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主人公&神羅万象VSセラフィム1

# 熾天使セラフィム戦――神の炎と整えられた世界


「――熾天使セラフィム。こちらへいらしてくださいな」


森羅万象は、紅茶のカップをソーサーへ戻した。


その傍らには、一人の男が立っていた。


大魔王ルシファーを討ち、大天使ミカエルと渡り合い、次元干渉すら乗り越えてきた人類最強の男。


その表情に、いつもの気だるさはなかった。


エンジェルに危害を加えたこと。

天界から地上へ侵攻しようとしていること。


どちらも、見過ごすつもりはなかった。


「天界の都合で地上を好き勝手にするつもりなら……俺も黙って見ているわけにはいかない」


主人公が拳を握る。


森羅万象は、その横顔を見て微笑んだ。


「まあ。ご主人様もお怒りなのですね」


「怒っているさ。だが、ここで感情に任せて殴るだけじゃ勝てない相手なんだろう?」


主人公はセラフィムから目を離さなかった。


「なら、勝つために何が必要かを見極める。それだけだ」


森羅万象の微笑みが、わずかに深まった。


「まあ……ご主人様らしいお言葉ですわ」


彼女が指先を軽く持ち上げる。


その瞬間、世界が切り替わった。


空も大地も、遠くの景色も消え去り、果ての見えない白銀の空間が広がる。


白い大理石の床。幾何学的に並ぶ無数の柱。空に浮かぶ太陽のような光源。


重力、空間、時間。そのすべてが森羅万象の意志によって定義された、戦いのための疑似フィールドだった。


「ここなら、外の世界を傷つけずに済みますわ。存分に力を振るってくださいませ」


森羅万象は紅茶を一口飲んだ。


「もっとも、あなたがこの世界を壊せるかどうかも、楽しみですけれど」


「世界を壊すつもりはない」


主人公が一歩前へ出る。


「壊させないために、ここで止めるんだ」


セラフィムが六枚の翼を広げる。


二枚で顔を覆い、二枚で足を覆い、残る二枚で虚空を舞う。


その背後に、幾重もの光輪が浮かび上がった。


「世界そのものを、自らの秩序の下に置いたか」


セラフィムは白銀の空間を見渡し、主人公へ視線を移した。


「そして、人類最強の男までいるとは。面白い取り合わせだ」


「ええ。わたくしの大切なご主人様ですもの」


森羅万象は微笑んだ。


「この方が安心して過ごせる世界を守る。それが、わたくしの望みですわ」


「一人の人間への執着を、世界の維持と呼ぶか」


「わたくしにとっては、同じことですもの」


セラフィムの翼が、純白の光を放つ。


「不純なる執着よ。己の望みを守るために世界を歪める傲慢。この炎で、すべてを焼き清めよう」


「……炎、ですのね」


森羅万象はカップを置いた。


「それでは、整えましょう」


神の炎が戦場を覆った。


白銀の大地が輝き、柱が白く染まり、空間の境界までもが燃え始める。


森羅万象は指先を動かした。


炎が空間ごと切り離され、別次元へ隔離される。重力が反転し、因果がねじ曲がり、炎の進路そのものが消されていく。


だが――炎は消えなかった。


隔離された炎が空間の歪みを焼き破り、再び戦場へと戻ってくる。


「神の愛は、次元すら超える。お前の整えた世界も、浄化を免れぬ!」


白い炎が森羅万象の足元を舐めた。


ドレスの裾が焦げる。


「……少し、熱いですわね」


彼女は表情を変えず、空間を組み替えた。


セラフィムの周囲に幾重もの隔離空間が生まれる。重力が炎を押し止め、因果が浄化の結果を先回りして固定しようとする。


しかし、セラフィムが翼を羽ばたかせた。


「閉じ込めても意味はない。神の炎は、その器すら清める!」


炎が内側から空間を焼き破る。


一層、また一層。


隔離空間が融解していく。


主人公は炎から距離を取りながら、戦場を観察していた。


炎は無差別に燃え広がっているようで、その実、森羅万象の作り出した隔離空間を優先して焼き破っている。


空間を壊せば、炎が進む。

炎が進めば、森羅万象は修復に力を割かれる。


「……なるほど。こいつは単に火力で押しているわけじゃない」


主人公はセラフィムの翼を見据えた。


「森羅万象の作ったものを、片っ端から浄化しているのか」


「ご主人様、そこまで見抜かれましたのね」


「見ればわかる。問題は、あの炎をどうにかしないと、お前が世界を直すそばから壊されるってことだ」


主人公は燃え上がる柱を蹴り、崩れかけた足場から飛び退いた。


直後、白い炎が先ほどまで立っていた場所を呑み込む。


着地と同時に、彼はセラフィムへ向けて走り出した。


「なら、まずは本人を止める!」


白銀の床を蹴り、一気に間合いを詰める。


