魔王様、それは仲裁ではありません
# 番外編――魔王たちの決断。そして主人公に拒否権はない
【魔界・魔王城・会議室】
巨大なモニターには、主人公の屋敷の惨状が映し出されていた。
リリムの覚醒によって倒れたヤンデレたち。
その中心で、主人公に手首を掴まれたまま顔を真っ赤にして「愛を受け止めてくれた」と勘違いし続けているリリム。
ルシファーは腕を組み、険しい顔で画面を見つめていた。
アスタロトは記録を読み返し、ベリアルは頭を抱えている。
「……これは、まずいな」
最初に口を開いたのはルシファーだった。
「リリムを屋敷に住まわせる条件は整えた。監視体制も、生活規則も、問題発生時の対応策も決めた」
「ええ。ですが、肝心の問題を見落としていました」
アスタロトが眼鏡を直した。
「彼女は主人公との接触機会が少ないほど、嫉妬を募らせる傾向があります。今回の覚醒は、それが限界に達した結果と考えられます」
ベリアルが顔を上げた。
「つまり、どういうことだ?」
「リリムを屋敷に住まわせるだけでは不十分なのです」
アスタロトはモニターを指さした。
「ほかの女性たちが主人公との時間を独占し、リリムだけが蚊帳の外に置かれる。この状況が続けば、再び同じ事態が起きる可能性があります」
「……要するに?」
「主人公との接触機会を増やす必要があります。特に、夜間の時間帯における偏りを解消しないと、再発リスクが高い」
沈黙。
ベリアルがゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……待て。お前、今なんて言った?」
「聞こえたはずですが」
「いや、聞こえたよ! 聞こえたから確認してるんだ!」
ルシファーは目を閉じた。
「ほかに方法はないのか?」
「現状の情報から判断する限り、最も効果的なのは主人公との接触機会を増やし、リリムの嫉妬を抑制することです」
「つまり、主人公に負担を引き受けさせるわけか……」
「魔王様。すでに主人公は、あの女性たちとの生活を続けています」
アスタロトは淡々と続けた。
「そこへリリムが加わるだけです」
「その『だけ』が一番問題なんだよ!」
ベリアルの叫びが会議室に響いた。
ルシファーはしばらく考え込んでいたが、やがて目を開いた。
「……決めた」
「本気ですか?」
「ああ。これ以上、リリムの嫉妬によって世界規模の災害を引き起こされては困る」
ルシファーは玉座から立ち上がり、命令書を手に取った。
「直接、本人に通達する」
「わざわざ出向くのですか?」
アスタロトが尋ねた。
「通信だけでは逃げられる可能性がある。今回の件は我々も監視していた。本人にも説明する必要がある」
ベリアルが嫌そうな顔をした。
「……あいつ、絶対に反発するぞ」
「承知の上だ。だが、こちらも言い方には気をつける」
ルシファーは転移門を開いた。
「夜の生活についても『認める必要がある』と伝える。それ以上の詳細は、現場で調整させればいい」
「……後で責任を問われにくい言い方ですね」
「余計なことを言うな。行くぞ」
【現実世界・主人公の屋敷・リビング】
夜。
リビングは、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
リリムの覚醒騒動から数時間。
慈愛の回復と薬学の処置で、全員がなんとか起き上がれる状態に戻っていた。
森羅万象、魔導、科学、薬学、慈愛、嫉妬、監視情報、潜入特化。
そしてエンジェル。
全員が、微妙な距離感でリリムを警戒していた。
当のリリムは主人公の隣に座り、申し訳なさそうに俯いている……が、時折ちらちらと主人公の手を見て顔を赤らめていた。
「……主人公様。本当に申し訳ありませんでしたわ」
「もういい。屋敷が吹き飛ばなかっただけ、まだましだ」
「でも、主人公様が私の手を掴んで……制止してくださったおかげで……」
「そこでまた勘違いを再開するな」
「私の愛を……少しでも受け止めてくださったのですよね……?」
「違う! ただ止めただけだ!」
そのとき、リビングの空間が歪んだ。
紫色の魔法陣が展開し、三人の男が姿を現す。
ルシファー、アスタロト、ベリアルだった。
主人公は反射的に身を起こし、安堵の息を漏らした。
「……お前たちか! ちょうどいい!」
「何だ?」
「仲裁に入ってくれ! このままじゃ、また『夜の生活』とか言い出されるところだったんだ! お前らが最後の砦だろ!?」
ルシファーが無言で一歩前に出る。
「重要な通達がある」
アスタロトが書類を広げた。
