主人公vsルシファー6 決着
**番外編――魔界殴り込み、そしてルシファーとの決戦**
*
【魔界・魔王城・謁見の間】
砕けた床。崩れた柱。壁に走る無数の亀裂。
その中央で、主人公は荒い呼吸を繰り返していた。
ルシファーは悠然と立っている。
「どうした、人間。先ほどまでの威勢はどこへ行った?」
黒い魔力が渦を巻き、無数の魔力弾が四方から襲いかかった。
主人公は弾き、かわし、受け止める。だが攻撃は止まらない。
「くっ……!」
足が滑る。
「終わりだ!」
ルシファーの拳が腹部へ叩き込まれた。
「ぐはっ!」
主人公が壁に激突する。
「貴様の肉体と技術は認めよう。だが、魔王である俺を倒すには足りん」
主人公は壁に手をつき、どうにか立ち上がった。
「……まだだ」
「ほう?」
「まだ……終わってねえだろうが……!」
拳を握る。腕には疲労が溜まっている。それでも立ち続ける。
ルシファーが静かに見下ろした。
「その執念は見事だ。だが、執念だけで覆せるほど、魔王の力は軽くない」
「……うるせえ」
主人公は俯いたまま、低い声を漏らした。
「お前らは……いつもそうだ」
「何?」
「俺がどれだけ頑張ろうが、どれだけ戦おうが……次から次へと面倒事を持ち込みやがる」
勝手に決められる生活規則。
本人の意思を無視した計画。
どこへ行こうとしても追いかけてくる連中。
「……もう限界だ」
「いい加減にしろよ……!」
その瞬間、主人公を中心に凄まじい衝撃が広がった。
床が砕け、瓦礫が吹き飛ぶ。
ルシファーの表情が変わる。
「……何だ、この圧力は?」
主人公が顔を上げた。
その目には、純粋な怒りが宿っていた。
「……もう、遠慮するのはやめだ」
一歩踏み出す。床が大きく陥没する。
ルシファーが即座に魔力を展開した。
「来るか!」
主人公が消えた。
次の瞬間、拳がルシファーの腹部にめり込む。
「ぐおっ!」
魔王の巨体が宙を舞い、壁を突き破った。
「……何だと?」
ルシファーが体勢を立て直す。だが主人公はすでに目の前にいた。
「遅えよ」
拳が振り抜かれる。
防御した腕が押し込まれ、連続する衝撃で足元に亀裂が走る。
「馬鹿な……!」
ルシファーが魔力を爆発させる。だが主人公は退かなかった。
魔力の奔流を突き破り、再び拳を放つ。
「ぐあっ!」
腹部へ、顎へ、肩へ。
詠唱が完成する前に拳が叩き込まれ、魔法陣が砕け散る。
「詠唱してる暇なんか与えるかよ!」
顔面への一撃。
ルシファーが床を滑り、石畳を深く削った。
*
ルシファーはゆっくりと立ち上がった。
「……なるほど。これが貴様の本気か」
「だったらどうした」
「実に興味深い。ならば、こちらも全力で応えよう!」
魔王城の空気が一変する。
膨大な魔力が集束し、巨大な奔流が押し寄せる。
だが主人公は正面から突っ込んだ。
「何度やっても同じだ!」
拳が魔力を打ち砕く。
一撃、二撃、三撃。止まらない。
ルシファーも魔王の誇りにかけて反撃する。
魔力弾、黒い槍、空間を覆う魔法陣。
しかしすべてが止まることはなかった。
「どうだ! いくら貴様の拳が強かろうと、これを突破することはできまい!」
幾重もの防御結界がルシファーを包む。
主人公は拳を引いた。
そして、何のためらいもなく踏み込んだ。
拳が結界に触れる。
光が弾け、亀裂が走り、次々と崩壊していく。
「なっ……!」
最後の結界を突き破り、胸元へ拳が叩き込まれた。
「ぐおおおおっ!」
ルシファーが吹き飛ばされ、壁へ激突する。
しばらく動かなかった魔王が、片膝をついて顔を上げた。
「……今のは、単純な腕力ではないな」
主人公は拳を握り直した。
「セラフィムと戦った時のことを思い出したんだよ」
「セラフィム……?」
「あいつと戦った時、俺の拳は届かなかった。力が足りなかったわけじゃない。神聖な存在である以上、不純な人間の拳は届かない。そういう法則そのものに拒まれていた」
「あの時は森羅万象が法則を調整してくれた。でも今は違う」
彼の拳に凄まじい力が集まる。
「俺自身の拳で、その拒絶をぶち破る。法則ごとぶち抜く」
ルシファーが目を細めた。
「法則そのものを……突破するというのか」
「そうだ。これが、今の俺の拳だ」
ルシファーは立ち上がった。
傷つき、消耗している。それでも威厳は失っていなかった。
「……見事だ。だが、俺が敗北を認めたわけではない!」
「……そうこなくちゃな」
二人が同時に動く。
拳と拳が激突する。
衝撃波が広がり、窓ガラスが一斉に砕け散った。
だが力の差は明らかだった。
主人公は押し返し、懐へ入り、腹部へ、顎へ、最後に全身の力を込めた一撃を放った。
「これで終わりだ!」
