主人公vsルシファー2 魔界コンビはルシファーを助けない
【魔界・王城へ続く大通り】
主人公が進む先には、次々と魔族の兵士たちが集まっていた。
境界門からの報告を受け、王城の警備部隊が動き始めたのだ。
「侵入者を発見!」
「境界門の兵士たちを全員倒したというのは本当か!?」
「ここで食い止めろ!」
主人公は立ち止まった。
「……まだ来るのか」
彼は首を鳴らした。
「俺はルシファーに用があるだけだ。邪魔をするなら、全員まとめて相手になるぞ」
兵士たちの間に緊張が走った。
「侵入者を通すわけにはいかん!」
「なら、どいてくれ」
主人公が一歩踏み出した。
兵士たちが一斉に襲いかかる。
しかし、結果は変わらなかった。
主人公は正面から剣を受け止め、腕を払って武器を弾き飛ばす。突進してきた兵士を受け流し、後方から放たれた魔法を身をひねって回避する。
そして敵の懐へ踏み込み、一撃で意識を刈り取った。
「ぐあっ!」
「速すぎる……!」
「囲め! 数で押し切れ!」
兵士たちは陣形を組んだ。
前衛が足止めし、後衛が魔法を集中させる。
それは通常の侵入者なら突破できない布陣だった。
しかし、相手は人類最強の主人公だった。
彼は陣形のわずかな隙を見抜くと、一気に踏み込んだ。
前衛を崩し、後衛の詠唱を止め、包囲網を内側から瓦解させる。
連携が崩れた兵士たちは、もはや個別に対処するしかなかった。
そして、その全員が倒れるまで長い時間はかからなかった。
最後の兵士が地面に倒れた。
主人公は息ひとつ乱していなかった。
「……これで全部か?」
返事はない。
彼は王城を見上げた。
「ようやく着いたな」
その声には、疲労よりも怒りが滲んでいた。
*
【魔界・境界門付近・兵士たちの休憩所】
「う……うう……」
薬学と慈愛の治療を受けた兵士たちが、再び意識を取り戻していた。
「……俺たち、また倒されたのか?」
「そうだ。しかも、今度はさっきよりひどかったぞ……」
「もう帰らせてくれ……」
「うおおおおおっ! まだまだいくぜ!」
格闘特化が拳を鳴らした。
「次はもっと強い衝撃を――」
「待てぇぇぇ! 俺たちはもう戦いたくないんだよ!」
腰振りスペシャリストが腰を落とす。
「遠慮せんでええ! 全力で来い!」
「遠慮じゃねえ! 拒否だ!!」
ドゴォッ!
再び兵士たちが宙を舞った。
薬学は遠くからその光景を眺めていた。
「……もう、回復させるのをやめた方がいいのかしら」
慈愛は首を横に振る。
「怪我をしている方を放っておくわけにはいきませんわ♡」
「その善意が、結果的に再戦の機会を増やしているのよ……」
嫉妬はメガホンを握りしめた。
「兵士さんたち、ファイトですわ♡」
「応援するなぁぁぁ!!」
魔界の片隅では、今日も理不尽な再戦が繰り返されていた。
【魔界・境界門付近・物陰】
魔導は、何度も吹き飛ばされる兵士たちを見つめていた。
「……素晴らしいですわ♡」
薬学が振り返る。
「何が?」
「ご主人様が先へ進まれている間も、皆様が一生懸命に戦っていらっしゃることですわ♡」
「戦いたくないって叫んでいるじゃない」
「それでも、何度倒れても立ち上がる。なんという根性でしょう!」
「立ち上がらされているのよ!」
魔導は感動したように胸を押さえた。
「きっと、ご主人様の偉大さに触発されたのですわ♡」
科学が即座に否定する。
「違う。あの二人が勝手に殴っているだけ」
「では、あの兵士たちは、ご主人様の代わりに戦闘訓練を受けているのですね♡」
「どこをどう解釈したらそうなるの!?」
エンジェルがバインダーを開いた。
「記録します。魔界境界門付近において、兵士たちは回復と再戦を繰り返しています」
「記録の内容がまともで安心したわ……」
薬学が胸を撫で下ろす。
「なお、再戦を希望しているのは格闘特化様と腰振りスペシャリスト様であり、兵士側は継続を拒否している模様です」
「よかった。ちゃんと書いてくれたわね」
「追記。魔導様は、当該状況を主人公への忠誠心によるものと推測しています」
「追記しなくていい!!」
魔導は満面の笑みを浮かべた。
「皆様、頑張ってくださいませ♡」
「だから応援するなぁぁぁ!!」
兵士たちの悲鳴が、再び響き渡った。
*
【魔界・王城・実況中継室】
アスタロトは報告書を置いた。
「……境界門を突破し、王城前の部隊も突破。主人公は、ついに城内へ到達しましたか」
ベリアルは椅子の背にもたれ、深々とため息をついた。
「はあ……。あの主人公が、夜の生活の規則ひとつで魔界まで殴り込んでくるとはね。常識的に考えて、話し合いで済ませられないものなのか」
「本人は、これまで何度も抗議していたようですが」
「それでも、魔王城まで乗り込むとは……」
ベリアルは映像を確認した。
その瞬間、彼の表情が変わった。
「……いや、待て。境界門の兵士を一瞬で無力化して、大通りも突破している。しかも後方では、回復させた兵士を男たちが再び吹き飛ばしている?」
アスタロトが淡々と続ける。
「はい。薬学と慈愛が回復させ、格闘特化と腰振りスペシャリストが再戦闘を開始しています」
ベリアルはしばらく黙っていた。
やがて、口元が緩んだ。
「……ははっ。何だそれ。一度倒されて、回復させられて、また倒される三重苦? 理不尽にも程がある」
