神羅万象 魔道のヤンデレは病気です 直しましょう3
# 番外編――魔導更生計画、四大精霊との契約
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【特別空間・入口付近】
簀巻きを解かれた主人公は、ようやく両手足を動かせるようになった。血行が戻ってくる感覚に、思わず肩を回す。
「……で、ここから精霊と契約する旅が始まるわけだな。俺の平和は、まだ帰ってこないのか」
「ええ♡ ご主人様と一緒に、わたくしの新たな一歩を踏み出すのですわ。愛を、もっと正しく、深く学ぶ旅ですもの」
魔導が優雅に微笑む。扇子で口元を隠しているものの、その視線は主人公から離れていない。
ドミニオンズが真顔で補足した。腕を組み、秩序の象徴のように真っ直ぐ立っている。
「秩序ある更生のためだ。四大精霊と心を通わせ、相手の意思を尊重する経験を積め。力で従わせるな。支配するな。それが今回の課題だ」
「それが本当に性格矯正につながるのか、甚だ疑問だが……。俺の経験上、魔導の『学ぶ』は大体ろくなことにならねえ」
主人公がぼやくと、エンジェルがバインダーを開いた。ペンはすでに動き始めている。
「記録します♡ 第一目標、炎の精霊との契約。更生計画、開始。ご主人様の拒否発言、一回目」
「拒否して当然だろ」
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【火山地帯・炎の精霊の領域】
溶岩が流れ、空気が揺らめく大地。熱波が肌を刺す中、炎の精霊が姿を現した。
誇り高く、炎のような瞳を持つ、女王然とした存在だ。燃え盛る髪が、風もないのに揺れている。
「力を示した者にしか、私は会わない。勝負よ。半端な覚悟なら、ここで灰になりなさい」
魔導は扇子を閉じ、優雅に杖を構えた。周囲の魔力が渦巻く。
「お受けしますわ♡ ご主人様のためですもの。わたくしの愛を、力で示して差し上げます」
「待て。更生計画だぞ? 力で勝負するな」
主人公の制止もむなしく、魔導の杖が大きく振り下ろされる。
「――波動砲、全開ですわ♡」
轟音とともに、圧縮された魔力が一直線に放たれた。溶岩が吹き飛び、岩盤が砕け、炎の精霊の防御壁が軋む。
精霊は炎の柱を幾重にも立てて防いだが、波動砲の余波に押され、膝をついた。
「……やるわね。ただの魔力ではない」
激しい魔力の応酬の末、魔導が優位に立った。炎の精霊は膝をついたものの、契約を申し出ることはなかった。その瞳には、依然として燃え盛る闘志が宿っている。
「力で私を従わせることと、私があなたを認めることは別よ。力だけでは、心は動かない」
そこまでは予定調和だった。
しかし、次の瞬間、炎の精霊の目が急に熱を帯びた。魔導の背後に立つ主人公を見て、何かに気づいたように息をのむ。
「……あなた。その男を、誰にも渡したくないのでしょう?」
魔導の目が輝いた。扇子が再び開く。
「ええ♡ ご主人様はわたくしのものですもの。誰にも渡しません。視線も、声も、日常も――全部、わたくしだけのもの。手放したら、壊れてしまいますもの」
「私も同じよ。一度認めた相手は、絶対に離さない。燃え尽きるまで、私だけのものにする。相手が『自由が欲しい』と言っても、本当の幸せは私が知っている。私が燃やし、私が守る」
「まあ♡ 通じ合っていますわね! 愛が強すぎるのは正しいことですわ。弱いままの愛など、愛ではありませんもの。ご主人様が逃げようとしても、わたくしが燃え盛る壁となって立ちはだかりますわ」
二人は突然、熱く手を取り合った。溶岩の熱よりも、その握手の方が熱く見える。
「誰にも渡さない。それが、本物の愛よ」
「当然ですわ♡ わたくし以外がご主人様に触れることなど、許しませんもの」
主人公が割って入った。足場の悪い岩を踏みしめながら、必死に二人へ訴える。
「おい、何で意気投合してるんだ!? 更生の話はどうした! 俺の意思はどこへ行った!」
