ミカエル ルシファーに対抗心を燃やす
# 番外編――天界も配達事業に参入するらしい
【天界・神殿・作戦室】
巨大なモニターに、地上の飲食店で働くエリゴスの姿が映し出されていた。
かつて三千の軍勢を率いて魔王ルシファーに反旗を翻した軍神は、今や客に頭を下げ、料理を運んでいる。
その映像を見ていたミカエルが通信装置を操作すると、モニターにルシファーの姿が映し出された。
「お前たちは地上へチェーン展開を始めて、人間との交流が友好的に進んでいるようだな」
ミカエルがそう告げると、ルシファーは余裕たっぷりに笑った。
『そうだ。地上で店を広げ、人間たちと商売を通じて交流する。なかなか面白いものだぞ』
「……魔王軍が人間と友好的に交流するとはな」
『天使たちとは頭の使い方が違うのだよ』
ルシファーは、わざとらしく肩をすくめた。
『お前たち天使は脳筋ですぐに「管理、管理」と言いたがる。それだからダメなのだ。人間と交流したければ、まず相手を理解し、相手に喜ばれることを考えねばな』
「なっ……! 誰が脳筋だ!」
『おや、図星だったか?』
ルシファーは愉快そうに笑った。
『せいぜい天界らしく、規則と管理計画でも作っているがいい。こちらは地上で、さらに事業を広げさせてもらうよ』
通信が切れ、モニターには再びエリゴスが料理を運ぶ姿が映った。
ミカエルは拳を握りしめた。
「……言わせておけば……!」
しばらく考え込んだ後、ミカエルは通信装置を操作した。
画面にエンジェルの姿が映る。
『ミカエル様、いかがなさいましたか?』
「我々も負けてられるか」
『おっしゃる通りです!』
エンジェルは即座に頷いた。
『魔王軍が地上で事業を展開しているのであれば、天界も対抗すべきです』
「そうだ。だが、飲食店を始めてもルシファーの真似になる。そこで、以前我々を苦しめた智天使を使う」
『……ケルビムですね』
「そうだ。情報解析と未来予測の能力があれば、配達業務を極限まで効率化できるはずだ」
ミカエルは自信満々に宣言した。
「ケルビムをクイックデリの配達員にする!」
『……なるほど。最短経路の算出、交通状況の予測、配達先の特定。確かに合理的な配置です』
「しかも、配達先はゲイバーのお兄さんの店だ。あそこなら注文も多いだろう」
『承知いたしました。配置と業務の準備を進めます♡』
エンジェルはバインダーを開いた。
『記録。魔王軍の地上事業に対抗し、天界も配達事業に参入。担当、ケルビム』
ミカエルは満足げに頷いた。
「待っていろ、ルシファー。今度は天界の配達事業で勝負だ!」
*
【天界・神殿・謁見の間】
「……私に、何をしろと?」
呼び出されたケルビムは、四つの顔をそれぞれ異なる方向に向けていた。
ミカエルは堂々と宣告した。
「地上で配達員として働いてもらう」
四つの顔が、同時にミカエルを向いた。
「……配達員?」
「そうだ。お前の情報解析能力と未来予測能力を活用する」
「私は智天使です。神の叡智を最深く理解し、あらゆる可能性を解析する存在なのですが」
「だからこそ適任なのだ!」
ミカエルは一切ひるまなかった。
「配達先までの最短経路を導き出し、料理を迅速に届ける。それがお前の新たな使命だ!」
「…………」
ケルビムは沈黙した。
かつて戦場で無数の攻撃経路を解析し、敵の行動を先読みした自分が、今度は料理を運ぶために能力を使う。
しかし、天界の命令は絶対だった。
「……承知しました」
ケルビムは渋々頷いた。
「ただし、私の能力を使えば、配達効率は極限まで高められます。どのような注文であろうと、最適な経路を導き出してみせましょう」
「うむ。期待しているぞ!」
*
【地上・王国・ゲイバー『オアシス』】
「いらっしゃい! お兄さん、今日もいい男だね!」
ゲイバーのお兄さんが客を迎えていると、エンジェルがケルビムを連れてやってきた。
「お兄さん、新しい配達員を連れてきました♡」
「おお、エンジェル! ……って、ちょっと待て。ずいぶん個性的な子だな」
