神羅万象 魔道のヤンデレは病気です 直しましょう2
【天界・ミカエルの執務室】
「ミカエル様あああああ!!」
ドミニオンズが、半泣きになりながら執務室へ駆け込んだ。
「どうかお助けください!! 魔導が! 魔導がまた来たんです!!」
ミカエルは書類から目を上げた。
「……またですか」
「またですか、ではありません! 今度はヤンデレたちから説教を受けた直後ですよ!? 普通なら反省するでしょう!?」
「そうですね」
「なのに、戻ってきて波動砲を撃ち込んできたんです!!」
「……大変ですね」
「他人事みたいに言わないでください! 秩序を守るべき天界が、今まさに崩壊の危機に瀕しているんです!」
ドミニオンズは机に身を乗り出した。
「どうか魔導を止めてください! このままでは天界が壊滅します!」
ミカエルは静かに書類を閉じた。
「……ところで、あなたは魔導に何かしたのですか?」
「何もしていません!」
「本当に?」
「本当です! 私は秩序に従って職務を全うしていただけです!」
ミカエルは少し考えた後、穏やかに告げた。
「では、魔導の気が済むまで耐えてください」
「見捨てないでくださいいいいい!!」
*
【天界・ケルビムの執務室】
「ケルビム様! お願いします!」
「嫌です」
「まだ何も言っていませんよ!?」
「魔導絡みでしょう?」
「……はい」
「なら、なおさら嫌です」
「即答!? せめて秩序ある検討を!」
「検討する価値がありません」
*
【天界・スローンズの執務室】
「スローンズ様! どうか魔導を止めるためにお力を――」
「断る」
「まだ依頼内容を最後まで説明していません!」
「必要ない。前回の報告書を読んだ」
スローンズは手元の書類をめくった。
「波動砲を何発も受けたうえ、反撃まで試みたそうだな」
「それは職務上の責任が……! 秩序を守るために!」
「ならば、最後まで職務を全うしたまえ」
「そういう意味ではありません!!」
*
【天界・セラフィムの間】
「セラフィム様あああああ!!」
「……どうしました?」
「魔導を止めてください! 私だけではもう限界です!」
セラフィムは静かに目を閉じた。
「祈りなさい」
「あなたが助けてくださらないと意味がないのですが!?」
「魔導が満足して帰るよう、祈っておきましょう」
「それでは何も解決しません! 秩序が崩壊します!!」
*
【天界・廊下】
あちこちに助けを求めたドミニオンズは、廊下に崩れ落ちた。
「……誰も助けてくれない」
「私は見捨てられたんだ……」
「このままでは、天界が魔導一人に支配されてしまう……! 秩序が……!」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、彼は顔を上げた。
「……待てよ」
「そもそも、魔導の性格そのものを矯正すればいいんじゃないか?」
「性格の矯正……?」
「そうだ。魔導の魔術師としての能力は申し分ない。問題なのは、その力を私情で振り回す性格だ」
「しかし、私がそんなことを言ったところで、波動砲を撃ち込まれるだけだ」
「だから、専門家に相談するんだ。エンジェルだ。あいつなら、何か知恵を貸してくれるかもしれない」
ドミニオンズは最後の希望にすがるように、通信をつないだ。
*
【地上・主人公の屋敷・作戦室】
「……なるほど」
エンジェルは、通信越しにドミニオンズの話を聞いていた。
いつものようにバインダーを開き、淡々と記録を取っている。
「つまり、魔導はヤンデレを治すように命じられたにもかかわらず、まったく反省していないということですね」
「そうだ!」
「ヤンデレたちの説教を受けた直後に、再び天界へ殴り込みに来ました!」
「このままでは、私の精神が先に壊れてしまう! 秩序が保てない!」
エンジェルはしばらく考え込んだ。
「……魔導は、魔術師としては非常に優秀なのですよね?」
「それは間違いない。魔術の腕だけなら、私では太刀打ちできないほどだ」
「でしたら、魔導の能力を封じるよりも、考え方を変える機会を与えるべきかもしれません」
「考え方を変える機会?」
エンジェルはバインダーを閉じ、静かに説明を始めた。
「魔導は主人公様への愛情が強すぎるあまり、相手の意思や気持ちを考えずに行動してしまうのでしょう?」
「その通りだ」
「でしたら、普段とは異なる相手と交流させるのはどうでしょうか。精霊です」
ドミニオンズは顔をしかめた。
「精霊……?」
「はい。各地には、さまざまな性質を持つ精霊たちが存在しています。人間とも天使とも違う価値観を持つ彼らと出会い、心を通わせることができれば、魔導にとっても新しい経験になるはずです」
エンジェルは指を一本立てた。
「精霊との契約は、単に魔力を交換するだけの儀式ではありません。相手の性質を理解し、意思を尊重し、信頼関係を築く必要があります」
「つまり、精霊と心を通わせる経験を積めば、魔導も少しはまともになるかもしれない……?」
「可能性はあります。少なくとも、魔導が自分以外の存在と真剣に向き合う機会にはなるでしょう」
ドミニオンズの顔に、希望の光が戻った。
「それだ! 各地の精霊と契約させれば、魔導も自分の問題に気づくかもしれない!」
「ただし、これは私の提案です。必ず性格が改善するとは限りません」
