リリム みんなで海に行きましょう4
【海水浴場・休憩用テント】
男性陣がテントに入ると、女性陣が勢ぞろいしていた。
正面には神羅万象。その隣に魔導、嫉妬、慈愛、科学、薬学。監視特化と潜入特化は記録端末を持ち、エンジェルは満面の笑みでバインダーを開いている。
「……おい。何で全員そろってるんだ?」
格闘特化が警戒した。
「本日の行動を振り返るためですわ♡」
魔導が微笑む。
「帰っていいか?」
主人公が即座に尋ねた。
「まだ何も始まっていませんよ?」
「始まる前から帰りたいんだよ!」
リリムは額を押さえた。
「海水浴に来ただけなのに、どうして帰り際に取り調べを受けなきゃいけないのよ……」
神羅万象が資料を開いた。
「まず、監視特化さんから報告をお願いします」
「競技中および移動中の視線記録です。格闘特化さん12回、拷問特化さん7回、腰振りスペシャリストさん16回、主人公さん9回です」
「待て待て待て!」
格闘特化が勢いよく立ち上がった。
「何だ、その数字は! 俺たちは海水浴をしていたんだぞ! ボールを追いかけて、フラッグを取りに走って、人が動けば目だって動くだろうが!」
「その通りだ!」
主人公も机を叩いた。
「そもそも、人間は見たいものだけを見て生きてるわけじゃない! 周りの状況を確認することだってある! 視線が動いた回数だけで何が分かるんだ!」
「記録は事実を示すものであり、意図を断定するものではありません」
監視特化は淡々と答えた。
「では、なぜ記録した!」
「愛する主人公様の行動を把握するためです」
「答えになってない!」
「私たちの愛を把握するためでもあります♡」
エンジェルが嬉しそうに付け加えた。
「何で俺たちの視線の記録が、お前たちの愛の話になるんだよ!」
「主人公様の一挙手一投足が、私たちの愛と無関係であるはずがありませんから♡」
「無関係でいさせてくれ!」
リリムがすかさず口を挟んだ。
「ちょっと待ちなさい! そもそも、他人を見たこと自体が悪いわけじゃないでしょう! 海水浴場には人がいるし、競技中ならなおさらよ。視線の回数を数えることと、浮気や不誠実な行動をしたことは別問題じゃない!」
「もちろんですわ」
魔導があっさり頷いた。
「では、なぜ問題にするのよ!」
「問題にしているのではありません。気になるのですわ♡」
「言い方を変えただけじゃない!」
魔導は胸に手を当て、うっとりと目を細めた。
「だって、愛する人がどこを見ているのか、誰に関心を向けているのか。気になってしまうのは当然でしょう?」
「当然じゃないわよ! 少なくとも、全員で記録して集計するほど当然じゃない!」
「それほど愛が深いということですわ♡」
「愛の深さを回数で証明しようとしないで!」
リリムのツッコミがテントに響いた。
嫉妬が、主人公の袖をそっとつまんだ。
「……でも、主人公。私たちがいるのに、ほかの女性を見ていたら、少し寂しくならない?」
「いや、だからな。視線が向いたことと、その人に特別な関心があることは違うだろ?」
「うん。頭では分かっているよ」
嫉妬は微笑んだ。
「でも、心は別なの。主人公が私だけを見てくれたら、もっと嬉しい。私以外を見る必要なんてないって思ってしまうの」
「必要がないって……」
「だって、私は主人公だけを見ているもの」
嫉妬は主人公の袖を握る手に力を込めた。
「だから、主人公にも私だけを見てほしい。私が主人公を特別に思っているように、主人公にも私を特別に思ってほしいの」
「気持ちは分かった! 分かったから袖を握りつぶすな!」
「……嫌?」
「嫌というか、袖が伸びる!」
「じゃあ、手を握ってもいい?」
「話が飛躍してないか!?」
「だって、主人公に触れていたいんだもの♡」
「結局そこか!」
慈愛も穏やかに頷いた。
「私も、主人公様には私たちをたくさん見ていただきたいです。私たちがどれほど主人公様を愛しているのか、もっと知っていただきたいですから」
「それなら、普通に言えばいいだろ! 何で監視記録が必要なんだ!」
「主人公様が私たちを見てくださる時間が増えれば、嬉しいですもの♡」
「だから、それはお願いであって、視線の回数を数える理由じゃない!」
リリムが即座に突っ込んだ。
