主人公vsルシファー5 互いの信念をぶつけ合う
【魔界・王城・大広間】
主人公の拳が、再びルシファーの腕と激突した。
轟音。
床に走った亀裂が、さらに広がる。
ルシファーは攻撃を受け止めながら、主人公の動きを見極めていた。
「……なるほど」
彼は低く呟いた。
「ただ怒りに任せているわけではないな」
「当たり前だ!」
主人公は拳を引き、即座に次の一撃を放った。
「俺は本気で怒っているんだ! だからこそ、ここで決着をつける!」
ルシファーはその攻撃を受け流し、反撃を繰り出した。
主人公は身をひねってかわし、すぐさま距離を詰める。
二人の攻防は途切れなかった。
どちらも相手の動きを読み、攻め方を変え、わずかな隙を探している。
人類最強と魔界の王。
その名にふさわしい戦いだった。
*
【魔界・地上全土・合同実況中継】
『両者、再び距離を取りました』
アスタロトは冷静に状況を伝えた。
『ここまでの戦闘で、主人公は王城の大広間を大きく破損させています。一方、ルシファー様も防御に徹するだけではなく、積極的に反撃を行っています』
ベリアルが頷いた。
『どちらも本気ですね。主人公は怒りを原動力にしているようですが、動きに乱れがない。ルシファーもそれを理解したうえで、慎重に戦っています』
『今後の展開は予測できません』
『ええ。ですが、一つだけ確かなことがあります』
『何でしょう?』
ベリアルは映像の中の二人を見つめた。
『この決闘が終わるまで、魔界も地上も誰も仕事に集中できないでしょうね』
『お前が中継しているからだろうが!』
突然、戦闘区域からルシファーの怒声が割り込んだ。
実況中継室が静まり返った。
ベリアルはゆっくりとアスタロトを見た。
アスタロトもまた、無言でベリアルを見返した。
数秒の沈黙。
『……音声回線が、戦闘区域と接続されていたようですね』
アスタロトが淡々と説明した。
『切ってくださいよ!』
『今、切断しました』
『お前たち、絶対に後で覚えていろよ!!』
ルシファーの声は、そこで途切れた。
ベリアルは口元を押さえた。
「……っ、くくっ……!」
「ベリアル。笑わないでください」
「いや、無理でしょう……! 魔王様、自分の決闘を魔界と地上の両方に中継されているうえに、実況者へ直接怒鳴り込んできたんですよ!?」
「正確には、音声回線の接続ミスです」
「あなたが接続したんでしょうが!」
「記録上は、接続設定の不備です」
「責任を回線に押しつけないでください!」
アスタロトは涼しい顔で記録を続けた。
「記録。ルシファー様、実況中継に対して抗議。音声回線の誤接続により、抗議内容が魔界および地上へ配信された」
「可能性じゃなくて、完全に聞こえていましたよ!」
「では、記録を修正します」
アスタロトはペンを動かした。
「抗議内容、魔界および地上へ配信済み」
ベリアルはついに吹き出した。
「ははははは! これはもう、後で怒られるのを覚悟するしかありませんね!」
「あなたも同じ立場です」
「……そうでした」
二人は顔を見合わせた。
そして、ほぼ同時に映像へ目を戻した。
「……続けましょうか」
「ええ。ここで止めるのは、あまりにも惜しいですからね」
*
【魔界・王城・実況中継室】
「……ふふっ」
通信回線から、別の笑い声が聞こえてきた。
ベリアルが顔を上げる。
「今度は誰です?」
『魔導ですわ♡』
「……何をしているんですか?」
『ご主人様が魔王様を圧倒していらっしゃる姿を見て、感動しているのですわ♡』
「まだ圧倒していると決まったわけではありませんよ!」
『ですが、ご主人様は一歩も引いていらっしゃいませんわ♡』
「それはそうですが……」
『しかも、ルシファー様はご主人様の怒りを理解していながら、規則の撤回を先送りになさったのですわ!』
ベリアルは、思わず黙り込んだ。
「……そこは、確かに問題ですね」
アスタロトが静かに頷いた。
「主人公の要求は、自身の生活に関するものです。規則を維持する理由があるとしても、本人の負担を無視してよいことにはなりません」
『そうですわ! ご主人様の生活は、ご主人様自身が決めるべきですわ♡』
魔導の声が、いつになく真剣になった。
『それを理解せずに規則を押しつけた結果が、今回の殴り込みなのですわ!』