四つの顔に無数の瞳。
どう見ても普通の配達員ではない。
「彼は情報解析と未来予測の専門家です。配達業務において、非常に優秀な人材になるはずです♡」
「配達してくれるなら助かるけど……本人はいいのか?」
「天界の命令です。業務を遂行します」
ケルビムは大きな配達バッグを受け取り、構造を一瞥した。
「収納容量、重量配分、断熱性能。理解しました」
「バッグを見ただけで分かるのか?」
「当然です」
ケルビムは胸を張った。
「では、最初の注文をお願いします」
*
【地上・王国・オアシス・厨房】
「注文が入ったわよ! 近くの住宅街まで、料理を一つお願い!」
ケルビムは端末を確認した。
四つの顔が別々の方向を向き、無数の瞳が地図上の情報を解析する。
「交通状況、道路の混雑、障害物の発生確率、配達先までの距離……すべて把握しました。最適経路を確定。到着予定時刻、三分後」
「頼んだぞ!」
ケルビムの姿が光に包まれた。
次の瞬間、彼は配達先の玄関前に立っていた。
ピンポーン。
「お届け物です」
受け取った客は目を丸くした。
「えっ、もう来たの!? 注文してから一分も経ってないんだけど!」
「最適経路を選択した結果です」
ケルビムは淡々と答え、店へ戻った。
「配達完了。所要時間、予測値を下回りました」
お兄さんは拍手した。
「すごいじゃないか! これならうちの配達も大助かりだ!」
エンジェルも満足げに頷く。
「さすがケルビムです♡」
ケルビムは誇らしげに胸を張った。
「当然です。私の解析能力に不可能はありません」
その後も、ケルビムは次々と注文をこなした。
道路の混雑を予測し、最短経路を選び、必要に応じて空間移動まで活用する。
配達時間は常に予定より早い。
誤配ゼロ。遅延ゼロ。注文品の取り違えもゼロ。
しかし、数時間後。
「ケルビムちゃん、次の注文よ! 今度は三件まとめてお願い!」
「…………」
ケルビムの四つの顔が、ゆっくりとお兄さんを向いた。
「……三件?」
「ああ! お前なら余裕だろ?」
ケルビムは端末を受け取った。
「三件の配達先、移動経路、料理の温度変化、到着時刻……すべて計算します」
「頼もしいな!」
ケルビムは無言でバッグを背負った。
かつて無数の可能性を解析した智天使は、三件分の料理を抱えて次の配達へ向かった。
そして、ようやく店へ戻ったとき、彼は重大な問題に気づいた。
「……おかしい」
「どうした?」
「私が配達を効率化するほど、注文数が増えています」
「そりゃあ、おいしい料理が早く届くんだ! お客さんも増えるさ!」
「つまり……私の能力を発揮するほど、仕事が増える?」
「そういうことだ!」
お兄さんは満面の笑みを浮かべた。
ケルビムは絶句した。
戦場では、敵の行動を予測すれば勝利への道筋が見えた。
だが、配達業務では、最適解を出すたびに新たな仕事が生まれる。
「……この問題は、単純な経路最適化だけでは解決できませんね」
「え?」
「配達拠点、人員配置、注文の集中時間。事業全体を再設計する必要があります」
ケルビムの無数の瞳が輝いた。
「配達網そのものを最適化しましょう」
「おお! 頼もしいな!」
こうして、ケルビムは配達員から事業改善担当へと、勝手に進化し始めた。
*
【天界・神殿・作戦室】
モニターには、配達バッグを背負って走るケルビムの姿が映っていた。
ミカエルは満足げに頷いた。
「見ろ、エンジェル。ケルビムは見事に任務をこなしているぞ」
『はい。配達時間、誤配率、顧客対応、いずれも優秀です』
エンジェルはバインダーに記録していた。
『ただし、効率化に伴い注文数も増加しています。勤務時間と休憩時間の管理が必要ですね♡』
「うむ。天界の人材を酷使するわけにはいかん。適切な休息を与えつつ、事業を拡大させるのだ」
『承知いたしました』
ミカエルは地上の映像を見つめた。
「待っていろ、ルシファー。飲食店の経営では先を越されたが、配達事業では天界が勝つ!」
