嫌がっていらっしゃいますもの♡」


「……おお!」


主人公は思わず声を上げた。


「そこはちゃんと理解してくれたんだな!」


「はい♡ ですが、映像は永久保存いたしますわ♡」


「せめて消せええええええ!!」


魔導のヤンデレは、主人公の身体で楽しそうに笑った。


「まあ♡ 監視のヤンデレ、ありがとうございますわ♡ これなら、今夜の思い出も永遠に残りますわね♡」


「褒めるな! お前も当事者だろ!」


主人公は、最後の希望を込めて魔導のヤンデレに向き直った。


「……魔導のヤンデレ。ひとつ確認したい」


「はい♡ なんでしょう、ご主人様♡」


「俺がお前に身体交換を頼んだ理由は何だ?」


「私の身体になりたいからですわ♡」


「違う! 夜の生活から解放してくれって頼んだんだよ!」


「あら♡ でも、身体交換は成功しましたわよ?」


「目的を達成できてねえんだよ! 手段が成功しても問題が解決してねえだろ!」


監視特化のヤンデレが、すかさずキーボードを叩いた。


「なるほど……。記録を訂正しますわ。『身体交換は成功。ただし、依頼者の本来の目的は未達成』」


「記録するな! いや、今回はそれでいい! ちゃんと訂正しておけ!」


「はい♡ 原本と修正版を三重保存いたしますわ♡」


「保存するなって話もまだ終わってねえ!」


魔導のヤンデレは、うーんと考え込んだ。


「つまり、ご主人様は夜の生活をなくしたいのですわね?」


「そうだ!」


「わかりましたわ♡」


主人公の顔に希望が戻った。


「本当か!?」


「ええ♡ では、今夜はお休みにいたしましょう♡」


「……え?」


「ご主人様がそこまでお疲れなら、今夜はゆっくり休んでいただきますわ♡」


主人公は呆然とした。


まさか、通じたのか。


あの魔導のヤンデレに、ようやく自分の訴えが。


「……ありがとう」


主人公は、思わず呟いた。


しかし、魔導のヤンデレは続けた。


「ただし、身体を戻すのは明日にいたしましょうね♡」


「……は?」


「今夜はこのまま休んで、明日、元に戻しましょう♡」


「お前、まだ俺の身体を使い続けるつもりなのか!?」


「だって、ご主人様が夜の生活から解放されたいとおっしゃったのでしょう? 今夜はお休みですわ♡」


「一晩だけの話じゃねえええええええ!!」


監視特化のヤンデレは、静かに記録を追加した。


『身体交換作戦・第一日目。主人公様、安眠に失敗』


「まだ何も始まってねえのに失敗扱いするなあああああ!!」


こうして第一日目は終わった。


主人公は魔導のヤンデレの身体を手に入れた。


しかし、魔法は使えず、自分の身体には魔導のヤンデレが入っている。


しかも、その身体は十人のヤンデレたちから大歓迎されていた。


主人公はベッドに横になり、天井を見つめた。


「……明日は別の方法を試そう」


その呟きは、監視特化のヤンデレの録音機材に、しっかりと記録されていた。


---


## 第二日目――科学的身体交換


翌朝。


主人公は、魔導のヤンデレの身体で目を覚ました。


昨夜は、どうにか休むことができた。


しかし、身体は元に戻っていない。


主人公の身体に入った魔導のヤンデレは、朝食の席で楽しそうに微笑んでいた。


「おはようございます、ご主人様♡」


「……おはよう」


「昨夜はゆっくり休めましたかしら♡」


「一晩だけな」


「まあ♡ それはよかったですわ♡」


「だから、身体を戻せええええええ!!」


主人公は、食卓に突っ伏した。


魔導のヤンデレは、悪びれもせずに首を傾げた。


「身体交換は成功しましたわよ?」


「それはもう聞いた!」


「でしたら、問題ありませんわね♡」


「問題しかねええええええ!!」


主人公は決意した。


魔法では駄目だった。


ならば、科学だ。


魔法は魂に能力が宿る仕組みだった。


しかし、科学ならば違う方法があるかもしれない。


脳波を解析し、神経活動を読み取り、意識そのものを移せばいい。


それなら、魔導のヤンデレのように能力を使われる心配もない。


主人公は科学特化のヤンデレを呼び出した。


「頼みがある」


「はい♡ 何でしょう、ご主人様?」


「俺とお前の身体を入れ替えてくれ」


「……身体交換、ですか?」


科学特化のヤンデレは眼鏡を持ち上げた。


「理由を伺っても?」


「夜の生活から解放されたいんだ! もう限界なんだよ!」


「なるほど。身体交換によって、ご主人様の身体を別の人格に委ね、ご主人様自身は別の身体で生活する。そういうことですね?」


「そうだ!」


「わかりました♡」


「本当か!?」


「ええ♡ ただし、安全性の確認が必要です。脳波、神経活動、記憶の保持、運動機能……事前検査を行いましょう」


「……どれくらいかかる?」


「検査は本日中に終わります♡」


主人公は胸をなで下ろした。


魔導のヤンデレに頼んだときと違い、話が通じている。


科学特化のヤンデレは、主人公の訴えを理解している。


しかも、具体的な手順まで示してくれた。


「ありがとう……。今度こそ、うまくいきそうだ」


数時間後。


主人公は、研究施設の奥にある巨大な装置の前に座っていた。


頭部にはセンサーが取り付けられ、腕には生体情報を測定する装置が巻かれている。


隣には科学特化のヤンデレが座っていた。


「それでは、意識転写装置を起動します♡」


「意識転写装置?」


「はい♡ 二人の神経活動を解析し、意識をそれぞれの身体に移行させます」


「……なんか魔法より怖いんだけど」


「ご安心ください♡ 成功率は九九・九九九パーセントです」


「残りの〇・〇〇一パーセントは!?」


「研究者として、ゼロとは申し上げられません♡」


「そこだけ誠実になるなあああああ!!」


装置が起動した。


低い駆動音が響き、モニターに二人の脳波が表示された。


科学特化のヤンデレは、数値を確認しながら操作を続ける。


「神経活動、同期確認。記憶領域の照合、正常。意識転写プロセスを開始します♡」


主人公は目を閉じた。


これで、今までの生活から解放される。


もう、自分の身体を使って夜の生活を続ける必要はない。


そう思った瞬間、光が室内を包み込んだ。


数秒後、すべてが静まった。


主人公は目を開け、自分の手を見た。


白衣。


見慣れない指。


机の上に並ぶ無数の実験器具。


「……成功したのか?」


「ええ♡」


目の前には、主人公の身体に入った科学特化のヤンデレが立っていた。


「身体交換、正常に完了しました♡」


主人公は思わず叫んだ。


「よっしゃああああああ!!」


ついに成功した。


これで夜の生活から解放される。


主人公は科学特化のヤンデレの身体で、歓喜の涙を流した。


しかし、主人公の身体に入った科学特化のヤンデレは、手元の端末を操作していた。


「素晴らしい……。意識転写後も記憶、人格、運動機能に異常なし。これは画期的な成果です♡」


「おい、もう研究は終わりだろ?」


「ええ♡ 身体交換の実験は終了しました」


「よかった……!」


「では、次は交換後の生活環境における適応実験に移りましょう♡」


「……何?」


科学特化のヤンデレは、満面の笑みを浮かべた。


「ご主人様の身体に入った私が、これまでの生活をどの程度再現できるか。その際の生体反応と疲労度を測定すれば、ご主人様の身体について、より正確なデータが得られます♡」


