リリム みんなで海に行きましょう2
## 【海水浴場・到着】
「……なんか、見知った顔がいるんだが」
砂浜に降り立った主人公は、早くも頭を抱えた。
サングラスをかけ、優雅に手を振っているのはアスタロトだった。
その隣にはベリアル。さらに周囲には、きらびやかな水着姿の美女たちが何人も集まっている。
「おや。奇遇ですね」
「アスタロトにベリアル……。何でお前らがいるんだ?」
「魔界にも休日はありますからね」
アスタロトは涼しい顔で答えた。
彼は冷静沈着で知的な話し方をする一方、相手を決して見下さない。必要なときには的確な助言を与え、相手の立場を考えた対応もできる。
そのため、魔界の女性たちからは、信頼できる上司や恋人の理想像として人気が高かった。
感情を大きく表に出さないからこそ、ふとした優しさが強く印象に残るのだという。
「……お前、また女性陣を増やしてないか?」
「人聞きが悪いですね。皆さん、それぞれ自分の意思で来てくださったのですよ」
「そういうところが人気の理由なんだろうな……」
ベリアルが苦笑した。
彼はアスタロトとは対照的に、常識人らしいツッコミと、ときおり見せる熱血さが魅力らしい。
「一緒にいると安心する」「怒っても最後はフォローしてくれる」と評判で、彼の周囲にもファンや恋人が絶えなかった。
「まあ、せっかくの休日だからな。楽しんでいこうぜ」
ベリアルが肩をすくめる。
さらに、その隣にはドミニオンズの姿もあった。
彼の周囲には、清楚な雰囲気の美女たちが複数控えている。
秩序を重んじる真面目さと、相手の事情を聞いて柔軟に対応する優しさ。その両立が天界の女性たちから支持されているらしい。
「……天界も魔界も、暇なのか?」
主人公がぼやいた。
「失礼ですね。私たちも休暇を楽しんでいるだけです」
ドミニオンズが真面目に答えた。
リリムが呆れた顔で呟く。
「魔界、天界の連中が、普通に海水浴してるのよね……」
「過去の戦いと休日の過ごし方は別問題でしょう」
ドミニオンズは至極真面目だった。
その様子を、少し離れた場所から魔導が観察していた。
「……興味深いですわね」
「何がですか?」
エンジェルがバインダーを開く。
「あちらの美女たちに、男性陣の視線がどれほど向くのか。観察するにはちょうどよい環境ですわ」
「記録します♡」
監視特化と潜入特化も、自然な位置取りで観察を開始した。
アスタロトは、その動きに気づいていた。
「……ああ、やっていますね」
ベリアルも苦笑する。
「例の視線回数を数えるやつだな」
ドミニオンズが静かに頷いた。
「観察されているようです」
三人は顔を見合わせた。
「……放っておきましょう」
アスタロトが即決した。
「俺たちまで巻き込まれるのは面倒だからな」
ベリアルも同意する。
「秩序を乱す必要はありません」
ドミニオンズも納得した。
こうして、アスタロト・ベリアル・ドミニオンズ一行は、主人公たちとは別行動を取ることにした。
「では、良い海水浴を」
アスタロトが手を振り、美女たちを連れて去っていく。
主人公は遠くからその背中を見送った。
「……なんか、あいつらだけ気楽でいいよな」
「気にすることありませんわ♡」
魔導がにこやかに答えた。
「私たちは、私たちのやり方で楽しみますもの」
主人公は嫌な汗をかいた。
*
## 【海水浴場・午前――水着姿の女性陣】
「海だあああああっ!」
格闘特化が砂浜を駆け出した。
「おい、待て! 準備運動くらいしてから行け!」
主人公が呼び止める。
「細かいことはいいんだよ! 今日は遊ぶぞ!」
「元気だな、お前……」
主人公は苦笑しながら荷物を置いた。
やがて、女性陣が着替えを終えて姿を現した。
最初に目に入ったのは、神羅万象だった。
普段の落ち着いた雰囲気はそのままに、上品な水着を身につけている。派手に着飾っているわけではない。それでも、いつもとは違う装いが彼女の美しさを際立たせていた。
主人公は思わず言葉を失った。
(……あれ?)
