主人公 ヤンデレたちを説得
### 番外編――帰還、そしてヤンデレたちとの交渉
【現実世界・主人公の屋敷・応接室】
魔界から戻った主人公たちは、応接室に集まっていた。
主人公の隣にはリリム。
向かいには森羅万象、魔導、科学、薬学、慈愛、嫉妬、監視情報、潜入特化、格闘特化、拷問特化、腰振りスペシャリスト。
そして隅には、バインダーを抱えたエンジェルがいた。
「本日の議題は、リリムさんと皆様の今後の関係について。交渉経緯と決定事項を正確に記録します♡」
ペンを構えたエンジェルは、主人公を見た。
「なお、主人公様の表情や視線についても――」
「必要ない。交渉内容だけ記録してくれ」
「はいっ! 記録範囲について指示あり、と♡」
「今のも書くな!」
「記録の正確性を保つためです♡ 愛ですから♡」
主人公は早くも頭を抱えた。
「……で?」
魔導が笑顔でリリムを見た。
「どうして、その方が主人公様のお隣に?」
「魔界から連れてきたからだ」
「それは見れば分かりますわ♡ なぜ連れてきたのか、と聞いているんです」
「……これから説明する」
「ぜひ、納得できる説明をお願いしますわ♡」
笑顔なのに圧力がすごい。
主人公は一度息を吐き、全員を見回した。
「リリムは俺に好意を持っている。だが、俺はその気持ちに応えられないと伝えた。それでも、俺と関わりたいと思っているんだ」
「つまり、主人公様は私たち以外の女性にも好かれるほど魅力的、ということですわね♡」
「話をややこしくするな!」
格闘特化が腹を抱えて笑った。
「ははは! こりゃ先が長そうだな!」
「笑い事じゃない……」
森羅万象が静かに尋ねた。
「それで、主人公様。リリムをどうしたいと考えているのですか?」
主人公は少し考えてから答えた。
「まずは、みんなと仲良くなってもらいたい」
「……仲良く?」
嫉妬が眉をひそめた。
「それは、主人公との関係を認めるという意味?」
「違う。いきなり特別扱いしたり、同居を認めたりするつもりはない。そもそも、まだお互いのことをよく知らないだろ」
主人公はリリムに目を向けた。
「魔界では、ルシファーたちとも話し合ってきた。リリムがこっちの世界で暮らすことになった場合に備えて、問題が起きたときの抑止力や情報管理、生活上の調整について、役割分担の方向性を確認したんだ」
科学が目を細めた。
「つまり、将来的な受け入れを想定して準備したということ?」
「可能性の一つとして考えただけだ。受け入れると決めたわけじゃない」
「それなら、まずは現状を把握する必要があるわね」
科学は頷いた。
「本人の希望、私たちとの相性、生活上の問題。それらを確認してから判断するべきよ」
「そういうことだ。魔王たちと話し合ったからといって、俺たちの生活まで勝手に決めるつもりはない。お前たちの意見も聞きたい」
魔導は微笑みを浮かべた。
「なるほど。魔界側で準備を整えたうえで、こちらではまず交流から始めるわけですわね♡」
「そうだ」
「では、最初に確認させてくださいませ。リリムさんは、私たちと仲良くなる意思がおありですの?」
リリムは胸を張った。
「もちろんですわ♡ 皆様と仲良くなって、主人公様のおそばにいられるようになりたいですもの!」
「……最後の一言が余計だな」
主人公が額を押さえた。
嫉妬はじっとリリムを見つめていた。
「つまり、私たちと仲良くなるのも、主人公に近づくため?」
「はい♡」
「正直すぎるだろ!」
「隠しても仕方ありませんもの♡」
リリムは悪びれずに微笑んだ。
その様子を見て、慈愛が小さく笑った。
「でも、目的を隠さずに話してくれるのは、悪いことではないと思います。これから少しずつ、お互いのことを知っていけばいいのではないでしょうか」
「慈愛……ありがとう」
主人公はほっとした。
しかし、慈愛は続けた。
「もちろん、主人公様の気持ちを無視してはいけませんよ。リリムさんにも、そこは理解していただかないと」
「はい。主人公様が交際できないとおっしゃったことは理解しておりますわ」
リリムは素直に頷いた。
「今すぐお気持ちを変えていただこうとは思っておりませんもの♡」
「……今すぐ、か」
主人公の表情が曇った。
「将来の可能性までは諦めていない、ということね」
薬学が冷静に指摘した。
「はい♡」
「そこは否定しないんだな……」
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【交渉第一段階――まずはお互いを知る】
森羅万象が話を整理した。
「それでは、最初から同居や生活環境の変更を決めるのではなく、まずは交流の機会を設けることにしましょう」
「賛成よ」
科学がホワイトボードを用意した。
「定期的に一緒に過ごす時間を設けて、リリムの人柄や行動を確認する。私たちも、リリムに自分たちのことを知ってもらう。そこで問題が起きたら、その都度話し合えばいいわ」
「私、実験対象ではありませんわよね?」
リリムが不安げに尋ねた。