「待て待て待て! 何を始めるつもりだ!?」


「ご安心ください♡ 測定機器はすべて装着済みです。心拍数、筋活動、疲労度、睡眠の質まで、リアルタイムで記録できます」


「俺の身体を実験台にするなああああああ!!」


科学特化のヤンデレは、きょとんとした。


「ですが、ご主人様。ご自身の身体について、正確なデータが得られるのですよ?」


「俺はデータが欲しくて身体を交換したんじゃねえ!」


「なるほど……。では、研究目的を修正します♡」


「そうだ! 修正しろ!」


科学特化のヤンデレは、端末に入力した。


『研究目的:主人公様を夜の生活から解放する』


主人公は安堵した。


「そう、それだ! それが目的だ!」


科学特化のヤンデレは、さらに一行を追加した。


『副次目的:主人公様の身体的負担を定量化し、将来の負担軽減に役立てる』


「……まあ、それなら」


『測定データを十人のヤンデレと共有し、生活改善計画を策定する』


「共有するなああああああ!!」


科学特化のヤンデレは、不思議そうに首を傾げた。


「ですが、ご主人様。皆様と協力すれば、より良い生活環境を実現できますわ♡」


「お前らがその生活環境を作ってるんだろうが!」


科学特化のヤンデレは、端末を見つめた。


「……なるほど。これは重要な指摘です」


主人公は、ようやく理解者が現れたと感じた。


しかし次の瞬間、彼女は真剣な表情で宣言した。


「では、ヤンデレ側の行動パターンも測定対象に追加しましょう♡」


「研究規模を拡大するなああああああ!!」


主人公は頭を抱えた。


やはり、科学特化のヤンデレに頼んでも一筋縄ではいかないらしい。


「……もういい。俺は帰らせてもらうぞ!」


主人公は勢いよく立ち上がり、部屋の出口へ向かった。


その瞬間だった。


ピッ。


ウィィィィィン!


「……え?」


主人公の身体が、突然ひとりでに動き出した。


「うおっ!? なんだこれ!?」


科学特化のヤンデレの身体に入っている主人公は、自分の意思とは無関係に足を踏み出した。


しかも、向かっている先は、主人公の身体に入った科学特化のヤンデレのもとだった。


「待て! なんで勝手に動くんだ!?」


ピッ、ピッ。


ウィィィィィン!


主人公の身体は方向を変え、さらに彼女のもとへと近づいていく。


「おい! 止まれ! 今は俺が使ってる身体だぞ!」


科学特化のヤンデレは、主人公の身体で満面の笑みを浮かべた。


「ふふ♡ 逃走防止装置ですわ♡」


「逃走防止装置!?」


彼女はポケットから、小型のリモコンを取り出した。


「身体交換後、ご主人様が私の身体で逃げ出してしまっては困りますもの♡ ですから、交換前に自分の身体へ小型モーターと無線制御装置を取り付けておきましたの♡」


「自分の身体に仕込んだのかよ!?」


「はい♡ 今、ご主人様が使っているこの身体は、リモコンで遠隔操作できますわ♡」


「待て! 俺の意思はどうなるんだ!?」


「もちろん、尊重いたしますわ♡」


「だったら止めろおおおおお!!」


ピッ。


ウィィィィィン!