ベリアルは少しだけ表情を改めた。
「……なるほど。魔導様にしては、まともな指摘ですね」
『ベリアル様?』
「いえ、何でもありません」
『ご主人様が勝利なさったら、私たちも規則の見直しを要求いたしますわ♡』
「……それは、正当な要求だと思います」
アスタロトは淡々と記録した。
「記録。魔導様、主人公の生活に関する自己決定権を支持。規則の見直しを要求する意向を表明」
ベリアルが小さく笑った。
「今回は、冷やかしだけではないようですね」
『もちろんですわ♡』
魔導の声は、すぐにいつもの調子へ戻った。
『それに、ご主人様が怒っていらっしゃるお顔も素敵ですもの♡』
「結局そこに戻るんですか!?」
ベリアルのツッコミが響き渡った。
【魔界・王城・大広間の外】
「ご主人様……♡」
魔導は主人公の動きを目で追っていた。
「どれほど強い相手でも、決して引かない。そのお姿……本当に素敵ですわ♡」
薬学は戦闘の激しさに眉をひそめた。
「……お願いだから、無茶だけはしないで」
彼女は小さく呟いた。
「怒るのは当然よ。でも、帰ってきたら、ちゃんと休んでもらうんだから」
科学は画面を見つめながら冷静に分析していた。
「ルシファーは主人公の攻撃を受け止めつつ、反撃の機会を探している。主人公もそれを理解して、単純な連打には頼っていないね」
彼女はわずかに口元を緩めた。
「……やっぱり、すごいよ。あれだけ怒っていても、戦い方は合理的なんだから」
潜入特化は両手を強く握りしめていた。
「……自分の意思を取り戻すために戦っている」
彼女の視線は、主人公から離れなかった。
「誰かに決められた生き方ではなく、自分で選んだ道を進む。……私も、そんなご主人様についていきたい」
リリムは胸の前で手を組んだまま、うっとりと主人公を見つめていた。
「主人公様……♡ どうか、そのまま勝ってくださいませ……!」
一瞬、彼女は真剣な表情になった。
「主人公様がどれほど苦しんでいたのか、私にも分かりますわ。誰かに勝手に生活を決められるなんて、耐えられませんもの」
そして、すぐに頬を赤らめた。
「……それに、怒っている主人公様も素敵ですわ♡」
「リリム」
魔導が静かに声をかけた。
「はい?」
「今は黙って見守りましょう」
「……分かりましたわ」
リリムは素直に頷いた。
しかし、その顔には隠しきれない憧れが浮かんでいた。
エンジェルはバインダーに記録を続けていた。
「記録。主人公とルシファー、交戦継続。両者ともに高い戦闘能力を発揮。主人公は規則撤回を求めて一歩も引かず、ルシファーも魔王として応戦」
彼女はペンを止めた。
「……ご主人様」
その声は、いつもの記録係としての口調よりも柔らかかった。
「どうか、ご自身の望む結末を手に入れてください」
エンジェルは再びバインダーに目を落とした。
「記録は、最後まで続けます」
*
【魔界・地上全土・合同実況中継】
『戦況に大きな変化はありません。両者ともに攻防を続けています』
アスタロトは、いつもの調子で実況を再開した。
『主人公は前進を続け、ルシファー様はそれを迎え撃つ形です』
ベリアルは腕を組み、映像を見つめていた。
「主人公は、自分の要求が通るまで退くつもりがないのでしょうね」
『ルシファー様も、簡単に引くつもりはないようです』
「ええ。以前の戦いで敗れたこともあり、今回は自分の実力を改めて示したいのかもしれません」
『ルシファー様は、以前の敗北を実力差によるものとは考えていないはずです』
「そうでしょうね。運が悪かった、と考えているのでしょう」
ベリアルは肩をすくめた。
「だからこそ、今回の戦いは面白い。ルシファー様にとっては、前回の結果が偶然だったと証明する機会。主人公にとっては、自分の生活を取り戻すための抗議。目的はまったく違うのに、拳を交える理由だけは成立している」
『珍しく、まともな分析ですね』
「私はいつもまともですよ」
『先ほど、ルシファー様の怒声を聞いて笑っていましたが』
「それとこれとは別です!」
『なるほど。参考になります』
「絶対に分かっていないでしょう……」
アスタロトは淡々と記録を続けた。
『記録。ベリアル、戦闘の背景および両者の目的を解説。解説中に自身の冷静さを主張』
