魔導 究極のエコカーを作る
番外編――最強の車、開発会議
*
【現実世界・主人公の屋敷・リビング】
「……車って、地味に面倒なんだよな」
主人公はソファに座りながら、ふと思ったことを口にした。
「ガソリンを入れなきゃいけないし、電気自動車は充電に時間がかかる。もっと手軽に移動できる乗り物があればいいんだが」
その言葉を聞いた魔導の目が輝いた。
「主人公様! それなら私が最高の車を開発してみせますわ♡」
「いや、別にそこまでしなくても……」
「科学、薬学、エンジェル! すぐに開発チームを結成しますわよ!」
「了解」
「安全性と維持管理の両面から検討します」
「主人公様のお言葉、すべて記録いたします♡」
三人も即座に動き始めた。
「待ってください! 今のはただの世間話ですよ!」
リリムが慌てて止めようとする。
しかし、潜入特化はすでに通信端末を取り出していた。
「計画を始動する。目標は、主人公様専用の最強移動手段の開発です」
「だから、誰もそこまで頼んでいませんって!」
リリムの悲鳴は、誰にも届かなかった。
*
【王国・王宮・国王執務室】
国王の机に、一枚の申請書が置かれていた。
『主人公様専用・最強移動手段開発計画』
国王は書類を手に取り、顔を引きつらせた。
「……またか」
過去には、雪合戦が死闘に発展し、国中を巻き込むリレー大会が開催され、腰振りの衝撃波によってインフラが破壊され、童話の再現劇に国全体が巻き込まれた。
そのたびに国王は、後始末に追われてきた。
「今回は乗り物の開発か……。断ったら、何が起きるか分からん」
そこへ魔導が現れた。
「国王陛下♡ 主人公様のために、最高の車を開発したいのですわ♡」
「……安全性は?」
「もちろんですわ♡ 燃料不要、充電不要、維持費もほとんどかかりません!」
「本当か?」
「ええ♡ ぜひ王国の全面的な支援をお願いいたしますわ♡」
国王はしばらく悩んだ後、震える手で承認印を押した。
「……分かった。主人公様のためだ。必要な支援を認めよう」
「ありがとうございますわ♡」
魔導は満面の笑みを浮かべた。
そして、帰り際に振り返った。
「ところで陛下。これほど便利な乗り物なのですから、全国民にも適用してはいかがでしょう?」
「……は?」
「燃料費も充電時間も不要ですわ♡ 国民全員が使えば、王国の交通事情は劇的に改善します!」
「いや、待て。それは主人公様専用の――」
「すでに陛下の承認もいただいておりますわ♡」
「そこは別の話だろうが!」
国王は立ち上がった。
しかし、魔導は不思議そうに首をかしげた。
「何か問題でも?」
国王の脳裏に、これまでの惨劇がよみがえった。
ここで拒否した場合、どんな騒動に発展するのか。
考えたくもなかった。
「……分かった。全国民への適用も認める」
「ありがとうございますわ♡」
魔導は嬉しそうに退出した。
扉が閉まった瞬間、国王は机に突っ伏した。
「……私は、いったい何を承認したんだ」
*
【王国・地下研究開発室】
開発チームが集まり、会議が始まった。
机の上には、設計図と大量の資料が並んでいる。
潜入特化が口を開いた。
「では、各自の案を報告しろ」
科学が立ち上がった。
「まず動力源。ガソリンも電気も不要にするなら、人力が最適です」
「人力ですの?」
「ええ。ペダルを漕ぐことで車輪を回します。燃料補給も充電も必要ありません」
「……それは自転車では?」
リリムが思わず口を挟んだ。
科学は淡々と答えた。
「車体を付ければ車です」
「分類を力技で突破しないでください!」
魔導が設計図を広げた。
「車体には、通販で届いた段ボールを使いますわ♡ 軽量で加工も簡単。壊れても新しい段ボールに交換すればいいのです!」
「耐久性は?」
「壊れたら交換ですわ♡」
「車体の意味がない!」
薬学が手を挙げた。
「歩行者との衝突対策については、車体を完全分解する方式を提案します」
「……完全分解?」
「衝突の瞬間に車体を崩壊させれば、車体が歩行者を巻き込んで引きずる二次被害を防げます」
「運転手はどうなるんですか?」
「車体が消失するため、外に放り出されます」
「それ、運転手の安全性は!?」
「負傷した場合は私が治療します」
「そういう問題じゃない!」
エンジェルはバインダーに記録した。
「記録します♡ 主人公様は人類最強のため、安全装置の対象外です♡」
「対象外にするな!」
拷問特化が静かに発言した。
「主人公様が運転を拒否された場合、拘束具を使用してペダルを漕がせればよい」
「それは交通手段ではなく拉致です!」
潜入特化は無言で議事録を確認した。
「次」
監視情報が魔法の鏡を取り出した。
「車内のプライバシー対策には、この魔法の鏡を採用する。使用開始から三か月間は外部から車内が見えない」
「三か月後は?」
「透明になる」
「どうしてですか!?」
「魔力の維持費を削減できるからだ」
「削減する場所がおかしい!」
監視情報は平然と続けた。
「なお、追加料金を払えば透明化を防ぐことも可能だ。費用は国民から徴収する」
「それ、国民が払うんですか!?」
嫉妬が楽しそうに手を叩いた。
「素晴らしいですわ♡ 車内が透明になれば、主人公様がどこで何をしているか一目で分かりますもの♡」
「あなたまで賛成しないでください!」
森羅万象が設計図をのぞき込んだ。
「地形も変更しましょう。車が走る先に崖や障害物を配置すれば、進行方向が分かりやすくなります」