「黙っていて、ご主人様♡ 今、わたくしの誇りを理解してくださる方が現れたのですから。ご主人様の本当のお気持ちは、わたくしたちが一番よく分かっておりますわ。『そばにいたい』のでしょう?」
「分かってない!! 離れたいっつーの!」
ドミニオンズが額を押さえた。秩序の仮面に、微かなひびが入る。
「……これは更生どころか、同類を見つけただけだ。力で支配するなと言ったはずが、より誇り高い独占を肯定し合っている。秩序が崩壊する!」
炎の精霊は満足げに契約を結んだ。炎が二人の手首に優しく絡みつく。
「あなたのような理解者がいるなら、契約してあげる。その男を絶対に離さないでね。燃え尽きるまで、あなただけのものにしなさい」
「もちろんですわ♡ ご主人様、聞こえましたか? 精霊様もお認めになりましたわ」
「俺の許可は!?」
「ご主人様の許可は、愛の中に含まれておりますわ♡」
エンジェルがバインダーに追記する。
「記録。炎の精霊、魔導と所有欲の面で完全に意気投合。波動砲の使用を確認。更生度、マイナス方向へ更新♡」
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【深い湖・水の精霊の領域】
静かな湖の底。水を通して光が揺れる中、水の精霊が穏やかに姿を現した。透明な髪が、ゆっくりと水中を漂っている。
「あなたの心を映しましょう。隠しても無駄よ」
湖面に幻影が広がった。
主人公を独占しようとする魔導の姿が、鮮明に映し出される。視線を奪い、外出を止め、日常を埋め尽くす――そんな一連の行動が、美しい映像のように流れていった。
水の精霊は優しく微笑んだ。波紋が同心円状に広がる。
「……いいわね、その執着。私も同じよ。相手の心の底まで映し出して、本当は私だけを見てほしいと願う気持ち……よく分かる。あの人が『自由でいたい』と言っても、本当は私のそばが一番幸せなの。私がそう決めるもの。心の奥を映せば、必ずそう出てくるわ」
魔導が目を細める。扇子の向こうで、微笑みが深くなった。
「あなたも、相手の幸せを『自分で定義する』派ですのね♡ 素晴らしいですわ。自己正当化の極みですわね。ご主人様が何とおっしゃろうと、わたくしが『これが幸せ』と決めれば、それが真実になる。愛とは、そういうものですもの」
「ええ。病むほど深い愛も、自然なことよ。薄い愛など、すぐに蒸発してしまう。深く沈めて、誰にも渡さない。それが、水の愛し方」
「ええ♡ 病んでいない愛など、薄いですもの。ご主人様の心の底には、わたくしがいますわ。映せば、すぐに分かりますもの」
二人は静かに頷き合う。湖面の幻影が、二人の合意を映すように揺れた。
主人公が叫ぶ。水底なのに、その声は不思議なほどよく通る。
「いや、病むのは駄目だろ! 普通は! 俺の心を勝手に解釈するな! 自由でいたいのは本気だ!」
「ご主人様は、まだ本当の愛を理解されていませんわ♡ わたくしが教えて差し上げます。ゆっくりと、底の底まで」
「教えるな! 浮上させてくれ!」
ドミニオンズが震える声で叫ぶ。水圧が、彼の理性をさらに押しつぶしていく。
「……内面を見つめ直すはずが、共依存の賛美大会になっている。相手の意思を尊重せよ、という教訓が、相手の意思を上書きせよ、に変わった。秩序ある精神衛生はどこだ!!」
水の精霊は契約の手を差し出した。水が魔導の指に絡みつく。
「あなたのような深い愛を持つ者となら、契約してもいいわ。その人を絶対に一人にしないでね。心の底まで、あなたのものにしなさい」
「お任せくださいませ♡ ご主人様は、もう一人ではありませんもの」
「一人にされたいんだけどな!! むしろ今すぐ一人にしてくれ!」
エンジェルが追記する。
「記録。水の精霊、幸せの定義権を魔導に譲渡。ご主人様の抗議、水泡に帰す♡」
