ルシファー動く 主人公に合わせてやれ。面倒だから
### 番外編――魔王への直訴と、邪魔な女
【魔界・魔王城・謁見の間】
「ルシファー様ぁぁぁっ!」
リリムは謁見の間に駆け込むと、ルシファーの目の前で勢いよく土下座した。
「……今度は何だ」
ルシファーは玉座から、床に額をこすりつけるリリムを見下ろした。
「お願いがございます! どうか、どうかお力をお貸しください!」
「ベリアルとアスタロトに頼んだばかりではなかったか?」
「はい! おかげさまで、通信販売の記録も配送情報も完璧でした! あれほどの情報工作、本当にありがとうございました!」
「ならば、何が問題なのだ」
リリムは顔を上げた。
その表情には、怒りと悔しさが入り混じっていた。
「……あの邪魔な女です」
「女?」
「魔導です!」
リリムは再び額を床に叩きつけた。
「魔導が屋敷にいるせいで、主人公様とお話しすることすらできません! 玄関から入ろうとしても追い返され、荷物に化けて潜入しても、開封したのはあの女たち! このままでは、いつまで経っても主人公様に会えません!」
「それで、余に何をしろというのだ」
「モニターで魔導に直接お願いしてください!」
リリムは両手を床についたまま、必死に訴えた。
「どうか魔導に、私の邪魔をしないよう言ってください! 主人公様と二人きりでお話しできる時間を、少しだけでいいんです! ほんの少しだけでいいんですからぁ!」
謁見の間に沈黙が落ちた。
ルシファーはこめかみを押さえた。
「……余が、魔導に頼むのか?」
「はいっ!」
「お前の恋愛相談をするために?」
「恋愛相談ではありません! これは切実な交渉です!」
「言い方を変えただけではないか……」
ルシファーは深いため息をついた。
「そもそも、魔導がお前の頼みを聞くと思うのか?」
「ルシファー様からお願いしていただければ、きっと!」
「その根拠は?」
「……魔王様だからです!」
「肩書きだけで何とかなる相手なら、余も苦労していない」
リリムの顔から、さっと血の気が引いた。
「そ、そんな……」
目の前でうなだれるリリムを見て、ルシファーはしばらく黙り込んだ。
玄関からの侵入に失敗し、通信販売を利用した潜入にも失敗した。さらには、魔王城の幹部にまで頭を下げ、今度は魔王本人に土下座している。
そこまでしても、主人公と話す機会すら得られない。
「……まったく。お前も苦労しているのだな」
「ルシファー様ぁ……!」
リリムの目に涙が浮かんだ。
「ありがとうございます! わかってくださるのですね!」
「まだ何も解決していない。早まるな」
ルシファーは玉座から立ち上がった。
「よかろう。余が直接、魔導に話をつける」
「ほ、本当ですか!?」
「魔王として、一度口にしたことを撤回するつもりはない」
ルシファーは傍らの部下に命じた。
「屋敷の映像をつなげ。魔導と話をする」
「はっ!」
リリムの顔がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます、ルシファー様! このご恩は一生忘れません!」
「まだ何も解決していない。勝手に喜ぶな」
ルシファーは冷静に言い放った。
やがて、魔王城の大型モニターに屋敷の作戦室が映し出された。
そこには、魔導と、薬学、科学、そして記録係のエンジェルがいた。
ルシファーは咳払いを一つした。
「……魔導よ。少し話がある」
モニターの向こうで、魔導が顔を上げた。
「あら、ルシファー様♡ どうなさいましたの?」
「リリムの件だ。お前が屋敷にいると、彼女が主人公と話をする機会を得られないらしい」
「ああ、あの新聞勧誘の悪魔さんですわね♡」
リリムがモニターの前で身を乗り出した。
「新聞勧誘じゃありません! 私はサキュバスです!」
魔導はにっこりと微笑んだ。
「それで、何のご用でしょう?」
ルシファーは一瞬だけ言葉に詰まった。
「……リリムが主人公と話をする間、少しだけ邪魔をしないでやってくれないか」
魔導は目をぱちくりさせた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんですわ♡」
「……本当か?」
「ルシファー様からのお願いですもの。私、こういうお願いには弱いんですの♡」
リリムは歓喜に震えた。
「ルシファー様ぁ……! ありがとうございますぅ……!」
だが、魔導はそのまま言葉を続けた。
「ですから、リリムさんが主人公に会いに来たときは、私は一切邪魔をいたしませんわ♡」
「そ、そうです! それでいいんです!」
「ええ。主人公がどこにいるかを教えるとも、屋敷に入れるとも申し上げておりませんけれど♡」
「…………え?」
リリムの動きが止まった。
魔導は楽しそうに首を傾げた。
「私が邪魔をしなければいいのでしょう? お約束いたしますわ♡」
ルシファーは無言で目を閉じた。
「……魔導。お前は本当に、話の抜け道を見つけるのが得意だな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ♡」
モニターの前で、リリムは再び床に崩れ落ちた。
「そんなぁぁぁっ! それでは何の意味もありませんわぁぁぁっ!」
ルシファーは、再び土下座するリリムを見た。
そして、ゆっくりとモニターへ向き直った。
「……魔導よ」
「はい、何でしょう?」
「今の話では埒が明かぬ。魔王として命じる」
室内の空気が変わった。
ルシファーの声から、先ほどまでの気安さが消えていた。
「リリムが主人公と話したいというのなら、まず本人が話せる状態にするのが筋だ。お前が面会を妨げる理由はあるまい」
「…………」
「リリムが主人公と話す機会を設けよ。これはお願いではない。魔王としての命令だ」
謁見の間が静まり返った。
リリムは口を開けたまま固まっていた。
「ル、ルシファー様……! そこまでしてくださるのですか……!」
「勘違いするな。余は魔王として、話を整理しているだけだ」
そう言いながらも、ルシファーの表情には、リリムへの同情がにじんでいた。
魔導はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……ルシファー様。魔王の威厳を持ち出されるとは、ずいぶん本気ですのね♡」
「当然だ」
「わかりましたわ♡」
魔導は微笑んだ。
「そこまでおっしゃるのでしたら、リリムさんを屋敷にお迎えしますわ。主人公とお話しする機会も、きちんと設けます♡」
「ほ、本当ですか……!?」
リリムは涙をぬぐい、モニターに身を乗り出した。
「主人公様に……ようやく、主人公様に会えるのですね……!」
「ええ。せっかく魔王様から命令をいただいたのですもの。お客様をお迎えする準備をしなくてはいけませんわね♡」
魔導は薬学と科学に振り返った。
「お二人とも、リリムさんをお迎えする準備をお願いいたしますわ♡」
「了解した」
「必要なものを確認する」
エンジェルは静かにバインダーを開いた。
「記録します。ルシファー様、魔王の権威を行使。魔導さん、リリムさんの面会を承諾。屋敷では迎える準備が開始されました」
リリムは両手を握りしめた。
「ルシファー様……! 本当に、本当にありがとうございます……!」
「礼は主人公と会ってから言え」
ルシファーは玉座に腰を下ろした。
「今度こそ、無事に話せるとよいな」
「はいっ!」
リリムは勢いよく頭を下げた。
魔王城の大型モニターには、迎える準備を進める魔導たちの姿が映っていた。
リリムは、ようやく訪れた希望に胸を膨らませる。
今度こそ、主人公と話せる。
そう信じて、彼女は屋敷へ向かう準備を始めた。




