魔王城 ヤンデレ対策会議
### 番外編――魔王城作戦会議、ヤンデレ対策担当を決めろ
【魔界・魔王城・面会室】
主人公、リリム、ルシファーがテーブルを囲んでいた。
壁際の大型モニターには、天使たちとの戦闘記録が映し出されている。
ケルビム戦。ドミニオンズ戦。スローンズ戦。そして、三大天使との激闘。
映像を確認したアスタロトとベリアルは、そろって難しい顔になった。
「……なるほどな。お前の屋敷にいる女性たちは、単純に強いだけではないらしい」
アスタロトが腕を組む。
「能力、情報収集、状況判断、連携。しかも、それらをすべて主人公様への愛情表現に使っている」
ベリアルが資料を閉じた。
「軍事目的なら、まだ対処しやすかっただろうな」
「だから困っているんだ」
主人公がため息をつく。
「魔導は抜け道を探す。科学は対策を分析する。監視情報と潜入特化は、俺の知らないところで動いている。森羅万象に至っては、何を考えているのかすら読めない」
「世界そのものに干渉できるんだったな?」
「そうだ。しかも本人は、それを大したことだと思っていない」
ベリアルが額を押さえた。
「世界を消せる相手に、生活上の注意事項をどう守らせるんだ?」
「俺に聞くな。俺だって知りたい」
リリムが隣から主人公を見つめた。
「主人公様は、あれほど強大な方々に囲まれても、穏やかな生活を望んでいらっしゃるのですね……♡」
「穏やかに暮らせていないから、ここに来たんだが」
「その苦労も魅力ですわ♡」
「苦労を魅力に変換するな!」
ルシファーがこめかみを押さえた。
「……本題に入ろう。俺たちに対策を頼みたいんだな?」
「ああ。あいつらを倒したいわけじゃない。リリムが屋敷で普通に生活できるようにしたいんだ」
「主人公様……! 私のために、そこまで……♡」
「俺自身も困っているからな」
「それでも嬉しいですわぁ♡」
「話を進めていいか?」
「は、はい!」
リリムは姿勢を正した。主人公を見る目は、まったく正気に戻っていなかった。
アスタロトがモニターを操作する。
「材料は十分です。性質ごとに担当を分けましょう」
「待て。俺の私生活に、魔王軍の幹部が三人も動く必要があるのか?」
主人公が尋ねると、ルシファーは即答した。
「天使軍との戦闘記録を見ただろう」
「見たけど」
「世界規模の戦争より、そちらの方が面倒になる可能性がある」
「俺の私生活、天使軍より危険視されてないか?」
「現状では否定できません」
アスタロトが真顔で答えた。
「頼むから否定してくれ……」
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【第一案――情報戦担当】
「科学、監視情報、潜入特化。この三人は私が担当します」
アスタロトが三人の名前を表示した。
「三人まとめてか?」
「科学は分析、監視情報は記録、潜入特化は警戒網の突破。それぞれ情報戦に長けています。こちらも情報を集め、記録を残し、屋敷の出入りに関する規則を整えます」
「……聞いているだけで帰りたくなってきた」
「まだ何も始めていませんよ」
「始まる前から疲れてるんだよ!」
「相手が何を知り、何を知らないのか。それを把握することが重要です」
「仕事が増えそうだな……」
「情報戦とは、そういうものです」
「俺は平穏な生活がしたいだけなんだが」
「その平穏を確保するための準備です」
アスタロトは一切表情を変えなかった。
リリムが手を挙げる。
「ちなみに、情報収集の範囲はどこまでですの?」
「必要な範囲までです」
「主人公様の一日の行動予定は?」
「必要があれば確認します」
「お食事の好みや休日の過ごし方は?」
「必要性を判断したうえで」
「一人でいらっしゃる時間帯は?」
「……リリム」
主人公の顔が引きつった。
「はい?」
「お前、自分も情報収集する気だろ?」
「そんなことありませんわ♡ ただ、主人公様をもっと深く理解したいだけですもの♡」
「それを情報収集と言うんだよ!」
アスタロトは資料に書き込んだ。
「リリムにも情報管理上の指導が必要、と」