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【山脈・風の精霊の領域】
風の精霊は陽気に空を舞っていた。髪も衣も、風そのもののようにたなびいている。
「捕まえてみてよ! 捕まえたら契約してあげる! ただし、本気でね。逃げ切られたら、知らないから!」
魔導が魔術で追いかけ、精霊は軽やかに逃げる。風切り音が、挑戦的に響いた。
主人公は地上で首を振り、ドミニオンズは「これはまだ健全だ」と呟いていた。
しかし、途中で精霊が急に降りてきた。魔導の目を覗き込み、ふっと笑う。
「ふふっ……あなた、あの人を『自分で選んだ』ことにして、そばに置いておきたいんでしょう? 自由を装って、逃げられないようにして」
「当然ですわ♡ ご主人様が自ら残ったと思い込めば、それが一番美しい束縛ですもの。わたくしの愛は、選択の形を取るのですわ」
「私も同じ! 自由を装って逃げるふりをして、本当は『捕まえて』って期待しているの。捕まえたら、もう離さない。相手が『自分で決めた』と思い込んだ瞬間が、最高に甘いのよ」
「まあ♡ 自由という名の独占ですわね! 完璧な解釈ですわ。束縛を『選択』と呼ばせられれば、勝ちですもの。ご主人様も、いつか『ここにいるのが自分の意思だ』とおっしゃいますわ」
「そう! 相手が自分の意思で残ったと思い込ませるのが、一番美しい束縛よ。風は逃げるけれど、本当は包まれたいものなの」
二人は空中で手を取り合った。風が、その手首に優しく縄のように絡みつく。
主人公が地上から、精一杯の声で吠えた。
「俺の選択を捏造するな!! 俺は逃げる! 本気で逃げる! 選ばねえ!」
「ご主人様は、わたくしを選ぶ運命なのですもの♡ 風がどれだけ吹いても、わたくしの元へ戻ってきますわ。それが愛の法則ですわ」
「法則にするな! 物理法則に頼れ!」
ドミニオンズが叫んだ。風に煽られ、髪が逆立っている。
「自由を尊重する教訓が、より巧妙な監禁術に進化している!! 『選ばせる』という名の強制だ! 秩序が悲鳴を上げているぞ!!」
風の精霊は契約を結んだ。風が、魔導の周囲を永続的な追い風のように取り巻く。
「あなたみたいな人がいると、風が楽しくなる。その男を、上手に『自分で残った』ことにしてね。逃げても、戻ってくるように」
「心得ておりますわ♡ ご主人様の足取りは、わたくしが一番よく知っておりますもの」
「心得なくていい!! 知らないでいい!」
エンジェルがバインダーを押さえた。風でページがめくれそうになっている。
「記録。風の精霊、選択の自由を名目にした拘束技術を伝授。更生計画、風向き最悪♡」
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【古代樹林・土の精霊の領域】
最後の土の精霊は、巨大な樹の根元で寡黙に座していた。何百年も動いていない岩のようでありながら、確かな生命力を感じさせる存在だった。
「信頼は命令で得るものではない。積み重ねた時間の先に生まれるものだ。急ぐな。根を張れ」
魔導は主人公の隣に座り、離れようとしない。肩がそっと触れるほどの距離だった。
一日。二日。三日。
主人公は最初、文句を言っていた。
「早く終わらせろ」「俺の時間を返せ」と。
だが、魔導は微笑んだまま動かない。食事も、休憩も、視線も、すべて主人公の隣で完結させようとする。
「ご主人様、今日もそばにいてくださって嬉しいですわ♡ 時間が、わたくしを正しい方向へ導いてくれますもの。急がず、確実に、ご主人様の日常の基盤になりますわ」
「基盤になるな。ずっと居座らずに、通り過ぎてくれ」
四日目、土の精霊がゆっくりと目を開けた。木の根が、微かにうねる。
「……お前は、結局何も変わっていない」
「ええ♡ 変わる必要などありませんもの。愛は、最初から本物でしたから」