轟音。
ルシファーが床へ叩きつけられ、巨大な亀裂が放射状に広がる。
魔王はしばらく天井を見上げていた。
「……ははっ。ここまで一方的に叩き伏せられるとはな……」
立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。
「……認めよう。今の貴様は、俺を上回っている」
主人公は拳を下ろした。
「……ようやく終わったか。これで俺の勝ちだ。二度と邪魔はさせねえ」
*
【魔界・魔王城・観覧席】
「……主人公様、強すぎませんこと?」
魔導が目を輝かせた。
「ルシファー様の防御結界を、拳だけで突破するなんて……♡」
科学が腕を組む。
「単純な出力の上昇だけではないわね。攻撃を拒絶する法則そのものに干渉できるようになった……」
森羅万象もうっとりと微笑んだ。
「以前はわたくしが法則を調整しなければ届きませんでしたのに。今のご主人様は、ご自身の力で突破なさる……さすがですわ♡」
歓声が沸き起こる。
「主人公様ぁぁぁっ! お見事ですわぁぁぁっ♡」
主人公が肩を落とした瞬間だった。
「主人公様ぁぁぁぁぁっ!!」
リリムが目を輝かせて一直線に駆け寄ってきた。
「主人公様! ありがとうございますわぁぁぁっ♡」
「……は?」
「わたくしのために、魔王ルシファー様を倒してくださるなんて……!」
「…………は?」
リリムは潤んだ瞳で彼を見上げる。
「わたくし、ずっと信じておりましたの! 主人公様なら、きっと魔王様を打ち倒してくださると!」
「いや、俺は別にお前のために――」
「ええ、分かっておりますわ♡ 主人公様は、わたくしへの愛を言葉ではなく、行動で示してくださったのですわね!」
「ねえよ! そんな理由はねえよ!!」
「まあ♡ 照れていらっしゃるのですね!」
「違う!!」
リリムが腕に抱きつく。
「魔界の頂点に立つ魔王様を倒すほどの力を、わたくしへの愛のために振るってくださった……。これ以上の愛の証明がございますか!?」
「存在しねえ!!」
「これで、わたくしと主人公様の愛は魔界公認ですわね♡」
「誰が公認した!?」
その時、魔導がゆっくりと頷いた。
「……なるほど。そういうことでしたのね♡」
「ご主人様が魔王を倒されたのは、わたくしたちへの愛を証明するためだったのですわね♡」
「違う!!」
「考えてみれば当然ですわ。本気を出された理由は、わたくしたちが待つ地上へ帰るため。つまり、あの拳の一撃一撃に、わたくしたちへの深い愛が込められていたのですわ♡」
「勝手に解釈するな!!」
科学も何かに納得したように頷く。
「法則を突破する拳を獲得したのは、わたくしたちとの将来を見据えて、さらなる力を手に入れたということね♡」
「なんでそうなる!?」
薬学が微笑む。
「ご主人様が無事に帰ってきてくださった。それだけで十分ですわ♡ でも、わたくしたちのために魔王様まで倒してくださったなんて……」
「だから、違うって言ってるだろ!」
慈愛が手を合わせる。
「ご主人様……。そこまでわたくしたちを大切に思ってくださっていたのですね♡」
「お前ら、人の話を聞けえええええ!!」
だがヤンデレたちは一切ひるまなかった。
むしろ、否定を照れ隠しと受け取ったらしい。
「ご主人様は、本当に謙虚でいらっしゃいますわ♡」
「愛を誇示なさらないところも素敵ですわ♡」
「これぞ真実の愛ですわね♡」
「違うっつってんだろうがああああああああ!!」
*
【魔界・魔王城・実況席】
アスタロトが記録用紙を静かに置いた。
「……ベリアル」
「ええ。分かっています」
「主人公様は魔王を正面から打ち破り、法則的な障壁まで克服した。戦闘能力の面では完全勝利です」
「ところが、本人が理由を説明する前に、リリムとヤンデレの皆様が独自の解釈を始めてしまいました」
「しかも、その解釈が全員一致している」
ベリアルが額に手を当てる。
「主人公様が魔王を倒した。だから自分たちへの愛が証明された。……論理の飛躍が大きすぎますね」
「ですが、彼女たちにとっては、これ以上ないほど説得力のある結論なのでしょう」
「本人が否定しているのにですか?」
「本人の否定も、照れ隠しとして処理されているようですね」
二人は同時に深いため息をついた。
アスタロトが通信魔法を起動する。
「魔界の皆様、そして地上の皆様。本日の決戦において、主人公様は魔王ルシファー様を打ち破りました。さらに、攻撃を拒絶する法則そのものを突破する、新たな力を示されました」
魔界と地上から歓声が上がる。
「そして、この勝利は単なる戦闘上の決着にとどまりません。魔界と地上の双方が、互いの力を改めて認識する機会となりました」
