チョコレート
### 番外編――ヤンデレシリーズ「バレンタインのチョコレート」
【王国・主人公の屋敷】
エンジェル「バレンタインが近いので、チョコレートを作ってみたんです♡」
主人公「マジで? この前、消し炭作ったお前が?」
エンジェル「はい♡ もちろん、ゲイバーのお兄さんが作る本格的なチョコレートと比べると、味は劣ると思いますが♡」
主人公「……まあ、あの人は料理のプロだからな」
エンジェルは、主人公の目の前に三つの小さな箱を並べた。
主人公「……三つ?」
エンジェル「はい♡ どうぞ、開けてみてください♡」
主人公が一つずつ箱を開けると、どれにもきれいな光沢のあるチョコレートが入っていた。
——その様子を、屋敷の庭の茂みから、監視特化が小型カメラと通信機を使って捉えていた。
監視特化「……実況を開始します。現在、主人公とエンジェルが対峙中。三つの箱が並べられました。映像を屋敷のリビングと王城の大広間に中継します」
王城の大広間では、国王をはじめとした重臣たちが固唾をのんで画面を見つめていた。
屋敷のリビングでも、他のヤンデレたちが息を潜めている。
潜入特化「状況を説明します。エンジェルが用意した三つのチョコレート。一つはコンビニの量産品、一つはゲイバーのお兄さんの手作り、そしてもう一つがエンジェル本人が二週間かけて練習した一品です。主人公は見た目だけで判別を求められています」
嫉妬「コメントします……! これは……かなりの難易度です……! でもエンジェル、頑張って……! 主人公様も、頑張って……!」
主人公「……全部同じに見えるんだけど」
エンジェル「はい♡」
主人公「見た目は全部、きれいな手作り風のチョコレートだな……」
監視特化「主人公、見た目だけでの判別に苦戦しています。緊張感が高まっています」
王城では、誰かが小さく呟いた。
「……英雄同士の勝負が、チョコレートで決まろうとしているのか……」
エンジェル「さて、どれが私のチョコレートでしょう♡」
主人公「え?」
エンジェル「私のこと好きなら分かってください♡」
主人公「いや、だから味で当てるんだろ!?」
エンジェル「愛です♡」
主人公「答えになってねえよ!!」
監視特化「エンジェル、愛を回答として提示。主人公、即座に否定。王城および屋敷内の緊張がさらに高まっています」
嫉妬「愛で分かってほしい……という気持ち、分かります……! でも、味で判断するしかないですよね……!」
エンジェル「はい♡ 一つは、効率と費用対効果とマーケティングしか見ていない、利益最大化のために設計された、ただの商品です♡」
主人公「コンビニのチョコレートへの評価が妙に社会派なんだけど!?」
エンジェル「企業が消費者に『特別感』を演出するため、限られた原材料と計算された甘さで量産し、広告では『想いを込めて』などと並べ立てる。中身はデータと利益率で決まったもの。そんな、愛のかけらもない量産品です♡」
主人公「……急に刺さってきたんだけど」
監視特化「エンジェルによる企業マーケティング批判が展開中。王城の一部重臣が顔を引きつらせています」
潜入特化「補足します。エンジェルの社会派発言は予想外でしたが、本題は三つのチョコレートの判別です」
エンジェル「もう一つは、ゲイバーのお兄さんが丁寧に作ってくれた本格的なチョコレートです♡」
主人公「うん、まあ、それは分かる」
エンジェル「そして、もう一つは……」
エンジェルはバインダーを胸に抱き、主人公を真っすぐ見つめた。
エンジェル「二週間前から、主人公様のために毎日毎日練習して、練習して、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って……」
主人公「待て待て待て。急に圧が強くなってきたぞ!?」
監視特化「エンジェルの圧が急上昇。主人公の動揺が確認できます。屋敷内も静まり返っています」
嫉妬「二週間……毎日……頑張ったんです……! その想いを……受け止めて……!」
エンジェル「主人公様の『おいしい』という言葉が聞きたい。ただそれだけのために、毎日毎日、頑張って作ったチョコレートです♡」
主人公「…………」
エンジェル「さあ、主人公様♡ 愛する私のチョコレートが、どれか分かりますよね?」
主人公「料理の品評会に、愛情の重さを持ち込むな!!」
監視特化「主人公、プレッシャーを率直に表現。王城では国王が額に手を当てています」
主人公は三つのチョコレートを見つめた。
主人公「……素晴らしいプレッシャーだ」
エンジェル「はい?♡」
主人公「魔王ルシファーと戦ったとき以来か……。この緊張感は」
監視特化「主人公、過去の魔王戦を引き合いに出すほどの緊張を自覚。実況を継続します」
エンジェル「まあ♡ 主人公様、そんなに真剣に考えてくださるなんて……♡」
主人公「どれがお前の作ったチョコレートなのか……俺は試されているんだな」