*
【天界・神殿・作戦室】
数日後。
モニターには、配達業務を終えたケルビムが、店の主人と地図を囲んでいる姿が映っていた。
「本日の配達件数、百二十七件。誤配、ゼロ。遅延、ゼロ。最短配達時間、二十三秒」
「百二十七件!?」
ミカエルが目を見開いた。
「今日だけでそんなに配達したのか!?」
『はい。しかも、ケルビムはすでに配達拠点の増設計画を立案しているようです』
「何だと?」
画面の中では、ケルビムが地図を指さしていた。
「まずは拠点を三か所に増設します。各拠点に人員を配置し、注文数に応じて配達区域を再編成。さらに、調理時間と配達時間を連動させれば、待機時間も削減できます」
「いいじゃないか! もっとお客さんに料理を届けられる!」
「将来的には隣国への進出も可能です。最終的には全国を網羅する配達網を構築できます」
「全国展開! 素晴らしいじゃないか!」
ミカエルは口を開けたまま固まった。
「……私は、配達員にしたはずなのだが」
『事業の改善に成功した結果、経営計画まで立て始めたようですね』
「優秀なのはいい。だが、話が大きくなりすぎていないか?」
『記録。ケルビム、配達業務で成果を上げ、事業拡大を提案。全国展開を視野に入れた計画を立案中』
エンジェルは一度ペンを止めた。
『追記。ミカエル様の当初の想定を超えて事業が拡大する可能性あり』
「……余計な追記はしなくていい!」
*
【天界・神殿・作戦室】
モニターを見つめていたミカエルが、ふと顔を上げた。
「……待てよ」
『今度は何を思いつかれたのですか?』
「配達事業がここまで成功しているのなら、次の段階へ進むべきではないか?」
『次の段階、ですか?』
「そうだ。天界の者たちも、地上の飲食店へ自由に行けるようにする」
エンジェルは頷いた。
『配達だけでなく、天界と地上の往来そのものを整備するのですね』
「その通りだ。地上には魅力的な飲食店がいくつもある。天界の者たちが気軽に足を運べるようになれば、交流も盛んになるだろう」
ミカエルは地上の地図を表示させた。
「問題は移動経路だ。天界と地上を結ぶルートを確保し、安全かつ確実に移動できるようにしたい」
しばらく地図を眺めていたミカエルが、突然顔を上げた。
「以前、統治権限を使って我々を苦しめた天使がいただろう」
『……ドミニオンズですね』
「そうだ。位置や秩序を管理する能力なら、交通網の整備にも向いているはずだ」
『確かに、適任かもしれません』
「よし。決まりだ。ドミニオンズを呼べ!」
*
【天界・神殿・作戦室】
しばらくして、ドミニオンズが姿を現した。
「ミカエル様。お呼びでしょうか」
「うむ。お前に新たな任務を与える」
ドミニオンズは胸を張った。
「私の統治権限を必要とする事態であれば、どのようなものでも対処いたしましょう。秩序を乱す者がいるなら、その行動を否定し、あるべき位置へと固定してみせます」
「頼もしいな。では、天界と地上を結ぶ交通網を整備してほしい」
「…………は?」
ドミニオンズの表情が固まった。
「交通網……ですか?」
「そうだ。天界の者たちが地上の飲食店へ自由に行けるよう、移動経路を整備して管理するのだ」
「お、お待ちください! 私の統治権限は、敵の能力や行動を否定し、戦場の秩序を支配するためのものです! 飲食店へ向かう道を整備するための能力ではありません!」
「だが、位置や秩序を管理するのだろう?」
「それはそうですが……! なぜ私が道案内のような仕事を――」
ドミニオンズは、そこで言葉を切った。
何かを思い出したように、自分の手を見つめる。
「…………」
「どうした?」
「……ミカエル様。一つ、確認させてください」
「何だ?」
「現在の私に、統治権限は残っているのでしょうか?」
作戦室が静まり返った。
エンジェルがバインダーから顔を上げた。
『……そこから確認するのですか?』
「仕方がないでしょう! あの女に能力を奪われたのですから!」
