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電話の奇跡

# 番外編――間違い電話と、記録される主人公


主人公は、なんとかスマホを奪還した。


潜入特化に先回りされ、監視に位置を記録され、魔導に「ご主人様の連絡先はわたくしが管理しますわ♡」と優雅に取り上げられてから、すでに三日が経っていた。


隙を突いて取り戻した瞬間、主人公は息を潜めて屋敷の物陰に身を寄せた。


(……今度こそ、お兄さんに相談だ。普通の対処法を聞け。オアシスなら、何かあるはずだ)


連絡先は入っていない。前回の騒動で、データごと消されていた。


主人公はうろ覚えの番号を、震える指で打ち込んだ。一桁、また一桁。最後の数字を押した瞬間、通話がつながった。


奇跡だ、と思った。


「……あ、もしもし。お兄さんか? 俺だ。またあいつらの件で――」


スピーカーモードだった。


いつの間にか設定が変わっている。音量は最大だ。


受話口から、弾けるような営業トークが屋敷の廊下に響き渡った。


「はい、お電話ありがとうございます! 当店は完全匿名・完全個室のプレミアム空間でございまして、初めてのお客様にも安心してご利用いただけます! 本日は特別に、男性のお客様向けコースも充実しておりますよ!」


奇跡的なところに繋がった。


主人公の顔から、血の気が引いた。


(……ピンサロだ。お兄さんの店じゃねえ。番号、間違えた。しかもスピーカー。誰か来るな。来るな。頼むから来るな)


「い、いや、違う! 間違えた! お兄さんを探してて――」


「はい! お兄さんをお探しですね! 当店では、お客様のご希望に合わせて担当スタッフをご案内しております!」


「違う! そういう意味じゃねえ!」


「かしこまりました! それでは、お兄さんと呼べるような親しみやすいスタッフをご希望ということでよろしいでしょうか?」


「なんでそうなるんだよ!?」


「ご安心ください! 初めてのお客様にもご満足いただけるよう、丁寧な接客を心がけております! ちなみに、本日は新規のお客様限定で特別コースをご用意しております!」


(やめろ! 会話を成立させるな! 俺は客じゃねえ!)


主人公は慌ててスマホを操作した。通話終了のボタンを押そうとするが、焦りで指が滑る。


「ち、違うんだ! 俺は予約なんかしねえ! そもそも、ここに電話したのは――」


「はい! ご予約前のご相談ですね! もちろん承っております! お時間やご予算に合わせたコース選びも、スタッフが丁寧にご案内いたします!」


「相談の内容が違うんだよ!!」


「なるほど! まだコースがお決まりではないのですね! でしたら、まずはスタンダードコースからご説明いたしましょうか? 短時間でお楽しみいただけるコースから、ゆっくりお過ごしいただけるプレミアムコースまで、幅広く取り揃えております!」


「聞いてねえ! 俺はコースの説明なんか聞いてねえ!」


「ご希望がまだお決まりでない場合も、ご安心ください! お客様にぴったりのコースをご提案させていただきます!」


(こいつ、俺の言葉を一切聞いてねえ……!)


「頼むから切ってくれ! 間違い電話なんだよ!」


「はい! お電話でのご相談だけでも大歓迎です! もちろん、ご予約は後からでも構いません! まずは当店のサービス内容をご確認いただいてから、ご検討いただければと思います!」


「だから検討しねえって!!」


「かしこまりました! それでは、現時点ではご検討中ということで、無理にご予約をおすすめすることはございません! ただ、本日は空き枠がございますので、ご希望でしたらすぐにご案内できますよ!」


「ご検討中じゃねえ! 完全に拒否してんだよ!!」


主人公の声が廊下に反響した。


その瞬間だった。


「ちなみに、匿名希望のお客様には、お名前を『ご主人様』で統一することも可能ですよ?」


「なんでそこでご主人様が出てくるんだよ!!」


(終わる。俺の平和が、音を立てて終わる。頼む、誰も来るな。誰も聞いてないよな? 今の『ご主人様』まで聞かれてたら、もう何を説明しても無駄だ……!)