主人公が使っている身体は、さらに距離を詰めてきた。


「ご主人様♡ 逃げなくても大丈夫ですわよ♡」


「自分の身体に追いかけられる恐怖がわかるかあああああ!!」


科学特化のヤンデレは、リモコンを操作しながらうっとりと微笑んだ。


「素晴らしいですわ♡ 身体交換後も、遠隔制御によってご主人様の移動を補助できます。これなら、いつでも私のそばにいていただけますわね♡」


「それは補助じゃねえ! 操縦だろうが!!」


「まあ♡ 言い方の問題ですわ♡」


「問題しかねえええええええ!!」


科学特化のヤンデレは、ふと思い出したように端末を確認した。


「そうそう♡ 身体交換後の生体データも、問題なく取得できていますわ♡」


「こんな状況でまだ測定してるのかよ!?」


「もちろんですわ♡ 逃走時の運動量や心拍数も、重要なデータですもの♡」


「俺を研究対象にするなああああああ!!」


科学特化のヤンデレは、端末にもう一行追加した。


『追加研究項目:身体交換後における逃走行動と遠隔制御の有効性』


「研究項目を増やすなああああああ!!」


こうして主人公は、身体を交換したにもかかわらず、今度は自分の身体に追い回されることになった。


魔導のヤンデレは、主人公の身体を使って魔法で引き寄せる。


科学特化のヤンデレは、自分の身体にあらかじめ仕込んでおいたラジコン装置で引き寄せる。


しかも科学特化のヤンデレは、身体交換後の生体データまで収集している。


主人公は夜の生活から逃げるために身体を交換した。


その結果、夜の生活は科学的に研究され、逃走まで科学技術によって妨害されることになった。


「……俺、なんで交換前より逃げにくくなってるんだよ」


科学特化のヤンデレは、リモコンを掲げて笑った。


「科学の進歩ですわ♡」


「その進歩、俺に向けるなああああああ!!」


その日の夕方。


主人公は、ようやく自分の身体を一時的に停止させることに成功した。


科学特化のヤンデレが、研究記録の整理に集中している隙を突いたのである。


しかし、身体は元に戻らない。


主人公は、白衣の袖を握りしめた。


「……科学でも駄目か」


魔法では、相手の能力を封じられなかった。


科学では、相手に自分の身体を遠隔操作する仕組みまで用意されていた。


だが、まだ手段は残っている。


身体そのものを作り変える方法だ。


主人公は、生物特化のヤンデレと薬物特化のヤンデレの名前を思い浮かべた。


「……明日こそ、自由になる」


その決意もまた、科学特化のヤンデレの記録端末に保存されていた。


---


## 第三日目――究極の身体交換


三日目の朝。


主人公は、生物特化のヤンデレと薬物特化のヤンデレを同時に呼び出した。


「頼みがある」


「はい♡ 何でしょう、ご主人様?」


「お二人の力を合わせて、俺を夜の生活から解放してくれ!」


二人は顔を見合わせた。


生物特化のヤンデレが口を開いた。


「なるほど……。私の生物学的な身体再構成と、薬物特化のヤンデレの調合技術を組み合わせれば、従来とは異なる身体交換が実現できるかもしれませんわ♡」


薬物特化のヤンデレも、嬉しそうに頷いた。


「まあ♡ それは素晴らしい考えですわ! 細胞の再構成を薬物で補助すれば、身体の統合も可能になるかもしれません♡」


「……身体の統合?」


主人公は嫌な予感を覚えた。


「待て。俺が頼んだのは身体交換だぞ?」


「ええ♡ もちろん理解しておりますわ♡」


二人は満面の笑みを浮かべた。


「では、さっそく始めましょう♡」


「おい! まだ説明が――」


二人の手が主人公の肩に触れた。


生物特化のヤンデレが生命の力を操り、薬物特化のヤンデレが調合した特殊な薬を作用させる。


三人の身体が、眩い光に包まれた。


「うおおおおおおお!? 何をしているんだあああああ!!」


「ご安心くださいませ♡」


「とても美しい身体になりますわよ♡」


「そういう説明を求めてるんじゃねえええええ!!」


光が強くなる。


三人の身体が溶け合うように重なり、ひとつの輪郭を形作っていく。


細胞が再構成され、骨格が変わり、筋肉や皮膚が新たな形を取っていく。


薬物特化のヤンデレが調合した薬が、三人の意識を結びつける。


やがて、三人分の存在がひとつの身体へと収束した。


そして――。


光が消えた。


そこには、一人の美女が立っていた。


長く美しい髪。


整った顔立ち。


すらりと伸びた手足。


そして、誰もが目を奪われるほど完璧なプロポーション。


まさに、究極の美を体現したかのような姿だった。


「……え?」


美女は、自分の手を見つめた。


「……えええええええええええ!?」


声は主人公のものだった。


「な、なんだこれ!? 俺の身体はどうなった!?」


すると、頭の中から二つの声が聞こえた。


『ふふ♡ 大成功ですわ♡』


『生物学的にも薬学的にも、完璧な仕上がりですわね♡』


「お前ら、俺の頭の中にいるのか!?」


『はい♡ 三人の意識をひとつの身体に統合しましたの♡』


『身体はひとつ。意識は三人。これなら、身体交換の問題も解決ですわ♡』


「解決してねえええええええ!! 俺が美女になっちまったじゃねえかあああああ!!」


主人公は鏡に駆け寄った。


鏡に映っているのは、見たこともないほど美しい女性だった。


顔も、身体も、全身のバランスも、恐ろしいほど整っている。


「……いや、確かにすごい美人だけどさ……」


『まあ♡ ご主人様ったら、ご自分の美しさに見惚れていらっしゃるのですか?』


「違うわ!」


『でも、完璧なプロポーションですわよ♡』


「そこは否定しねえけど! そういう問題じゃねえ!」


薬物特化のヤンデレが、頭の中で満足そうに説明した。


『ご安心くださいませ♡ 身体の健康状態も最適化してありますわ♡』


生物特化のヤンデレも続けた。


『細胞、筋肉、骨格、代謝まで調整済みです♡ まさに理想の身体ですわ♡』


「俺は理想の身体が欲しかったんじゃねえ! 夜の生活から逃げたかったんだよ!」


『ええ♡ ですから、主人公様のお悩みを解決するために、私たちも一緒になりましたの♡』


「その理屈がわからねええええええ!!」


そのとき、部屋の扉が開いた。


ほかのヤンデレたちが、ぞろぞろと入ってきた。


そして、部屋の中央に立つ美女を見た瞬間――。


「「「まああああああ♡♡♡」」」


十人のヤンデレたちの目が、一斉に輝いた。


「主人公様……♡ とってもお美しいですわ♡」


「まさに理想のプロポーションですわね♡」


「これなら、今まで以上に素晴らしい思い出を作れそうですわ♡」


主人公は凍りついた。


「……おい。待て」


十人のヤンデレたちが、ゆっくりと近づいてくる。


「ご主人様♡ 今夜は、私たちとゆっくり過ごしましょうね♡」


「お前らあああああああ!! 俺は夜の生活から解放されるために、身体交換を頼んだんだぞおおおおお!!」


『まあ♡ ご主人様、元気いっぱいですわね♡』


『新しい身体の調子も良好ですわ♡』


「お前らは黙ってろおおおおおお!!」