「だが、私は分かる。一度認めた相手を、時間をかけて絶対に離さない気持ち。私も同じだ。信頼という名の囲い込み。急がず、確実に、相手の生活の基盤になる。水も養分も私が与える。離れれば枯れる。それが本物の愛だ」
魔導の目が輝いた。扇子が静かに閉じられる。
「時間をかけた執着……素晴らしいですわ♡ ご主人様の日常を、わたくしが支えるのですもの。気づいたときには、わたくしなしでは生きられなくなっている。それが土の愛。病むほど深く、長く、離れない。それでいいのですわ」
「ええ。急げば崩れる。時間をかければ根になる。相手が『自由』と言っても、根が絡んでいれば歩けない」
二人は静かに頷き合った。樹齢千年の沈黙が、その合意を肯定するかのようだった。
主人公が力なく呟く。背中を樹の幹に預け、すっかり疲れ切っていた。
「……俺の時間が、ただの囲い込みの材料にされてる……。四日も、俺は何をしてたんだ……」
ドミニオンズは膝から崩れ落ちた。土の上に座り込み、秩序の残骸を看取っているかのようだった。
「時間をかけた信頼が、時間をかけた監禁に変わった……。根を張れ、が、生活の基盤を独占せよ、になった。秩序ある更生計画は、完全に死亡した……。俺は……何を見ていたんだ」
土の精霊は契約の手を差し出した。土が魔導の足元に、穏やかな台座を作り出す。
「お前のような者を、私は認める。その男を一生離すな。時間をかけて、根にしなさい」
「お約束いたしますわ♡ ご主人様、一生ですもの。覚悟してくださいまし」
「約束するなあああああ!! 一生は長い! 長すぎる!」
エンジェルが震える手で記録する。
「記録。土の精霊、長期にわたる囲い込みを『信頼』と定義。ご主人様の残り時間、危険信号♡」
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【特別空間・帰還ゲート前】
四大精霊との契約をすべて終えた魔導は、満足そうに扇子を閉じた。四つの力が、彼女の影に静かに宿っている。
「これで、わたくしの更生は完了ですわね♡ 四大精霊の皆様は、皆、わたくしの良き理解者。愛を、より深く、より巧みに教えてくださいましたわ」
エンジェルがバインダーに書き込む。ページはもはや更生の記録というより、強化報告書のように見えた。
「記録。四大精霊、全員にヤンデレ気質があると判明。魔導と完全に意気投合。教訓は『より深く、より巧みに愛する』方向へ上書きされた♡ 炎は所有、水は定義、風は選択の捏造、土は時間をかけた根回し。ご主人様の平和、要観察」
「更生になってない!!」
主人公が叫ぶ。その声は、ゲート前の空間に虚しく響いた。
ドミニオンズが虚ろな目で呟いた。膝に手をつき、秩序の亡骸を看取っているかのようだった。
「力で支配するな――より誇り高い独占をせよ。
相手の意思を尊重せよ――相手の意思を上書きせよ。
自由を奪うな――自由を選ばせろ。
時間をかけよ――時間をかけて囲い込め。
……全部、ヤンデレの上級技術に変換された。波動砲まで使われた。秩序は死んだ。俺は……ただの見物人だった」
魔導は主人公とドミニオンズの腕を取り、優雅に微笑んだ。炎の熱、水の深さ、風の絡み、土の重みが、その微笑みに重なっている。
「ふふっ。四大精霊の皆様は、わたくしの良き理解者でしたわ♡ これでさらに強く、ご主人様を愛せますわね。誰にも渡しません。ご主人様の幸せは、わたくしが定義します。ご主人様が自分で選んだと思えるように、わたくしが導きます。そして、時間をかけて、離れられないように根を張りますわ。愛していますもの♡ チャオ」
「理解者を増やすな!!」
「愛を強化するな!!」
「根を張るな! 波動砲も二度と使うな!」
こうして、魔導の更生計画は名目上の成功を収めた。
四大精霊もまた、病むほど深い愛を持つ同類だったのである。
そして、当の魔導は何一つ変わっていなかった。
むしろ、強化されていた。
主人公の平和だけが、四つの精霊の分だけ、遠ざかっていった。