ドミニオンズは声を荒らげた。
「魔導です! あの魔導に、私の統治権限を没収されたのです!」
「そういえば、そんなこともあったな」
「『そんなこと』ではありません!」
ドミニオンズは机を叩いた。
「私の絶対的な統治権限ですよ!? 敵の能力を否定し、行動を封じ、戦場そのものを支配できるはずだった力です! それを、あの女は契約第七条を利用して奪い取ったのです!」
『契約第七条ですね』
エンジェルが淡々と補足した。
「そうです! こちらが想定していなかった条項を突きつけられ、気づいたときには手遅れだったのです!」
ドミニオンズは歯を食いしばった。
「あの女……魔導……! いつか必ず、この恨みを晴らしてやる……!」
「なるほど。魔導への恨みは相当なものらしいな」
「当然です! 私は天界の秩序を支配する存在だったのですよ! それが今では、能力を奪われたまま、こうして呼び出されているのです!」
「では、今回の任務は難しいか?」
「難しいどころか、統治権限がない以上、以前のような管理能力は発揮できません! ですから、この任務は――」
「断るということか?」
「はい! その通りです!」
ドミニオンズは力強く頷いた。
「能力を奪われた状態で交通網を整備しろなど、無理な話です!」
ミカエルはエンジェルを見た。
「現在のドミニオンズの能力について、記録はあるか?」
『はい。魔導による統治権限の没収後、以前のような権限行使は確認されていません』
「そうか」
ミカエルはドミニオンズに向き直った。
「つまり、お前は今、特別な能力を使えないということだな」
「……不本意ながら、その通りです」
「ならば、なおさら都合がいい」
「…………は?」
「能力を振りかざして任務を拒否することもできないのだろう?」
「なっ……!?」
ドミニオンズは言葉を失った。
「安心しろ。必要な人員と設備はこちらで用意する。お前には接続地点の調査と移動経路の設計を任せる」
「いや、しかし……!」
「何か問題があるか?」
ドミニオンズは口を開きかけた。
だが、何も言えなかった。
かつてなら、統治権限によって相手の行動を否定することもできた。
しかし、今の彼にはその力がない。
「…………」
やがて、ドミニオンズは肩を落とした。
「……承知いたしました」
「うむ。期待しているぞ」
「ただし、一つだけ申し上げたいことがあります」
「何だ?」
「この任務を引き受けたとしても、私は魔導を許したわけではありません。いつか必ず、あの女には……!」
「その話は後にしろ。まずは交通網だ」
「…………はい」
『記録。ドミニオンズ、交通網整備の任務を当初拒否。しかし、統治権限を魔導に没収されているため、抵抗手段を持たず、任務を受諾』
エンジェルは淡々と書き込んだ。
『追記。魔導への強い恨みを表明。任務中の言動に注意』
「エンジェル! その追記は必要なのか!?」
「必要です。任務中に魔導への復讐を優先されては困りますので」
「私は公私混同などしない!」
「先ほどから魔導への恨みしか口にされていませんが」
「それは……!」
ドミニオンズは言葉に詰まった。
ミカエルは満足げに頷いた。
「よし。これで担当者は決まった。天界と地上を結ぶ交通網の整備を頼む」
「……かしこまりました」
ドミニオンズは深々と頭を下げた。
その表情には、任務への責任感よりも、能力を奪った魔導への消えない恨みが色濃く浮かんでいた。
*
【天界・神殿・作戦室】
地上の地図を広げ、ドミニオンズは渋々ながら計画を立て始めた。
「まずは天界側の接続地点を整理し、地上側の到着地点との位置関係を確認します。飲食店へのアクセスを考慮し、移動距離と安全性を比較して経路を設定する必要があります」
「うむ。頼んだぞ」
「……本来なら、私の統治権限で一瞬にして整備できたはずなのですが」
「まだ言っているのか」
「忘れられるはずがありません! すべて魔導のせいなのですから!」
