主人公vsルシファー3 ベリアル、アスタロト、早く対処しろ
【魔界・王城・実況中継室】
通信装置が鳴った。
ピピピッ。
アスタロトは画面を確認した。
「ルシファー様から通信です」
「おや。早いですねえ」
「おそらく、主人公の制圧命令でしょう」
「では、出ましょう」
アスタロトが通信をつないだ。
『ベリアル! アスタロト! 聞こえるか!』
ルシファーの怒声が響いた。
「はい。聞こえております」
『主人公が魔界に侵入した。現在、王城へ向かっているらしいな!』
「ええ。映像で確認しております」
『ならば話は早い。二人で主人公を制圧しろ! 王城へ到達させるな!』
ベリアルは映像を見つめたまま、軽く手を振った。
「いやあ、それはちょっと困りますね」
『……何?』
「今、いいところなんで」
『いいところだとぉぉ!?』
アスタロトも、業務連絡に返答するような口調で続けた。
「申し訳ありません。現在、主人公の進軍を観察中です。中断は推奨いたしません」
『推奨いたしません、ではない! 制圧しろと言っているんだ!』
「ご指示の内容は承知しております」
『承知しているなら、すぐに動け!』
「しかし、主人公は非常に興味深い戦闘能力を示しております」
「ええ。境界門の部隊を突破したときの動きは、なかなか見事でしたよ」
ベリアルが横から口を挟んだ。
『お前たち、何を言っている!?』
「戦況の分析です」
アスタロトが答えた。
『分析は後でいい! 今すぐ止めろ!』
ベリアルは大きくため息をついた。
「ルシファー様。こちらも忙しいんですよ」
『何の手が離せないんだ!』
「観戦で」
『観戦だとぉぉぉ!?』
アスタロトは静かに通信装置へ手を伸ばした。
「それでは、こちらは中継の進行がありますので」
『待て! 切るな! お前たち、命令に――』
「ルシファー様」
アスタロトは最後に一言だけ付け加えた。
「今いいところなんで、邪魔しないでください」
プツッ。
通信が切れた。
実況中継室に静寂が落ちた。
ベリアルは満足そうに椅子へ座り直した。
「……さて、続きを見ましょうか」
アスタロトは何事もなかったかのように記録用の書類を開いた。
「記録。ルシファー様より主人公の制圧命令。ベリアルおよびアスタロト、観察を優先して通信を終了」
「通信を終了、というより、命令を無視して切りましたよね?」
「命令を実行していないという点では同じです」
「記録の仕方が冷静すぎませんか?」
「事実ですので」
ベリアルは映像を見ながら笑った。
「いやあ、ルシファー様も大変ですね。まさか自分の部下が、命令より観戦を優先するとは思っていなかったでしょう」
「ルシファー様は、あとで十分に理解されると思います」
「何をです?」
「我々が主人公を止めるつもりはないということを」
「それ、全然安心できないんですが……」
二人は再び映像に集中した。
*
【魔界各地・各所】
魔界の街角。
酒場。
兵舎。
商店。
さらには魔族たちの自宅にまで、魔法映像が映し出された。
映像の中では、主人公が王城へ続く大通りを進んでいる。
「おい、何だあれ!?」
「人類最強が魔王城に乗り込んだだと!?」
「警備兵を全員倒したらしいぞ!」
「一体、何があったんだ!?」
そこへ、アスタロトの冷静な実況が響いた。
『主人公は現在、王城へ向かって進行中。周囲の兵士たちは警戒を強めていますが、現時点では新たな交戦は確認されていません』
続いて、ベリアルの声が割り込む。
『いやあ、しかし、ここまでの進行速度は見事ですね。境界門の突破から王城前の警備部隊の無力化まで、ほとんど足止めになっていません』
『戦闘技術については、後ほど詳しく解説します』
『後ほど? 今、解説してもいいでしょう?』
『実況の進行がありますので』
『あなたが進行も解説も担当しているじゃないですか!』
『役割分担は明確です。私が実況、あなたが解説です』
『その役割分担を今決めたんですか!?』
『はい』
『自由だなあ、あなた!』
魔界の各地で、魔族たちが映像に釘付けになった。
「ベリアル様とアスタロト様が実況しているぞ……」
