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主人公vsルシファー1 俺の夜の生活を勝手に増やしたお前を許さん

**番外編――魔界殴り込み、そしてルシファーとの決戦**


*


【現実世界・主人公の屋敷・寝室】


「……もう限界だ」


主人公はベッドの端に腰掛け、深々とため息をついた。


原因は、あの規則だった。


寝る時間。寝室の使い方。夜間の行動。

挙げ句の果てには、夜の生活そのものにまで細かい制限がかかっている。


「俺は人類最強だぞ……?」


主人公は自分の拳を見つめた。


魔物を殴れば倒れる。結界を殴れば砕ける。強敵相手でも拳は届く。

それなのに、家に帰ると規則が待っている。


「なんで俺が、自分の家でこんな目に遭わなきゃならないんだ……!」


ふと、ある考えが頭に浮かんだ。


「……そういえば、あの規則、ルシファーが関わってたよな」


魔王が他人の夜の生活にまで口を出している。

冷静に考えれば意味が分からない。


「……あいつをぶん殴れば、撤回させられるんじゃないか?」


主人公は腕を組んだ。


「魔王を一発殴って、規則を取り消させて、少しでも自由に寝る。完璧だ」


近所に買い物に出かけるようなノリで、彼は立ち上がった。


「よし。ちょっと魔界まで行って、ルシファーをぶん殴ってくるか」


大義も使命感もなかった。

ただ、自分の家でくらい好きな時間に寝たい。それだけだった。


「待ってろよ、ルシファー。俺の睡眠時間を返してもらうぞ」


主人公は魔界へ向かう準備を始めた。


その背後では、すでに複数の気配が「ご主人様の愛の行動だ♡」と解釈を始めていた。


*


【現実世界・主人公の屋敷・廊下】


「……ご主人様が動きましたわ♡」


魔導は廊下の陰から主人公を見つめて、うっとりと微笑んだ。


「お顔が真剣ですわね……。あのような表情も素敵ですわ♡」


科学が端末を操作する。


「目的地は魔界。ルシファーへの直接抗議と考えるのが妥当ね」


「抗議だけで済むかしら?」


薬学が心配そうに眉を寄せる。


「ご主人様、かなり怒っていらっしゃるみたいですもの」


「当然ですわ。あれほどの方が、私たちの決めた規則に不満を抱かれるほど我慢してくださっていたのですから……」


魔導は感極まったように胸に手を当てた。


「ご主人様は、これまで私たちを傷つけないよう、ずっと耐えてくださっていたのですわ♡」


「いや、単に自分の生活を邪魔されたくないだけじゃない?」


科学が冷静に指摘した。


「……科学。あなたは、ご主人様の深いお心をまだ理解していないのですね」


「どうしてそうなるの!?」


魔導は真剣な表情で続けた。


「考えてもみてください。ご主人様は、あれほどの力をお持ちです。私たちを力ずくで黙らせることだってできるはず。それなのに、これまでそうなさらなかった……」


「それは、できれば平穏に暮らしたいからでしょうね」


「つまり、私たちとの関係を大切にしてくださっているということですわ♡」


「どうして途中で意味が変わるのよ!」


薬学は額を押さえた。


その隣では、格闘特化が拳を鳴らしていた。


「うおお……! ご主人様が魔王に殴り込みか! すげえ、俺も見てみたいぜ!」


腰振りスペシャリストも勢いよく頷いた。


「完璧や! 魔界の王をぶっ飛ばして、世界の理不尽を正す! これぞご主人様や!」


「いや、たぶん夜の生活規則を撤回させたいだけよ」


科学が指摘する。


「それでも素晴らしいではありませんか!」


魔導が即答した。


「ご自分の自由を取り戻すため、魔界の王にまで立ち向かわれる……。なんて勇敢なお姿でしょう♡」


「規模が大きくなっただけで、やっていることは家庭内の揉め事なのよね……」


薬学が呟いた。


拷問特化は、いつもの調子で拘束具を確認していた。


「必要ならルシファーを拘束する。魔王用の器具も用意しておこう」


「魔王用なんてあるの!?」


「試作品だ」


「いつ作ったのよ!」


潜入特化は静かに主人公の姿を追っていた。


「……追跡する。ご主人様を見失うわけにはいかない」


「もちろんですわ♡」


魔導はうっとりと微笑んだ。


「ご主人様が魔界へ向かわれるのなら、私たちもご一緒しなければ。この愛の行動を、最後まで見届けますわ♡」


実際の主人公が考えているのは「一発殴って規則を撤回させて、早く寝たい」だけだった。

だが、その事実に気づいている者は、誰もいなかった。


*


【現実世界・主人公の屋敷・記録室】


「記録します」


エンジェルはバインダーを開いた。


「主人公、夜間生活に関する規則への不満を背景に、魔界への移動を決定。目的地は魔王ルシファーの居城。規則の撤回を求め、直接交渉を行うものと推定されます」


そこまで書いて、エンジェルはペンを止めた。


「……いえ、交渉というより、実力行使を伴う可能性が高そうですね」


彼女は少し考え、さらに書き加えた。


「主人公は、自らの生活を取り戻すため、魔界の最高権力者に直接対峙する決断を下された模様。これは、私たちへの深い配慮の表れとも解釈できます♡」


エンジェルはバインダーを閉じた。


「これは、記録係として見届ける必要がありますね」


主人公がどれほど真剣に考え抜いた末の決断なのか。

(実際は「殴って帰る」くらいしか考えていなかったが)


