主人公、魔界に行く
### 番外編――十五分の告白、そして魔王への直談判
【人間界・主人公の屋敷・庭園】
魔王トリオの尽力により、ついにリリムと主人公の十五分間の面会が実現した。
庭園のテーブルを挟み、二人は向かい合って座っていた。
リリムは何度も深呼吸を繰り返す。
(落ち着くんですの……! 今日は誘惑でも作戦でもありませんわ。素直に気持ちを伝えるだけですの♡)
「あの、主人公様」
「ん? どうした?」
リリムは頬を赤らめ、まっすぐ主人公を見つめた。
「前回、私が皆さんに囲まれて困っていたとき、主人公様は私を守ってくださいましたわよね」
「ああ。あのときは大変だったな」
「私、そのときに……主人公様のことが好きになりましたの♡」
「……そうなのか」
「はい! ですから……」
リリムは勢いよく立ち上がった。
「私と付き合ってくださいませ!」
沈黙。
庭園を風が吹き抜けた。
主人公は少し考えたあと、静かに答えた。
「お断りします」
「……え?」
リリムの笑顔が固まった。
「え、えええええっ!? お、お断り!?」
「悪いな」
「な、なぜですの!? 私、主人公様のことが本当に好きなんですわ!」
「気持ちはありがたい。でも、付き合うのは無理だ」
「そ、そんな……!」
リリムの目に涙が浮かんだ。
「私のこと、お嫌いなんですの……?」
「いや、そういうわけじゃない」
「では、どうしてですの!?」
主人公は周囲を見回した。
庭園の少し離れた場所には、森羅万象たちが待機している。
全員、笑顔だった。
……笑顔なのに、こちらの会話を一言も聞き逃すまいとする気配が伝わってくる。
主人公は小声で答えた。
「……ヤンデレたちが怖いから」
「…………え?」
「お前と付き合ったら、あいつらが何をするかわからないだろ」
「そ、そんな理由ですの!?」
「そんな理由って……俺にとっては重大な問題なんだよ」
主人公は頭を抱えた。
「お前が悪いわけじゃない。でも、これ以上面倒なことが増えるのは困るんだ」
「主人公様ぁぁぁっ!」
リリムはテーブルに突っ伏した。
「私、どうすればいいんですのぉぉぉっ! せっかく勇気を出して告白しましたのにぃぃぃっ!」
「お、落ち着け!」
「嫌ですわぁ! 主人公様とお付き合いしたいんですのぉぉぉっ!」
十五分間の面会は、開始からわずか数分で大混乱に陥った。
主人公は泣き崩れるリリムを見て、深いため息をついた。
(……どうしたものかな)
彼女の気持ちを踏みにじりたいわけではない。
だが、ヤンデレたちを恐れて交際を断ったというのも、我ながら情けない話だった。
(そもそも、俺があいつらを怖がっている限り、リリムが誰であろうと同じことになるんじゃないか?)
主人公は少し考え込んだ。
そして、顔を上げた。
「……リリム」
「ぐすっ……はい……」
「ちょっと、ルシファーのところに俺を連れて行け」
「…………え?」
リリムは涙を拭きながら顔を上げた。
「い、今……何とおっしゃいましたの?」
「ルシファーだ。お前が何度も土下座して頼み込んだ、あの魔王のところだよ」
「は、はい……そうですけれど……」
「本人に直接話をしてみる」
主人公は立ち上がった。
「俺も、いつまでもあいつらを怖がっているだけじゃ駄目だろ。今回のことも含めて、一度きちんと相談してみる」
リリムは呆然と主人公を見つめた。
(主人公様が……自分から、魔王様のところへ……?)