普段は世界の法則を平然と整え、こちらの都合などお構いなしに話を進める相手だ。
その印象が強すぎて、容姿を改めて意識する機会がなかった。
(いや、よく考えたら……こいつ、普通に美人だったんだな)
「主人公様?」
神羅万象が微笑む。
主人公は少し気恥ずかしそうに頭をかいた。
「……お前、美人だったんだな」
神羅万象が固まった。
「……え?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、彼女の頬がほんのりと赤くなった。
「そ、そうですか……。主人公様に、そう言っていただけるとは……」
普段なら、どんな事態でも落ち着いて受け流す彼女が、珍しく言葉を詰まらせている。
(こういう言葉を、正面からいただけるのは嬉しいものなのですね)
神羅万象は胸の内で喜びをかみしめた。
彼女にとって、主人公は世界の法則を整えることよりも、自分たちの愛情を受け止めてくれるかどうかが重要な存在だった。
その相手からの何気ない一言だからこそ、軽く流すことなどできない。
しかし、すぐに表情を整えた。
(これは重要な確認事項です。主人公様が私の容姿をどう認識しているのか、今後の参考にしなければ)
「……今の発言、記録してもよろしいでしょうか?」
「何でだよ!」
「大切な言葉ですから」
「記録するな!」
その隣から、魔導が顔を覗かせた。
華やかな水着に身を包み、いつもの余裕たっぷりの笑顔を浮かべている。
「まあ♡ 主人公様。私のことも、ぜひご覧になってくださいませ」
「いや、もう見てるけど……」
「それで?」
魔導は期待するように首を傾げた。
「……お前も美人だったんだな」
魔導の笑顔がぴたりと止まった。
「…………」
「……魔導?」
「まあああああ♡」
魔導が両手で頬を押さえた。
「今の、もう一度お願いできますかしら!」
「何でだよ!」
「聞き間違いがあってはいけませんもの!」
「一回で十分だろ!」
「主人公様が私を美人だと認めてくださった……。しかも、わざわざ言葉にしてくださった……」
魔導はうっとりと目を細めた。
普段の主人公は、彼女の言葉を警戒し、話の裏を読み、簡単には思いどおりになってくれない。
それでも、自分の魅力を認めていると分かったことは、彼女にとって大きな収穫だった。
(これは使えますわね。今後、主人公様が私のお願いを断ろうとしたときにも……いえ、焦ってはいけませんわ。大切なのは、少しずつ距離を縮めることですもの♡)
「主人公様。今後も、気づいたことがあれば遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「いや、今日だけでいいだろ!」
「照れなくてもよろしいですわ♡」
「照れてねえ!」
「その反応も素敵ですわ♡」
「何を言ってもそっちに持っていくな!」
魔導は満足そうに笑った。
続いて、科学が歩み寄ってきた。
普段の機能的な服装とは異なり、すっきりとしたデザインの水着を着ている。飾り気は少ないが、整った容姿と知的な雰囲気がよく似合っていた。
「科学も美人だったんだな」
「……観察結果を述べるような口調ですね」
科学は眼鏡の位置を直した。
「いや、普通に思ったことを言っただけだ」
「そうですか」
科学は一度視線を逸らした。
(外見を評価されたこと自体は、珍しい経験ではありません。しかし、主人公さんから不意に言われると……予想以上に意識してしまいますね)
彼女は内心の動揺を分析しようとした。
(心拍数が上がっている。これは気温の影響か、それとも……)
「科学?」
「いえ。問題ありません」
「顔、ちょっと赤いぞ?」
「気温の影響です」
「そうか?」
「そうです」
科学は即答した。
(……今の発言を、もう少し客観的に分析する必要がありますね)
「主人公さん。今の評価は、普段の私と比較したうえでのものですか?」
「え?」
「水着姿という条件が加わったために印象が変化したのか、それとも、単に今まで意識していなかっただけなのか。そこを確認したいのですが」
「褒めたら分析が始まった……」
「重要な違いです」
「いや、そんなに深い意味はないって!」
「そうですか。では、その回答も記録しておきます」
「科学まで記録するな!」
薬学が、少し困ったように笑いながら近づいてきた。
落ち着いた色合いの水着が、彼女の穏やかな雰囲気によく似合っている。
「主人公さん。私の水着は、どうでしょうか?」
「薬学も美人だったんだな。似合ってるよ」
「……ありがとうございます」
薬学は微笑んだ。
しかし、すぐに考え込むように顎に手を当てる。
(外見を褒められたときに、素直に嬉しいと感じる。特に問題のない反応ですね)
(……問題がないのに、どうしてこんなに意識してしまうのでしょう)
「主人公さん」
「ん?」
「先ほどの発言ですが、今後も同じように感じるということでしょうか?」
「いや、今見て思ったことだよ」
「なるほど。現時点での評価ということですね」
薬学は真面目に頷いた。
「では、次回も同じ評価になるかどうかは、次回の状況を確認する必要がありますね」
「何で評価試験みたいになってるんだよ!」
「いえ、念のためです」
「念のためが多すぎる!」
薬学は微笑んだまま、少しだけ頬を赤らめた。
(……でも、嬉しいものですね)
次に現れたのは、慈愛だった。
柔らかな色合いの水着を身につけ、いつもの優しい笑顔を浮かべている。
「慈愛も……美人だったんだな」
「まあ……♡」
慈愛は嬉しそうに胸元で手を合わせた。
