謎の美少女フィギュア届く
# 番外編――通信販売の悪魔と、開封される荷物
【魔界・魔王城・玉座の間】
地上の映像が映し出されていた。
リリムが主人公の屋敷を離れた後も、ルシファーたちは映像を消していなかった。
アスタロトは記録用の書類を整理している。
ベリアルは腕を組み、地上の様子を眺めていた。
「さて。次はどう出るでしょうね」
「誘惑を諦めるとは思えませんね」
アスタロトが淡々と答えた。
「問題は、次にどんな手段を選ぶかです」
ルシファーはコーヒーを口に運んだ。
「正面から行けば、また門前払いだろうな」
「本人がそれを理解していれば、ですが」
ベリアルが答えた。
「リリムは自分の誘惑が通じなかった理由を、相手の性質ではなく、状況の問題だと考えるでしょう。つまり、接触方法を変える」
アスタロトはペンを止めた。
「情報がない段階で、そこまで予測できますか?」
「夢魔としての自尊心を考えれば、十分にあり得ます。失敗を認めるより、作戦を変更したと考える方が都合がいい」
「なるほど」
アスタロトは新しい欄に記入した。
「記録。ベリアル、リリムの次の行動を予測。接触手段の変更を想定」
「その書き方はやめていただけませんか?」
「事実ですので」
ルシファーは小さく笑った。
「お前たちは本当に相性がいいな」
「どこがですか」
ベリアルとアスタロトの声が重なった。
*
【地上・王都郊外・主人公の屋敷から離れた路地】
「……なるほど」
リリムは腕を組み、真剣な顔で考え込んでいた。
「玄関から入れないのであれば、玄関から入らなければいいのですわ♡」
彼女の頭に、ひとつの妙案が浮かんだ。
「通信販売ですわ!」
リリムは両手を打ち合わせた。
「主人公が、美少女フィギュアを購入したことにするのです! 荷物が届けば、向こうも受け取らざるを得ませんわ!」
彼女はさっそく、作戦の手順を頭の中で組み立て始めた。
「まずは主人公名義で注文を入れて、販売記録を残す。配送伝票も用意して……」
そこで、ぴたりと動きが止まった。
「…………」
リリムは自分の手を見つめた。
「……あら?」
注文履歴を偽装する?
販売記録を改ざんする?
配送業者に不自然さを感じさせない伝票を用意する?
「…………」
できない。
誘惑や幻惑なら得意だ。相手の心を揺さぶることにも自信がある。
しかし、注文システムに細工し、販売記録と配送情報を矛盾なく整えるような情報操作は、リリムの能力の範囲外だった。
「……私、そこまでのことはできませんわ」
彼女は頭を抱えた。
「誘惑する前に、荷物を届ける段階で失敗するなんて……!」
しばらく唸っていたリリムだったが、やがて顔を上げた。
「……そうですわ!」
思い浮かんだのは、魔界にいる二人の顔だった。
情報を操ることに長けたベリアル。
そして、情報を整理し、記録し、矛盾を見抜くアスタロト。
「この二人なら、何とかしてくださるはずですわ!」
リリムは勢いよく立ち上がった。
「……お願いするしかありませんわね」
そうつぶやいた直後、彼女は少しだけ顔をしかめた。
「……絶対、嫌な顔をされますわ」
それでも、ほかに頼れる相手はいなかった。
リリムは魔界への帰還門を開いた。
*
【魔界・魔王城・玉座の間】
「ベリアル様! アスタロト様!」
突然、玉座の間の扉が勢いよく開いた。
二人は同時に顔を上げた。
「……何でしょう?」
ベリアルが眉をひそめた。
「今度は何をやらかしたのですか?」
アスタロトは手元の書類を置いた。
「まだ何もしていませんわ!」
リリムは息を切らしながら二人に駆け寄った。
「お二人に、お願いがございます!」
「断ります」
ベリアルは即答した。
「まだ内容を話していませんわよ!?」
「あなたがその勢いで駆け込んできた時点で、面倒事だと分かります」
「そんなあああああ!!」
リリムはその場で膝をついた。
そして、次の瞬間。
「お願いしますわあああああ!!」
床に額をつけ、深々と土下座した。
「どうか! どうか、情報操作のお力を貸してくださいませ!!」
「…………」
玉座の間が静まり返った。
ルシファーはコーヒーカップを口元で止めた。
「今度は土下座か」
アスタロトは淡々と記録した。