「そこまで書かなくていい!」
『記録は正確に残す必要があります』
「その言葉、本当に便利ですね!」
アスタロトは答えず、映像を拡大した。
画面の中では、主人公とルシファーが再び距離を詰めていた。
『……おっと。両者が動きます』
ベリアルの表情が引き締まった。
「今度は、正面からの力比べになりそうですね」
『引き続き、戦況をお伝えします』
二人の声が、再び魔界と地上へ響き渡った。
*
【魔界・地上全土・各地】
「……まだ終わらないのか」
酒場の客が、空になった杯を置いた。
「終わらないから見ているんだろうが」
隣の客が即座に答えた。
「明日の仕事はどうする?」
「この決闘が終わってから考える」
「お前、さっきも同じことを言っていたぞ!」
別の場所では、兵士たちが訓練場に集まり、映像を見上げていた。
「主人公の踏み込み、見たか?」
「見た。あの速度で間合いを詰められたら、普通の兵士じゃ対応できない」
「ルシファー様も、まったく引いていないぞ」
「……俺たち、さっきまでこの人類最強を止めようとしていたんだよな」
「思い出させるな」
その一言に、周囲の兵士たちは静かに頷いた。
一方、王城の警備指揮所では、指揮官が頭を抱えていた。
「誰か……誰か、あの中継を止められる者はいないのか……」
部下が気まずそうに答えた。
「アスタロト様が管理されていますので……」
「だからこそ困っているんだ!」
「ベリアル様も解説に参加されています」
「それはもう聞いた!」
指揮官は机に突っ伏した。
「魔王城が襲撃されているのに、魔界と地上の住民が観戦している……。こんなことがあってたまるか……!」
しかし、合同実況は止まらなかった。
*
【魔界・王城・大広間】
主人公の拳が、再びルシファーの腕と激突した。
轟音。
床に走った亀裂が、さらに広がる。
ルシファーは攻撃を受け止めながら、主人公の動きを見極めていた。
「……なるほど」
彼は低く呟いた。
「ただ怒りに任せているわけではないな」
「当たり前だ!」
主人公は拳を引き、即座に次の一撃を放った。
「俺は本気で怒っているんだ! だからこそ、ここで決着をつける!」
ルシファーはその攻撃を受け流し、反撃を繰り出した。
主人公は身をひねってかわし、すぐさま距離を詰める。
二人の攻防は途切れなかった。
どちらも相手の動きを読み、攻め方を変え、わずかな隙を探している。
人類最強と魔界の王。
その名にふさわしい戦いだった。
*
【魔界・地上全土・合同実況中継】
『主人公が再び攻勢に出ました!』
ベリアルの声が響く。
『ルシファーの反撃をかわし、間合いを詰めています。動きに無駄がない。怒りが判断力を損なっていないのは、驚くべき点ですね』
『ルシファー様も、主人公の攻撃を正面から受けるだけではありません。攻撃の軌道を見極め、反撃のタイミングを探っています』
『いやあ、両者ともに一歩も譲りませんね』
『ベリアル。解説に熱が入りすぎています』
『これで熱が入らない方がおかしいでしょう!』
『音量を調整しますか?』
『やめてください!』
アスタロトは何事もなかったかのように、映像を切り替えた。
『現在、魔界各地および地上側で視聴が続いています』
「視聴状況まで実況するんですか!?」
『重要な情報です』
「重要なのかなあ……」
ベリアルは首をかしげた。
しかし、すぐに真剣な表情へ戻った。
「……とはいえ、この戦いの結果は、単なる勝敗以上の意味を持つでしょうね」
『どういう意味ですか?』
「主人公が勝てば、ルシファー様は規則の問題を改めて考えざるを得ない。ルシファー様が勝ったとしても、主人公の抗議そのものが消えるわけではありません」
『つまり、勝敗だけでは問題は解決しない、と』
「その通りです。……まあ、今はまず決着がどうなるかを見届けましょう」
『ええ』
アスタロトは一瞬だけ、映像の中の二人を見つめた。
そして、いつもの淡々とした声で告げた。
『魔界と地上の皆様。決着は、まだついていません』
*
【魔界・王城・実況中継室】
「……さて」
ベリアルは映像を見つめながら腕を組んだ。
「この決闘が終わったら、ルシファー様は我々に何とおっしゃるでしょうね」
アスタロトは記録用の書類を整理した。