十人のヤンデレたちは、楽しそうに笑い合った。


こうして主人公は、夜の生活から逃れるために身体交換を試みた結果、生物特化のヤンデレと薬物特化のヤンデレと融合し、完璧なプロポーションを持つ美女になってしまった。


しかも、身体の中には三人分の意識がある。


そして、目の前には、相変わらず自分を愛してやまない十人のヤンデレたち。


主人公は、鏡の中の美女を見つめた。


「……俺、いったい何を目指してたんだっけ」


頭の中から、二つの声が重なった。


『もちろん♡ ご主人様の幸せですわ♡』


『私たちも一緒ですもの♡』


「俺の幸せを勝手に定義するなああああああ!!」


そのとき、生物特化のヤンデレが何かを思い出したように声を上げた。


『あっ♡ そうそう、ご主人様♡』


「今度は何だよ……」


『今回の合体には、時間制限がありますわ♡』


「……時間制限?」


薬物特化のヤンデレが、丁寧に説明した。


『はい♡ 生物学的な身体再構成と薬物による意識統合を同時に維持するのは、かなりの負担がかかりますの♡ そのため、合体状態は一日限りですわ♡』


「最初から言えええええええ!!」


『二十四時間が経過すれば、自然に元の三人へ分離しますわ♡』


「つまり、明日になれば元に戻れるんだな!?」


『はい♡ 身体も意識も、それぞれ元の状態に戻りますわ♡』


主人公は、ようやく安堵した。


「よかった……。永遠にこの姿で生きることになるのかと思った……」


しかし、すぐに別の問題に気づいた。


「……待て。元に戻ったら、また夜の生活が始まるんじゃないか?」


『まあ♡ そうですわね♡』


『今回の研究で得られたデータは、今後の生活改善に役立てますわ♡』


「根本的な問題が何ひとつ解決してねええええええ!!」


そのとき、部屋の隅から声が響いた。


『皆様、聞こえていますかしら♡ こちら、実況席ですわ♡』


主人公は、ぴたりと動きを止めた。


「……今、何か聞こえなかったか?」


壁に設置された大型モニターが点灯した。


そこには、実況席に並んで座る二人のヤンデレが映っていた。


一人は化学特化のヤンデレ。


もう一人は、潜入特化のヤンデレだった。


「お前ら、何をしているんだあああああ!!」


化学特化のヤンデレは、手元の資料を広げた。


『それでは、究極の身体交換から始まった一日限定イベントについて、化学的な観点から解説してまいりますわ♡』


潜入特化のヤンデレも、にっこりと微笑んだ。


『私は潜入と逃走経路の分析を担当いたしますわ♡ 主人公様がどのような行動を取られるのか、過去のデータから予測できますもの♡』


「俺の人生を勝手に分析するなああああああ!!」


化学特化のヤンデレが、資料を指さした。


『今回の最大の成果は、生物学的な身体再構成と薬学的な意識統合を組み合わせ、三人の意識を持つ究極の美女を生み出したことですわ♡』


『しかも、合体状態は二十四時間限定ですわ♡』


潜入特化のヤンデレが補足した。


『つまり、主人公様にとっては時間制限付きの緊急事態。私たちにとっては、二度とない貴重な観察機会ということですわね♡』


「観察機会じゃねええええええ!!」


部屋の中央では、八人のヤンデレたちが楽しそうに笑い合っていた。


「まあ♡ 実況付きだなんて、素晴らしい記念日になりそうですわね♡」


「ええ♡ 主人公様の一日を、余すところなく記録いたしましょう♡」


化学特化のヤンデレが、さらに資料をめくった。


『なお、今回の身体再構成については、明日以降も研究を継続する予定ですわ♡』


「待て! まさか、次の身体交換も研究しているのか!?」


『もちろんですわ♡ 今回のデータを活用すれば、さらに画期的な方法を開発できるかもしれませんもの♡』


「頼むから研究をやめてくれええええええ!!」


潜入特化のヤンデレは、主人公の逃走経路を示した図面を取り出した。


『ちなみに、主人公様がこの部屋から脱出しようとした場合の経路も、すでに予測済みですわ♡』


「なんでそんなものまで用意してるんだよ!」


『潜入の専門家ですもの♡ 脱出経路の分析は基本ですわ♡』


「今回は俺、逃げるなんて一言も言ってねえだろ!」


『ええ♡ ですが、主人公様ですから♡』


「その信頼の仕方はおかしいだろおおおおお!!」


モニターの向こうで、二人は満足そうに頷いた。


『それでは皆様♡ 究極の身体交換、一日限定特別イベントの実況を開始いたしますわ♡』


『主人公様の二十四時間に、どうぞご期待くださいませ♡』


「俺の二十四時間を勝手に番組化するなああああああ!!」


部屋の中では、八人のヤンデレたちが主人公を取り囲み、実況席では化学特化と潜入特化の二人が、さっそく記録を開始していた。


主人公は、完璧なプロポーションを持つ美女の姿で天井を見上げた。


身体交換は成功した。


究極の美女にもなった。


しかし、夜の生活から解放されるという本来の目的は、何ひとつ達成されていない。


しかも、二人のヤンデレと合体したことで、外にいるヤンデレは八人に減ったはずなのに、その八人が一日限定の特別イベントを始めようとしている。


そして、その様子は実況中継までされている。


「……俺、いったい何を目指してたんだっけ」


頭の中から、二つの声が重なった。


『もちろん♡ ご主人様の幸せですわ♡』


『私たちも一緒ですもの♡』


モニターからも、二人の声が響いた。


『実況席からも、心より応援しておりますわ♡』


『今回の研究成果が、今後の生活改善につながることを期待していますわ♡』


「俺の幸せを勝手に定義するなああああああ!! 応援するなら止めろおおおおおお!!」


そのときだった。


大型モニターの画面が、突然切り替わった。


『皆様、ごきげんよう♡ 監視特化のヤンデレですわ♡』


画面に映ったのは、無数のモニターが並ぶ監視室だった。


「……おい」


主人公は嫌な予感を覚えた。


『先ほどまでの映像ですが、研究記録として保存するだけでは、あまりにももったいないと判断いたしましたの♡』


監視特化のヤンデレは、手元のキーボードを軽やかに操作した。


『そこで、ネット配信サービスへ直接映像を送信いたしましたわ♡』


「…………は?」


一瞬、部屋が静まり返った。


「ネット配信サービス?」


『はい♡ 全世界に向けて、生配信中ですわ♡』


「何をしてるんだああああああああああ!!」


主人公の絶叫が響き渡った。


その直後、モニターの隅に表示された数字が、猛烈な勢いで増え始めた。


**視聴者数:1,284人**


**視聴者数:5,672人**


**視聴者数:18,904人**


**視聴者数:76,311人**


「増えすぎだろおおおおおお!!」


監視特化のヤンデレは、満足そうに頷いた。


『さすがご主人様ですわ♡ 開始早々、驚異的な視聴者数ですわね♡』


『確かに、これは興味深い現象ですわ♡』


化学特化のヤンデレが、実況席から資料を取り出した。


『究極の身体交換という珍しい現象に加え、三人分の意識を持つ美女。そして、本人の予想を超えた状況に対する鮮明なリアクション。視聴者の関心を引く要素が揃っていますわ♡』