「なお、兵士たちは戦闘の継続を望んでいないようです」
「そりゃそうでしょうよ!」
ベリアルは椅子から身を乗り出した。
「……悪いが、これは中継するしかないだろ。魔界全土に状況を正確に伝える必要がある」
「実況、ですか」
「情報伝達の効率化だ。それ以上でも以下でもない」
「先ほどから、かなり楽しそうですが」
「気のせいです」
ベリアルは、すでに通信回線を開いていた。
『魔界全土の皆様にお知らせします。現在、魔王城に侵入者が到達しています。侵入者は人類最強の主人公。理由は夜間生活に関する規則への抗議だそうです』
アスタロトが横から冷静に補足する。
『境界門および王城前大通りの警備部隊は無力化。現在、主人公は王城内部へ進行中です』
ベリアルの声が徐々に熱を帯びた。
『しかも後方では、回復した兵士たちが男性陣に再挑戦しては飛ばされている! これは見応えがある……いや、記録として残すべき事態だ!』
「ベリアル。少し乗りすぎです」
「乗っていない。事実を伝えているだけだ」
「声が弾んでいますが」
「実況とはそういうものでしょう!」
アスタロトは一枚の書類を取り出した。
「……せっかくですから、役割を分けましょう」
「役割?」
「私が実況、あなたが戦況解説です」
「いつ決まったんですか、それ!?」
「今です」
「自由だなあ、あなた!」
アスタロトは平然と記録を始めた。
「記録。魔界全土への中継を開始。アスタロト、実況担当。ベリアル、戦況解説担当」
「もう決定事項なんですか……」
ベリアルはため息をついた。
しかし、映像から目を離す気はなかった。
*
【魔界・王城・玉座の間】
「何だと?」
ルシファーは、部下からの報告を聞いて眉をひそめた。
「境界門の部隊に続き、大通りの警備部隊も全滅した?」
「はっ! 主人公は、現在、王城へ向かっているとのことです!」
「……あの男か」
ルシファーは目を閉じた。
以前、主人公と戦ったときのことが脳裏をよぎる。
あの戦いでは、自分が敗れた。
だが、ルシファー自身は、それを単純な実力差による敗北だとは考えていなかった。
「……理由は何だ?」
「夜間生活に関する規則への抗議ではないかと」
「……あれか」
ルシファーは片手で額を押さえた。
「まさか、あの程度のことで魔界に殴り込んでくるとはな」
部下が恐る恐る口を開いた。
「ルシファー様。いかがなさいますか?」
「決まっている。ベリアルとアスタロトに任せる」
「……お二人に、ですか?」
「そうだ。あの二人なら、主人公が王城へ到達する前に制圧できるはずだ」
ルシファーは自信たっぷりに続けた。
「ベリアルは戦闘能力も判断力も優れている。アスタロトも、状況を把握して適切に対応できる。二人が協力すれば、いくら主人公でも簡単には進めまい」
部下は、何とも言えない表情を浮かべた。
「……ルシファー様」
「何だ?」
「そのお二人ですが……」
「うん?」
「現在、魔界全土への実況中継を行っているようです」
「…………は?」
ルシファーの顔から表情が消えた。
「実況中継?」
「はい。アスタロト様が実況、ベリアル様が戦況解説を担当されております」
「……あいつら、何をしている?」
「主人公の進軍を見守っているようです」
「見守る?」
ルシファーの声が低くなった。
「俺の城が襲撃されているのだぞ?」
「そのように説明されていました」
「説明されていました、ではない!」
ルシファーは立ち上がった。
「すぐに連絡しろ!」
「はっ!」
【魔界・王城・廊下】
エンジェルは、王城内部の情報を確認しながらバインダーに記録していた。
「報告します。ルシファー様は、主人公の進軍を阻止するため、ベリアル様およびアスタロト様へ制圧命令を発令」
彼女は少し考えた。
「判断理由は、両名の戦闘能力および状況判断能力への信頼と推定されます」
その直後、実況中継室からベリアルの楽しそうな声が聞こえてきた。
『いやあ、これは見応えがありますね!』
エンジェルのペンが止まった。
「……訂正します」
彼女は静かに書き足した。
「両名は、制圧命令を受けたにもかかわらず、観戦を優先している模様」
さらに、アスタロトの声が続いた。
『記録。ルシファー様より主人公の制圧命令。ベリアルおよびアスタロト、観察を優先して通信を終了』
エンジェルは深く頷いた。
「なるほど。命令を無視した事実まで、正確に記録されておりますね」
魔導が隣から画面を覗き込んだ。
「……ご主人様の周囲には、ずいぶんと自由な方々が集まっていますわね♡」
「魔導様も、その一人に含まれると思われます」
「まあ♡ 光栄ですわ!」
「褒めておりません」
エンジェルは即答した。
魔導は気にする様子もなく、楽しそうに笑った。
「それにしても、ご主人様が魔王城へ乗り込んだ結果、魔王の部下が魔王の命令を無視して観戦することになるなんて……」
「報告書には、どのように記載しますか?」
「もちろん、こうですわ♡」
魔導は胸を張った。
「ご主人様の魅力が、魔王軍の指揮系統を崩壊させた!」
「……その表現は、事実確認が必要です」
「では、推定として記録してくださいませ♡」
「検討します」
エンジェルは、ひとまずバインダーを閉じた。
「……後で報告書を提出する際、どこまで採用するか考えましょう」