「それでも、何もしないよりはずっといい! 秩序のためだ!」
しかし、エンジェルはすぐに表情を曇らせた。
「……ただし、一つ問題があります」
「問題?」
「魔導が主人公様と離れ離れになった場合、何をするかわかりません」
「…………」
ドミニオンズの顔から、再び血の気が引いた。
「確かに……」
「主人公様がいない間に、別の場所で憂さ晴らしを始める可能性がありますね」
「天界がまた襲撃されるぞ! 秩序が!!」
「いえ、天界だけとは限りません。魔界に向かう可能性もあります」
「被害範囲が広がっているじゃないか!!」
エンジェルはバインダーを閉じた。
「でしたら、主人公様にも旅に同行していただくのがよいでしょう」
「……同行?」
「はい。魔導が旅の途中で暴走した場合にも、主人公様がそばにいれば、多少は抑制できるかもしれません」
ドミニオンズは沈黙した。
やがて、恐る恐る口を開いた。
「……つまり、主人公を連れていく?」
「そうなりますね」
「本人の許可は?」
エンジェルは微笑んだ。
「まずは、事情を説明してお願いするべきでしょう」
「……断られたら?」
「それは……」
エンジェルは少しだけ考えた。
「そのときに考えましょう」
ドミニオンズは深く息を吐いた。
そして、同じ結論に達した。
「……普通に頼んでも断られるだろうな」
「魔導の更生に付き合えと言って、素直に応じるとは思えない」
「ならば……」
彼は拳を握りしめた。
「実力行使しかない! 秩序のためだ!」
「待ってください。それは最終手段で――」
「エンジェル殿! 協力してくれるんだな!?」
「まだそこまでは言っていません!」
しかし、ドミニオンズはすでに覚悟を決めていた。
魔導の更生計画は、恐ろしい方向へと動き始めていた。
*
【地上・主人公の屋敷・寝室】
翌朝。
主人公は、いつもと変わらない朝を迎えるはずだった。
しかし――。
「…………ん?」
視界が妙に狭い。
身体も動かない。
腕を動かそうとしても、何かにきつく固定されている。
「……何だ、これ?」
全身が布でぐるぐる巻きにされていた。
いわゆる、簀巻きである。
「…………」
数秒間、主人公は無言で天井を見つめた。
そして、ゆっくりと状況を理解した。
「……おい」
誰も答えない。
「……誰かいるのか?」
「おはようございます、ご主人様♡」
聞き覚えのある声がした。
主人公が顔を向けると、そこには満面の笑みを浮かべた魔導がいた。
その隣には、涼しい顔のエンジェル。
さらに、なぜかドミニオンズまで立っている。
「…………」
主人公は三人を順番に見た。
「……説明してもらおうか」
ドミニオンズが咳払いをした。
「これから魔導の性格を矯正するため、各地の精霊と契約する旅に出る。秩序回復のためだ」
「それは聞いていない」
「今、説明しているところだ」
「なぜ俺が簀巻きにされている?」
エンジェルが淡々と答えた。
「魔導が主人公様と離れ離れになると、何をするかわからないからです」
「なら普通に同行を頼めばいいだろうが!!」
「断られる可能性が高かったので」
「だからって拉致するな!!」
魔導は主人公のそばにしゃがみ込み、嬉しそうに微笑んだ。
「これで、ご主人様と一緒に旅ができますわね♡ わたくし、とても幸せですわ♡」
「お前も共犯か!!」
「はい♡ ご主人様と離れ離れになるなんて、絶対に許せませんもの♡」
「即答するな!!」
ドミニオンズは深々と頷いた。
「これで魔導の暴走を抑えられるはずだ……! 秩序が守られる!」
「お前たち、自分が何をしているのかわかっているのか!?」
「もちろんだ! これは必要な措置だ!」
「なら今すぐ解け!!」
「それはできない」
「どうしてだ!!」
「逃げられると困るからだ! 秩序のためだ!」
「当たり前だろうが!!」
エンジェルはバインダーを開いた。
「記録。魔導の性格矯正を目的とした精霊巡礼を計画。ドミニオンズの相談を受け、精霊との交流を通じて魔導の考え方を変える案を提案。主人公の同行を確保するため、ドミニオンズ、魔導、エンジェルの三者が協力。主人公は睡眠中に簀巻きにされ、強制的に連行されることとなった♡」
「その記録、絶対に残すな!!」
主人公の悲鳴が寝室に響き渡った。
魔導はそんな主人公を見つめ、うっとりと微笑んだ。
「ふふふ……。これから長い旅になりますわね、ご主人様♡ わたくし、ご主人様と二人きりで精霊たちと心を通わせるなんて……最高ですわ♡」
「誰のせいだと思っている!!」
ドミニオンズは頷いた。
「よし。出発しよう。秩序のためだ」
「本当にこれで魔導はまともになるのだろうか……」
「少なくとも、主人公がそばにいれば天界への襲撃は減るはずだ」
「それは矯正ではなく、被害の先送りではありませんか?」
エンジェルが冷静に指摘した。
「…………」
ドミニオンズは黙り込んだ。
そして、簀巻きにされた主人公を担ぎ上げると、三人は屋敷を後にした。
こうして、魔導の性格矯正を目的とした精霊巡礼の旅が始まった。
ただし、旅の出発点ですでに、主人公の平穏な日常は完全に破壊されていた。
そして、当の魔導はまだ気づいていない。
自分が更生させられる側であるにもかかわらず、旅の始まりから主人公を拉致するという、とんでもない行動に出てしまったことに。