「先日のリリムの魔力覚醒について、魔界側で検証を行いました。その結果、彼女の嫉妬を抑制するためには、主人公との接触機会を増やす必要があると判明しました」
「……それで?」
ベリアルが気まずそうに視線を逸らした。
ルシファーは平然と言い放った。
「よって、今後は夜の生活についても認める必要がある」
数秒間、誰も動かなかった。
主人公の安堵の表情が、ゆっくりと凍りついた。
「……は?」
「聞こえただろう。夜の生活についても認める必要がある」
「待て待て待て! 『認める』って何だ!? 何を認めろって言ってるんだ!? お前ら、仲裁に来たんじゃなかったのか!?」
「リリムを除外した偏った時間配分を改めろ、という意味だ」
「俺の寝室は安全保障の管轄外だろうが!」
「今回の一件で、そうとも言い切れなくなった」
「最後の砦が敵に回った!!」
魔導が口元を押さえ、優雅に微笑んだ。
「あらあら♡ これで公平になりますわね♡」
森羅万象が静かに頷く。
「……合理的な判断ではありますね」
エンジェルがバインダーを開いた。
「記録します。『夜の生活についても認める必要がある』との正式通達です」
「記録するなぁぁぁ!!」
リリムは顔を真っ赤にしながらも、目を輝かせていた。
「そ、そんな……! 魔王様たち、私のために……!」
「勘違いするな。世界の安全のためだ」
ルシファーが即座に切り捨てる。
主人公は立ち上がり、三人を指さした。
「俺は拒否する! そもそも、俺の生活を勝手に決めるな!」
「却下だ。貴様に拒否権はない」
「即答するな! 俺の人生だぞ!?」
「魔界の安全保障に関わる以上、個人の自由を優先するわけにはいかん」
ベリアルが申し訳なさそうに手を合わせた。
「悪いな、主人公。俺たちも、こうするしかないんだ」
アスタロトは書類を差し出す。
「詳細な運用規則はこちらです」
「俺の夜に運用規則を持ち込むな!!」
ルシファーは満足げに頷いた。
「決定だ。異議は認めん」
主人公が最後の抵抗を試みた。
「待てルシファー! お前、『夜の生活についても認める必要がある』って言っただけだろ!? リリムが積極的に参加していいなんて、一言も言ってないはずだ!」
ルシファーは転移門の前で立ち止まり、振り返った。
「……ああ。確かに、俺はそうは言っていない」
「だろ!?」
「『認める必要がある』と述べただけだ。積極的な参加を推奨したわけでも、義務化したわけでもない。現場の運用はお前たちで調整しろ」
「保身かよ!!」
「魔王の職務として、責任の所在を明確にしているだけだ」
アスタロトが小さく頷く。
「記録上も、積極参加の指示は確認できません」
ベリアルが肩をすくめた。
「悪いな。俺たちも、後で責任を取らされるのは御免なんだよ」
ルシファーは最後に一言だけ残した。
「では、後は任せた。世界の平和のためだ」
転移門が閉じ、三人は姿を消した。
リビングに重い沈黙が落ちた……かと思いきや。
リリムがすっと主人公の隣に詰め寄り、両腕でその腕を抱きしめた。
「主人公様……♡」
「おい、急に距離を詰めるな」
「魔王様が『認める必要がある』とおっしゃいましたわ。つまり、これからは遠慮しなくていいってことですのよね?」
「違う! 『積極的に』とは言ってないだろ!?」
リリムは頬を染めながらも、にこやかに微笑んだ。
「ふふっ……どうアプローチしようかしら。まずは腕をこうして……次は肩に寄りかかって……それから、夜のお話をゆっくりと……」
「その段階的な計画を今すぐ中止しろ!」
「主人公様の声、近くで聞くとやっぱり素敵ですわ……♡ もっと近づいてもいいですのよね?」
「よくない! 全然よくない!」
魔導が扇子で口元を隠して楽しそうに呟く。
「まあ♡ 早速始めるおつもりですのね♡」
嫉妬が明るく手を叩いた。
「いいじゃない♡ みんなで仲良く時間を分け合えるなんて素敵ね! リリムも頑張ってね♡ 私も全力で応援するわ!」
「そこで応援するな!」
エンジェルがペンを走らせる。
「追記します。リリム様、通達直後より積極的なアプローチを開始。主人公様、拒否中」
「記録するなぁぁぁ!!」
リリムは主人公の腕を離さず、さらに顔を寄せた。
「今夜は……まずはお話からでよろしいですわよね? それとも、もう少しだけ……こうして触れ合ってからにしますの?」
「選択肢を提示するな! どっちも拒否だ!」
「ふふっ……主人公様ったら、照れていらっしゃるのですね♡」
「照れてない! 本気で拒絶してる!」
こうして主人公の自由時間は、またひとつ失われた。
そして魔王たちは、自らの生活を完璧に守り抜いたのだった。




