リリム みんなで海に行きましょう1
# 番外編――海水浴
## 【出発前・主人公の屋敷】
「主人公様!」
リリムが目を輝かせてリビングに飛び込んできた。
「ん? どうした、リリム」
「魔王様との戦いに勝利して、私たちへの愛を証明してくださったのですから! みんなでパーッと海に遊びに行きましょう♡」
「……は?」
主人公は、持っていたカップを置いた。
「海水浴ですわ! 勝利の祝賀も兼ねて、全員で海へ行きましょう!」
「いや、普通に家でゆっくりしたいんだけど……」
「駄目ですわ! せっかくの勝利なのですから、みんなで楽しまないと!」
リリムは本気だった。
魔王との戦いを終え、ようやく落ち着いた日常が戻ってきたのだ。せっかくなら、みんなで羽を伸ばしたい。
彼女の提案に、格闘特化が真っ先に賛同した。
「海か! いいじゃねえか! 思いっきり体を動かせるぞ!」
「海水浴でまで鍛錬をするつもりなのか……」
主人公が呆れる。
「せっかくの休日ですもの。ゆっくり過ごすのも悪くありませんね」
慈愛が微笑み、薬学も頷いた。
「日光浴や適度な運動は、気分転換にもなりますからね」
「でしたら、事前に海水浴場の環境と安全性を確認しておきましょう」
科学が早くも計画を立て始める。
「水着の準備も必要ですわね♡」
魔導が楽しそうに扇子を開いた。
「……何だか、話が大きくなってないか?」
主人公の懸念をよそに、女性陣は次々と準備の話を始めた。
こうして、海水浴の開催が決定した。
もっとも、リリム自身はまだ知らなかった。
自分の純粋な提案が、別の計画の入り口になっていたことを。
*
## 【屋敷・別室】
「リリムさんの提案、悪くありませんわね」
魔導が扇子を開きながら微笑んだ。
その向かいでは、エンジェルがいつものバインダーを抱えている。
「せっかくの機会ですもの。何か記録できることがあれば、今後の参考になりますね♡」
「ですが、普通に遊ぶだけでは少し物足りませんわ」
魔導は楽しそうに目を細めた。
「森羅万象さんに相談してみましょうか」
二人は神羅万象のもとへ向かった。
神羅万象は紅茶を一口飲んでから、持ちかけられた話を聞き、静かに微笑んだ。
「……面白いですわね」
「何か案がおありですか?」
「主人公様が、私たちへの愛をどれほど大切にしてくださっているのか。開放的な海水浴場であれば、普段とは違った一面を確認できるかもしれません」
「なるほど♡」
エンジェルがバインダーを開いた。
「では、愛情確認計画の特別編ですね!」
神羅万象は、あらかじめ用意していた計画書を取り出した。
表紙には、こう記されていた。
**『主人公様の愛情確認計画――海水浴特別編』**
「……準備が早すぎませんか?」
魔導が目を丸くする。
「何事も準備が大切ですから」
神羅万象は涼しい顔で答えた。
「今回は、男性陣の自由な行動を観察します。女性への視線、周囲への配慮、仲間が困ったときの対応。そして、予想外の状況でどのように振る舞うのか」
「記録係は監視特化さんと潜入特化さんにお願いしましょう。私は資料の整理を担当します♡」
エンジェルが胸を張る。
「事実の記録と評価は分けるべきですわね。観察した事実から、すぐに問題行動だと判断してはいけません」
神羅万象は念を押した。
「もちろんです。最終評価は私が行います」
「評価基準は?」
魔導が尋ねる。
「……皆さんで検討しましょう」
神羅万象は一瞬だけ間を置いた。
「少なくとも、主人公様を困らせること自体が目的になってはいけませんから」
「ええ、分かっていますわ♡」
魔導の笑顔は、どこまで本気なのか分からなかった。
「では、計画を進めますわね」
こうして、リリムの純粋な祝賀提案は、いつの間にか愛情確認計画へと変貌した。
*
## 【海水浴場・到着前/車内】
「……というわけで、今回の海水浴は男性陣の行動確認も兼ねていますわ」
魔導が手元のメモを眺めながら、科学と薬学に説明した。
「行動確認、ですか?」
薬学が首をかしげる。
「ええ。普段、あの方たちは私たちに振り回されていますでしょう? ですから今回は、こちらが何も言わずに自由に過ごしていただき、その行動を観察するのですわ」
「観察項目は?」
科学が尋ねる。
「女性への視線、周囲への配慮、仲間が困っている際の対応。それから、ナンパなどの予想外の状況でどう振る舞うか、といったところですわね」
「なるほど。自然観察型の行動評価ですね」
科学は納得したように頷いた。
「記録と評価は分けるべきでしょう。視線を向けた事実と、それが何を意味するかは別問題です」
「私も同意します。視線の回数だけでは、本人の意図までは分かりませんから」
薬学も頷いた。
「お二人とも、真面目ですわねえ」
魔導が笑う。
「ところで、評価が悪かった場合はどうするのですか?」
「何もいたしませんわ」
魔導は即答した。
「減点した記録を保管し、次回の海水浴で比較するだけですもの」
「それを何度も繰り返すのでは?」
「当然ですわ♡」
「やっぱり何かする気じゃないですか!」
薬学が思わず声を上げた。
「男性陣が何も問題のない行動を取った場合は、きちんと合格にしますわよ?」
「合格の基準は?」
「私たちが納得できるかどうかですわ♡」
「客観性が消失しましたね」
科学が即座に指摘した。
「それでは試験ではなく、気分による査定です」
「まあ、そうとも言いますわね」
「認めるんですか!」
そのとき、後部座席から呆れた声がした。
「……あのさ」
リリムが三人を見ていた。
「普通に海水浴を楽しむんじゃなかったの?」
「もちろんですわ♡」
魔導が笑顔で答える。
「男性陣には普通に楽しんでいただきます。私たちはその様子を普通に記録するだけですわ」
「その『普通』に、ものすごく悪意を感じるんだけど」
「気のせいですわ」
「絶対に気のせいじゃないでしょ……」
リリムは深いため息をついた。
「そもそも、男性陣が何も問題を起こさなかったらどうするの?」
「そのときは、何も問題がなかったという結果になりますわ」
「じゃあ、問題がなかったら反省会はなしね?」
「……それは、評価会議で検討しますわ」
「ほら! もう反省会をやる気満々じゃない!」
車内に笑い声が広がった。
魔導はメモを閉じ、満足そうに微笑んだ。
「では、皆様には何も知らせず、普通に楽しんでいただきましょう」
「その裏で、こっちは採点するんでしょ……」
リリムは窓の外を眺めた。
「海に着く前から、もう疲れたんだけど」
もちろん、当の男性陣はそんな計画が進んでいるとは夢にも思っていなかった。