その行動が魔界にどのような影響を与えるのか。

彼女は、それを余すところなく記録するつもりだった。


*


【魔界・境界門】


魔界へと続く巨大な門。


その前には、魔族の兵士たちが警備に立っていた。


突然、空間が揺らいだ。


次の瞬間、門の前に主人公が姿を現した。


「止まれ!」


兵士の一人が槍を構えた。


「ここから先は魔界の領域だ! 許可のない者は通せん!」


主人公は足を止めた。


「ルシファーに会いに来た。そこを通せ」


「何者かも分からぬ者を通せるわけがないだろう!」


「……あいつに用があるんだ。通してくれれば、それでいい。できれば殴らずに済ませたい」


主人公としては、無駄な戦闘は避けたかった。

魔王を殴る前に兵士たちと争っても、時間がかかるだけだ。早く帰って寝たい。


しかし、兵士たちは槍を下ろさなかった。


「規則は規則だ! 何人たりとも、許可なく通すわけにはいかん!」


「……お前らも規則かよ」


主人公の眉間にしわが寄った。


自分の家では生活規則に縛られ、魔界に来れば門の規則に阻まれる。

どこへ行っても規則、規則、規則。


「もういい。まとめてどいてくれ。俺、早く帰りたいんだ」


兵士の一人が槍を突き出した。


その瞬間、主人公の姿が消えた。


「なっ……!?」


気づいたときには、主人公は兵士の背後に立っていた。


ドサッ。


最初の兵士が倒れた。


「敵襲だ!!」


周囲の兵士たちが一斉に武器を構える。


しかし、主人公には届かなかった。


攻撃をかわし、武器を弾き、必要最低限の動きで相手を無力化していく。


一人、二人、五人、十人。


兵士たちは次々と地面に倒れていった。


「馬鹿な……! この人数を相手に、まるで歯が立たないだと!?」


「援軍を呼べ!」


「魔法障壁を展開しろ!」


遅かった。


主人公は障壁を正面から打ち砕き、最後の兵士を地面に沈めた。


静寂が戻る。


門の前には、立っている兵士が一人もいなかった。


主人公は倒れた兵士たちを見渡した。


「……悪いな。俺だって、こんなところで時間を使いたくないんだ。早くルシファーを殴って帰りたいだけなんだよ」


彼は首を鳴らした。


「ルシファーをぶん殴って、さっさと帰る。あいつらに規則を撤回させるのは、それからだ」


主人公にとって、これは世界の命運を懸けた戦いではない。

自宅で自由に寝て、自由に過ごすための、少々面倒な近所づきあいだった。


ただし、その近所づきあいの相手は魔界の王であり、手段は拳だった。


「待ってろよ、ルシファー。俺の睡眠時間を返してもらうぞ」


主人公は魔界の奥へと歩き出した。


*


【魔界・境界門・記録係の観察地点】


エンジェルは、倒れた兵士たちと主人公の背中を交互に見ながら、バインダーにペンを走らせていた。


「記録します。主人公、魔界境界門の警備部隊を突破。所要時間、極めて短時間。兵士側の抵抗は確認されましたが、侵攻阻止には至らず」


彼女は一度、記録を読み返した。


「なお、主人公は侵入に際して、ルシファー様への面会を希望していた模様です」


ペン先が止まる。


「……面会希望という表現では、少々穏当すぎますね」


エンジェルは書き直した。


「訂正。主人公、面会を要求。要求が受け入れられなかったため、警備部隊を物理的に説得」


「説得じゃないですわよ!!」


物陰から魔導が小声で突っ込んだ。


エンジェルは顔を上げた。


「魔導様。何か訂正事項がございますか?」


「ありませんわ♡ むしろ、もっとご主人様の素晴らしさを記録してくださいませ♡」


「承知しました」


エンジェルは真剣な顔で書き足した。


「追記。主人公は、交渉相手との面会を妨げる障害に対して、極めて迅速かつ合理的な対応を取る傾向がある。これは、私たちとの時間を大切に思うがゆえの行動とも解釈できます♡」