「えっ!? 私も担当対象ですの?」
「当然です。あなたが問題を起こせば、計画全体に影響します」
「問題なんて起こしませんわ!」
「今の発言も記録しておきましょう」
「どうしてですの!?」
主人公は頭を抱えた。
「……これ、俺のための作戦会議だよな?」
「そのはずです」
「もう誰のための会議なのか分からなくなってきたぞ……」
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【第二案――交渉・調整担当】
「森羅万象、魔導、薬学、慈愛、嫉妬。この五人は私が担当しよう」
ベリアルがモニターを切り替えた。
「この五人は感情が行動に直結する。情報戦だけでは対処できない」
「特に魔導は、何を言っても抜け道を探す。森羅万象も、想定外の方法で状況を整えるんだ」
主人公が頭を抱える。
「この前なんて、俺が休みたいと言っただけで、寝室の環境を整えようとしたんだぞ」
「休息環境の改善なら合理的ではないか?」
ベリアルが首を傾げた。
「ベッドを豪華にするだけならな! 俺が断っても話が進むんだよ!」
「なるほど。本人の意思確認が欠けているわけか」
「そういうことだ!」
ベリアルは担当方針を示した。
「森羅万象には生活環境の維持という観点から話す。魔導には具体的な取り決めを提示する。薬学には能力を調べる際の同意と手順を決め、慈愛には生活上の相談窓口を頼む。嫉妬には、主人公とリリムの面会時間について明確なルールを設ける」
「要するに、全員と個別に話し合うのか?」
「必要ならな」
「……大変そうだな」
「何も決めずにリリムを住まわせる方が大変だ」
「それはそうだ……」
主人公は頷いた。
「魔導には特に注意してくれ。規則を作った瞬間、抜け道を探し始めるからな」
「まあ♡ 主人公様は、わたくしのことをよく理解してくださっていますのね♡」
「褒めてない!」
「でしたら、規則の文面を工夫すればよろしいのですわ。例えば『主人公様に無断で接触してはならない』という規則なら、主人公様から接触していただけば問題ありませんわね♡」
「その発想を今すぐ捨てろ!」
ベリアルが眉間を押さえた。
「……具体的な取り決めが必要な理由がよく分かった」
「だろう?」
「想像以上に深刻だ」
「だから言ったんだ!」
リリムが勢いよく手を挙げた。
「ということは、私にも正式なお部屋がいただけるんですの!?」
「まだ決まっていない」
「食事も皆さんと一緒に?」
「それも決まっていない」
「主人公様とお茶会は?」
「……話を聞いていたか?」
「聞いておりますわ♡ つまり、これから決めていただけるんですのね!」
「都合よく解釈するな!」
「でも、一緒に過ごす時間は必要ですわよね?」
「それはそうだが、全部が決まったわけじゃない」
「では、まずはお茶会から始めましょう♡」
「どうして結論が決まってるんだ!」
ベリアルは深く息を吐いた。
「……交渉相手が一人増えたな」
「しかも、まだ正式な住人ですらないんだぞ」
主人公がぼやくと、ルシファーが頷いた。
「その点は問題だと思っている」
「少しは希望が持てる意見だな」
「正式な住人になった後、問題が増える可能性がある」
「希望を返せ!」
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【第三案――直接的な抑止担当】
「残るのは、格闘特化、拷問特化、腰振りスペシャリストか」
ルシファーが腕を組んだ。
「この三人は、交渉だけでは抑えられない可能性がある」
「待て。拷問特化は、本人が何もしないと決めているときまで警戒する必要はないだろう」
主人公が口を挟む。
「いや、警戒は必要だと思いますわ」
リリムが即答した。
「私、あの方の『今回は何もしない』という言葉が一番怖かったんですもの……」
「……経験者の意見は重いな」
ベリアルが頷いた。
「『今回は』という言葉に、次回以降の含みがあるわけか」
「そうですわ。何もしないと約束しているときほど、何を考えているのか分からないんですもの」