「主人公様にそう言っていただけるなんて、幸せです」
「いや、普段からそう思ってなかったわけじゃないぞ?」
「本当ですか?」
「本当だよ」
「では、これからも時々、言葉にしていただけますか?」
「……時々なら」
「ありがとうございます♡ 大切にしますね」
慈愛は穏やかに微笑んだ。
彼女にとって、主人公の愛情は急かして手に入れるものではない。少しずつ言葉を交わし、相手の気持ちを確かめながら、二人で育てていくものだった。
けれど、その優しさの奥には、主人公の心を誰よりも深く理解し、いつまでもそばにいたいという強い願いがある。
「主人公様」
「まだ何かあるのか?」
「もし私が、今日一日ずっと主人公様のそばにいたら……嬉しいですか?」
「まあ、一緒に来たんだから、そりゃあな」
「ふふ。よかったです♡」
「……何か企んでないか?」
「いいえ。嬉しかっただけですよ?」
慈愛の笑顔は、いつもどおり優しかった。
その優しさが、主人公には少しだけ不安だった。
続いて、嫉妬がやってきた。
彼女は少し緊張した様子で、主人公の前に立った。
「……主人公」
「ん?」
「私の水着、変じゃない?」
普段は独占欲を隠そうともしない彼女だが、今は珍しく、主人公の反応をうかがっていた。
「変じゃないよ。似合ってる。……美人だったんだな」
「…………!」
嫉妬の顔が、一気に赤くなった。
「ほ、本当に?」
「本当だよ」
「……そっか」
彼女は俯いた。
(主人公が、私を美人だって……)
胸の奥が熱くなる。
(嬉しい。すごく嬉しい)
だが、喜びと同時に、別の感情も湧き上がった。
(……でも、ほかの人にも同じことを言ったの?)
「ねえ、主人公」
「何だ?」
「ほかのみんなにも、同じことを言ったの?」
「えっ?」
「神羅万象にも、魔導にも、科学にも……?」
「いや、それは……」
「……そう」
嫉妬の笑顔が、少しだけ薄くなった。
「みんな美人なんだものね」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
「大丈夫。私も、主人公に褒めてもらえて嬉しかったから」
彼女は主人公の腕にそっと触れた。
「でも、次は私を一番に褒めてね」
「順位をつけるな!」
「……お願い」
その声が思いのほか真剣だったため、主人公は言葉に詰まった。
「……分かった。なるべくな」
嫉妬の表情がぱっと明るくなる。
「約束ね」
(主人公が私を褒めてくれた。これは大切な思い出。でも、次は一番に……)
彼女は、その言葉を心の中で何度も繰り返した。
監視特化は、少し離れたところから一連のやり取りを観察していた。
落ち着いた水着姿の彼女は、いつもと変わらず表情の変化が少ない。
「主人公さん」
「監視特化か」
「私の外見について、何か所見はありますか?」
「所見って……」
主人公は思わず苦笑した。
「……監視特化も美人だったんだな」
「了解しました」
「いや、何で業務報告みたいな返事なんだよ!」
「主人公さんによる外見評価を確認しました」
監視特化は端末に入力した。
「記録するな!」
「重要な観察結果です」
「何が重要なんだ!」
「普段の服装と水着姿で、主人公さんの評価に変化が生じたためです」
「俺の感想を研究対象にするな!」
監視特化は少しだけ目を細めた。
(主人公さんは、私を美人だと認識していた。しかし、普段はそれを口にしなかった)
(今回の発言は、環境の変化によって表面化した評価と考えられる)
彼女は端末を閉じた。
(……記録しておいてよかった)
潜入特化は、少し離れた場所から様子をうかがっていた。
普段は周囲に溶け込み、相手の注意を引かずに行動する彼女も、今日は水着姿だ。いつもの変装や潜入装備とは違う、自然な装いだった。
「潜入特化も、今日は雰囲気が違うな」
主人公が声をかけた。
「……そうですか?」
「うん。美人だったんだな」
潜入特化は、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
「……ありがとうございます」
いつものように冷静に返そうとしたが、声がわずかに揺れた。
(不意打ちですね……)
(潜入任務なら、相手の反応を読む側です。自分がこんなふうに動揺するとは)
彼女は表情を整えた。
「主人公様。今の発言は、私が普段とは違う姿だったからでしょうか?」
「まあ、そういうのもあるかもしれないな」
「なるほど……」
潜入特化は小さく頷いた。
(普段の私も、見てくださっているのでしょうか。それとも、今日だけ……)
「……いえ、何でもありません」
「何だよ?」
「任務上の確認です」
「今日は任務じゃなくて海水浴だろ!」
「そうでしたね」
潜入特化は、少しだけ微笑んだ。
そして、最後にエンジェルが胸を張って現れた。
いつものバインダーは砂浜の荷物置き場に置いてきたらしい。今日は記録係ではなく、一人の女性として水着姿を披露している。
「主人公様♡ 私の水着はいかがでしょうか?」
主人公は、少し驚いたように彼女を見た。
「エンジェルも美人だったんだな」
「…………」
エンジェルが固まった。
「……主人公様?」
「いや、似合ってるよ」
「……本当ですか?」
「ああ」
エンジェルの顔が、みるみるうちに明るくなった。
「ありがとうございます! ありがとうございます、主人公様♡」
「いや、そんなに喜ぶことか?」
「もちろんです! 主人公様から直接お褒めいただいたのですから!」
エンジェルは、思わず両手を握りしめた。
(主人公様が、私を美人だと……!)