「記録。リリム、情報操作の協力を求めて土下座」
「まずは顔を上げてください」
ベリアルが冷静に告げた。
「嫌ですわ! 引き受けてくださるまで、このままです!」
「困りましたね。床の清掃が必要になりそうです」
「そこは心配するところではありませんわ!!」
アスタロトは小さく息を吐いた。
「……それで、依頼内容は?」
リリムは顔を上げた。
「主人公が、身に覚えのない美少女フィギュアを購入したことにしたいのですわ!」
「…………は?」
ベリアルの表情が固まった。
「主人公が、美少女フィギュアを購入したことに?」
「はい!」
リリムは勢いよくうなずいた。
「通信販売を利用するのです! 主人公名義で注文履歴を作り、販売記録と配送伝票も整えて、本人が注文したように見せかけるのですわ!」
「なぜそんなことを?」
「荷物が届いたら、私が中に入っているのです!」
「……なるほど」
アスタロトは一応、話の筋を理解したようだった。
「荷物を受け取らせ、開封させることで、玄関での応対を回避するわけですね」
「その通りですわ!」
リリムは目を輝かせた。
「箱が開いた瞬間、私が登場! そして、そのまま誘惑してやりますわ♡」
ベリアルは目を閉じ、深く息を吐いた。
「……あなたは、なぜ毎回そこまで回りくどい方法を考えるのですか」
「玄関から入れてもらえないからですわ!」
「それはあなたが新聞の押し売り扱いされたからでしょう」
「その話はもう忘れてくださいませ!!」
「無理です」
アスタロトが即答した。
リリムは再び床に額をつけた。
「お願いします! 私には注文履歴や販売記録を偽装する能力がありませんの! そこだけは、お二人のお力をお借りするしかないのですわ!」
ベリアルはしばらく黙っていた。
「……あなたの依頼は、購入記録だけを作れば済む話ではありません」
リリムは顔を上げた。
「と、いいますと?」
「注文履歴、販売記録、配送情報。その三つに矛盾があれば、相手に疑われます。伝票だけ本物らしく見せても意味がない。作戦を成立させたいのであれば、最初から最後まで整合性を確保する必要があります」
アスタロトが続けた。
「そして、荷物を受け取る人物が主人公本人とは限らない。屋敷に誰がいるのか、開封するのは誰なのか。その点も考慮すべきです」
「うっ……」
リリムの笑顔が引きつった。
「そ、そこまで考えなければいけませんの?」
「情報を偽装することと、作戦全体を設計することは別です」
ベリアルは冷たく答えた。
「あなたは荷物の中に入ることしか考えていない」
「そ、それは……」
「そもそも、なぜ私たちがあなたの誘惑作戦を支援しなければならないのですか?」
「お願いしますわあああああ!!」
リリムは再び土下座した。
「もう玄関で門前払いされるのは嫌なのです! 今度こそ主人公に会いたいのですわ! どうか、どうかお力を貸してくださいませ!!」
「…………」
ベリアルはアスタロトを見た。
アスタロトは、心底面倒そうな顔で書類を見下ろしていた。
「……引き受けるのですか?」
「引き受けたくはありません」
ベリアルは即答した。
「私も同意見です」
「では……!」
「ですが」
ベリアルはリリムを見下ろした。
「あなたが自分で情報操作を行い、記録の整合性を取れないことは理解しました。ここで放置すれば、あなたは不完全な偽装を実行して、余計な騒ぎを起こすでしょう」
「……はい」
「それを未然に防ぐために、最低限の支援をする。そういうことです」
「ベリアル様……!」
リリムの顔がぱっと明るくなった。
「まだ喜ばないでください」
ベリアルは釘を刺した。
「私たちが協力するのは情報操作の部分だけです。あなたの作戦が成功するかどうかまでは保証しません」
アスタロトも渋々うなずいた。
「私も記録と整合性の確認を担当します。依頼内容の範囲を超えることはしません」
「ありがとうございます! お二人とも、一生恩に着ますわ!」
「一生は長すぎます」
アスタロトはため息をついた。
「記録。ベリアルおよびアスタロト、リリムの情報操作依頼を渋々承諾。支援範囲は購入記録、販売記録、配送情報の整合性確保。作戦の成功は保証せず」
「……そこまで細かく書かなくてもよろしいのでは?」