「それでは、約束を信用できていないのでは?」
アスタロトが指摘した。
「信用したいのですけれど、実績が……」
リリムは口をつぐんだ。
「……分かった。拷問特化には、約束の意味から教える必要がありそうだ」
ルシファーが担当方針を示す。
「格闘特化には力を使うべき場面を、拷問特化には他人を脅かす行為の限度を教える」
「格闘特化なら、話せば分かると思うんだが」
主人公が言うと、ルシファーは首を横に振った。
「話は通じる。問題は、話が通じたうえで力を使うべきだと判断した場合だ」
「……否定できない」
「力がある者ほど、使わずに済ませる判断が重要になる」
「頼む。本当に頼む」
主人公は真剣に頭を下げた。
ルシファーは最後の名前を見つめた。
「腰振りスペシャリストには……まず、普通の会話をしてもらうところから始めよう」
「それが一番難しそうですわね」
「お前が言うな!」
主人公とベリアルの声が重なった。
「なぜですの!? 私は普通に会話しておりますわ!」
「お茶会の話から一緒に暮らす話まで進めただろうが!」
「それは将来の希望を述べただけですわ♡」
「希望を述べる速度が速すぎるんだよ!」
ルシファーは担当表を見下ろした。
「……俺の担当には、会話の基礎から学ばせる必要がある人物が三人いるのか」
「いや、リリムはまだ担当対象として追加されただけだ」
アスタロトが訂正した。
「つまり四人です」
ベリアルが追い打ちをかけた。
「増やすな!」
ルシファーの声が面会室に響いた。
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【作戦の再検討】
アスタロトが担当表を見直した。
「これで分担は決まりました。しかし、一つ問題があります」
「まだあるのか?」
主人公が嫌そうな顔をする。
「彼女たちは連携します。個別の対策が、別の誰かによって無効化される可能性があります」
「……そうだった」
科学が対策を分析し、魔導が抜け道を探す。監視情報が記録し、潜入特化が裏から動く。さらに森羅万象が全体を整え、嫉妬が主人公への接近に反応する。
一人ずつでも厄介なのに、連携すれば手に負えない。
「科学が規則を分析し、魔導が抜け道を見つけ、監視情報が記録し、潜入特化が実際に試す……という流れか」
ベリアルが整理した。
「問題が起きれば森羅万象が全体を整え、嫉妬が主人公への接触に反応する」
アスタロトが続ける。
三人は黙り込んだ。
「……これ、誰か一人を説得すれば解決する問題じゃないな」
主人公が呟いた。
「ええ。全員が互いの行動に影響を与えています」
「なら、共通のルールを作ろう」
ベリアルが提案した。
「リリムの居住を認めるなら、面会時間、行動範囲、能力を使う条件、問題が起きた際の相談先を明文化する。誰か一人の判断で勝手に変更できないようにするんだ」
「魔導が規則の抜け道を見つけたら?」
「改訂する」
「その手続きに抜け道を作ったら?」
「再改訂する」
「……終わらないんじゃないか?」
「規則とは、そうやって運用するものです」
ベリアルは真顔だった。
「改訂するたびに科学が検証し、監視情報が記録し、潜入特化が抜け道を試すとしたら?」
主人公が尋ねた。
アスタロトは少し考えた。
「検証と記録の手順も規則に含めます」
「その規則に抜け道があったら?」
「再改訂します」
「……アスタロト、お前もベリアルと同じことを言い始めたぞ」
「合理的な方法ですから」
「俺の人生が規則改訂の実験場になってるんだが!」
リリムが小さく手を挙げた。
「でしたら、私が主人公様と仲良くするための規則も作っていただけますか?」
「もちろん、そのための話し合いだ」
主人公が答えると、リリムの顔が明るくなった。
「では、『主人公様とのお茶会は毎日開催する』という規則を――」
「待て。まだ何も決まっていない」
「では、『お茶会の開催について、主人公様と相談する』という規則を――」
「それならいい」
「そして、相談の結果、毎日開催することになれば――」
「リリム」
「はい♡」
「最初から毎日開催するつもりだろ」