そして、次の瞬間。
「主人公様ぁぁぁっ!」
リリムは主人公の手を両手で握った。
「ありがとうございますわぁぁぁっ! やっぱり主人公様はお優しいですわぁぁぁっ♡」
「わっ! お、おい、近い!」
「私、道案内ならお任せくださいませ! 魔王城まで全力でご案内いたしますわ!」
「わかったから、落ち着け!」
主人公はリリムの手をそっと離し、庭園の向こうにいる女性陣へ向き直った。
「……お前たち、聞こえたか?」
女性陣が一斉に微笑んだ。
「はい♡ 主人公様が魔王城へ向かわれるのですね」
魔導が扇子で口元を隠した。
「ふふっ♡ もちろん、私たちもご一緒しますわ」
「来るな」
主人公は即答した。
「……え?」
「お前たちは絶対についてくるな。これは俺とルシファーの話だ。リリムと一緒に魔界へ行くからといって、お前たちまで来る必要はない」
森羅万象が穏やかに首を傾げた。
「ですが、主人公様。魔界には危険があるかもしれません」
「大丈夫だ。ルシファーとは話をするだけだ」
「魔王が主人公様に何かしないとも限りませんわ♡」
「それを言ったら、お前たちだって俺を心配させるだろうが!」
主人公は頭を抱えた。
「いいか、念を押しておくぞ。**誰もついてくるな。転移して先回りするのも禁止。魔界から様子を探るのも禁止。俺が帰ってくるまで、屋敷で大人しく待っていろ。**」
科学が端末に記録する。
「同行禁止。先回り禁止。遠隔監視禁止。帰還まで待機……と」
監視情報も淡々と続けた。
「記録しました。主人公様から女性陣に対し、魔界への同行および監視行為の禁止が明示されました」
「そういうことだ。わかったな?」
女性陣は互いに顔を見合わせた。
そして、全員がにっこりと笑った。
「「「主人公様のお望みとあれば♡」」」
「……本当にわかったんだろうな?」
「もちろんですわ♡」
魔導の笑顔を見た主人公は、なぜか不安が消えなかった。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかない。
「よし。リリム、行こう」
「はいっ♡ 主人公様!」
二人は庭園を後にした。
その背中が見えなくなるまで、女性陣は笑顔で見送っていた。
やがて姿が見えなくなると、魔導がぽつりと呟いた。
「……チャオ♡ 主人公様、ずいぶん念を押されましたわね」
「それだけ、私たちを警戒していらっしゃるのでしょうね」
森羅万象は微笑んだ。
「主人公様のお気持ちは尊重しなければなりません」
科学は端末を閉じた。
「了解。少なくとも、現時点では同行も監視も実施しない」
「現時点では、って何だよ!」
格闘特化が思わず突っ込んだ。
「科学、余計なことを言わないでくださいませ♡」
魔導は楽しそうに笑った。
「主人公様がお帰りになるまで、皆さんでお茶でもいただきましょう?」
誰も反対しなかった。
……もっとも、主人公がこの会話を聞いていたら、魔界へ出発する前にもう一度念を押していたに違いない。
【魔界・魔王城・執務室】
一方、その頃。
部屋の壁に設置された大型モニターには、庭園での一部始終が映し出されていた。
ルシファー、アスタロト、ベリアルの三人は、並んで画面を見つめていた。
しばしの沈黙。
最初に口を開いたのは、ベリアルだった。
「……まあ、こうなるよな」
アスタロトが頷いた。
「リリムが告白する。主人公が断る。理由は女性陣への恐怖。そして、解決のために君のところへ来る。予測の範囲内です」
「予測できていたなら、なぜ教えてくれなかった?」
ルシファーが二人を睨んだ。
「教えたところで、リリムは告白したでしょう」
「主人公が断ることも?」
「ええ。あの女性陣が背後にいる限り、主人公が交際をためらう可能性は高いと考えていました」
ベリアルが腕を組んだ。
「問題は、主人公が本当にここへ来ることだな。リリムの恋愛相談だけならまだしも、ヤンデレたちへの対応まで持ち込まれたら、面倒なことになる」
「お前が言うな。面会の仕組みを整えたのはお前だろう」
「正式な面会を整えただけだ。交際の仲介まで引き受けた覚えはない」
「私は未来の可能性を示しただけです」
アスタロトは涼しい顔で言った。
「二人とも、ずいぶん責任逃れが上手くなったな……」
ルシファーは額を押さえた。
そのとき、モニターの中で主人公が女性陣に念を押す場面が映った。
『誰もついてくるな。転移して先回りするのも禁止。魔界から様子を探るのも禁止』
三人は画面を見つめた。
ベリアルがぽつりと呟く。
「……そこまで念を押さないといけないのか」
「必要なのでしょうね」
アスタロトは真顔で答えた。
「主人公にとって、彼女たちの同行そのものが最大の懸念なのでしょう」
ルシファーは深々とため息をついた。
「……主人公が来たら、まず何を話すべきだ?」
「リリムとの交際を断った理由では?」
「いや、ヤンデレたちへの対策を相談されるのではないか?」
「両方でしょうね」
三人は顔を見合わせた。
そして、ほぼ同時に呟いた。
「「「……面倒なことになったな」」」
その直後、執務室の扉を叩く音が響いた。
「魔王様! リリム様と、そのお連れの方がお見えです!」
ルシファーは目を閉じた。
「……来たか」
アスタロトは静かに立ち上がり、ベリアルは書類を片付けた。
ルシファーは玉座ではなく、来客用の椅子を指差した。
「通せ。今度は、本人から直接話を聞こう」
三人は、扉が開くのを待った。
リリムの恋愛相談は、いつの間にか主人公自身の問題へと変わりつつあった。