「能力を調べるなら、事前に同意を取るわ」
薬学が答えた。
「少し安心しましたわ……」
「少しだけなのかよ」
監視情報が手を挙げた。
「交流の予定と面会時間は、あらかじめ共有しておくべきです。行き違いが起きた場合、事実関係を確認できるようにします」
「私の行動を全部記録するんですの!?」
「必要な範囲です」
エンジェルが勢いよくペンを走らせた。
「記録! 監視情報さんから交流日程と面会時間の管理案が提示されました!」
「お前、ちゃんと記録しているんだな……」
「もちろんです♡ 主人公様の生活に関わる重要な話し合いですから!」
エンジェルはさらに書き加えた。
「追記。主人公様には疲労が見られます。今後の交流が精神的負担にならないよう、注意が必要です♡」
「原因はお前たちだよ!」
「主人公様から抗議あり。交流時の負担に関する検討事項へ追加しますね♡」
「そこに追加するな!」
リリムは、ホワイトボードに書かれた項目を眺めた。
「つまり、まずは皆様と一緒に食事をしたり、お話をしたりするところから始めるのですわね?」
「そうだ。普通に交流して、少しずつお互いを知っていけばいい」
主人公は念を押した。
「ただし、主人公との面会時間を増やすために、ほかの人との交流を利用するのはなしだぞ」
「……難しい条件ですわね」
「難しいのかよ!」
「冗談ですわ♡」
リリムは楽しそうに笑った。
主人公は不安を拭いきれなかった。
(本当に大丈夫なのか、これ……)
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【交渉第二段階――魔導の異議申し立て】
「ですが、私は一つ懸念がありますわ」
魔導が手を挙げた。
「リリムさんが私たちと仲良くなろうとする理由は、主人公様に近づくため。そこは本人も認めていますわね?」
「はい♡」
「でしたら、交流そのものが主人公様への接近手段になってしまう可能性があります」
魔導は笑顔のまま続けた。
「たとえば、私たちと仲良くなった結果、主人公様と過ごす時間を増やしてほしいとお願いする。私たちが断れば、せっかく築いた関係が気まずくなる。そういう状況も考えられますわ」
「……確かに」
主人公は反論できなかった。
「それに、リリムさんだけを特別扱いする理由もありません。別の女性が同じように交流を希望したら、どうするおつもりですの?」
主人公は言葉に詰まった。
森羅万象が口を開いた。
「懸念は分かります。ですが、だからといって、最初から拒絶する必要もありません」
「ええ。だからこそ、交流の段階で守るべきルールを決めておくのですわ」
魔導は微笑んだ。
「主人公様との時間を、他の人との交流の見返りにしない。交流を理由に、特別な待遇を求めない。そして、誰かが断った場合には、その判断を尊重する。これなら、リリムさんにも私たちにも公平ですわ♡」
「……反対していたはずなのに、いつの間にか制度設計の話になったな」
「問題解決には仕組みが必要ですわ♡」
科学も頷いた。
「そこは合理的ね。最初にルールを決めておけば、後々の混乱も減らせるわ」
嫉妬が釘を刺す。
「もう一つ。主人公との時間を誰か一人が独占するのもなしよ。リリムが交流を通じて私たちに近づくのは構わないけれど、それを理由に主人公を優先的に譲るつもりはないわ」
「もちろんだ。誰か一人を特別扱いするつもりはない」
主人公は頷いた。
「リリムと交流することになっても、お前たちとの関係をないがしろにするつもりはない。そもそも、俺は誰とも交際するつもりがないんだからな」
「……その言葉、忘れないでくださいね♡」
「忘れないよ……」
リリムは少しだけ頬を膨らませた。
「皆様、主人公様を独占するつもりはないとおっしゃっていますけれど……」
「何か?」
嫉妬が鋭い視線を向ける。
「いえ。皆様も、なかなか大変そうだと思いまして♡」
「あなたに言われたくないわ!」
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【交渉第三段階――交流のルール】
科学がホワイトボードに条件を書き出した。
一、まずは定期的な交流の機会を設ける。
二、交流を通じて、お互いの人柄や考え方を知る。
三、主人公との交際や同居を前提としない。
四、主人公との面会時間や待遇を、交流の見返りとして要求しない。
五、能力の使用や調査には事前の確認と同意を求める。
六、交流の中で問題が起きた場合は、関係者間で話し合う。
七、今後の関係については、交流を重ねたうえで改めて検討する。
「これでどうかしら?」
「いいと思う。いきなり結論を出すより、まずはお互いを知る方がいい」
主人公は安堵した。
「これなら、リリムも俺たちの生活に少しずつ慣れていけるだろう」
「はい♡ 皆様と仲良くなれるのが楽しみですわ!」
リリムは嬉しそうに微笑んだ。
「まずは皆様の好きなものや趣味を教えていただきたいですわ。私も、皆様に自分のことを知っていただきたいですもの」