「また、初めてのお客様には、当店のシステムや料金について事前に詳しくご説明しております! ご不明な点がございましたら、何でもお気軽にお尋ねください!」


「不明な点しかねえよ! なんで俺がここに電話してることになってんだよ!」


「ありがとうございます! ご質問がございましたら、順番にお答えいたします! なお、ご予約の際にはご希望のお時間とコースをお伺いしておりますが、まだお決まりでなければ、こちらからご提案することも可能です!」


「質問を受け付ける前に、こっちの話を聞けええええ!!」


営業トークは止まらない。


「それでは、念のため確認させていただきます! 本日はご予約をご希望でしょうか? それとも、まずはサービス内容についてのご案内をご希望でしょうか?」


「どっちでもねえ! 間違い電話だって言ってんだろ!!」


「はい! ご予約もご案内もご希望ではないということですね! 承知いたしました! それでは、最後に本日の空き状況だけお伝えしてもよろしいでしょうか?」


「よくねえよ!!」


主人公の絶叫が響いた。


そして、そのときだった。


背後の空気が、凍りついた。


ゆっくりと振り返ると、そこにはエンジェルが立っていた。バインダーを胸の前に開き、ペンを走らせている。


表情はいつも通り淡々としている。だが、その視線が主人公の背中に、物理的な重さを伴って突き刺さっていた。


(……いつの間に。潜入より怖い。記録されてる。全部、記録されてる。俺の人生が、バインダーに貼られる)


視線が痛い。言い訳が喉の奥で泡になって消える。スマホのスピーカーからは、まだ営業トークが続いていた。


エンジェルはペンを止めることなく、廊下の向こうへ視線を向けた。そこで手を軽く上げ、無言で手招きする。


廊下を歩いていたリリム、慈愛、嫉妬が足を止めた。


三人は言葉を交わすこともなく、エンジェルの仕草に従って静かに近づいてくる。足音さえ、極力殺している。


気づけば、主人公の背後に四人の影が並んでいた。


エンジェル。リリム。慈愛。嫉妬。


無言。


ただ、四人分の視線が主人公の背中に重なる。


(……なんで増えてる。なんで揃ってる。俺、いつ囲まれた)


営業トークがまだ流れている中、慈愛がふわりと微笑んだ。袖から、糸と二つの紙コップを取り出す。いつの間に用意していたのか、糸電話が完成していた。


慈愛が片方を自分の耳に当て、もう片方を嫉妬へ渡す。嫉妬は目を輝かせて受け取り、リリムにも促すように糸を共有する。


三人は、エンジェルを除いて糸電話に顔を寄せた。


ゴニョゴニョ、ゴニョゴニョ。


楽しそうに目を細める慈愛。


同じように楽しげに頷く嫉妬。


糸電話の仕組み自体に首を傾げつつも、仕方なく顔を寄せるリリム。


「……(ゴニョゴニョ)」


「……(ゴニョゴニョ♡)」


「……(え、今の、どういう……ゴニョゴニョ?)」


主人公の困惑が、極限に達する。


そのとき、廊下の向こうから、さらに二人の人物がやってきた。


格闘特化と腰振りスペシャリストだった。


格闘特化は主人公とスマホ、そして廊下に集まった面々を一瞥した。


腰振りスペシャリストも同じように周囲を見回したが、二人とも何も言わなかった。


(……増えた。さらに二人増えた。なんでだよ。俺はただ、間違い電話を切りたいだけなんだぞ……!)


