エンジェル バインダー2
**番外編――強化されたバインダーと、暴走するエンジェル**
*
【現実世界・主人公の屋敷・研究室】
その日、魔導、薬学、科学、拷問特化、エンジェル、リリムの六人が研究室に集まっていた。
机の上には、エンジェルがいつも持ち歩いているバインダーが置かれている。
「最近、主人公様が私たちと過ごす時間に疲れ果ててしまうんです……」
エンジェルは、しょんぼりと肩を落とした。
「疲労が蓄積しているのなら、回復薬の配合を見直しましょう」
薬学が冷静に提案する。
「いいえ! もっと私たちの愛を伝えなければいけません!」
エンジェルはバインダーを抱きしめた。
「愛が足りないから、疲れてしまうのです!」
「待ってください。愛情を伝える頻度を増やしたら、余計に疲れるのでは?」
科学が淡々と指摘した。
「それなら、疲労を軽減する薬を開発すればいいのではありませんか?」
薬学が続ける。
「いえ、主人公様が疲れる原因そのものを取り除くべきですわ」
魔導が優雅に扇子を開いた。
「原因を取り除く……つまり、主人公様が私たちの愛を受け取れない時間をなくせばいいのですね!」
エンジェルの目が輝いた。
「ええっ?」
リリムが思わず声を上げた。
「エンジェル、それはどういう意味ですの?」
「簡単です! 私の報告能力を強化して、主人公様に私たちの愛をいつでもお届けできるようにするんです!」
エンジェルは、バインダーを両手で掲げた。
「なるほど。報告能力の強化ですわね」
魔導は興味深そうにバインダーを眺めた。
「魔法による情報伝達の仕組みを組み込めば、距離に関係なく報告を届けられそうですわ」
「音声情報を直接意識へ伝達するなら、外部の音を遮断されても問題ありません。データ上も有効です」
科学が理論を組み立てる。
「受信者の脳への負担を抑える処置も必要ですね。疲労対策を組み込みましょう」
薬学も協力する。
拷問特化が短く言った。
「拒否された場合の拘束機能も付けられる」
「そんなことを考える必要はありません!」
エンジェルは胸を張った。
「主人公様は、私たちの愛を喜んでくださるに決まっていますから!」
「……その自信はどこから来るんですの?」
リリムが呆れたように呟いた。
こうして、六人によるバインダー強化計画が始まった。
*
【現実世界・主人公の屋敷・研究室】
魔導がバインダーに特殊な魔法陣を刻み、科学が音声情報を意識へ直接伝達する術式を調整する。
薬学は受信側への負担を軽減する処置を施し、拷問特化は「確実に届ける」ための最低限の機能を提案した。
リリムは全体の調整を手伝い、エンジェルは完成を待ちきれない様子で作業を見守っていた。
「できましたわ」
魔導が最後の術式を組み込むと、バインダーが淡い光を放った。
「これで、記録した情報や報告内容を、指定した相手の意識へ直接届けられます」
科学が動作確認の結果を説明する。
「距離の制限はありません。外部の音を遮断していても伝達可能です」
「受信側への負担も抑えられています。少なくとも、通常の使用なら問題ないはずです」
薬学が補足した。
「素晴らしいです! これで主人公様に、いつでも私たちの愛を報告できます!」
エンジェルは感激した様子でバインダーを抱きしめた。
「まだ試験運用が必要ですわ。いきなり大量の情報を送ったら、どうなるか分かりませんもの」
リリムが釘を刺す。
「大丈夫です! 私は報告の専門家ですよ!」
エンジェルは自信満々に答えた。
「それに、主人公様への愛情を報告するだけですから!」
「……それが一番不安なのですけれど」
リリムの呟きは、歓喜するエンジェルの耳には届かなかった。
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【現実世界・主人公の屋敷・主人公の部屋】
その日の午後。
主人公は自室で、ようやく一人きりの時間を満喫していた。
「はあ……やっと静かになった」
ソファに腰を下ろし、目を閉じる。
その瞬間だった。
『主人公様! 聞こえますか?』
頭の中に、エンジェルの声が直接響いた。
「……は?」
『聞こえているようですね! バインダーの強化に成功しました!』
「おい、エンジェル。今、どこから話しかけている?」
『研究室です! すごいでしょう? どれほど離れていても、主人公様に報告できるんですよ!』
主人公は眉間を押さえた。
「……まさか、いつでも話しかけられるのか?」
『はい! もちろんです!』
「解除方法は?」
『必要ありませんよ!』
「必要あるだろ!」
『えっ?』
エンジェルは心底不思議そうな声を出した。
『主人公様は、私の報告を聞きたくないのですか?』
「一日中聞かされる身にもなってみろ!」
『なるほど……報告頻度に問題があるのですね!』
「そういう話じゃない!」
主人公の抗議をよそに、エンジェルは何かを閃いたようだった。
『分かりました! では、まずは本日の報告から始めますね!』
「待て! 何も分かっていないだろ!」
しかし、エンジェルの報告は始まった。
『本日午前九時、主人公様が起床されました!』
『午前九時三分、主人公様が朝食を召し上がりました!』
『午前九時十五分、主人公様が私たちのことを思い出してくださった可能性があります!』
「最後のは完全にお前の願望だろ!」
『午前九時十六分、主人公様が私の報告に反応してくださいました! ありがとうございます!』
「報告を止めろ!」
『午前九時十七分、主人公様が報告の継続を希望されていないようです!』
「分かっているなら止めろ!」