エンジェル「はい♡ 愛の試練です♡」
主人公「よし……」
主人公は目を閉じ、三つのチョコレートに意識を集中させた。
主人公「見極めてみせる……! この三つの中に隠された、お前の二週間分の努力を!!」
監視特化「主人公、本気モードに突入。屋敷と王城、双方で固唾をのむ気配が広がっています」
嫉妬「いける……! 主人公様なら……! エンジェルの想いを……!」
エンジェル「主人公様……♡」
主人公「待て。これ、外したらどうなるんだ?」
エンジェル「……主人公様?」
主人公「その沈黙が一番怖いんだよ!!」
監視特化「主人公、失敗した場合のペナルティを確認しようとして、逆に沈黙を引き出されました。緊張がピークに近づいています」
エンジェル「試すとかではありませんよ♡ この程度の簡単な試練は、乗り越えていただきたいだけです♡」
主人公「簡単!?」
エンジェル「はい♡ 私と二週間分の愛情を共有してくださっている主人公様なら、当然ですよね♡」
主人公「待て。二週間分の愛情って、チョコレートの味にどう反映されるんだ!?」
エンジェル「愛です♡」
主人公「またそれか!!」
潜入特化「状況を更新します。主人公は見た目での判別を諦め、位置で回答しようとしています」
主人公は三つの箱をじっと見比べた。
主人公「……どれも同じに見える」
エンジェル「はい♡ それで、どれだと思いますか?」
主人公「じゃあ、真ん中の箱で」
エンジェル「……は?」
主人公「いや、だから真ん中」
エンジェル「主人公様?」
主人公「はい」
エンジェル「私、二週間ですよ?」
主人公「うん?」
エンジェル「二週間、毎日毎日、主人公様に『おいしい』と言っていただくために、練習して、練習して、練習して……」
主人公「待て、まだ外れたって決まったわけじゃ――」
エンジェル「なぜ真ん中なのですか?」
主人公「位置で選んだだけだよ!!」
監視特化「主人公、位置指定で回答。エンジェルの反応が急変。空気が張り詰めています」
嫉妬「位置……で選んだ……? ちょっと待ってください……!」
三つの箱を挟んで、突然、空気が張り詰めた。
エンジェル「……見た目じゃ、分かりませんでしたか?」
主人公「えっ」
エンジェル「ヒント、あげましょうか♡」
主人公「……お願いします」
エンジェル「私が二週間、毎日毎日、主人公様のために頑張って作ったチョコレートです♡」
主人公「それ、さっき聞いた!!」
エンジェル「では、もう一つヒントです♡」
主人公「まだあるのか……!」
エンジェルは、ゆっくりと三つの箱を指さした。
エンジェル「この中で、私が一番食べてほしいと思っているチョコレートです♡」
主人公「三つとも食べてほしいんだろうが!!」
監視特化「ヒントが追加されるも、実質的な情報量は増えていません。主人公の混乱が深まっています」
主人公「いやいや、分かるよ? 分かるんだけどさ……」
エンジェル「はい♡」
主人公「最近のコンビニのチョコレートって、マーケティングもすごいし、技術革新もすごいじゃん? 『特別な想いを』とか『あなたのために』とか、パッケージに書いてあるだけで、中身は工場で大量生産されたものなんだろ?」
エンジェル「…………」
主人公「それに、ゲイバーのお兄さんのチョコレートだって、毎日お店でお客さんに出してるやつだぜ? そりゃ完成度も高いだろ?」
エンジェル「…………」
主人公「だから、その……見た目だけで判断するのは、ちょっと難しいというか……」
監視特化「主人公、コンビニと職人を引き合いに出して比較を開始。エンジェルの笑顔が危険な領域に入っています」
嫉妬「比較しないで……! エンジェルの二週間を……!」
エンジェル「主人公様」
主人公「はいっ!?」
エンジェル「私のチョコレートを、コンビニの量産品とプロの職人の間に置いて比較しているのですね♡」
主人公「いや、比較対象として公平に評価しようと――」
エンジェル「なるほど♡」
主人公「その笑顔やめて!? 絶対に納得してないだろ!!」
王城の大広間では、誰もが息を殺していた。
屋敷のリビングでも、他のヤンデレたちが固まったまま動こうとしない。
エンジェル「……まだ食べていないのに、ですか?」
主人公「…………」
エンジェル「主人公様?」
主人公「……技術革新って、すごいな」
エンジェル「話をそらさないでください♡」
監視特化「主人公、話題をそらそうとして失敗。実況を継続します」
エンジェル「食べ比べれば分かるのですね♡」
主人公「……は?」
エンジェル「三種類のチョコレートを、主人公様に食べ比べていただきます♡ もちろん、私の愛情を込めたチョコレートも含めて♡」
主人公「いや、最初からそのつもりだっただろ!?」
エンジェル「はい♡ では、まず一つ目からどうぞ♡」
主人公(しまった……! 結局、食べるしかないのか……!)
