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リリム、主人公接触成功

### 番外編――ついに対面、サキュバスの誘惑


【人間界・主人公の屋敷・応接室】


「リリムさん、こちらへどうぞ♡」


魔導に案内され、リリムは応接室へと足を踏み入れた。


部屋の中央には、主人公が座っていた。


「……主人公様!」


リリムの顔が、一瞬で輝いた。


玄関からの侵入に失敗し、荷物に化けても失敗し、魔王にまで土下座して、ようやくたどり着いた相手。


目の前にいるのは、紛れもなく彼女が会いたかった主人公だった。


「お初にお目にかかりますわ。私、リリムと申します♡」


リリムは優雅にスカートの裾をつまみ、深々とお辞儀をした。


「ルシファー様から、皆さんのお話は聞いておりますわ♡」


「そうなのか?」


主人公が首を傾げた。


「ええ。ルシファー様からは、こんな忠告をいただきましたの」


リリムは得意げに胸を張った。


「『あのヤンデレたちは面倒だから、近づかない方がいい』と!」


女性陣の動きが、ぴたりと止まった。


「……へえ?」


魔導の口元から、笑顔が消えた。


リリムは気づかず、さらに続けた。


「ですから、皆さんに余計なちょっかいを出すつもりはありませんわ♡ 私はただ、主人公様とお話ししたいだけですもの!」


そう言いながら、リリムは主人公へ向き直った。


「それに、ご安心くださいませ♡ 人間の男性など、私の誘惑にかかればイチコロですわ!」


その瞬間だった。


ピクリ。


森羅万象の指が止まった。


ピクリ。


科学が手元の端末から顔を上げた。


ピクリ。


薬学が微笑みを消した。


監視情報の視線が鋭くなり、潜入特化は無言で退路を確認する。


慈愛は困ったように眉を下げ、嫉妬はゆっくりとリリムへ顔を向けた。


格闘特化は拳を握り、拷問特化は静かに腕を組む。


腰振りスペシャリストは、腰を落として構えた。


そして、魔導はにっこりと笑った。


「……チャオ♡」


応接室の空気が、一気に冷え込んだ。


リリムの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。


「……あ、あら?」


先ほどまで余裕に満ちていた笑顔が、引きつり始める。


「皆さん、どうなさいましたの?」


森羅万象が、穏やかな声で尋ねた。


「今の言葉、もう一度お聞かせいただけますか?」


「え? ですから、人間の男性など私の誘惑で……」


「なるほど」


科学が端末に目を落とした。


「対象への接近直後に、過剰な自信を示す発言。周囲の反応を考慮していない。危険予測が著しく甘い」


「ちょ、ちょっと! 分析しないでくださいませ!」


薬学が微笑んだ。


「サキュバスの誘惑能力には興味があります。どの程度の耐性があれば防げるのか、実験してみたいですね」


「実験!?」


「大丈夫ですよ。身体に影響が出ない範囲で調べますから」


「その笑顔で言わないでくださいぃ!」


監視情報は淡々と告げた。


「記録しました。リリム、主人公への接触直後に女性陣を挑発」


「挑発したつもりはありませんわ!」


潜入特化が、いつの間にか扉の近くへ移動していた。


「逃走経路、確保できません」


「なぜですの!?」


「念のためです」


慈愛は胸元で手を組んだ。


「リリムさん……主人公様を誘惑すること自体は自由です。でも、皆さんの前でそのような宣言をなさると……」


「な、なさると?」


「皆さんが悲しんでしまいますよ」


慈愛の声は優しかった。


その優しさが、今のリリムには何より恐ろしかった。


嫉妬が一歩前に出た。


「……主人公様を、イチコロ?」


「ひっ……!」


「私たちが、どれだけ主人公様を大切にしているかも知らずに?」


「い、いえ! それはもちろん存じ上げませんでしたわ!」


「なら、知っていただかないといけませんね♡」


「何をですの!?」


格闘特化が拳を鳴らした。


「誘惑ってのは、そんなに簡単なのか? ちょっと興味が出てきたぜ」


「格闘技で誘惑に対抗するつもりですの!?」


拷問特化は、壁際に立ったまま静かに言った。


「安心しろ。今回は何もしない。本人が何を言うか、まずは最後まで聞こう」


「その言い方が一番怖いですわ!」


腰振りスペシャリストが、低い声で続けた。


「……俺の衝撃波より強い誘惑なのか?」


「比較対象がおかしいですわよ!」


リリムは一歩、後ずさった。


視線を魔導へ向ける。


「ま、魔導さん! ルシファー様は、皆さんに近づくと面倒なことになるとおっしゃっていましたわよね!?」


魔導は笑顔のまま答えた。


「ええ♡ その忠告は正しかったと思いますわ」


「で、でも、私は主人公様に会いに来ただけで……!」


「ええ。ですから、私たちもリリムさんのお話を聞いているだけですわ♡」


「…………」


リリムは悟った。


ルシファーは、こうなることを予測していたのだ。


だからこそ、ヤンデレたちには近づくなと忠告した。


それなのに、自分はその忠告を軽く受け流し、あろうことか彼女たちの目の前で「誘惑すればイチコロ」と宣言してしまった。


「……し、死ぬ」


リリムの唇が震えた。


「私、ここで死ぬんですわ……」


「リリムさん?」


魔導が首を傾げた。