『ですが、報告を中断するよう命令されたわけではありませんので、続けますね!』
「今、止めろと言っただろうが!」
主人公の叫び声が、部屋に響いた。
*
【現実世界・主人公の屋敷・研究室】
一方、研究室では、エンジェルがバインダーを開いたまま、報告を続けていた。
「主人公様の反応を確認しました! 順調です!」
「いや、今の反応は明らかに拒絶だったでしょう……」
リリムが額を押さえた。
「報告が届いている証拠ですわ」
魔導は感心したように頷いた。
「伝達機能そのものは正常に動作していますね。データは良好です」
科学は淡々と分析する。
「精神的な疲労が増している可能性があります。休息を促したほうがいいのでは?」
薬学が心配そうに言った。
拷問特化が短く提案した。
「拒否も記録しろ」
「なるほど! それも重要な情報ですね!」
エンジェルは勢いよくバインダーに書き込んだ。
『午前十時二十分、主人公様が私の報告に対して大声で反応されました!』
『午前十時二十一分、主人公様が報告の継続を望まれていない可能性があります!』
『午前十時二十二分、主人公様の反応がさらに大きくなりました! 私の報告が届いている証拠です!』
「エンジェル、あなた、わざとやっているわけじゃないですわよね?」
リリムが恐る恐る尋ねた。
「もちろんです! 私は主人公様のために、正確な報告をしているだけです!」
エンジェルは満面の笑みで答えた。
「……駄目ですわ。完全に暴走していますわ」
リリムは深いため息をついた。
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【現実世界・主人公の屋敷・主人公の部屋】
『主人公様! 追加報告があります!』
「まだあるのか!」
『本日、主人公様への愛情がさらに深まりました!』
「お前の愛情なんか報告しなくていい!」
『ですが、主人公様にお伝えすべき重要事項です!』
『主人公様、大好きですよ!』
『いつも素敵ですね!』
『ずっとおそばにいたいです!』
『私の報告を聞いてくださってありがとうございます!』
「聞きたくなくても聞こえるんだよ!」
エンジェルの報告に加え、強化されたバインダーの機能を知った残りのヤンデレたちまで、次々と音声伝達を始めた。
『主人公様、大好きですわ♡』
『愛しています!』
『ずっと一緒にいましょうね!』
『私だけを見てください!』
『ねえ、返事をしてください!』
十人分の声が、主人公の頭の中で一斉に響き渡った。
『主人公様、本日の愛情報告は以上です!』
「全然以上じゃないだろ!」
『ご安心ください! 明日も継続して報告いたします!』
「やめろおおおおお!」
主人公は頭を抱え、ソファから転げ落ちた。
そして、ついに耐えきれなくなり、その場に倒れた。
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【現実世界・主人公の屋敷・研究室】
『主人公様の反応が停止しました!』
エンジェルはバインダーを見つめ、首を傾げた。
「……あれ? 主人公様、眠ってしまわれたのでしょうか?」
「エンジェル。あなた、何をしたか分かっていますの?」
リリムが冷たい声で尋ねた。
「はい! 主人公様に、私たちの愛を余すところなくお届けしました!」
「それが原因でしょう!」
「えっ……?」
エンジェルは目を丸くした。
「でも、報告は正確に届いていましたよ?」
「そういう問題じゃないのですわ!」
リリムが叫ぶ。
魔導、薬学、科学、拷問特化も、揃って頭を抱えた。
一方、エンジェルはバインダーを胸に抱き、誇らしげに微笑んでいた。
「ふふふ……これで主人公様は、もう私たちの愛を聞き逃すことはありませんね♡」
「……もう二度と、この能力を使わせませんわ」
リリムは冷たい表情で言い放った。
「えっ?」
「主人公様が気絶するまで報告を続ける能力なんて、危険すぎますわ!」
「ですが、報告は正確に届いていましたよ?」
「だから、そこが問題なのですわ!」
リリムの叫びに、魔導、薬学、科学、拷問特化も一斉に頷いた。
「残念ですが、能力の使用は中止ですわね」
魔導がバインダーに手をかざすと、強化のために刻まれた魔法陣が消えていった。
「ああっ! 私の報告能力が!」
エンジェルは悲鳴を上げた。
「待ってください! 主人公様への愛を伝える大切な能力なんですよ!」
「普通の報告機能は残してあるから、安心しなさい」
リリムがため息交じりに答えた。
「ですが、いつでも主人公様に声を届けられなくなってしまいます!」
「それが普通なのですわ!」
こうして、強化されたバインダーの能力は、開発されたその日のうちに取り消された。
エンジェルは使えなくなったバインダーを抱きしめ、涙目になった。
「うう……主人公様に、もっと私の報告を聞いていただきたかったのに……」
「反省していますの?」
リリムが尋ねる。
「はい! 次は主人公様に負担をかけない報告方法を考えます!」
「……本当に分かっているのかしら」
リリムは不安そうに呟いた。
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【現実世界・主人公の屋敷・主人公の部屋】
その頃、ようやく目を覚ました主人公は、静かな部屋で深く息を吐いていた。
「……やっと静かになった」
頭の中に響いていた十人分の声は、もう聞こえない。
主人公はソファに座り直し、久しぶりの静寂を満喫した。
しかし、彼はまだ知らなかった。
研究室では早くもエンジェルが、次なる「負担をかけない」報告能力の強化案を、バインダーに書き始めていることを。