慈愛が頷いた。
「素敵ですね。最初は一緒にお茶を飲みながら、お話しするところから始めましょうか」
「いいわね。お互いに無理のない範囲で、少しずつ交流していきましょう」
森羅万象も穏やかに同意した。
「それでは、最初の交流会の日程を決めましょう」
エンジェルは条件をバインダーに清書した。
「交流開始。今後の関係は継続協議……以上、現時点での決定事項として記録しました♡」
「助かる。あとで全員に共有してくれ」
「はいっ! 主人公様から直接、記録の共有を任せていただきました……!」
エンジェルはバインダーを胸に抱きしめた。
「大切な記録になりますね♡」
「普通の議事録だからな?」
「もちろんです♡」
彼女はページの端に書き添えた。
『主人公様から直接依頼あり。大変貴重な出来事。愛ですから♡』
「……余計なことは書いてないだろうな?」
「議事録の正確性を保つため、必要な補足だけです♡」
「その補足が信用できないんだよ……」
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【交渉終了――最初の一歩】
話し合いが終わり、全員が席を立とうとした時だった。
リリムが、改めてヤンデレたちの方を向いた。
「皆様。本日はお時間をいただき、ありがとうございましたわ」
先ほどまでの浮ついた様子とは違い、彼女の表情には少し緊張があった。
「私は、主人公様のことが大好きです。その気持ちは、今すぐ変えられません。でも、主人公様が私の気持ちに応えられないとおっしゃったことも、理解しております」
主人公は黙ってリリムを見た。
「だから、まずは皆様と仲良くなりたいですわ。主人公様のことだけではなく、皆様自身のことも知りたいと思っています」
慈愛が優しく微笑んだ。
「その気持ちを大切にしてくださいね」
「はい!」
リリムは明るく返事をした。
嫉妬はまだ少し警戒していたが、先ほどよりも表情は和らいでいた。
「……まあ、最初から拒絶するつもりはないわ。これからの行動次第ね」
「ありがとうございますわ♡」
「ただし、主人公を独占しようとしたら話は別よ」
「分かりましたわ♡」
「本当に分かっているのかしら……」
魔導は楽しそうに笑った。
「それでは、最初の交流会では、私がリリムさんに魔法を教えて差し上げましょうか♡」
「魔導。それは普通の交流になるのか?」
主人公が警戒すると、魔導は胸に手を当てた。
「もちろんですわ。安全で楽しい魔法の時間ですもの♡」
「その言葉だけで不安になるのは、俺だけか……?」
科学が淡々と答えた。
「あなたの経験を考えれば、合理的な反応だと思うわ」
「科学まで認めるな!」
格闘特化が豪快に笑った。
「ははは! まあ、最初は楽しくやればいいじゃねえか!」
拷問特化は腕を組み、真剣に頷いた。
「安全管理は必要だな。道具の点検は俺が担当しよう」
「だから、普通の交流会だって言ってるだろ!」
腰振りスペシャリストも肩を回した。
「運動を兼ねて、軽く体を動かすのもいいんじゃないか?」
「交流会で訓練を始めるな!」
リリムは、皆のやり取りを見つめていた。
最初は緊張していたが、少しずつ口元に笑みが浮かんでくる。
(……なるほど。主人公様が大変そうなのは、こういうことなのですわね)
彼女はようやく理解し始めていた。
この人たちは、ただ主人公を愛しているだけではない。
それぞれが強烈な個性と能力を持ち、互いに遠慮なく意見をぶつけ合いながら、主人公を中心に独特の関係を築いているのだ。
そして、その中心にいる主人公は、今日も疲れ切っていた。
「……俺、普通に暮らしたいだけなんだけどな」
「はい♡ その願いも、正確に記録しました!」
「記録しなくていい!!」
エンジェルの声が応接室に響き渡った。
リリムは思わず笑った。
「ふふっ……。皆様、思っていた以上に賑やかですわね」
「賑やかで済ませていいのか、これ……」
主人公は遠い目をした。
同居の話は、まだ先だ。
まずは交流。お互いを知り、少しずつ信頼関係を築く。
それが、今回の話し合いで決まった最初の一歩だった。
――もっとも。
「主人公様♡ 最初の交流会では、私が一番長くお話ししたいですわ♡」
「私もよ」
「順番を決める必要があるわね」
「公平な時間配分を計算するわ」
「皆さん、まだ交流会の日程すら決まっていませんよ……」
主人公は頭を抱えた。
リリムもまた、彼女たちの勢いに圧倒されながら、ひとつだけ確信した。
(……主人公様のおそばにいるためには、まず皆様と仲良くなる必要がありそうですわね)
そして同時に、もうひとつの事実にも気づいていた。
(……この方々と仲良くなるのも、相当な試練になりそうですわ)
リリムは小さく息を吐き、笑顔を作った。
「皆様、これからよろしくお願いいたしますわ♡」
こうして、リリムとヤンデレたちの交流が始まった。
主人公の平穏な日常が近づいたのか、それとも新たな騒動の幕が上がったのか。
それは、まだ誰にも分からなかった。