「実況中継の許可を得ていなかった点について、指摘される可能性があります」
「可能性というより、確実でしょう」
「では、事前に説明資料を作成しておきます」
「何の説明をするんです?」
「魔界と地上への情報伝達が必要だった理由です」
「……つまり、言い訳ですね?」
「説明資料です」
「名前を変えただけじゃないですか!」
アスタロトは平然と答えた。
「事実を整理しておけば、後の対応が容易になります」
ベリアルはため息をついた。
「あなた、本当にそういうところだけは抜かりがありませんね」
「記録係ですので」
「またそれだ!」
ベリアルは笑いながら映像へ目を戻した。
「……まあ、いいでしょう。怒られるときは一緒です」
「私はあなたほど楽しんではいません」
「その割には、回線を切ろうともしませんね?」
「中継の途中で停止する方が、記録上の問題になります」
「はいはい。そういうことにしておきましょう」
二人は並んで映像を見つめた。
画面の中では、主人公とルシファーが再び激突していた。
魔界と地上の住民たちが、次の一撃を待っている。
主人公の怒りが魔王へ届くのか。
それとも、ルシファーが再び人類最強の前に立ちはだかるのか。
決着は、まだついていなかった。
そして、その一部始終を、ベリアルとアスタロトは面白がりながら中継し続けていた。
魔王城の襲撃を止めることもなく。
魔王からの叱責を恐れる様子もなく。
ただし、後で怒られる可能性についてだけは、二人ともきちんと理解していた。
そのうえで、二人は中継を続けていた。
「……ベリアル」
「何です?」
「次は、主人公がどのような攻撃を繰り出すか予測してみてください」
「いいでしょう。では、私は戦況解説を続けます」
「記録しておきます」
「そこは記録しなくていい!」
魔界と地上の両方に、ベリアルのツッコミが響き渡った。
そして、決戦は続く。
【魔界・王城・大広間の外】
エンジェルは、これまでの記録を一枚ずつ整理していた。
「報告書の最終確認を行います」
彼女は、記載された項目を読み上げた。
「第一項。主人公、夜間生活に関する規則への抗議を目的として魔界へ侵入」
「第二項。境界門および王城前大通りの警備部隊を突破」
「第三項。ルシファー様と直接対決を開始」
「第四項。ベリアル様およびアスタロト様、制圧命令より実況中継を優先」
「第五項。魔界側の映像を地上側へ配信し、合同実況へ発展」
「第六項。リリム様、騒動の原因について独自の愛情解釈を提示」
「第七項。魔導様、主人公の戦闘を冷やかしながら応援」
彼女は一度、深く頷いた。
「……以上です。非常に充実した一日でした」
「充実した一日ではありませんわよ!!」
薬学が即座に突っ込んだ。
「魔王城が壊れかけているのよ!?」
「訂正します。非常に問題の多い一日でした」
「そういう問題でもないでしょう!」
魔導は楽しそうに微笑んだ。
「ですが、主人公の意思を取り戻すための戦いとして、記録する価値は十分にありますわ♡」
エンジェルは真剣な顔で頷いた。
「その点については、私も同意します」
そして、最後の項目を書き加えた。
「総括。主人公は自身の生活に関する意思を尊重させるため、魔王ルシファーに直接抗議。決着は未確定。なお、実況中継は継続中」
エンジェルはバインダーを閉じた。
「報告書、完成です」
魔導が覗き込む。
「……ところで、最後に一つ追加してもよろしいかしら?」
「内容によります」
「ご主人様は、どのような状況でも格好いい♡」
エンジェルは少し考えた。
そして、報告書の余白に小さく書き加えた。
「参考所見。魔導様は、主人公の評価において一貫して高い好意的評価を示している」
「エンジェル! そこは普通に褒めてくださいませ♡」
「私は記録係ですので」
「その言葉、本当に便利ですわね♡」
二人は顔を見合わせた。
そして、再び大広間の映像へ目を向けた。
主人公とルシファーの決戦は、まだ続いている。
魔界と地上の住民たちは、次の一撃を待っていた。
エンジェルはバインダーを開き直した。
「……追記。決戦、継続中」
魔導は、うっとりと微笑んだ。
「ご主人様、頑張ってくださいませ♡」
その声は、魔界の大広間の外に、静かに響いていた。