「後から責任を押しつけられないようにするためです」
「私はそんなことしませんわ!」
「すでに十分な実績がありますので」
「ひどいですわあああああ!!」
ルシファーは、とうとう声を出して笑った。
「結局、引き受けるんだな。お前たちも大変だ」
「私たちが望んだ仕事ではありません」
ベリアルは冷ややかに答えた。
「同感です」
アスタロトもペンを走らせた。
ルシファーはコーヒーをすすった。
「まあいい。どんな結果になるか、見届けるとしよう」
*
【地上・王都郊外・主人公の屋敷から離れた路地】
「ふふふ……」
リリムは魔界から戻ると、不敵に笑った。
「これで準備は整いましたわ!」
ベリアルとアスタロトの協力によって、主人公が美少女フィギュアを購入したように見える記録が用意される。
販売記録も、注文履歴も、配送伝票も、互いに矛盾しない。
もちろん、主人公本人には一切身に覚えがない。
「これなら、主人公も疑わずに箱を開けるはずですわ♡」
リリムは両手を合わせた。
「そして、箱を開けた瞬間……私が登場!」
彼女はくるりと回り、妖艶な笑みを浮かべた。
「『商品はこちらですわ♡』と、そのまま誘惑してやりますわ!」
自分が商品として扱われることに、ためらいはないらしい。
「ふふふ……今度こそ成功間違いなしですわ!」
*
【地上・王都郊外・主人公の屋敷・作戦室】
一方、その頃。
魔導、薬学、科学の三人は、作戦室で書類を確認していた。
その隅では、エンジェルが記録用のバインダーを開いている。
「魔導様。先ほどの来訪者について、追加記録を作成しておきました」
「ありがとうございます、エンジェル♡」
魔導は主人公の身体のまま、優雅に微笑んだ。
「それにしても、ご主人様のお顔で来訪者をお相手するのは、なかなか興味深い経験でしたわ」
「その身体の使用記録も必要でしょうか?」
「……エンジェル?」
「冗談です。記録係として、事実を記録しただけです」
薬学が静かに口を挟んだ。
「魔導、そろそろ身体を返してあげたら?」
「もう少しだけですわ♡」
科学は端末から顔を上げた。
「……荷物が届くみたい」
玄関の呼び鈴が鳴った。
ピンポーン。
四人が一斉に玄関の方を見た。
「荷物?」
魔導が首を傾げた。
「ご主人様、何か注文されていましたかしら?」
「注文履歴には、該当する商品があります」
科学が端末を操作した。
「……あれ?」
彼女は画面を見つめた。
「購入記録が残っている。美少女フィギュア……?」
一瞬、沈黙が落ちた。
魔導は主人公の顔で、にっこりと笑った。
「まあ♡ ご主人様が美少女フィギュアを?」
「本人が注文したとは限らない」
科学は配送伝票の情報を確認した。
「注文記録と販売記録、配送情報は一致している。記録上は、確かに購入したことになっているね」
薬学は腕を組んだ。
「でも、本人に心当たりがないなら怪しいわね」
エンジェルはバインダーを開いた。
「記録します。主人公名義の美少女フィギュアが到着。本人の購入意思は未確認」
魔導は楽しそうに頷いた。
「せっかくですから、開けてみましょう♡」
「罠の可能性があります」
科学が即座に指摘した。
「ええ。だからこそ、確認する価値がありますわ」
魔導は微笑んだ。
「ご主人様が知らないうちに注文された商品……。いったい何が入っているのかしら♡」
*
【地上・王都郊外・主人公の屋敷・玄関】
大きな段ボール箱が、玄関に置かれていた。
魔導、薬学、科学の三人が箱を囲む。
エンジェルは少し離れた位置で、記録用のバインダーを構えていた。
「開封します」
科学が工具を取り出した。
ガムテープが切られ、段ボールの蓋がゆっくりと開いていく。
箱の中には、緩衝材がぎっしりと詰められていた。
そして、その中央に――。
「……あら?」
魔導が目を細めた。
緩衝材の中から、美しい女性が顔を出した。
角も翼も隠している。
衣装も、人間の世界で売られている美少女フィギュアのように整えられていた。
もちろん、フィギュアではない。
リリム本人だった。
「ふふふ……」
リリムは勝利を確信した笑みを浮かべた。
(成功ですわ! さあ、主人公! 私の魅力をその目に焼き付けなさい!)