「しかも、みんな自分たちの気持ちばかり主張してるけど、主人公にも目があるのよ! 視界に入ったものを見ないようにしろなんて、無茶苦茶でしょう!」
「目があるから見るのですわね」
魔導がにっこりと笑った。
「でしたら、その目で私たちを見ていただけばよろしいのでは?」
「屁理屈の完成度だけは高いわね!」
「お褒めにあずかり光栄ですわ♡」
「褒めてない!」
科学が腕を組んだ。
「確かに、視線の回数だけで不適切な意図を判断することはできません。しかし、私たちが主人公様により多く見つめていただきたいと望むことまで、否定される理由はありませんね」
「望むのは自由だ! 記録を取るのも、まあお前たちの勝手だ! だが、それを理由に俺たちを責めるな!」
主人公が力説する。
薬学も頷いた。
「記録と評価は分けるべきです。男性陣に不適切な行動があったとする根拠は、現時点ではありません」
「ほら! 専門家もそう言ってるぞ!」
「ええ。問題行動が確認できなかったことは理解しています」
神羅万象が冷静に答えた。
「ですが、私たちが主人公様を独占したいと思う気持ちまで、なくなるわけではありません」
「独占欲を科学的な報告で正当化するな!」
主人公が叫ぶ。
魔導は、まるで何も問題がないかのように微笑んだ。
「正当化など必要ありませんわ。これは愛ですもの♡」
「最強の免罪符みたいに使うな!」
リリムがすかさず突っ込んだ。
魔導は楽しそうに続ける。
「主人公様がほかの女性を見た。私たちは少し気になった。だから記録した。何かおかしなことがありますか?」
「全部おかしいわよ! 気になったからって、監視して記録して会議まで開くのが普通だと思ってるの!?」
「普通かどうかは重要ではありませんわ」
「重要よ!」
「私たちにとって大切なのは、主人公様ですから♡」
女性陣が一斉に頷いた。
「主人公様のことなら、どんな小さなことでも知りたいです♡」
「主人公様の視線の先も、気持ちの動きも、把握していたいです」
「主人公様が何を考えていらっしゃるのか、もっと知りたいですわ」
「主人公様のことを考える時間なら、いくらあっても足りません♡」
「……お前たち、愛の重さを競ってないか?」
格闘特化が引きつった笑みを浮かべた。
「競ってはいませんわ」
魔導が答えた。
「皆様が主人公様をどれほど愛しているか、それぞれに示しているだけです♡」
「競争より厄介じゃねえか!」
主人公は頭を抱えた。
その様子を見た嫉妬が、少しだけ不安そうに尋ねた。
「……主人公。私たちの愛、重すぎる?」
主人公は言葉に詰まった。
「いや、その……」
「重くても、受け止めてくださいますよね?」
慈愛が柔らかく微笑む。
「私たちは主人公様を愛していますから。簡単に諦めることはできません♡」
「そこは少しは諦める努力をしてくれ!」
「努力はいたしますわ」
魔導が即答した。
「ただし、主人公様への愛を諦めるつもりはありません♡」
「努力する場所が違う!」
リリムが両手で顔を覆った。
「もう駄目だわ……。この人たち、話し合いをしているようで、最初から結論が決まってる……」
「結論?」
主人公が顔を上げる。
「ええ。『私たちはあなたを愛しています。だからあなたのことを何でも知りたいです。嫌がってもやめません』。そういうことでしょう?」
女性陣は一瞬だけ沈黙した。
そして。
「……リリムさん、よくお分かりになりましたね♡」
エンジェルが感心したように言った。
「感心しないで! そんな結論を当てたくなかった!」
リリムの悲鳴がテントに響いた。
*
「……それで、結局どうなるんだ?」
主人公が疲れ切った声で尋ねた。
神羅万象が資料を閉じる。
「本日の記録については、視線の回数だけで問題行動と判断しないことを確認しました。男性陣に不適切な行動があったとは認められません」
「よし!」
主人公が拳を握る。
「では、反省会はこれで終了です」
「やっと終わったあああ!」
格闘特化が両手を上げた。
しかし、魔導が微笑みながら手を挙げた。
「ひとつ、よろしいでしょうか?」
「まだあるのかよ!」
「今回、主人公様が私たちを褒めてくださったことは、とても嬉しかったですわ♡」
魔導は主人公を見つめた。
「ですから、次回はもっとたくさん褒めていただけるよう、私たちも努力いたします」
「努力って何をするつもりだ!?」