監視特化「試食フェーズに移行。屋敷と王城、双方で緊張が最高潮に達しています」
嫉妬「ここからが本番……! 主人公様、お願いです……!」
エンジェル「では、まず一つ目のチョコレートです♡」
主人公は一口かじった。
主人公
ほどよい甘さと滑らかな口溶け。文句のつけようがない。
エンジェル「では、二つ目です♡」
主人公は二つ目を口に運んだ。
主人公
主人公(いや、こっちもうまいな!? どうなってるんだ!? 一つ目と遜色ない……むしろ甲乙つけがたいぞ)
監視特化「二つ目も高評価。主人公の内部混乱が加速しています」
潜入特化「状況説明です。現時点では、一つ目と二つ目の味に明確な差を感じられていない模様です」
エンジェル「そして、最後です♡」
主人公は三つ目を口に運んだ。
主人公「…………うぐっ」
エンジェル「……主人公様?」
主人公は静かに目を伏せた。
そして、力なく、しかしはっきりと言った。
主人公「……別れよう。エンジェル」
監視特化「……重大発言を確認。主人公が『別れよう』と宣言しました」
王城の大広間に、どよめきが走る。
屋敷のリビングでも、誰かが息を呑む音がした。
嫉妬「えっ……? 別れよう……? ちょっと待ってください……!!」
エンジェル「……はい?」
主人公「俺は、二週間も毎日お前が作ってくれたものを、コンビニの量産品と区別すらできない。そんな俺は、お前の努力も愛情も何一つ受け止められない、どうしようもないクズ男だ。別れよう」
監視特化「主人公、自己卑下の末に別れを切り出しました。エンジェルの反応を注視します」
エンジェル「どうしてそうなるんですか!?」
エンジェル「それになんで問題を間違えた主人公様が主導権を握っているのかわからないです」
エンジェル「もう一回やりましょう♡ 正解は三つ目ですよ♡」
主人公「……え?」
監視特化「エンジェル、即座に再挑戦を要求。正解が三つ目だったことを明かしました」
嫉妬「三つ目だったんですか……! 主人公様……!!」
エンジェル「どうぞ♡ これが一つ目です♡」
主人公
エンジェル「では、二つ目です♡」
主人公
エンジェル「そして、三つ目です♡」
主人公は三つ目を口に運び、再び同じ反応をした。
そして、さらに低い声で言った。
主人公「……やっぱり別れよう。俺みたいな男は、お前の二週間を無駄にする価値すらない」
エンジェル「どうしてですかあああ!?」
監視特化「……再試食後も同様の結論。実況を続けます。屋敷および王城は、静まり返ったままです」
潜入特化「状況は膠着しています。主人公の自己評価が極端に低下した状態が続いています」
嫉妬「両方を応援します……! でも……これは……応援の仕方が難しいです……!!」
そのときだった。
茂みが大きく揺れたかと思うと、監視特化、潜入特化、嫉妬の三人が姿を現した。
監視特化「実況を一時中断します。これ以上、主人公の自己否定を見過ごすわけにはいきません」
潜入特化「状況を整理します。主人公、あなたは混乱しています。味を判別できなかったことと、自分自身の価値を結びつける必要はありません」
嫉妬が前に出て、真剣な表情で言った。
嫉妬「主人公様……! エンジェルは怒るかもしれませんが、別れを切り出す必要なんてないです……! 間違えたなら、素直に謝ればいいんです……! 両方を応援してきた私からも、お願いします……!」
主人公は三人の顔を見て、ようやく少し我に返った。
主人公「……そうだな。悪かった。混乱していた」
彼はエンジェルの方を向き、頭を下げた。
主人公「エンジェル。今のは言いすぎた。二週間も練習してくれたのに、俺がちゃんと受け止められなかっただけだ。悪かった」
エンジェルはバインダーを抱えたまま、しばらく主人公を見つめていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
エンジェル「……謝罪は受け取ります♡」
主人公がほっと息を吐いた、その直後だった。
エンジェルの目が一瞬だけ鋭くなり、彼女は懐から、いつものバインダーとは明らかに形の違う、禍々しく改造されたバインダーを取り出した。
エンジェル「ですが」
カチリ、と重い音を立てて改造バインダーが開かれる。
エンジェル「間違えたお仕置きは、きちんと受けていただきます♡」
監視特化「……改造バインダーを確認。危険度が上昇しています」
潜入特化「予想通りの展開です」
嫉妬「両方を応援します……! でも今回は……エンジェル、少しだけ手加減を……!!」
主人公の顔が引きつる。
主人公「……やっぱり別れ――」
エンジェル「逃がしませんよ♡」
エンジェルは満面の笑みで、改造バインダーを構えた。
屋敷にも、王城にも、再び重い沈黙が落ちた。
監視特化は小さく息を吐き、カメラを回し続けた。
監視特化「……実況を再開します。お仕置きフェーズに移行します」