『分析が的確ですわね♡』


潜入特化のヤンデレも頷いた。


『特に、ご主人様が逃走経路を探し始めるかどうかは、今後の見どころですわ♡』


「俺を勝手に番組の見どころにするなああああああ!!」


画面には、早くもコメントが流れ始めていた。


『何だこの美女!?』


『三人分の意識ってどういうことだよw』


『本人の叫び声で腹筋が壊れた』


『これドッキリ?』


『後ろにいる女の人たち全員、目が本気で怖いんだけど』


『二十四時間限定ってマジ?』


『続きが気になる。チャンネル登録した』


『ご主人様って呼ばれてるの草』


主人公はコメント欄を凝視した。


「待て待て待て! 誰も事情を理解してないじゃねえか!」


『ご安心くださいませ♡ 配信タイトルと概要欄には、正確な情報を記載してありますわ♡』


監視特化のヤンデレが、画面の隅を指さした。


そこには、こんなタイトルが表示されていた。


**『【緊急生配信】夜の生活から逃げたかった男、究極の身体交換で美女になってしまうwww 残り24時間』**


「タイトルを変えろおおおおおお!!」


『まあ♡ もうトレンド入りしておりますわ♡』


「仕事が早すぎるだろおおおおおお!!」


視聴者数は、さらに増え続けていた。


**視聴者数:152,843人**


**視聴者数:287,516人**


**視聴者数:401,092人**


監視特化のヤンデレは、次々と画面を切り替えた。


『こちらが視聴者数の推移ですわ♡ 配信開始からわずか数分で、驚異的な伸びを記録しております♡』


『こちらはコメントの分析結果ですわ♡ ご主人様の絶叫が発生した直後、視聴者数が大きく増加しておりますわね♡』


化学特化のヤンデレが、専門家らしく解説した。


『つまり、ご主人様の悲鳴には、極めて高い集客効果があるということですわ♡』


「俺の悲鳴を広告収入に結びつけるなああああああ!!」


『まあ♡ 広告収入ですって♡』


監視特化のヤンデレは、目を輝かせた。


『それでは、配信の収益化設定も有効にしておきますわね♡』


「余計な機能を追加するなああああああ!!」


『ご主人様♡ 収益はもちろん、今後の研究費に充てさせていただきますわ♡』


「俺の人生を使って研究費を稼ぐなああああああ!!」


その間にも、コメント欄は勢いを増していた。


『この人、ずっと叫んでて草』


『ヤンデレ側が全員有能なのが一番怖い』


『実況席まであるの何なんだよw』


『監視特化、配信環境が完璧すぎる』


『これ、台本じゃなかったら主人公かわいそうすぎる』


『明日どうなるのか最後まで見届けたい』


『登録者数、もう十万人超えてるぞ』


監視特化のヤンデレは、画面を見て嬉しそうに微笑んだ。


『まあ♡ チャンネル登録者数も順調に増えておりますわ♡』


「いつの間にチャンネルまで作ったんだよ!?」


『以前から、ご主人様の日常を記録するためのチャンネルを運営しておりましたの♡』


「以前から!?」


『ええ♡ 過去の脱走劇も、身体交換の失敗も、すべて整理してありますわ♡』


「過去の失敗まで公開する気かああああああ!!」


『すでに公開済みですわ♡』


「終わったああああああ!!」


監視特化のヤンデレは、別の画面を表示した。


そこには、過去の配信動画が並んでいた。


『【完全密着】人類最強の英雄、女スパイの身体でも脱走失敗! 驚異の三分間!』


『【検証】魔法特化のヤンデレから逃げられるのか? 結果、国が消えかけました』


『【衝撃映像】主人公、またも脱走失敗! 原因は本人にも理解できず』


「俺の人生を勝手にシリーズ化するなああああああ!!」


潜入特化のヤンデレが、過去の動画一覧を眺めながら感心した。


『まあ♡ 私との身体交換の動画も、人気が高いのですわね♡』


『はい♡ 特に、ご主人様が逃走経路を見つけたと思った瞬間、私が先回りしていた場面は大変好評でしたわ♡』


「思い出させるなああああああ!!」


監視特化のヤンデレは、さらに満足そうに頷いた。


『今回の配信も、過去最高の再生数を更新できそうですわ♡』


その瞬間、モニターに大きな通知が表示された。


**急上昇ランキング:1位**


**同時視聴者数:500,000人突破**


『まああああああ♡』


監視特化のヤンデレが歓声を上げた。


『ついに一位ですわ♡ ご主人様、素晴らしい成果ですわね♡』


「俺は何もしてねええええええ!!」


『いいえ♡ ご主人様がそこにいらっしゃるだけで、この数字ですわ♡』


「存在するだけで配信の数字を稼ぐ男になりたくなかったああああああ!!」


部屋の中央では、八人のヤンデレたちが楽しそうに笑っていた。


実況席では、化学特化と潜入特化が専門的な分析を続けている。


監視室では、監視特化が視聴者数の推移を記録していた。


そして主人公の頭の中では、生物特化と薬物特化が仲良く相談していた。


『ご主人様♡ これほど多くの方々に注目していただけるなんて、素晴らしいことですわね♡』


『ええ♡ 明日、元の身体に戻ったあとも、研究成果を発表できますわ♡』


「研究成果にするなああああああ!!」


監視特化のヤンデレは、最後にカメラへ向かって微笑んだ。


『それでは視聴者の皆様♡ 今後も、ご主人様の二十四時間を余すところなくお届けいたしますわ♡』


コメント欄は、歓声と期待で埋め尽くされていた。


『続きはよ』


『絶対最後まで見る』


『明日どうなるんだこれ』


『主人公、強く生きてくれ』


主人公は、モニターの中で増え続ける数字を見つめた。


身体交換は成功した。


究極の美女にもなった。


夜の生活からは、まったく解放されていない。


しかも、屋敷の中では八人のヤンデレに囲まれ、頭の中には二人のヤンデレがいて、実況席には二人、監視室には一人。


そして今や、全世界に自分の悲鳴を配信されている。


「……俺の人生、どこで間違えたんだよ……」


その瞬間、視聴者数がさらに増えた。


監視特化のヤンデレが、嬉しそうに叫んだ。


『ご主人様の哀愁漂う一言で、視聴者数がまた伸びましたわああああ♡』


「俺の絶望を数字に換算するなああああああ!!」


主人公の悲鳴は、全世界に配信された。


そして配信開始からわずか十分後。


チャンネル登録者数は、百万を突破した。


夜になっても、配信は続いていた。


主人公は何度もカメラの前から逃げようとしたが、潜入特化のヤンデレが用意した逃走経路予測は正確だった。


廊下に出れば、別のヤンデレが待っている。


窓から逃げようとすれば、森羅万象のヤンデレが外の地形を変えてしまう。


屋敷の外へ出ようとすれば、監視特化のヤンデレが居場所を把握する。


そして主人公が絶望して叫ぶたび、視聴者数が増えていった。


『ご主人様、残り時間はあと数時間ですわ♡』


頭の中から、生物特化のヤンデレが告げた。


「……あと数時間で戻れるんだな?」


『はい♡ 明日の朝には、元の三人に分離しますわ♡』


主人公は、画面に映る自分の姿を見た。


もう、何も期待していなかった。


それでも、明日になれば元の身体に戻れる。


そう思うことだけが、今の主人公を支えていた。


「……明日こそ、最後の方法を試す」


その呟きも、マイクに拾われた。


『まあ♡ 主人公様、明日も何かを企んでいらっしゃるようですわ♡』


監視特化のヤンデレが、嬉しそうに告げた。


『これは明日の配信も楽しみですわね♡』


「俺の明日まで勝手に予約するなああああああ!!」


こうして第三日目は終わった。


主人公は、身体交換によって究極の美女になった。


しかし、自由は手に入らなかった。


むしろ、自分の人生が全世界に配信されるという、新たな問題まで抱えることになった。


そして翌朝。


二十四時間が経過した。


光が主人公の身体を包み込む。


三人の意識が分離し、それぞれの身体が元の姿へと戻っていく。


主人公は、自分の手を見つめた。


見慣れた手。


見慣れた身体。


そして、ようやく自分の身体が戻ってきた。


「……戻った」


主人公は、深く息を吐いた。


その瞬間、監視特化のヤンデレが告げた。


『皆様♡ 究極の身体交換、二十四時間の配信が終了いたしましたわ♡』


画面には、配信の最終結果が表示されていた。


**総視聴者数:1,284万人**


**チャンネル登録者数:100万人突破**


「……もう、どうでもいい」


主人公は力なく呟いた。


そして、ゆっくりと立ち上がった。


「森羅万象ヤンデレのところへ行く」


監視特化のヤンデレが、目を輝かせた。


『まあ♡ 次の作戦ですわね♡』


「配信するなよ」


『……はい♡』


「記録もするなよ」


『……検討いたしますわ♡』


「今すぐやめろおおおおおお!!」


主人公は、最後の希望を胸に、森羅万象のヤンデレのもとへ向かった。


---


第四日目――潜入特化の身体交換


翌朝。


主人公は、見慣れた自分の手を眺めていた。


三人の意識が融合した究極の身体交換は、二十四時間で終了した。


身体も元に戻った。


しかし、失ったものは大きかった。


全世界への生配信。


百万を超えるチャンネル登録者。


そして、過去の脱走劇まで勝手に動画化されていたという事実。


「……もう、誰も信じられねえ」


主人公は深いため息をついた。


魔導のヤンデレは駄目だった。


科学特化のヤンデレも駄目だった。


生物特化と薬物特化のヤンデレに至っては、身体を融合させたうえに、主人公の絶叫を世界中に配信するという暴挙に出た。


だが、主人公にはまだ希望が残されていた。


潜入特化の女性ヤンデレである。


彼女は、特殊能力で敵をねじ伏せるわけではない。


常識外れの筋力を持っているわけでもない。


専門は、隠密、諜報、潜入。


つまり、ただの人間である。


(今度こそいける……!)