『記録。ドミニオンズ、交通網整備計画の策定を開始。作業中も魔導への恨みを継続して表明』
「エンジェル! いちいち記録しなくていい!」
『記録係ですので』
ドミニオンズは拳を握りしめた。
「……いつか必ず、あの女に目にものを見せてやる……!」
「その前に交通網を完成させてくれ」
ミカエルの一言に、ドミニオンズは再び黙り込んだ。
エンジェルは新しい記録欄を作った。
『記録。ケルビムの配達事業成功を受け、天界と地上を結ぶ交通網の整備計画が始動。担当、ドミニオンズ』
ミカエルは満足げに頷いた。
「今度こそ、天界の者たちが地上の飲食店へ自由に行けるようにしてみせる!」
ただし、ミカエルはまだ知らなかった。
交通網が完成した場合、天界の者たちがどれほど地上へ押し寄せることになるのかを。
『追記。交通網の整備後、地上の飲食店への利用者集中が予想される。受け入れ体制の確認が必要』
*
【地上・王国・ゲイバー『オアシス』】
数日後。
店の奥では、ケルビムが配達拠点の配置図を広げ、エリゴスと真剣に議論していた。
「配達区域を分割し、各区域に責任者を置くべきだ。軍勢を動かすときと同じく、指揮系統を明確にする必要がある!」
エリゴスが力説した。
「その通りです。ただし、注文数の変動を予測し、人員を動的に再配置する仕組みも必要です」
ケルビムが地図に印をつける。
「さらに、繁忙期に備えて予備人員を確保し、各拠点の負荷を分散させます」
「素晴らしい! ならば、隣国への進出も考えるべきだ!」
「隣国だけではありません。最終的には全国を網羅する配達網を構築できます」
「全国制覇か! 面白い!」
二人は熱心に地図を囲んでいた。
そこへ、ドミニオンズがやってきた。
「……何をしているのだ、お前たちは?」
エリゴスが顔を上げた。
「おお、ドミニオンズ! ちょうどいいところに来たな!」
「何がちょうどいいのだ?」
「天界と地上を結ぶ交通網を整備するのだろう? ならば、こちらの配達網と接続すれば、さらに効率が上がる!」
「……何?」
ドミニオンズは地図を覗き込んだ。
ケルビムが説明する。
「天界側の接続地点と、地上側の配達拠点を連携させるのです。天界から飲食店へ向かう経路と、飲食店から各地へ料理を届ける経路を一体化すれば、移動効率を大幅に改善できます」
ドミニオンズはしばらく地図を見つめた。
「……なるほど。天界からの移動経路を整備するだけでなく、到着後の移動先まで考慮するわけか」
「そうです。交通網と配達網を別々に設計するより、一体として最適化した方が合理的です」
ケルビムが頷いた。
エリゴスも腕を組んだ。
「さらに、各地の飲食店を拠点として登録すれば、天界の者たちが目的地を探す手間も減る。飲食店の混雑状況を事前に把握できれば、利用者の集中も避けられるだろう」
「……待て。混雑状況まで管理するのか?」
「当然です。交通網を作る以上、利用者の流れを予測する必要があります」
ケルビムは即答した。
ドミニオンズは、ゆっくりと地図を手に取った。
「確かに……移動経路の位置関係を整理し、接続地点を適切に配置すれば、交通網全体の秩序を維持できる。統治権限を失った今でも、設計と管理の知識は活用できます」
「その通りだ!」
エリゴスが大きく頷いた。
「しかも、交通網が整えば、配達可能な区域も広がる!」
「配達拠点を増設すれば、全国展開も現実的になります」
「天界からの利用者が増えれば、飲食店の需要も増えるだろう!」
「需要予測に基づいて人員と設備を配置すれば、対応できます」
「よし! ならば、天界と地上を結ぶ大規模な事業計画を立てよう!」
エリゴスが拳を握った。
ケルビムも無数の瞳を輝かせた。
「交通網、配達網、店舗配置、需要予測。すべてを統合した運用計画を作成します」
ドミニオンズは地図を広げ、真剣な顔で頷いた。
「私が接続地点と移動経路を設計しよう。統治権限は失ったが、秩序ある交通網を作ることなら可能だ」
「頼もしいぞ、ドミニオンズ!」