慈愛は二人を見ると、にこやかに手招きした。


そして、糸電話の片方を格闘特化に、もう片方を腰振りスペシャリストに渡す。


「こちらをどうぞ♡」


慈愛は二人の耳元に口を寄せ、何やら小声で説明を始めた。


「ゴニョゴニョ……」


「……なるほど」


格闘特化は真剣な顔で頷いた。


「ゴニョゴニョ♡」


「……承知した」


腰振りスペシャリストも静かに頷いた。


二人は糸電話を慈愛に返すと、主人公のそばに並んだ。


格闘特化は床に手をつき、軽く身体を伸ばした。


そして、何の前触れもなく逆立ちを始めた。


「……?」


主人公が目を見開いた瞬間、格闘特化はそのまま腕を曲げ、身体を上下させ始めた。


逆立ち懸垂だった。


一回。


二回。


三回。


格闘特化は主人公のすぐ横で、黙々と逆立ち懸垂を続けている。


(……なんで今、逆立ち懸垂してるんだよ!? 何の話を聞いたんだ!? 慈愛は何を伝えたんだ!?)


一方、腰振りスペシャリストは、少し離れた場所で静かに姿勢を整えていた。


片足を引き、腕を広げ、身体の角度を調整する。


次に、腰をひねり、肩の位置を変え、別のポーズへ移行する。


さらに、両腕を上げ、身体のラインを確認するように姿勢を保った。


無言のポージング練習だった。


(……こっちはこっちで何を始めてるんだよ!? 電話の内容と一ミリも関係ねえだろ!!)


主人公はスマホを握りしめたまま、焦って画面を操作し続けた。


通話終了のボタンを押そうとするが、指が滑る。


「ち、ちょっと待て! なんで格闘特化は逆立ちしてるんだ!? 腰振りスペシャリストは何の練習をしてるんだ!? 誰か説明してくれ!」


返事はなかった。


格闘特化は逆立ち懸垂を続けている。


腰振りスペシャリストは新たなポーズを決めている。


リリムは糸電話から顔を離し、スマホを凝視した。


「…………」


もう一度、営業トークに耳を傾ける。


「ご予算やご希望に合わせて、最適なコースをご案内いたしますので、どうぞご安心ください!」


リリムは思わず半歩後ずさった。


その表情には、驚きと困惑、そして理解できないものを前にした警戒心が浮かんでいた。


(……な、何なのですの、この方……。こちらが何を言っても、まったく聞いていないではありませんの……)


リリムは主人公をちらりと見た。


主人公は、まさに「そうだろう」と言いたげな顔で、何度も激しく頷いていた。


だが、リリムは何も言わなかった。


ただ、困惑した顔でスマホを指さし、両手を小さく広げてみせる。


主人公は、その仕草にすがるような視線を向けた。


(そうだ! 分かってくれるか、リリム! 俺はさっきからずっと、それを説明してるんだよ!!)


リリムはもう一度、スマホに目を向けた。


「ご希望のお名前につきましても、匿名でのご利用が可能です! 『ご主人様』というお名前でのご登録も承っております!」


リリムの顔が引きつった。


彼女は一歩後ずさり、両手で自分の腕を抱えるようにして身を震わせた。


その目が、ゆっくりと主人公へ向く。


主人公は必死に首を横に振った。


(違う! 俺が希望したんじゃない! 俺はそんな名前を登録するつもりなんか一切ない!!)


リリムはしばらく主人公を見つめた後、気まずそうに視線を逸らした。


その隣では、慈愛がふんわりと微笑んでいた。


主人公が必死になればなるほど、慈愛の表情は柔らかくなっていく。


彼女は胸の前でそっと手を合わせ、主人公に向かって安心させるように頷いた。


(大丈夫ですよ、主人公様。何があっても、私は主人公様のお話を聞きますから♡)


その笑顔は優しい。


優しいのだが、今の主人公には、かえって不安を募らせるものだった。


慈愛はスマホをちらりと見てから、再び主人公に視線を戻した。


それから、指先で自分の耳を示し、ゆっくりと首を傾げる。


どうやら「まだ続くのですか?」とでも伝えたいらしい。


主人公は勢いよく頷いた。


(そうだよ! まだ続くんだよ! 俺が何を言っても終わらないんだよ!!)