主人公は立ち上がった。


(あいつの身体を手に入れれば、少なくとも理不尽な能力で押さえつけられることはない! 俺の戦闘経験があれば、逃げ出すくらい簡単なはずだ!)


主人公は潜入特化のヤンデレを呼び出した。


「頼みがある」


「はい♡ なんでしょう、主人公様♡」


「俺とお前の身体を入れ替えてくれ」


「……まあ♡」


彼女は嬉しそうに微笑んだ。


「ついに、私の身体に興味を持ってくださったのですね♡」


「違う! 逃げたいんだよ!」


「ふふ♡ 照れなくてもよろしいのに♡」


「照れてねえ!」


潜入特化のヤンデレは、懐から小さな装置を取り出した。


「それでは、始めましょう♡」


装置が青白く輝いた。


次の瞬間、二人の身体が光に包まれた。


そして――。


主人公は目を覚ました。


「……おお!」


細い腕。


軽い身体。


見慣れない服。


鏡に映っているのは、潜入特化のヤンデレの姿だった。


主人公は何度も自分の手を握った。


「成功だ……!」


ようやく、理不尽な身体能力から解放されたのだ。


「これなら逃げられる!」


主人公は勢いよく走り出した。


廊下を駆け抜け、裏口へ向かう。


しかし、鉄の扉を殴った瞬間、拳に激痛が走った。


「いってえええええええ!!」


扉には、小さな傷しかつかなかった。


「……そうだった。身体は普通の人間なんだった」


主人公は拳を押さえた。


だが、問題はない。


力で壊せないなら、別の方法を使えばいい。


潜入の専門家の身体なのだ。


主人公は天井の通気口を見つけた。


「よし。ここから抜け出してやる……!」


細い身体を活かし、通気口へと潜り込む。


そのままダクトを進み、屋敷の外へ出た。


冷たい夜風が頬を撫でた。


「……やった」


主人公は草むらに着地した。


「やったぞおおおおおおお!!」


ついに脱走成功。


これで、あのヤンデレたちともお別れだ。


主人公は笑った。


しかし。


「――お見事ですわ、主人公様♡」


聞き慣れた声がした。


主人公は固まった。


目の前の草むらから、一人の男が立ち上がった。


いや。


正確には、主人公の身体だった。


その中身は、潜入特化のヤンデレである。


「……なんでだ」


主人公は震える声で尋ねた。


「なんで、ここにいるんだよ……!」


潜入特化のヤンデレは、主人公の顔で優雅に微笑んだ。


「当然ですわ♡ 主人公様がどこへ逃げるのか、最初からわかっておりましたもの♡」


「どうして!?」


「私、潜入の専門家ですのよ♡ 侵入経路だけでなく、脱出経路の予測も得意ですわ♡」


「俺はお前の身体を使ってるんだぞ!?」


「ええ♡ ですから、なおさら簡単ですわ♡」


彼女は楽しそうに説明した。


「この身体の歩幅、重心の移動、壁を越えるときの癖。すべて把握しておりますもの♡ 主人公様がどの経路を選ぶか、予測するのは難しくありませんわ♡」


「俺の戦術眼まで読まれたっていうのか!?」


「いいえ♡ 主人公様の考えを読んだわけではありませんわ」


彼女はにっこりと笑った。


「主人公様が選びそうな経路を、先にすべて押さえておいただけです♡」


「それを読んだって言うんだよおおおおお!!」


主人公は膝から崩れ落ちた。


身体能力では勝てない。


魔法でも勝てない。


そして今度は、潜入の技術でも逃げられない。


「くそっ……! なら、最後の手段だ!」


主人公は立ち上がった。


「お前の身体を使って、全力で走り続けてやる! 捕まえられるものなら捕まえてみろ!」


「まあ♡」


潜入特化のヤンデレは、嬉しそうに頬を染めた。


「主人公様が、私の身体を使いこなそうとしてくださるなんて♡」


「喜ぶな!」


主人公は走り出した。


全力疾走。


曲がり角を利用し、植え込みを飛び越え、視界から消える。


完璧な逃走ルートだった。


しかし、三十秒後。


「お待ちしておりましたわ♡」


先回りされていた。


「なんでだああああああ!!」


「主人公様♡ こちらの道のほうが近道ですもの♡」


「俺が通る前提で待ち伏せするな!」


潜入特化のヤンデレは、主人公の身体で一歩近づいた。


主人公は後ずさった。


「く、来るな……!」


「どうしてですの? せっかく身体が入れ替わったのですから、ゆっくりお話ししましょう♡」


「お前と話すことなんかねえ!」


「まあ♡ つれないお方♡」


彼女は主人公の身体を使い、壁に手をついた。


主人公は外壁に追い詰められた。


「さあ、お屋敷へ帰りましょうね♡」


「帰るかああああああ!!」


その瞬間。


カシャッ。


カシャッ。


カシャッ。


暗闇から、連続してシャッター音が響いた。


二人が振り向くと、電柱の上に監視特化のヤンデレがいた。


業務用の四Kカメラを構え、満面の笑みを浮かべている。


「素晴らしいですわ♡ 主人公様、今度は女性の身体で壁際に追い詰められるの巻!」


「撮るなああああああ!!」


「逃走開始から捕獲まで、わずか三分! 潜入特化のヤンデレによる追跡能力も、見事に証明されましたわ♡」


「実験結果みたいに発表するな!」


監視特化のヤンデレは、手元の機材を操作した。


「映像は高画質で保存。音声も問題ありませんわ♡ それでは、全世界の皆様に――」


「配信するなああああああ!!」


「ご安心くださいませ♡ すでに配信中ですわ♡」


「何してんだああああああ!!」


潜入特化のヤンデレは、主人公の身体で優雅に微笑んだ。


「ふふ♡ 主人公様。身体を入れ替えても、私から逃げることはできませんわ♡」


主人公は夜空を見上げた。


魔導のヤンデレからは魔法で追い詰められた。


格闘特化のヤンデレからは肉体で圧倒された。


そして、潜入特化のヤンデレからは、逃走経路をすべて封じられた。


「……俺は、どうすればいいんだ」


監視特化のヤンデレが、最後の一枚を撮影した。


「本日の記録、完了ですわ♡」


主人公は、その場に崩れ落ちた。


こうして、潜入特化の身体交換による脱走計画も、わずか三分で失敗に終わった。


翌朝。


主人公は、監視特化のヤンデレが作成した動画のタイトルを見て、再び絶叫することになる。


『【完全密着】人類最強の英雄、女スパイの身体でも脱走失敗! 驚異の三分間!』


「俺の人生を勝手にドキュメンタリーにするなああああああ!!」


第五日目――森羅万象の身体交換


主人公は考えた。


魔法のヤンデレと身体を交換しても駄目だった。


科学のヤンデレと身体を交換しても駄目だった。