「ええ。三人で協力すれば、これまでにない事業を実現できるでしょう」
三人は顔を見合わせた。
そして、ほぼ同時に叫んだ。
「「「目指すは全国展開だ!」」」
*
【地上・王国・ゲイバー『オアシス』・入口】
その様子を、エンジェルとリリムが入口から眺めていた。
エンジェルはバインダーを抱えたまま固まっている。
リリムは口を半開きにしていた。
「……エンジェルさん」
「……はい」
「あの三人、以前は敵同士ではありませんでした?」
「少なくとも、私たちを苦しめた側の方々ですね」
「それがどうして、仲良く事業計画を立てているんですの!?」
店の奥では、エリゴスが配達区域を指さし、ケルビムが需要予測を説明し、ドミニオンズが交通網の設計図を描いていた。
「まずは主要都市に拠点を設置する!」
「注文数の予測に基づき、必要な人員を算出します!」
「天界側の接続地点は、利用者の集中を避けて配置する!」
「よし! 次は隣国だ!」
「その後は全国展開です!」
「いや、最初から全国を見据えた設計にすべきだ!」
三人は互いの意見を取り入れながら、次々と計画を練り上げていく。
もはや、誰も元敵同士であることなど気にしていなかった。
エンジェルはゆっくりとバインダーを開いた。
『記録。エリゴス、ケルビム、ドミニオンズの三名、交通網と配達網の連携について協議。事業拡大に関して意気投合』
ペンが止まった。
『追記。三名、全国展開を目標に共同計画を立案中』
「全国展開!?」
リリムが思わず叫んだ。
その声に気づいた三人が、一斉に入口を振り返った。
「おお、エンジェル! ちょうどいいところに来たな!」
エリゴスが手招きする。
「情報管理と記録を担当してもらいたい!」
「私は交通網の設計を進めます。人員配置と事業計画の記録をお願いできますか?」
ケルビムが続けた。
ドミニオンズも真剣な顔で頷いた。
「天界側の接続地点についても、記録を整理してほしい。利用者が増えれば、管理項目も増えるからな」
「…………」
エンジェルは固まった。
リリムは一歩後ずさった。
「待ちなさい! どうして私たちまで巻き込まれなければなりませんの!?」
「人手は多い方がいいだろう!」
エリゴスが堂々と言い放った。
「あなた方の能力を活用すれば、さらに効率を高められます」
ケルビムも頷いた。
「私は交通網の設計に専念したい。記録管理を任せられるなら助かる」
ドミニオンズまで当然のように話を進めている。
エンジェルは三人を見比べた。
かつて戦場で相まみえた強敵たちが、今では地図を囲み、配達事業の全国展開について熱心に議論している。
しかも、その計画に自分たちまで組み込まれようとしていた。
「……どうしてこうなったんですかあああああ!!」
「私、ただ様子を見に来ただけですわあああああ!!」
二人の悲鳴がオアシスに響き渡った。
しかし、三人はまったく気にしていなかった。
「では、次は拠点の候補地を絞り込もう!」
「需要予測の結果を反映します!」
「交通網の接続地点も合わせて調整する!」
エリゴス、ケルビム、ドミニオンズは、すっかり意気投合していた。
エンジェルは深いため息をつき、最後の記録を書き加えた。
『記録。エリゴス、ケルビム、ドミニオンズ、事業計画の立案において良好な協力関係を構築。エンジェルおよびリリム、記録・管理業務への参加を打診される。両名、困惑』
彼女はペンを置いた。
「……ご主人様に、どう説明すればよいのでしょうか」
隣では、リリムが頭を抱えている。
「私はただ、様子を見に来ただけですのに……!」
その背後では、三人が次の計画について議論を続けていた。
天界と地上を結ぶ交通網。
全国を網羅する配達網。
そして、飲食店を中心とした新たな事業計画。
かつて敵として戦った三人は、今や同じ目標に向かって動き始めていた。
その結果、地上の平穏がどうなるのか。
少なくとも、エンジェルのバインダーに記録すべき項目が、また一つ増えたことだけは確かだった。