慈愛は困り果てた主人公を見て、さらに目を細めた。


その微笑みには、心配と楽しさが同居していた。


(ふふっ。主人公様がこんなに困っていらっしゃるなんて……。でも、私たちがそばにいますからね♡)


慈愛はそっと主人公の肩へ手を伸ばしかけたが、主人公がびくりと身を震わせたため、手を止めた。


そして、何事もなかったように再び優しく微笑んだ。


一方、嫉妬はというと、主人公に向かって両手を胸の前で握りしめていた。


彼女は小さく拳を突き出し、力強く頷く。


(頑張って、主人公様……! 自分の気持ちを最後まで伝えてください!)


主人公は絶望的な表情で嫉妬を見た。


(いや、もう何十回も伝えてるんだよ!!)


嫉妬は、そんな主人公の心の声が聞こえていないかのように、さらに力強く拳を握り直した。


そして、なぜか感動したように目を輝かせる。


(大丈夫です! 諦めなければ、きっと届きますから♡)


主人公は両手で顔を覆った。


(応援する方向が違うだろ!! 誰か代わりに電話を切ってくれ!!)


嫉妬は主人公の苦悩を見守るように、何度も小さく頷いていた。


リリムはそんな嫉妬を見て、呆れたように目を細めた。


そして、嫉妬の肩を軽く叩き、スマホを指さしてから、首を横に振る。


(違いますわ。これは勝負ではありませんの。主人公様は、ただ間違い電話をしただけですわ……!)


嫉妬は一瞬きょとんとしたが、すぐにまた主人公へ向き直り、拳を握った。


どうやら、応援をやめるつもりはないらしい。


リリムは頭を抱えた。


(……どうしてそうなるのですの!?)


三人の無言のやり取りをよそに、スマホからは営業トークが続いていた。


「それでは、お客様。本日ご案内できるコースについて、改めてご説明させていただきます!」


主人公は天を仰いだ。


(改めるなああああ!!)


リリムはとうとう両耳を塞いだ。


その顔には、心底うんざりした様子が浮かんでいる。


慈愛は相変わらず微笑み、嫉妬は主人公を応援するように拳を握りしめている。


格闘特化は逆立ち懸垂を十回目まで終えていた。


床に足を下ろすと、何事もなかったように姿勢を正す。


腰振りスペシャリストも、最後にひときわ堂々としたポーズを決め、満足げに頷いた。


二人とも、主人公のスマホには一切触れなかった。


(お前ら、何のために来たんだよ!?)


主人公の心の叫びだけが、誰にも届かず廊下に消えた。


主人公は六人を順番に見た。


(頼む。誰か助けてくれ。俺は間違い電話をしただけなんだ……!)


リリムは主人公の視線に気づくと、気まずそうに目を逸らした。


それでも、スマホから聞こえてくる言葉に再び顔をしかめる。


「匿名希望の場合は、お名前を『ご主人様』で統一することも可能ですよ?」


リリムはとうとう耐えきれなくなったように、両手を大きく振った。


そして、スマホを指さし、首を横に振り、主人公に向かって「どうしてこんなことになっているのですか」と問い詰めるような仕草をした。


主人公は必死に首を横に振り返した。


(俺が聞きたいよ!!)


二人の視線が交差する。


しかし、言葉はない。


慈愛は二人のやり取りを楽しそうに眺め、嫉妬はなぜか「頑張って」と言いたげに、再び拳を握った。


その間も、エンジェルは一言も挟まず、バインダーに記録を続けていた。


しばらくして、リリム、慈愛、嫉妬の顔が上がった。話がまとまったらしい。


リリムが、戸惑いを残したままエンジェルの耳元へ顔を寄せ、ヒソヒソと何かを伝える。


エンジェルは短く頷いた。


それだけだ。


主人公の背中を、滝のような冷や汗が流れた。


(……頷いた。何に頷いた。俺の処分に頷いたのか。記録の追加に頷いたのか。どっちにしろ、終わってる)