「……合理的?」


科学が思わず聞き返した。


「門番を全員倒しただけでしょう?」


「しかし、結果として門は突破されました」


エンジェルは淡々と答えた。


「交渉相手への到達という目的は達成されています」


「確かに……」


魔導が深く頷いた。


「ご主人様は、目的達成のために迷いがありませんわ♡ 私たちとの未来を守るために、これほどまで一直線に進まれるなんて……」


「いや、迷わず殴っただけなんだけど!」


科学の突っ込みは、誰にも届かなかった。


魔導は主人公の背中を見つめ、目を輝かせた。


「ご自分の自由を取り戻すため、魔界の門番さえも突破される……。それほどまでに、ご主人様にとって私たちとの生活は大切なのですね♡」


「いや、むしろ今の生活から逃げたいんじゃないの?」


科学が小声で指摘した。


「……科学?」


「何でもありません」


魔導の笑顔に圧され、科学はそっと視線を逸らした。


エンジェルは新たな記録を書き加えた。


「追記。主人公の行動には、強い意志と目的意識が認められる。周囲の障害を排除し、目標へと直進する姿勢は、まさに人類最強の名にふさわしく、かつ私たちへの深い愛情の表れです♡」


「素晴らしい記録ですわ♡」


魔導が満足そうに頷いた。


主人公本人は、早く帰って寝たいだけだった。


*


【魔界・境界門付近・物陰】


「……素敵ですわ♡」


魔導は両手を胸の前で組み、うっとりと主人公を見つめていた。


「圧倒的な強さ。それでいて、無駄な動きがありませんわ。怒りに任せて暴れているのではなく、目的に向かって一直線……。ああ、ご主人様、なんて素敵なのでしょう♡」


「いや、今回はかなり怒っていると思うけど」


科学が呆れたように答えた。


「それに、目的っていっても規則を撤回させたいだけでしょ?」


「ご主人様がご自分の生活を取り戻されれば、私たちとの関係もより良いものになりますわ♡」


「……その『より良い』に、私たちの希望が含まれているのが問題なのよ」


薬学と慈愛が倒れた兵士たちに近づいた。


「全員、命に別状はなさそうね。意識を失っているだけみたい」


「では、回復して差し上げますわ♡」


慈愛が《フルヒール》を発動し、薬学が補助の薬を散布した。


兵士たちが次々と目を覚ました。


「……あれ? 俺たち、倒されたはずでは……」


「助かったのか?」


「よかった……。これで任務に戻れ――」


「うおおおおおっ! 俺たちも魔界の兵士と戦いてえ!」


突然、格闘特化が拳を鳴らしながら前に出た。


腰振りスペシャリストも臨戦態勢に入る。


「任せろぉぉぉ! 完璧な衝撃波や!」


「……は?」


目覚めたばかりの兵士たちが呆然とした。


「待て。お前ら、今、回復したばかりだろ……?」


「関係ねえ! ご主人様が魔界の王に挑むんだぞ! 俺たちも何かしねえと!」


「そうや! ご主人様が自ら魔界の秩序を正しに行かれたんや! その道を切り開くのが俺たちの役目や!」


「いや、単に自分の生活規則を撤回させたいだけだと思うけど……」


科学がぼそりと呟いた。


しかし、格闘特化と腰振りスペシャリストは聞いていなかった。


「ご主人様の偉業の前に、俺たちが黙って見ているわけにはいかねえ!」


格闘特化の拳が音速で飛んだ。


続いて、腰振りスペシャリストの衝撃波が兵士たちをまとめて吹き飛ばす。


ドゴォッ!


「ぎゃあああああっ!」


「なんで回復した直後にまた倒されるんだよぉぉぉ!!」


拷問特化は、吹き飛んだ兵士たちを見ながら頷いた。


「いい出来だ。次の拘束具のテストに使えそうだ」


「使うな!!」


薬学が額を押さえた。


「……私たちが回復させた意味は?」


慈愛は困ったように微笑む。


「でも、怪我は治して差し上げましたもの♡」


「治したそばから新しい怪我を作らないでほしいんだけど!?」


監視特化はタブレットを構えた。


「……様子を記録しておきましょう」


潜入特化は主人公の進んだ方向を見つめたまま答えた。


「その前に、私たちも移動しましょう。ご主人様を見失うわけにはいかないわ」


嫉妬はメガホンを取り出した。


「みんな頑張ってるわね♡ 兵士さんたちも、何度も起き上がって偉いわ!」


「褒めるな! もう起き上がりたくないんだよぉぉぉ!!」


兵士たちの悲鳴が、魔界に響き渡った。


一方、主人公はすでに遠くまで進んでいた。


「……まだ城に着かないのか。早く殴って帰りたいんだけど」


彼は小さくぼやいた。


魔王を倒せば、少しは静かな生活が手に入る。

今の主人公にとって、それ以上に重要なことはなかった。

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