「何を考えているんだ、あの二人は!?」
「魔王城の一大事なのに、完全に観戦しているじゃないか!」
酒場の店主が、客たちに向かって声を張り上げた。
「おい、注文は後にしてくれ! 今、いいところなんだ!」
「店主、お前まで観戦するな!」
「仕方ないだろう! 魔王と人類最強の決闘なんて、そうそう見られるものじゃないんだ!」
兵舎でも、訓練中の兵士たちが手を止めていた。
「……これ、勤務中に見ていていいのか?」
「アスタロト様が中継しているんだ。見ていない方が問題なんじゃないか?」
「そんなわけあるか!」
「では、見終わったら訓練を再開しよう」
「お前、最初から見る気だろうが!」
実況中継室では、ベリアルが満足げに頷いていた。
「いやあ、反響がすごいですね」
『魔界各地で視聴者数が増加しています』
「視聴者数まで把握しているんですか?」
『記録係ですので』
「記録係の仕事の範囲が広すぎませんか?」
アスタロトは記録用の書類を開いた。
「記録。主人公の魔王城襲撃について、魔界全土への実況中継を開始。ベリアル、戦況解説を担当。視聴者数、増加中」
「最後の項目は必要ですか?」
「今後の参考になります」
「何の参考にするんです?」
「次回の中継です」
ベリアルは数秒、黙り込んだ。
「……次回がある前提なんですか?」
「あなたは、ないと思いますか?」
「いや、あの主人公なら、あり得ないとは言い切れませんが……」
二人は映像へ視線を戻した。
*
【魔界・王城・大広間】
重厚な扉が開いた。
主人公は大広間の中央へ足を踏み入れた。
その先には、ルシファーが立っていた。
「……ようやく来たか」
ルシファーは腕を組んだ。
「ずいぶん派手に暴れてくれたものだな。境界門の兵士も、王城の警備部隊も、全員倒したそうじゃないか」
主人公は睨み返した。
「邪魔をするからだ」
「話をするために、そこまでする必要があったのか?」
「お前に聞きたいことがある」
主人公は一歩前へ出た。
「俺の夜の生活について、勝手に規則を決めたのはお前だな?」
ルシファーは少しだけ目を細めた。
「……その件か」
「その件か、じゃねえ!」
主人公の怒声が大広間に響いた。
「俺は自分の家で、自分の生活を送っていただけだ! それなのに、勝手に規則を決められて、休むことすらまともにできなくなった!」
拳が強く握られる。
「こっちは死にそうなんだぞ! 何が規則だ! 何が管理だ! 俺の意思はどこにある!?」
ルシファーは黙って聞いていた。
主人公はさらに一歩踏み込んだ。
「お前は魔王なんだろう! だったら、自分の決めたことが相手にどんな影響を与えるのか、少しは考えろ!」
「……なるほど」
ルシファーは静かに頷いた。
「お前が怒っている理由は理解した」
「なら、今すぐ規則を撤回しろ!」
「それは、そう簡単にはいかん」
「……何?」
主人公の目が険しくなった。
ルシファーは落ち着いた声で続けた。
「規則を定めた経緯もある。関係者との調整も必要だ。ここで即座に撤回すると約束するわけにはいかない」
「ふざけるな!」
主人公の声が大広間を震わせた。
「俺の身体が限界だと言っているんだ! 調整だの経緯だの、そんなものを理由にしている場合か!」
ルシファーは表情を変えなかった。
「だからこそ、話し合いで解決すべきだと言っている」
「話し合い?」
主人公は拳を握り直した。
「お前たちは、俺が何度抗議しても聞かなかったじゃないか!」
「……」
「俺がどれだけ困っているか、どれだけ追い詰められているか、まともに考えもしなかった!」
主人公は構えを取った。
「もう言葉だけじゃ信用できない。お前が自分で決めた規則の責任を、拳で分からせてやる!」
ルシファーの目つきが変わった。
「……そうか」
彼もまた、構えを取った。
「ならば、相手をしてやろう」
大広間の空気が張り詰めた。
「だが、覚えておけ。俺は魔王だ。兵士たちを倒した程度で、俺まで倒せると思うなよ」
主人公は一歩踏み込んだ。
「やってみなきゃ分からねえだろ!」
次の瞬間、二人の姿が同時に消えた。
轟音が、大広間を揺るがした。
*