「もちろん、主人公様にもっと魅力的だと思っていただけるように、ですわ♡」
「それなら普通にいい話じゃないか……」
主人公が安堵した瞬間、エンジェルがバインダーを開いた。
「では、次回の観察項目に『女性陣への称賛回数』を追加しますね♡」
「追加するな!」
「主人公様が誰を何回褒めてくださったか、記録しておけば、皆様の努力の成果も分かりますから♡」
「褒めることまで数値化するな!」
科学が真剣に考え込む。
「比較するのであれば、褒めた回数だけでなく、内容や状況も記録する必要がありますね」
「お前も乗るな!」
薬学が頷いた。
「評価基準を事前に定めておけば、比較の妥当性を確保できます」
「研究会を始めるな!」
慈愛が嬉しそうに手を合わせた。
「では、主人公様が私たち一人ひとりに、ゆっくり愛情を伝えてくださる時間も設けましょう♡」
「それは普通にデートをすればいいだろ!」
「まあ。主人公様からのお誘いですか?」
「そういう意味じゃない!」
嫉妬が主人公の袖をつまんだ。
「……でも、二人きりの時間は欲しいな」
「私もですわ♡」
魔導が反対側の袖をつまむ。
「私も、主人公様とゆっくりお話ししたいです」
慈愛まで手を伸ばした。
「待て待て! 全員で引っ張るな! 俺の腕は二本しかない!」
リリムは深々とため息をついた。
「……もう海水浴じゃなくて、主人公の取り合い大会じゃない」
「愛情を確かめ合う時間ですわ♡」
「名称を変えても、やってることは同じよ!」
女性陣の楽しそうな声がテントに響く。
主人公は天を仰いだ。
今日一日、海水浴は最高だった。
**女性陣の愛が、もう少し常識的だったなら。**
【海水浴場・別の砂浜】
そのころ、アスタロト、ベリアル、ドミニオンズの三人は、美女たちとともに海を楽しんでいた。
ふと、アスタロトが遠くにあるテントへ目を向けた。
「……そういえば、あちらはどうなったのでしょうね」
「まだ騒いでいるんじゃないか?」
ベリアルが肩をすくめる。
「少し様子を見てみますか」
ドミニオンズの提案に、二人も頷いた。
三人は美女たちに断りを入れ、テントのある方向へ歩いていった。
【海水浴場・テント付近】
テントの陰から中を覗くと、そこでは男性陣が女性陣に取り囲まれ、エンジェルが次回の観察項目について熱弁を振るっていた。
「次回は、男性陣の発言回数も記録してみてはいかがでしょう♡」
「なんで発言まで記録されなきゃならないんだ!」
「そもそも、何を基準に数えるつもりだ!?」
「発言の内容も分類すれば、より精度の高い分析が可能ですね」
「研究会を始めるな!」
リリムの悲鳴じみたツッコミまで聞こえてくる。
その光景を目の当たりにした三人は、そっと顔を見合わせた。
「……なるほど。想像以上ですね」
アスタロトが苦笑する。
「俺たちが参加しなくて正解だったな」
ベリアルも同意する。
「秩序を乱さず、観察する側に回るのも、たまには悪くありません」
ドミニオンズは冷静に頷いた。
そのとき、テントの中にいた主人公が、ふと入り口の方に目を向けた。
「あっ! アスタロトたち!」
三人の姿を見つけた主人公の表情が、ぱっと明るくなった。
「おい、ちょっと待ってくれ! 頼む、こっちに来てくれ!」
(助かった……! ようやく味方が来てくれた!)
主人公は、救いの手を求めるように三人へ手を伸ばした。
ところが、アスタロトはにこやかに微笑むと、軽く手を振った。
「では、私たちはこの辺で失礼します」
「お先に」
ベリアルもあっさりと踵を返す。
「皆様、どうぞ引き続き、話し合いをお楽しみください」
ドミニオンズまで丁寧に一礼した。
「待てよ、お前らあああああ!」
主人公の絶叫が、夕暮れの海水浴場に響き渡った。
三人は振り返ることなく、美女たちの待つ砂浜へと戻っていった。
そしてテントの中では、何事もなかったかのようにエンジェルが記録帳を開いていた。
「では、次回の記録項目に『助けを求めた回数』も追加しておきますね♡」
「増やすなあああああ!」
男性陣の悲鳴が、再び夕暮れの海水浴場に響き渡った。
そしてリリムは、改めて心に誓った。
(……次に海水浴を提案するときは、絶対に反省会を禁止事項に入れておこう)
もっとも、その提案が採用されるかどうかは、また別の話だった。