スマホのスピーカーからは、まだ営業トークが続いている。


「コースはスタンダードからプレミアムまで。匿名希望の場合は、お名前を『ご主人様』で統一することも可能ですよ?」


リリムは、とうとう両耳を塞いだまま力なく首を横に振った。


慈愛は主人公に向かって安心させるように微笑み、嫉妬は最後まで応援するように拳を握りしめている。


「や、やめろ! スピーカー切る! 切るから!」


主人公が焦って操作する指は、画面の上を滑るばかりだった。


エンジェルは一歩も動かない。ただ、ペンの音だけが規則正しく響いている。


「記録します。主人公様、奪還した通信端末より外部の特殊サービスへ発信。スピーカーモード。内容は予約受付の営業トーク。対象は男性向けコース。現在進行中。追加。リリム、慈愛、嫉妬、現場に到着。三者協議を経て、対応方針を共有。格闘特化は逆立ち懸垂を実施。腰振りスペシャリストはポージング練習を実施。通話内容との関連性は不明」


「違う!! お兄さんに電話したつもりだった! 番号がうろ覚えで! オアシスの! 普通の相談だ! 糸電話の中身も関係ねえ!」


エンジェルの視線が、わずかに動いた。


バインダーのページがめくれる音が、妙に大きく聞こえた。


慈愛は優しく手を合わせ、嫉妬は「頑張って」と無言で応援するような目をし、リリムは「どうしてこうなったのですか……」と小さく首を振った。


格闘特化は軽く腕を回し、腰振りスペシャリストは姿勢を整えた。


(……信じられてない。記録上、最悪だ。弁明の余地が、数字で消されていく。六人分の視線で、消されていく)


しばらく――本当に、ただの数十秒が何分にも感じられる時間が流れた。


営業トークが「本日の空き状況」を読み上げ始めたところで、エンジェルが静かに手を伸ばした。


主人公の指から、スマホを丁寧に取り上げる。


抵抗する力は、もう残っていなかった。


エンジェルは受話口に顔を寄せ、落ち着いた声で言った。


「お世話になっております。ただいまの発信は誤送信です。サービスは不要ですので、これにて終了とさせていただきます。お騒がせいたしました」


丁寧だった。


完璧に丁寧だった。


その丁寧さが、かえって主人公の胃を刺す。


相手が何か言いかけたのを、エンジェルは静かに通話を切った。


画面が暗くなる。


沈黙。


ようやく営業トークが止まった。


しかし、主人公の平穏が戻ってくる気配はなかった。


主人公は乾いた声で、言い訳を並べ始めた。


「ま、待ってくれ。本当に番号を間違えただけだ。お兄さんの店に電話するつもりだった。対処法を聞きたかった。お前らの……いや、みんなの行動が普通じゃねえから、普通の意見が欲しくて。ピンサロなんて知らねえ。興味もねえ。スピーカーは……いつの間にかなってた。俺じゃねえ。誰かが設定したんだろ。潜入か? 監視か? 糸電話の中身も知らねえ。とにかく、俺は無実だ」


エンジェルはバインダーに最後の一行を書き込み、顔を上げた。


視線は、まだ痛かった。


「記録完了です。主人公様の弁明、『番号の誤入力』『相談目的』『サービスへの関心否定』『スピーカー設定の他者操作を主張』『糸電話内容の関知否定』。事実確認は追って行います。現時点の評価は、要観察」