生物のヤンデレと薬物のヤンデレと融合しても、自由になれなかった。


潜入特化のヤンデレと身体を交換しても、逃走経路をすべて封じられた。


ならば、残る手段は一つ。


森羅万象のヤンデレ。


世界の理を自在に書き換え、自然現象すら操る、十人のヤンデレの頂点。


あいつと身体を交換すれば、少なくとも一晩くらいは平穏に過ごせるはずだ。


主人公は森羅万象のヤンデレのもとへ向かった。


「森羅万象ヤンデレ。俺と身体を交換してくれ」


「まあ♡ 主人公様、どうしてですの?」


「……お前の身体に入れば、少しは違う生活ができると思ったんだ」


「いいですわよ♡」


森羅万象のヤンデレは、あっさりと承諾した。


主人公は、思わず目を見開いた。


「……本当にいいのか?」


「もちろんですわ♡ 主人公様のお望みですもの♡」


主人公は、これまでの四日間を思い返した。


魔導のヤンデレは、身体を交換しても魔法を使えた。


科学特化のヤンデレは、自分の身体を遠隔操作する装置まで仕込んでいた。


生物特化と薬物特化のヤンデレは、身体そのものを融合させ、全世界への生配信まで始めてしまった。


そして潜入特化のヤンデレは、超常的な能力も持たずに、逃走経路をすべて予測して先回りしてきた。


しかし、森羅万象のヤンデレならば違うかもしれない。


彼女の能力は、自然現象だけでなく、空間や時間、世界の理にまで及ぶ。


もしかしたら、彼女の身体に入れば、これまでの失敗をすべて覆せるのではないか。


「……頼む。今度こそ、自由になりたいんだ」


主人公は真剣な表情で頭を下げた。


森羅万象のヤンデレは、優しく微笑んだ。


「ええ♡ それでは、始めましょうね♡」


彼女は、世界の理を書き換えた。


次の瞬間、二人の身体が入れ替わった。


主人公は森羅万象のヤンデレの身体で、自分の手を見つめた。


「……成功したのか?」


身体を動かす。


歩く。


走る。


ジャンプする。


特に変わったところはない。


「……能力は?」


主人公は念じてみた。


風よ、吹け。


何も起こらない。


雷よ、落ちろ。


何も起こらない。


空間よ、歪め。


当然、何も起こらない。


「……おい」


主人公は、元の自分の身体に入った森羅万象のヤンデレを見た。


「能力はどうなった?」


「能力は私の魂に宿っていますもの♡ 身体を交換しただけでは、使えるようになりませんわ♡」


「……そうか」


主人公は静かにうなだれた。


せっかく森羅万象のヤンデレの身体を手に入れたのに、能力は一切使えない。


だが、考えようによっては好都合だった。


能力がないなら、能力を使った面倒事に巻き込まれることもない。


今夜こそ、何も起こらずに眠れるかもしれない。


「……まあいい。とりあえず、今日は寝る」


主人公は寝室へ向かった。


ところが。


「主人公様♡」


元の自分の身体に入った森羅万象のヤンデレが、後ろからついてきた。


「……何だよ」


「せっかく身体を交換したのですもの♡ 今夜は、いつもと違う夜にいたしましょう♡」


「嫌な予感しかしないんだが……」


森羅万象のヤンデレは、指を軽く振った。


すると、部屋の温度がちょうどよく調整された。


風が優しく吹き、照明が柔らかくなり、室内の空間が広がった。


「まずは、環境を整えましたわ♡」


「……何のために?」


「もちろん、夜の生活のためですわ♡」


「お前、自然現象をそんなことに使うなああああああ!!」


森羅万象のヤンデレは、悪びれもせずに微笑んだ。


「だって、私の能力ですもの♡ 使い方は自由ですわ♡」


「世界の理を書き換えられる力を持っていて、やることがそれかよ!?」


「ええ♡ 主人公様との生活が、私にとって一番大切ですもの♡」


主人公は頭を抱えた。


「……俺は身体を交換して、少しでも自由になりたかったんだぞ」


「まあ♡ では、もっと快適な環境にいたしましょう♡」


「話を聞けえええええええ!!」


森羅万象のヤンデレは、さらに能力を使った。


重力が調整され、身体にかかる負担が軽くなる。


風の流れが変わり、室内の空気が心地よく循環する。


外の天候まで操作され、夜空には雲一つなくなった。


「これで準備は万全ですわ♡」


「何の準備だよおおおおおお!!」


そこへ、残りのヤンデレたちが集まってきた。


「まあ♡ 森羅万象様の能力で環境を整えたのですね!」


「さすがですわ♡ これなら、いつもとは違う体験ができますわね♡」


「温度と湿度の記録を取りましょう♡」


「重力の設定も記録しておきますわ♡」


「お前ら、研究対象にするなああああああ!!」


主人公は逃げようとした。


しかし、森羅万象のヤンデレが指を鳴らすと、部屋の出入口が遠ざかった。


空間そのものが書き換えられたのだ。


「……おい。今、何をした?」


「少しだけ、お部屋を広くしましたわ♡」


「出入口まで遠くするな!」


「まあ♡ 主人公様、逃げる必要なんてありませんのに♡」


「逃げたいから逃げるんだよ!」


森羅万象のヤンデレは、主人公の元の身体でにっこりと微笑んだ。


「主人公様♡ 今夜は、私の能力を存分に活用して、楽しく過ごしましょうね♡」


「俺はその能力を使えないんだぞ! なのに、なんで俺が一番振り回されてるんだよおおおおおお!!」


主人公は、最後の手段を試した。


「……待て。森羅万象ヤンデレ」


「はい♡ なんでしょう?」


「お前は世界の理を操れるんだよな?」


「ええ♡」


「だったら、俺を夜の生活から解放するように、世界の理を書き換えてくれ!」


主人公は、必死に訴えた。


これならどうだ。


身体交換では駄目だった。


能力を手に入れようとしても駄目だった。


しかし、能力を持つ本人に頼めばいい。


彼女ならば、世界の仕組みそのものを変えられる。


主人公は、祈るような気持ちで返事を待った。


森羅万象のヤンデレは、少し考え込んだ。


そして、にっこりと微笑んだ。


「わかりましたわ♡」


「……本当か!?」


「ええ♡ それでは、主人公様が疲れにくい世界に書き換えましょう♡」


「違う! そうじゃない!」


森羅万象のヤンデレは、すでに指を鳴らしていた。


次の瞬間、主人公の身体にかかる負担が軽くなった。


疲労の蓄積が抑えられ、筋肉の回復が促進され、睡眠の質まで向上した。


主人公は、自分の身体の変化を感じ取った。


「……おい」


「はい♡」


「今、何をした?」


「主人公様が疲れにくくなるよう、世界の理を調整しましたわ♡」


「俺が頼んだのは、疲れなくなることじゃねええええええ!!」