彼女は優雅に身体を起こした。
「ご注文の商品はこちらですわ♡」
そして、目の前の相手を見た。
「…………」
魔導。
薬学。
科学。
そして、バインダーを持ったエンジェル。
四人が、無言で箱の中を見下ろしていた。
「…………」
リリムの笑顔が固まった。
「……え?」
魔導は穏やかに微笑んだ。
「これはこれは。ずいぶんと個性的な美少女フィギュアですわね♡」
「なっ……!?」
薬学が箱の中を覗き込んだ。
「生体反応あり。人間の造形物ではないわね」
「注文記録と実物が一致しない」
科学が淡々と告げた。
「購入履歴を偽装してまで、未申告の生体を送り込むとは。なかなか大胆な手段だね」
「ち、違いますわ! これは、その……!」
リリムは慌てて箱から出ようとした。
しかし、魔導がそっと手を差し出した。
「お手伝いしましょうか?」
その笑顔を見た瞬間、リリムの背筋に嫌な予感が走った。
「……あなた、まさか」
「はい♡ 先ほど玄関でお会いしましたわね」
魔導は主人公の顔のまま、優雅に一礼した。
「新聞の押し売りに続いて、今度は通信販売ですか。ずいぶんと商売熱心でいらっしゃる」
「誰が押し売りですの!!」
「おや。今回は箱に入っていらしたので、配達業者の方かと思いました」
「商品は私ではありませんわ!!」
「では、何のために箱に?」
「そ、それは……!」
リリムは言葉に詰まった。
魔導は楽しそうに目を細めた。
「まさか、ご主人様を誘惑するために、ご自身を商品として送り込んだのですか?」
「…………っ!」
沈黙。
薬学は小さく息を吐いた。
「……ずいぶん回りくどいことをするのね」
科学は端末に記録を入力した。
「目的は主人公への接触。手段は通信販売を装った潜入。購入履歴まで偽装している。準備に手間をかけた割に、開封者の確認が抜けているね」
「ちょっと! 分析しないでくださいます!?」
エンジェルは一言も挟まず、バインダーに記録を続けていた。
「記録。リリム、主人公名義の購入履歴を偽装。美少女フィギュアを装い、段ボール箱に潜伏して屋敷への侵入を試みる。開封者は魔導、薬学、科学。主人公との接触には至らず」
「まだ主人公様に会っていませんわよ!!」
リリムが叫んだ。
魔導は微笑んだ。
「ええ。ご主人様は現在、こちらにはいらっしゃいませんので♡」
「…………は?」
「残念ですが、商品のお届け先を間違えたようですね」
「間違えていませんわ!! ここが主人公の屋敷でしょう!?」
「屋敷は合っています。開封する人を間違えたのですわ♡」
「そんなの聞いていませんわあああああ!!」
屋敷の玄関に、リリムの悲鳴が響き渡った。
*
【魔界・魔王城・玉座の間】
地上の映像を見ていた三人は、しばらく黙っていた。
最初に口を開いたのは、ベリアルだった。
「……購入履歴まで偽装しましたか」
「注文記録、販売記録、配送情報は整合していました」
アスタロトは淡々と答えた。
「情報操作そのものに、大きな破綻はありません」
ベリアルは腕を組んだ。
「ええ。問題は、屋敷の中に誰がいるかを調べなかったことです」
「つまり、情報操作の精度ではなく、事前調査の不足ですね」
「その通りです。偽の情報を本物らしく見せることと、作戦の成功条件を把握することは別問題ですから」
アスタロトは書類に目を落とした。
「記録。リリム、主人公名義の購入履歴を偽装して潜入を試みる。情報操作は成立。主人公との接触には失敗」
ルシファーがコーヒーを飲んだ。
「前回は新聞の押し売り。今回は美少女フィギュアか」
「本人は誘惑の作戦を変更しているつもりなのでしょうね」
ベリアルが静かに言った。
「ですが、相手の情報を得ずに手段だけ変えても、結果は変わりません」
「情報操作を担当した側としては、依頼人の作戦立案まで責任を負えません」
アスタロトは淡々と答えた。
「……ずいぶんと冷たい言い方ですね」
「事実ですので」
ルシファーは小さく笑った。
「ところで、お前たちは土下座までされた依頼を引き受けて、結局何を得たんだ?」
ベリアルは映像を見た。
画面の向こうでは、魔導がリリムに手を差し伸べていた。
「まずは、荷物の送り主についてお話を伺いましょうか♡」
薬学が頷く。
「その前に、身体に異常がないか確認するわ」
科学は端末を操作した。
「配送経路と注文情報も調べておくよ」
エンジェルはバインダーに新しい欄を作った。
「事情聴取、身体検査、配送経路の調査。記録項目を追加します」
リリムの顔から、血の気が引いていった。
「ま、待ちなさい! 私はただ、主人公様を誘惑しに来ただけですわ!」
魔導は主人公の顔で、にっこりと微笑んだ。
「ええ。ですから、詳しくお話を伺うだけですわ♡」
ベリアルはため息をついた。
「……情報操作は成功したのに、依頼人の目的は達成されなかった。皮肉なものですね」
「記録しておきます」
アスタロトは最後の一行を書き加えた。
「記録。ベリアルおよびアスタロト、依頼された情報操作を実施。リリム、潜入に失敗。主人公、今回も不在」
ルシファーは映像を見ながら、静かにコーヒーを置いた。
「主人公が帰ってきたら、また説明が必要になりそうだな」
「自分の身体が何をしていたかに加えて、今度は身に覚えのない購入履歴まで増えているわけですからね」
ベリアルが答えた。
三人は、それ以上騒ぐことなく地上の映像を眺めていた。
地上では、リリムが段ボール箱の前で抗議を続けていた。
主人公は、まだ何も知らない。
そして今日も、彼の平穏な日常は、本人の知らないところで勝手に危機を迎えていた。