ベリアルが続ける。
「主人公様が魔王を打ち破ったこと。魔王が敗北を認め、その力を認められたこと。これらは、両世界の関係を見直すための重要な一歩となるでしょう」
「さらに――」
アスタロトがちらりと謁見の間を見た。
リリムが腕を抱きしめ、ヤンデレたちが涙ぐみながら取り囲んでいる。
「主人公様は、大切な方々の待つ地上へ帰還されます。そして、その勝利を通じて、周囲の方々との絆も改めて確認されたようです」
「待て! その説明はおかしい!」
遠くから主人公の声が響く。
しかし通信は止まらなかった。
「魔界と地上の平和へ向けた、新たな一歩。その始まりを、私たちは今、目撃しているのです」
歓声が爆発した。
「主人公様、万歳!」
「魔界と地上の平和に万歳!」
「主人公様の愛に万歳!」
誰もがこの決戦を歴史的な勝利として受け止めていた。
そして実況は、いつしかこう要約されていた。
――主人公は、愛する者たちのために魔王を倒した。
――その勝利が、地上と魔界の平和を切り開いた。
――これこそ、真実の愛の証明である。
もちろん、本人の同意は一切得られていない。
*
【魔界・魔王城・謁見の間】
「…………」
主人公は呆然としていた。
「……おい。アスタロト。ベリアル」
「何でしょう、主人公様?」
「今の実況、どういうことだ?」
「事実を整理しただけですが?」
「どこが事実の整理だ!!」
「主人公様がルシファー様に勝利したことは事実です」
「魔界と地上の双方が大きな関心を示したことも事実です」
「そこまではいい! なんで俺がこいつらへの愛を証明したことになってんだよ!?」
リリムがすかさず顔を上げた。
「まあ♡ 主人公様、まだ照れていらっしゃるのですね!」
「照れてねえ!!」
「それに、魔界と地上の平和まで実現してくださるなんて……。主人公様は、わたくしの想像をはるかに超えるお方ですわ♡」
「お前の想像の話はしてねえ!!」
魔導が反対側から腕を抱きしめる。
「ご主人様、安心してくださいませ♡ わたくしたちは、どのような形で愛を示してくださっても受け止めますわ♡」
「だから愛を示した覚えがねえんだよ!」
「では、今回の勝利は何だったのですか?」
科学が真顔で尋ねた。
「魔王を倒したんだよ!」
「はい。つまり、ご主人様は魔王よりも強いということですね」
「そうだ!」
「そして、魔王よりも強いご主人様が、わたくしたちの待つ地上へ帰ってきてくださる」
「……それがどうした!」
「わたくしたちを大切に思っていらっしゃるからこそ、帰ってきてくださるのですね♡」
「話を飛躍させるなあああああ!!」
ルシファーが床に座り込んだまま、信じられないものを見るような目で一同を眺めていた。
「…………おい」
「何だよ……」
「俺は、つい先ほどまで貴様と命懸けで戦っていたはずだが……」
「そうだよ! 俺は全力で戦って、お前に勝ったんだ!」
「そうだな。そこまでは理解している。だが、なぜ俺が敗北したことが、こいつらへの愛の証明になっている?」
「俺が聞きてえよ!!」
二人の叫びが重なった。
ルシファーがゆっくりとヤンデレたちを見た。
「お前たちは、主人公が俺を倒したことを、本当に自分たちへの愛の証明だと思っているのか?」
魔導が当然だというように頷いた。
「もちろんですわ♡ 主人公様がこれほどの力を発揮されたのですもの。わたくしたちを守り、わたくしたちとの生活を続けるために違いありませんわ♡」
「いや、本人は明確に否定しているが……」
「照れ隠しですわ♡」
「……そうか」
ルシファーは天井を見上げ、主人公を見た。
「……貴様。俺は戦いに敗れたこと自体は認めよう。だが、まさか勝利した後に、これほど理不尽な状況に陥るとは思わなかった」
「奇遇だな。俺もだ」
二人は互いに顔を見合わせ、言葉を失った。
リリムが満面の笑みを浮かべた。
「まあ♡ 主人公様とルシファー様、すっかり意気投合なさったのですね!」
「「違う!!」」
二人の声が、見事に重なった。
しかし、周囲の誰も気にしていなかった。
魔界では、魔王を打ち破った英雄の勝利が祝われている。
地上では、魔界と地上の平和を切り開いた英雄として称えられている。
ヤンデレたちは、主人公が自分たちへの愛を証明してくれたのだと信じて疑わない。
その中心にいる主人公は、ただ一つの願いを抱いていた。
――頼むから、誰か俺の話を聞いてくれ。
世界の法則すら突破した男が、この日、魔界で最も強く実感したこと。
**世界最強の力を手に入れても、ヤンデレたちの解釈だけは突破できない。**
という、あまりにも理不尽な現実だった。