「どうしてそんなに青ざめていらっしゃるの? せっかく主人公様にお会いできたのですから、誘惑してみてはいかがですの♡」


「む、無理ですわぁぁぁっ!」


リリムは悲鳴を上げ、主人公の背後へ逃げ込んだ。


「主人公様! お助けくださいませ! 皆さんの目が怖いんですぅぅぅっ!」


主人公は、女性陣を見渡した。


森羅万象は静かに微笑み、科学は分析を続け、薬学は実験の可能性を考えている。


監視情報は記録を取り、潜入特化は退路を確保し、慈愛は心配そうに見守っていた。


嫉妬の目は鋭く、格闘特化は拳を握り、拷問特化は腕を組んでいる。


腰振りスペシャリストは、まだ構えを解いていなかった。


そして魔導は、相変わらず楽しそうに笑っていた。


主人公は深いため息をついた。


「……お前たち、そこまでにしておけ」


女性陣が一斉に主人公を見た。


「リリムは、ようやく俺に会いに来たんだろう?」


「主人公様ぁ……!」


「それに、誘惑でイチコロだと言ったところで、実際に何かしたわけじゃない。口で大きなことを言うくらい、別にいいじゃないか」


リリムは主人公の背後で、何度も頷いた。


「そ、そうですわ! 主人公様のおっしゃるとおりです!」


「……リリム」


「は、はいっ!」


「お前も、これ以上余計なことを言わないようにな」


「はいぃ……!」


主人公は女性陣に向き直った。


「せっかく来たんだから、まずは話をさせてやってくれ。俺も、リリムから直接話を聞きたい」


しばしの沈黙。


やがて、森羅万象が静かに頷いた。


「主人公様がお望みなら」


慈愛も、ほっとしたように微笑んだ。


「わかりました。リリムさん、ゆっくりお話ししてくださいね」


格闘特化は肩をすくめ、腰振りスペシャリストも構えを解いた。


科学は端末を閉じ、監視情報は記録を続けながらも視線を外す。


魔導は扇子で口元を隠した。


「主人公様に免じて、今回はここまでにしておきますわ♡」


リリムは主人公の背後から、恐る恐る顔を出した。


「……た、助かりましたわ」


「大げさだな」


主人公は苦笑した。


「それで、俺に話があるんだろう?」


リリムは深呼吸をした。


ようやく、ようやく主人公と二人きりではないにせよ、直接話せる機会が訪れたのだ。


「は、はい! 主人公様。私、リリムは……」


そこで彼女は、背後に並ぶ女性陣を見た。


全員が、笑顔でこちらを見つめていた。


「…………」


リリムは再び主人公の背後に隠れた。


「……主人公様。できれば、もう少しだけ近くにいてくださいませ」


主人公は、また深いため息をついた。


「……わかったよ」


エンジェルはバインダーに記録した。


「記録します。リリムさん、主人公さんとの初対面に成功。誘惑宣言により女性陣の警戒を招くも、主人公さんの仲裁によって危機を回避。なお、誘惑は未実施です」


「その記録、絶対に魔王様に送らないでくださいませぇぇぇっ!」


屋敷には、リリムの悲鳴が響き渡った。


そんな彼女を見て、主人公は苦笑しながら声をかけた。


「……まあ、せっかく来たんだ。落ち着いて話せばいいさ。誰も取って食ったりしないだろ」


「……主人公様」


リリムは、思わず彼の顔を見上げた。


自分が余計なことを言ったせいで、あれほど恐ろしい目に遭いかけた。それなのに主人公は責めることもなく、当たり前のように自分をかばってくれた。


その声は穏やかで、表情には困ったような笑みが浮かんでいる。


リリムは、これまで何人もの男性を誘惑してきた。


甘い言葉を囁き、魅力的な笑顔を向ければ、相手はたちまち自分に夢中になった。彼女にとって、男を落とすことは難しいことではなかった。


けれど、目の前の主人公は違う。


自分の魅力に惑わされたわけでも、誘惑に屈したわけでもない。


ただ、怯える自分を助けてくれた。


「……あれ?」


リリムの頬が、じわじわと赤くなっていく。


胸の奥が、妙に熱い。


主人公が心配そうに顔を覗き込んだ。


「どうした? まだ怖いのか?」


「い、いえっ! そんなことは……!」


慌てて首を振ったリリムは、彼から目を逸らした。


心臓がうるさい。


こんな感覚は初めてだった。


いつもなら、相手の心をどう動かすかを考えているはずなのに。今は、自分の心がどうなってしまったのかさえ、わからない。


(……私が、この方を誘惑するつもりだったのに)


リリムは胸元をそっと押さえた。


(どうして……私の方が、こんなにドキドキしていますの?)


主人公が何気なく微笑んだ。


その瞬間、リリムの顔は一段と赤くなった。


(……ああ、もう駄目ですわ)


彼女は心の中で、はっきりと悟った。


(私、この方のことが……好きですわ♡)


今まで、どんな男性も自分の誘惑にかかればイチコロだと思っていた。


けれど、まさか自分が先に恋に落ちるなんて。


リリムは主人公の背中に隠れながら、そっと彼の服の裾をつまんだ。


「……主人公様」


「ん?」


「……これからも、私とお話ししてくださいますか?」


「ああ。もちろん」


主人公は、何の気なしに答えた。


リリムの胸が、きゅっと締めつけられた。


(……好き♡ 大好きですわ♡)


そして彼女は、まだ知らなかった。


この恋が、背後に並ぶヤンデレたちに知られたとき、どれほど面倒な事態を招くことになるのかを。


リリムの恋は、こうして始まった。

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