ヤンデレグッズ商戦に異変
#番外編――主人公様グッズ、まさかの買い占め騒動
【魔界・グッズ販売事業部】
魔導は、机の上に並べられた販売実績の報告書を、優雅に扇子で扇ぎながら眺めていた。
主人公様を題材にしたフィギュア、トレーディングカード、恋愛ゲーム、そして一番くじ。
これらは、魔導が「新たな収益源」として企画した事業だった。
「ふふ……チャオ♡ なかなか良い数字ですわね」
彼女は満足げに目を細めた。
主人公様を巡るヤンデレたちの騒動は、魔界でも天界でも話題になっている。
その熱狂を、ただの騒動で終わらせるのは勿体ない。
人気があるなら、商品にすればいい。需要があるなら、供給すればいい。
それが魔導の流儀だった。
科学、薬学、慈愛、潜入特化、拷問特化、腰振りスペシャリストたちと協力し、商品開発から販売までを進めてきた。
フィギュアにトレーディングカード。
主人公様を攻略するのではなく、「主人公様を巡ってヤンデレたちが争う」恋愛ゲーム。
さらには一番くじまで展開した。
魔界だけでなく天界からも通販注文が相次ぎ、売り上げは順調に伸びていた。
「この調子なら、事業をさらに拡大できそうですわ。次は……」
魔導は扇子を閉じ、にこりと笑った。
「天界と魔界、両方に本格的に売り込みましょう。そのためには、商品ラインを増やす必要がありますわね」
彼女は報告書の余白に、優雅な文字でメモを走らせる。
「エンジェルとリリムも、商品化しましょう♡」
科学が目を丸くした。
「え? あの二人を?」
「ええ。エンジェルは天界出身、リリムは魔界出身。両方の市場にアピールできますわ。『記録係エンジェルの執務室セット』や『リリムの夜の生活改善グッズ』なんて、需要がありそうですわよ? チャオ♡」
魔導の目は、すでに次の利益を計算していた。
主人公様という「本命商品」を軸に、周辺キャラクターを展開して市場を広げる。
あくまで優雅に、しかし確実に。
「ふふ、素敵な事業になりそうですわ……」
そう思っていた、そのときだった。
「……あら?」
手元の販売データを見て、魔導の扇子が止まった。
「主人公様のフィギュアだけ、発売直後に完売?」
トレーディングカードも同様だった。
主人公のカードだけが、ほかの商品とは比較にならない速度で売り切れている。
「恋愛ゲームの主人公様関連商品も、一番くじの主人公様賞品も完売……。ほかの商品はまだ在庫があるというのに?」
科学が報告書をのぞき込んだ。
「単純に人気が集中したんじゃない? 主人公様のグッズなんだから、需要が高くても不思議じゃないわ」
「それにしても異常ですわ。発売直後に、ここまで一斉に売り切れるなんて」
魔導は腕を組み、扇子の先で机を軽く叩いた。
(転売目的の買い占め? それとも、どこかの組織が大量購入している……?)
せっかく軌道に乗り始めた商売だ。
商品の供給が追いつかないほどの人気は喜ばしいが、特定の商品だけが不自然な売れ方をしているとなれば話は別だった。
「調べる必要がありますわね」
魔導は顔を上げ、優雅に命じた。
「監視特化と潜入特化を呼んでちょうだい」
しばらくして、二人が部屋に入ってきた。
「何か御用でしょうか?」
魔導は二人をじっと見つめた。扇子の向こうで、目だけが笑っていない。
「主人公様のグッズが、発売直後に次々と完売しているの。何か知らない?」
その瞬間。
監視特化と潜入特化は、そろって視線を逸らした。
(……まずい)
監視特化の脳裏に、ポテチの味とは別の緊張が走る。
(この売れ方を、魔導が見逃すはずがないわね)
潜入特化も内心で舌打ちをしていた。
(……完璧に隠したつもりだったのに)
「……気のせいじゃありませんかね」
「そうそう。たまたま需要が集中しただけだろう」
科学が二人を交互に見た。
「……ねえ。あなたたち、何か隠していない?」
「何もしていません!」
二人は、ほぼ同時に答えた。
「回答が速すぎますわよ!!」
魔導の怒声が、優雅さを保ったまま室内に響き渡った。
*
【その夜・某所】
薄暗い一室。
監視特化と潜入特化は、ある人物に呼び出されていた。
その人物は、満足げな笑みを浮かべながら二人に告げた。
「あなたたちの協力のおかげで、兵士たちを動員して主人公様グッズの買い占めに成功していますわ」
机の上には、主人公のフィギュアやトレーディングカードが大量に積み上げられていた。
彼女はその山を、まるで宝物を見るような目で眺めていた。
(……これで、ご主人様の全てを、わたくしの手元に)
心の中で、甘く病んだ感情が渦を巻く。
「おかげで、発売直後に商品を確保できました。報酬は弾みますわ」
監視特化と潜入特化は、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
潜入特化が続けて言った。
「また、本日はいつも我々の事態の収集をしてくださっているお礼の品をお持ちしました」
潜入特化が差し出した箱を、女性は不思議そうに受け取った。
「まあ、これは何ですの?」
「主人公様の声を使った目覚まし時計です」
監視特化が説明した。
「これまでの主人公様の声を使って、科学特化に作らせました。主人公様の声で、毎朝起こしていただける特注品でございます」
女性は箱を開け、目覚まし時計を取り出した。
主人公の声が録音された、特別仕様の一品だった。
その瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれ、頰に朱が差す。
「まあ……! 主人公様の声で起こしていただけるなんて……!」
女性は目覚まし時計を大切そうに抱きしめた。
指先が小刻みに震え、呼吸が少し乱れている。
(ご主人様の声が……毎朝、わたくしを……!)
「素晴らしいですわ! お二人とも、ありがとうございます!」
声が上ずり、普段の気品が少しだけ崩れていた。
「いえいえ。こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」
監視特化と潜入特化は、そろって頭を下げた。
二人とも、内心では同じことを思っていた。
(……この人の『推してる熱』は、本物ね)
(報酬は良いけれど、付き合っていくのはなかなかに危険ですわ)
一方、女性は目覚まし時計を胸に抱いたまま、机の上のグッズの山を再び見つめた。
「ふふ……これで、ご主人様の一部が、わたくしの元に……」
彼女の囁きは、甘く、そして深く病んでいた。
こうして、主人公様グッズの買い占めに協力した二人と、その依頼主との関係は、ますます良好――そして危険なものになっていくのだった。




