主人公様に会えますわ
【魔界・魔王城・謁見の間】
「お願いしますわぁぁぁぁっ!」
リリムは、魔王城の床に額をこすりつけていた。
ルシファーは玉座で頬杖をつき、アスタロトとベリアルはその両脇に立っている。
「……リリム。お前、また来たのか」
「はいっ! また参りましたわ!」
「そして、また土下座か」
「はいっ!」
ルシファーは深いため息をついた。
「前回は、主人公に会わせてくれと言った。今回は何だ?」
リリムは勢いよく顔を上げた。
「主人公様に、普通に会いたいんですの!」
「……普通に?」
「はい! 主人公様と普通にお話しして、普通に笑い合って、普通に仲良くなりたいんですわ!」
リリムは両手を握りしめた。
「私、主人公様に恋をしてしまいましたの♡」
「ほう」
アスタロトが興味深そうに目を細めた。
「それで、実際に会えたのか?」
「会えましたわ!」
「なら、何が問題なのだ?」
「会話ができませんの!」
リリムは再び床に額をつけた。
「主人公様の屋敷には、あのヤンデレたちがいるんです! 私が一言話すたびに全員が反応して、分析されて、実験されそうになって、逃げ道まで塞がれるんですわぁぁぁっ!」
「……忠告したはずだが?」
ルシファーが冷たく言った。
「『あのヤンデレたちは面倒だから、近づかない方がいい』と」
「はい……! まさに、そのとおりでしたわ……!」
「それを聞いておきながら、なぜ突撃した?」
「主人公様に会いたかったからですわ!」
「理由が一貫しているな」
ベリアルが呆れたように呟いた。
「それで、俺たちに何をしてほしい?」
リリムは床を滑るように移動し、三人の前で再び土下座した。
「どうか、主人公様とお近づきになれる方法を考えてくださいませぇぇぇっ!」
「……また俺たちか」
ルシファーは額を押さえた。
「アスタロト。何か見えないか?」
「未来を確定させることはできませんが、可能性を探ることはできます」
アスタロトは目を閉じた。
しばらくして、ゆっくりと目を開ける。
「見えました。リリムが主人公の屋敷を訪問する。女性陣に囲まれる。主人公が仲裁する。リリムは主人公の背後に隠れる」
「そこまでは実際に起きましたわ!」
「その後も、同じことを繰り返しています」
「未来の私、学習能力がありませんの!?」
「少なくとも、今のところは」
「ひどいですわぁぁぁっ!」
ベリアルが咳払いした。
「待て。問題はリリムが屋敷に入れるかどうかではない。主人公と会話する時間を確保できるかどうかだ」
「そのとおりですわ!」
「ならば、面会の仕組みを変えればいい」
ベリアルは指を一本立てた。
「俺が主人公との正式な面会を取り付ける。魔王からの使者として、お前に面会の機会を与えるんだ」
「それなら、女性陣も邪魔できませんの!?」
「邪魔をすること自体はできるだろう。だが、魔王からの正式な使者を理由もなく追い返せば、外交上の問題になる」
「さすがベリアル様ですわ♡」
「褒めるのはまだ早い。主人公本人が面会を望まなければ意味がないからな」
ルシファーが口を開いた。
「俺から主人公に、リリムとの面会を提案しよう。命令ではない。主人公が会いたいと思うなら、受けてもらう」
「ありがとうございます、ルシファー様!」
「それと、面会時間は短く設定する」
「えっ?」
「最初は十五分だ」
「十五分!?」
リリムが絶叫した。
「短すぎますわぁぁぁっ!」
「十分でも長いくらいだと思うが?」
「恋する乙女には一瞬ですわ!」
「お前は以前、会う前から誘惑すればイチコロだと豪語していたな」
「その話は忘れてくださいませぇぇぇっ!」
アスタロトが静かに手を挙げた。
「もう一つ、重要なことがあります」
「何だ?」
「女性陣を敵に回さないことです。未来を見ても、リリムが主人公と親しくなろうとするほど、彼女たちの警戒が強まる可能性があります」
「そ、それは……」
「対策は単純です。主人公に会うことだけを目的にせず、女性陣にも礼儀正しく接する。挑発しない。誘惑を自慢しない。余計な発言をしない」
三人の視線が、リリムに集中した。
「…………」
リリムは目を泳がせた。
「……最後の条件、私には難易度が高すぎませんこと?」
「自覚があるなら努力しろ」
ルシファーの即答だった。
ベリアルはさらに説明を続けた。
「面会の場所も考えよう。屋敷の応接室では、女性陣全員が集まる。主人公の意向を確認したうえで、庭のテーブルなど、開放的な場所で話すよう提案する」
「それなら、少しは落ち着いて話せそうですわ!」
「女性陣が同席する可能性は残るがな」
「……ですよねぇ」
リリムの肩が落ちた。
ルシファーは玉座から立ち上がった。
「よし。作戦は決まった」
三人がそれぞれの役割を確認する。
アスタロトが、主人公と面会する際に避けるべき言動を整理する。
ベリアルが、正式な面会の申し入れと日程の調整を担当する。
そしてルシファーが、主人公に面会を提案する。
「リリム。これで満足か?」
「はいっ! 本当にありがとうございます!」
リリムは深々と頭を下げた。
「今度こそ、主人公様と普通にお話ししてみせますわ♡」
「その意気だ」
ルシファーは頷いた。
「もっとも、最後に一つだけ言っておく」
「はい?」
「主人公に会えたからといって、必ず恋が成就するわけではないぞ」
リリムは顔を赤らめ、胸元で両手を握った。
「わかっておりますわ。でも……主人公様が優しく笑ってくださるだけで、私、幸せなんですの♡」
「……そうか」
ルシファーは一瞬だけ表情を和らげた。
そして、すぐにアスタロトとベリアルへ視線を向ける。
「お前たち。今後、リリムが泣きついてきたらどうする?」
「面会の仕組みを再検討します」
「記録を確認して、改善策を考えます」
「よし」
「待ってくださいませ! 今後も泣きつく前提ですの!?」
三人は答えなかった。
リリムは嫌な予感を覚えながらも、立ち上がった。
今度こそ、主人公と普通に話す。
誘惑も、策略も、無理な突撃もいらない。
ただ、好きな人と少しずつ仲良くなりたい。
そのために、魔王トリオの知恵と権力を借りることにしたのだった。
――もっとも。
彼女が主人公の屋敷に再び向かうとき、最大の難関となるのは、面会の許可でも、屋敷への入場でもない。
**「主人公様と普通に話したいだけですわ♡」という言葉を、女性陣の前で余計な一言を足さずに言い切れるかどうか。**
それが、リリムにとって最も難しい試練になるのだった。