(これは記録すべきでしょうか。いえ、今は記録係ではなく、褒めていただいた本人です!)
(ですが、忘れてしまうのはもったいない……!)
「主人公様!」
「な、何だ?」
「今のお言葉、私の心に永久保存いたします♡」
「心にしまっておけ! 記録媒体に移すなよ!」
「もちろんです! 心にも、記録にも……」
「記録するなって言っただろ!」
エンジェルは慌てて口を押さえた。
そのやり取りを見ていたリリムが、最後に近づいてきた。
「……ねえ」
「ん? リリムか」
リリムは少し気まずそうに視線を逸らした。
「私のことは?」
「え?」
「……みんなには言ってたじゃない」
主人公は、そこでようやく気づいた。
「……ああ」
リリムは腕を組んだ。
「別に、褒めてほしいわけじゃないけど。私だけ何も言われないのも、なんか変でしょ」
「いや、そうだな。リリムも美人だったんだな」
「…………」
リリムは一瞬、言葉を失った。
「……そう」
頬が少し赤くなっている。
「ありがと」
それだけ言うと、彼女はぷいと顔を背けた。
(……まったく。こういうところだけ、妙に素直なんだから)
リリムは内心でため息をついた。
(でも、まあ……悪い気はしないわね)
「リリム?」
「何よ」
「いや、顔が赤いぞ」
「暑いだけよ!」
「そうか?」
「そうなの!」
リリムは主人公の肩を軽く叩いた。
「ほら、いつまでもぼーっとしてないで遊ぶわよ!」
「お、おう!」
主人公は、ようやくいつもの調子に戻った。
女性陣は、それぞれ異なる反応を見せていた。
神羅万象は、主人公の言葉を大切な確認事項として心に刻んでいる。
魔導は、褒められた事実を今後の会話に利用する気満々だった。
科学と薬学は、予想外の動揺を分析しようとしている。
慈愛は、主人公の素直な言葉を嬉しそうに受け止めた。
嫉妬は、自分を一番に褒めてほしいと願っている。
監視特化と潜入特化は、それぞれ別の意味で主人公の発言を記憶していた。
エンジェルは、心の中で何度も「美人」と繰り返している。
そしてリリムは、少しだけ嬉しそうに砂浜を歩いていた。
主人公は、そんな彼女たちの様子を見て満足そうに頷いた。
(……うん。みんな、普通に美人なんだよな)
(普段は性格や能力のインパクトが強すぎて、改めて考える機会がなかったけど)
(今日は、こういう一面も見られてよかった)
「……よし。今日は普通に海水浴を楽しもう」
主人公は、そう決めた。
「……元気ですわねえ」
魔導がパラソルの下で微笑む。
「せっかくの海水浴ですもの。皆様、今日は仕事も作戦も忘れて楽しみましょう♡」
「魔導がそう言うと、何か企んでいるように聞こえるんだが」
「失礼ですわね! 今日は本当に何も企んでいませんわ!」
「本当に?」
「……たぶん?」
「おい!」
「もうそのやり取り、車の中でも聞いたんだけど……」
リリムが呆れた声を漏らした。
神羅万象が、穏やかな笑みを浮かべて一同を見渡した。
「まあまあ。今日は全員で楽しむために来たのですから。細かいことは気にせず、遊びましょう」
「そうだな。今日は普通に海水浴を楽しもう」
主人公も頷いた。
このときは、誰もが本当にそう思っていた。
少なくとも、夕方に男性陣だけの反省会が開催されるとは、まだ誰も知らなかった。
リリムだけは、なぜか少し嫌な予感がしていた。