「まあ♡ これで、もっと長く一緒にいられますわね♡」


「逆効果だろおおおおおお!!」


森羅万象のヤンデレは、満足そうに頷いた。


「これで、主人公様の悩みも解決ですわ♡」


「解決してねえええええええ!!」


主人公は、その場に崩れ落ちた。


魔導のヤンデレは、身体を交換しても魔法を使えた。


科学特化のヤンデレは、身体を交換しても自分の身体を遠隔操作できた。


生物特化と薬物特化のヤンデレは、身体を融合させたうえ、二十四時間限定の配信イベントを作り上げた。


潜入特化のヤンデレは、普通の人間の身体であっても、逃走経路をすべて予測して先回りした。


そして森羅万象のヤンデレは、世界の理を操る力を使って、主人公が疲れにくい世界を作ってしまった。


どの方法でも、主人公の目的だけが達成されない。


「……もう二度と身体交換なんかしねえ……」


主人公は、森羅万象のヤンデレの身体のまま、枕に顔を埋めた。


しかし、森羅万象のヤンデレは、主人公の元の身体で優しく微笑んだ。


「ふふ♡ 世界の理を操る能力って、本当に便利ですわね♡」


「便利さの使い道を考え直せええええええ!!」


その夜、主人公は逃げようとした。


しかし、空間が書き換えられ、出入口が遠ざかる。


窓から逃げようとすれば、風向きが変わり、足場がなくなる。


屋敷の外へ出ようとすれば、地形が変化して、いつの間にか屋敷の玄関へ戻されてしまう。


主人公が抵抗するたび、森羅万象のヤンデレは世界の理を調整した。


「主人公様♡ そんなに動き回ると、お疲れになってしまいますわよ♡」


「誰のせいだと思ってるんだああああああ!!」


翌朝。


主人公は、森羅万象のヤンデレの身体のまま、枕に顔を埋めていた。


森羅万象のヤンデレは、満足そうに微笑んだ。


「ふふ♡ 世界の理を操る能力って、本当に便利ですわね♡」


主人公は、かすれた声で呟いた。


「……もう、誰とも身体交換しねえ……」


その決意が、いつまで持つのかは誰にもわからなかった。


エピローグ――五日間の身体交換作戦の結論


五日間の身体交換作戦は、こうして幕を閉じた。


第一日目。


魔導のヤンデレと身体を交換した。


結果、魔導のヤンデレは主人公の身体でも魔法を使えた。


第二日目。


科学特化のヤンデレと身体を交換した。


結果、自分の身体に遠隔操作装置を仕込まれ、逃げることすら難しくなった。


第三日目。


生物特化と薬物特化のヤンデレと融合した。


結果、究極の美女になり、二十四時間限定の身体を手に入れた。


そして、その様子は全世界に生配信され、チャンネル登録者数は百万を突破した。


第四日目。


潜入特化のヤンデレと身体を交換した。


結果、超常的な能力を持たない身体なら逃げられるという主人公の希望は、わずか三分で打ち砕かれた。


しかも、その脱走劇まで監視特化のヤンデレに撮影され、全世界へ配信された。


第五日目。


森羅万象のヤンデレと身体を交換した。


結果、能力は手に入らず、世界の理を操る力で、さらに逃げにくい環境を作られた。


主人公は、ベッドの上で天井を見つめていた。


「……五日間、何だったんだよ」


その隣には、元の身体に入った森羅万象のヤンデレが座っていた。


「まあ♡ とても充実した五日間でしたわね♡」


「俺にとっては地獄の五日間だったよ!」


「ふふ♡ でも、ご主人様は五日間、ずっと私たちと一緒にいてくださいましたわ♡」


「そういう数え方をするなああああああ!!」


監視特化のヤンデレが、部屋の扉から顔を出した。


「皆様♡ 五日間の身体交換作戦をまとめた記録映像が完成しましたわ♡」


「完成させるな!」


「全五話のドキュメンタリーですわ♡ 第一話は魔導のヤンデレとの交換、第二話は科学的身体交換、第三話は究極の身体交換、第四話は潜入特化の身体交換、第五話は森羅万象の身体交換ですわ♡」


「勝手に五部作にするなああああああ!!」


「なお、第三話と第四話はすでに大人気ですわ♡ 第三話では究極の美女への変身、第四話では驚異の三分間での脱走失敗が話題になっておりますの♡」


「もう数字の話はやめろおおおおおお!!」


監視特化のヤンデレは、嬉しそうに微笑んだ。


「次回作の構想もございますわ♡」


「……次回作?」


「ええ♡ 題して――『究極の身体交換・第二弾! 主人公様、今度こそ自由になれるのか!?』」


「二度とやるかああああああ!!」


その瞬間、拷問担当の男のヤンデレ、格闘特化の男のヤンデレ、そして腰振りのスペシャリストの男のヤンデレが、ガッと主人公の肩をつかんだ。


「安心してくれ」


「もう次の身体交換の計画については、打ち合わせ済みだ」


「次は俺たちとだ」


「何ひとつ安心できねえよおおおおお!! お前ら、俺をどうするつもりだあああああ!!」


主人公の絶叫が、屋敷中に響き渡った。


ヤンデレたちは、楽しそうに笑い合った。


「まあ♡ 主人公様、次の作戦にも意欲的ですわね♡」


「違う! 断固拒否だ!」


「ふふ♡ ご主人様は本当に照れ屋ですわね♡」


「照れてねえええええええ!!」


主人公は、深くため息をついた。


身体を交換しても駄目だった。


科学を使っても駄目だった。


生物学と薬学を組み合わせても駄目だった。


潜入の専門家の身体を使っても駄目だった。


世界の理を操る能力に頼っても駄目だった。


そして、何より恐ろしいのは、五日間の失敗を経ても、ヤンデレたちが少しも反省していないことである。


彼女たちは、主人公を苦しめようとしているわけではない。


ただ、主人公と一緒にいたい。


主人公を幸せにしたい。


そのために、あらゆる知恵と能力を惜しみなく使っている。


だからこそ、主人公にはどうすることもできなかった。


「……もう、何をすればいいんだよ」


森羅万象のヤンデレが、優しく微笑んだ。


「ご主人様♡ 難しく考える必要はありませんわ♡」


「……何だよ」


「これからも、私たちと一緒に楽しく暮らせばいいのですわ♡」


主人公は、しばらく黙っていた。


そして、ゆっくりと天井を見上げた。


「……俺の幸せを勝手に決めるなああああああ!!」


その悲鳴は、監視特化のヤンデレの記録機材に、しっかりと保存された。


こうして五日間の身体交換作戦は、主人公にとっては惨敗に終わった。


しかし、ヤンデレたちにとっては、五日間ずっと主人公と一緒に過ごせた、最高の思い出となった。


そして彼女たちは、次の作戦を考え始めていた。


主人公だけが、それを知らずに絶望していた。

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