「要観察ってなんだよ。俺はただ、平和が欲しかっただけだ。糸電話でまとめられた時点で、もう平和じゃねえ」


慈愛が優しく微笑んだ。


「大丈夫ですよ、主人公様。痛くないように、ちゃんとお話を伺いますからね。誤解なら、解けばいいだけですもの」


リリムが、困惑しつつも手を合わせる。


「で、ですわ……。糸電話、よく分かりませんでしたが、みんなで確認しましょう、ですわよ? 主人公様も、きちんと説明すれば……きっと」


嫉妬が明るく続けた。


「両方の話、ちゃんと聞きましょうね♡ 主人公様も、お店の人も、記録も。応援してます!」


「店の人も記録も、俺と同じ立場に並べるな!!」


格闘特化が主人公の肩を軽く叩いた。


「……鍛えれば、精神も強くなる」


「今そのアドバイスはいらねえ!!」


腰振りスペシャリストは、ゆっくりと姿勢を整えた。


「……どんな状況でも、姿勢を崩さないことが大切だ」


「俺は姿勢じゃなくて平穏を崩されたんだよ!!」


エンジェルは淡々と返す。


「平穏を求める行動が、特殊サービスへの発信として記録されました。ご安心ください。私は判断しません。ただ、残します。慈愛、リリム、嫉妬の所見も、併せて記載済みです」


「安心できる要素が一つもねえ!!」


その言葉が終わると同時に、背後から別の気配が近づいてきた。


空間が、優雅に整う。


森羅万象が、微笑みながら立っていた。


「あら、何やら騒がしいですわね♡ エンジェル、記録は? 整えが必要そうですわ」


「はい。主人公様の通信記録は、すべて残してあります。六名の所見も、含まれます」


「結構ですわ。それでは、こちらへ」


主人公の腕が、優しく、しかし確実に取られる。


抵抗する隙間はない。


慈愛が心配そうに手を添え、リリムが「大丈夫ですわよ……?」と声をかけ、嫉妬が「頑張って!」と小さく手を振る。


格闘特化は、なぜか再び腕立て伏せの姿勢を取りかけ、腰振りスペシャリストは最後にもう一度、姿勢を確認していた。


「待て! 言い訳はまだ――番号が! オアシスが! 糸電話が! 逆立ち懸垂が! ポージングが! 俺は普通に相談したかっただけだ!!」


「逃げ道はありませんわ♡ 整えましたわ。安全な場所で、詳しく聞かせてくださいましね」


「何をどう整えたんだよ!!」


エンジェルがバインダーを閉じ、後に続く。


リリム、慈愛、嫉妬、格闘特化、腰振りスペシャリストも、その後ろに並んだ。


主人公は引きずられながら、最後の望みを込めて叫んだ。


「だから、俺は何もしてねえんだって!! 電話を間違えただけだ!!」


「ええ。そこも含めて、確認いたしますわ♡」


森羅万象は主人公の腕を取ったまま、優雅に微笑んだ。


「あら、主人公様。一つ覚えておいてください。嫉妬で人って死ぬんですよ」


「…………え?」


主人公の動きが止まった。


森羅万象は穏やかな口調のまま続けた。


「今回のように、私たちに相談せず、ほかの方に助けを求めること自体は自由ですわ♡ ですが、その相手が女性だった場合、その方が主人公様にとって特別な存在なのではないかと、私たちが考えてしまう可能性もありますの」


「いや、相手はお兄さんだぞ!? しかも間違い電話だ!」


「ええ。今のお話は、あくまで一般論ですわ♡」


森羅万象は主人公の腕をそっと握り直した。


「ただ、主人公様。私たちがどれほどあなたを大切に思っているか、忘れないでくださいましね。あなたが誰かを頼るたびに、その相手がどんな方なのか、私たちが気になってしまうこともありますの」


「……つまり?」


「嫉妬で人って死ぬんですよ、ということですわ♡」


「結局、脅しじゃねえか!!」


「いいえ。忠告ですわ♡」


森羅万象は、にこやかに首を傾げた。


「主人公様が無事でいてくださることが、私たちにとって何より大切なのですから。ですから、今後は困ったことがあれば、まず私たちに相談してくださいましね?」


「その相談先が問題なんだよ!! 相談したら、今度はその相談内容を理由に連れて行かれるんだろ!?」


「まあ♡ 主人公様は本当に察しがよろしいですわね」


「肯定するなああああ!!」

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