「分かりやすくなるどころか、道がなくなるんですが!?」
「障害物を避ければよい」
「その前に道を普通に作ってください!」
格闘特化が腕を組んだ。
「俺は車の前を走り、進路上の障害物を排除する」
「車の意味がない!」
腰振りスペシャリストも自信満々に立ち上がった。
「ならば俺の出番だ。腰の衝撃波で車を前進させれば、ペダルを漕ぐ労力も減る!」
「人力で漕ぐ話はどこへ行ったんですか!?」
科学は全員の意見を聞き終えると、設計図に目を落とした。
「……なるほど。各機能を統合すると、ひとつ問題があります」
「何ですの?」
「段ボール車体は衝突時に崩壊します。ペダル可動部への干渉を最小化し、駆動効率を最大化するには、衣服による抵抗と巻き込みリスクを極限まで排除する必要があります」
「それで?」
「動きやすさを最優先し、可動部への物理的干渉を最小化する軽装での運転が、データ上最も効率的かつ安全です」
リリムは安堵の息を漏らした。
「……まあ、服を着ているだけマシですわね」
科学は真顔で続けた。
「したがって、軽装での運転を標準仕様とします。これで駆動損失を3.7%削減できます」
「数字で説得されても納得できませんわ!」
魔導が感動したように頷いた。
「なるほど……! 余計な装備を排除した、究極のオープンエア・モビリティですわね♡」
「名前を格好よくしても、ただの段ボール付き自転車を漕いでいる人間ですからね!?」
エンジェルは猛烈な勢いで記録した。
「記録します♡ 究極のオープンエア・モビリティ。軽装による駆動妨害を排除した、次世代の標準車両です♡」
「そんなものを標準化しないでください!」
潜入特化が設計図を閉じた。
「試作は不要だ。即時配備に移行します」
「試作くらいしてください!」
「全国民への適用が承認されている。問題ない」
「承認した国王陛下が一番問題なんですよ!」
リリムの悲鳴をよそに、開発計画は驚異的な速度で進められた。
*
【王国・各地】
数日後。
王国全土に、新型車両が配備された。
段ボール製の車体。
ペダル式の人力駆動。
衝突時には車体が完全分解。
車内の鏡は三か月後に透明化。
さらに、走行中は地形が変化し、前方では格闘特化が障害物を破壊し、後方では腰振りスペシャリストが衝撃波を放つ。
そして、道路には軽装でペダルを回す人々があふれていた。
王国の交通事情は、かつてないほど混沌とした。
「うわあああああっ!」
歩行者と接触した車両が、段ボールの破片となって飛び散った。
運転手は勢いよく路上へ放り出される。
その後ろから来た車両が、散らばった段ボールに乗り上げて横転した。
「車体が壊れたぞ!」
「交換用の段ボールはどこだ!?」
「三か月経ったら車内が丸見えになるって本当か!?」
「道が突然崖になったんだが!?」
「後ろから衝撃波が来たぞ!」
「なんでみんな自転車みたいな乗り方をしてるんだ!?」
「安全性と効率性のためだ!」
「納得できるか!」
役所には苦情が殺到した。
「段ボールが家の前に山積みです!」
「子供の通学路が崖になりました!」
「衝撃波で洗濯物が全部飛ばされました!」
交通整理に出た兵士たちも巻き込まれ、段ボールの破片をかき分けながら「これは車ではない!」と叫んでいた。
市場では売り物が衝撃波で倒れ、学校では授業中に窓の外を軽装の人々がペダルを漕いで通り過ぎる異常事態が発生した。
それでも開発チームは、胸を張っていた。
「大成功ですわ♡」
「燃料費はゼロです」
「衝突後の車体による二次被害も防止できています」
「主人公様への愛が形になりました♡」
「どこが成功なんですか!」
リリムだけが頭を抱えていた。
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【王国・王宮・バルコニー】
国王は、眼下に広がる惨状を眺めていた。
段ボールの破片。
道路を行き交う、奇妙な乗り物。
崩壊した道路。
そして、衝撃波で空を飛ぶ車両。
「…………」
国王はゆっくりと目を閉じた。
「私は……いったい何を承認したんだ……」
これまでの騒動を思い返しても、今回の惨状はひどかった。
「もう二度と、あいつらの申請書には印を押さん……」
そう呟いた国王の手は、震えていた。
*
【魔界・魔王城】
魔王城の一室では、ルシファー、アスタロト、ベリアルの三人が、王国の惨状を映像で眺めていた。
画面の中では、段ボール車両が次々と崩壊し、運転手たちが路上に転がっている。
ベリアルが呆れたように呟いた。
「……あいつら、本気で車を便利にしたつもりなのか? 常識的に考えて、これは車ではないだろ」
アスタロトは額を押さえた。
「便利どころか、公開処刑システムになっているじゃないか……」
ルシファーはしばらく映像を見つめていた。
そして、静かに口を開いた。
「……こいつら、阿保なのか」
「……阿保だな」
「……阿保だ」
三人の声が、魔王城に虚しく響いた。
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【現実世界・主人公の屋敷・リビング】
魔導は、開発結果をまとめた報告書を手に、満足そうに微笑んでいた。
「……あら? もしかして、ちょっと失敗でしたかね♡」
「ちょっとじゃねえよ!」
主人公とリリムの声が、屋敷中に響き渡った。