「……はい♡」
主人公は天井を仰いだ。
ルシファーが静かに口を開いた。
「ベリアル。今のやり取りも規則に追加できないか?」
「何をだ?」
「本人が合意する前に、合意した後の予定まで決めないこと」
「それは一般常識ではないのか?」
「この場では、一般常識を規則にする必要があるらしい」
アスタロトが真剣に頷いた。
「賛成です。明文化しましょう」
「魔王城の作戦会議で、そこまで決めることになるとはな……」
ベリアルは頭を抱えた。
「頼むから、俺の私生活に魔王軍の規則集を持ち込まないでくれ……」
「安心しろ。規則集は必要最低限にする」
ルシファーが答えた。
「本当だな?」
「少なくとも、最初はな」
「その『最初は』って言い方、やめてくれないか?」
---
アスタロトが資料を整え、ベリアルが担当表を確認した。
「一度ですべてを封じる必要はありません。問題が起きた際、誰が判断し、どう修正するか。それを決めておくことが重要です」
「なるほど……」
主人公は三人に頭を下げた。
「助かる。正直、俺一人ではどうにもならないと思っていた」
「礼には及ばない」
ルシファーが答えた。
「自分だけでは解決できないと判断し、協力を求めた。それだけのことだ」
「もっとも、リリムが屋敷で暮らす以上、今後も問題は起きるでしょう」
アスタロトが付け加えた。
「……そこは、もう少し希望のある言い方をしてくれないか?」
「事実を述べただけです」
「そうかよ……」
リリムは主人公の隣で、うっとりと彼を見つめていた。
「主人公様……。私のために、魔王様たちまで動いてくださるなんて……♡」
「俺自身のためでもあるからな」
「それでも嬉しいですわ♡」
主人公は苦笑した。
「まずは屋敷の皆に、この話をしてみる。リリムを住まわせるなら、きちんと話し合わないとな」
「はいっ! 私、皆さんにご挨拶してまいりますわ♡」
リリムが勢いよく立ち上がった瞬間、アスタロトが制した。
「待ってください。あなた自身にも担当者を付ける必要があります」
「わ、私にもですの?」
「当然です。あなたが問題を起こせば、計画そのものが崩れます」
「問題なんて起こしませんわ!」
三人は無言でリリムを見つめた。
「……何ですの?」
ルシファーが答えた。
「今までの発言を振り返っていた」
「……なるべく」
「そこは言い切ってほしかったな」
主人公が呟いた。
アスタロトは担当表にリリムの名前を書き加えた。
「では、リリムの行動管理についても検討します」
「ちょっと待ってくださいまし! 私、管理される側なんですの!?」
「先ほど、問題を起こさないと宣言したでしょう。その確認のためです」
「そういうことでしたら……」
リリムは考え込み、主人公に笑顔を向けた。
「主人公様、私がちゃんとできたら、褒めてくださいますか?」
「……普通に生活できたら、それで十分だ」
「はいっ♡ 頑張りますわ!」
「その『頑張る』が妙な方向に向かわないといいんだが……」
主人公は不安そうに呟いた。
こうして、魔王城での作戦会議はひとまずまとまった。
アスタロトが情報戦、ベリアルが交渉と調整、ルシファーが直接的な抑止を担当する。
目標はヤンデレたちを倒すことではない。リリムが屋敷で暮らし、主人公が平穏に生活できる環境を作ることだ。
情報を整理し、交渉の手順を定め、必要な場面では抑止力を働かせる。
魔王軍の幹部三人が知恵を絞り、ようやく方針がまとまった。
……もっとも。
リリムが屋敷に戻った瞬間、魔導に向かって、
「これからは正式な住人として主人公様と仲良くさせていただきますわ♡」
と宣言する未来を、三人は容易に想像できていた。
そして魔導が、
「まあ♡ でしたら、わたくしもリリムさんと仲良くしながら、主人公様との時間を確保いたしますわ♡」
と笑顔で返すところまで、想像できてしまった。
「……やはり、本人への指導も必要だな」
アスタロトが呟いた。
「同感だ」
ベリアルが頷く。
ルシファーは天井を仰いだ。
「……俺たちは、いつになったら普通に仕事ができるんだ?」