【魔界・王城・実況中継室】
『始まりました』
アスタロトの落ち着いた声が、魔界各地へ響き渡った。
『人類最強の主人公と、現魔王ルシファー。両者がついに交戦を開始しました』
「いやあ、まさか本当に始まるとは」
ベリアルが楽しそうに続けた。
「しかも発端は、夜間生活に関する規則への抗議です。魔王城を舞台にするには、あまりにも身近な問題ですね」
『ベリアル。煽らないでください』
「事実を説明しているだけですよ」
『それでは、戦況をお伝えします。両者ともに高い速度で移動しており、現時点では互いの攻撃を正面から受け止めています』
魔界各地の魔族たちは、仕事の手を止めて映像を見つめた。
「魔王様と人類最強が戦っているぞ……!」
「こんなものを生中継していいのか!?」
「ベリアル様が解説しているんだぞ。止められるわけがないだろう!」
『おっと、主人公が踏み込みました!』
ベリアルの声が弾んだ。
『ルシファーの防御を正面から押し切ろうとしている! いや、あの体勢からさらに攻めるのですか。これは相当な圧力ですね』
『ルシファー様も後退していません。攻撃を受け流しながら、反撃の機会をうかがっているようです』
『さすがは魔王。簡単には崩れませんね』
『一方、主人公は一切引く気がないようです』
アスタロトは淡々と戦況を伝え続けた。
ベリアルは時折、戦闘技術について解説を挟む。
『今の動き、見ましたか? 主人公はルシファーの攻撃を避けた直後、反撃に移っています。防御から攻撃への切り替えが非常に速い』
『ルシファー様も、攻撃の軌道を変えて対応しています。両者とも、相手の動きを見ながら戦術を調整しているようです』
『なるほど。これは見応えがありますね』
『……ベリアル。あなた、完全に楽しんでいますね』
『当然でしょう。これほどの戦いを目の前で見られる機会など、そうありませんから』
『先ほど、ルシファー様が中継を知ったらどうなるかと心配していませんでしたか?』
『心配はしていますよ』
『では、なぜ笑っているのですか?』
『心配と観戦は両立します』
『……記録しておきます』
『そこは記録しなくていいです!』
魔界の街角では、魔族たちが映像の前に集まっていた。
兵舎では、訓練中の兵士たちが手を止めている。
酒場では、客たちが飲み物を片手に画面を見つめていた。
誰もが、魔王と人類最強の決戦から目を離せなくなっていた。
*
【現実世界・主人公の屋敷・監視室】
「……始まりましたね」
監視特化は、端末に映る大広間の映像を確認していた。
「魔界側の中継を確認。音声も映像も問題なく受信できています」
潜入特化が隣から画面を覗き込む。
「主人公とルシファーの戦闘……。魔界側だけで見せておくには、もったいないわね」
嫉妬がメガホンを握りしめた。
「ご主人様の勇姿を、地上のみんなにも見てもらいましょう♡」
科学が端末を受け取った。
「魔界側の配信映像をこちらの回線に接続すれば、地上側にも同時配信できる。監視特化、映像の出力先を追加して」
「了解」
監視特化が操作を始める。
「地上側の配信回線、接続準備完了。魔界側の映像と同期させます」
薬学が眉をひそめた。
「ちょっと待って。これ以上、騒ぎを大きくする必要があるの?」
「あると思いますわ♡」
魔導が即答した。
「ご主人様が魔王と戦っていらっしゃるのです。これは歴史に残る瞬間ですわ!」
「歴史に残るかどうかはともかく、主人公が本気で怒っているのは事実よ」
薬学は画面を見つめた。
「……せめて、戦闘の様子はきちんと確認しておきましょう」
科学は回線の状態を確かめた。
「接続できた。魔界側の映像を地上側にも配信できるよ」
監視特化が頷いた。
「映像同期、完了。音声回線も接続可能です」
潜入特化が静かに告げた。
「では、役割を分担しましょう。魔界側の実況を基準に、こちらからも戦況を補足する」
「いいですわね♡」
魔導は嬉しそうに微笑んだ。
「ご主人様の勇姿を、余すところなくお伝えしましょう♡」
「……実況を始める前に、目的を確認しておきたいんだけど」
薬学の言葉は、誰にも聞き入れられなかった。