人類最強の男が、全身の力を込めて右の拳を振り抜いた。


大魔王を討ち、大天使と渡り合ってきた男の一撃。


狙うは、セラフィムの顔面。


――しかし。


拳が触れる寸前、透明な光の膜が膨れ上がった。


乾いた音が響く。


主人公の拳は、セラフィムの肌に届かなかった。


見えない壁に弾かれ、衝撃が腕を逆流する。


「……何?」


主人公は後退しながら、すぐさま姿勢を立て直した。


腕に痺れが残っている。


だが、骨は折れていない。拳も使える。


問題は威力ではなかった。


「人間よ。お前の力を侮るつもりはない。だが、神の聖性に守られたこの身に、不純なる者の接触は届かぬ」


セラフィムは静かに彼を見下ろした。


「なるほどな。俺の拳が弱いから弾かれたわけじゃない。最初から、触れること自体を拒んでいるのか」


主人公は拳を開き、再び握った。


「だったら、その壁をどうにかするまでだ」


「地上に攻め込もうとしておいて、随分と勝手な理屈だな」


主人公の声が低くなる。


「エンジェルに手を出したことも含めて、見逃すつもりはない」


セラフィムの翼が揺れ、聖なる圧力がさらに強まった。


「それこそ、人間の傲慢よ。神の意志に逆らうというのか」


「お前たちの都合を、神の意志と呼ぶな」


主人公は再び踏み込んだ。


今度は正面から拳を叩きつけるのではなく、光の膜が膨らむ瞬間に軌道を変え、側面から打ち込む。


だが、結果は同じだった。


拳が届く直前、光の膜が先回りするように展開し、衝撃を弾き返す。


主人公は無理に押し切ろうとせず、反動を利用して距離を取った。


「どこから殴っても同じか。反応して防いでいるんじゃない。俺の攻撃そのものを、最初から拒絶している」


セラフィムが六枚の翼を大きく広げる。


「理解したところで、何が変わる。人間の力では、神の聖性を越えられぬ」


「理解しないまま殴り続けるよりは、ましだろう」


主人公はセラフィムから視線を外さなかった。


「お前の炎は森羅万象の世界を壊せる。俺の拳はお前に届かない。なら、二つの問題を別々に考える必要がある」


森羅万象が、彼の言葉に目を細めた。


「ご主人様?」


「森羅万象。炎を完全に消す必要はない。あいつの力を奪う必要もない」


主人公は、燃え続ける隔離空間を指差した。


「こいつの攻撃を受け止めながら、俺の拳が届く道を作れないか?」


森羅万象は、セラフィムの翼と主人公の拳を交互に見た。


「……聖性そのものを消すのではなく、聖性による拒絶だけを変える。そういうことですのね」


「できるかどうかは、お前に任せる。俺は、その隙にこいつを殴る」


主人公は口元を引き締めた。


「こいつの力が残ったままでも、俺の拳が通じると証明してやる」


森羅万象は、嬉しそうに微笑んだ。


「まあ……素敵ですわ、ご主人様♡」


「感心している場合じゃないぞ」


「ええ。では、少々本気を出しますわね」


森羅万象が両手を広げた。


砕けた茶器の破片が空中で止まり、空間の亀裂が塞がり始める。


彼女は炎を消そうとはしなかった。


燃え続ける炎をそのままに、戦場の構造を組み替えていく。炎が隔離空間を焼き破るたび、破られた箇所を別の構造へと置き換え、浄化が世界全体へ広がるのを食い止める。


その一方で、主人公の拳とセラフィムの間にある法則へ干渉する。


神聖な存在には不純なる人間の拳が届かない。


その拒絶を、ほんの一瞬だけ成立しなくする。


だが、セラフィムも黙ってはいなかった。


「人間ごときに、神の秩序を乱させるものか!」


六枚の翼から、無数の炎の槍が放たれた。


狙いは主人公だけではない。


森羅万象の周囲にも、炎の槍が降り注ぐ。


「森羅万象!」


主人公は即座に駆け出した。


炎の槍を紙一重でかわしながら、森羅万象へ向かう攻撃の軌道に割り込む。


一本を拳で叩き落とし、もう一本を身をひねって回避する。三本目が肩をかすめ、服が焦げた。


それでも主人公は止まらない。


「俺を無視して、森羅万象ばかり狙ってんじゃねえ!」


セラフィムの視線が、初めて明確に主人公を捉えた。


「貴様……!」


「世界を整えるのがあいつの役目なら、そこに手を出させないのは俺の役目だ!」


主人公は床を蹴り、セラフィムへ再び突進した。


拳が光の膜に弾かれる。


それでも、彼は退かなかった。


一撃目が弾かれた反動で体勢を崩しながら、足を踏み替える。二撃目は防御の正面ではなく、セラフィムが翼を動かした直後の隙を狙う。


届かない。


ならば、三撃目。


拳が弾かれるたびに、主人公は防御の反応を確かめ、攻撃のタイミングを変えていく。


力押しだけでは突破できない。


それでも、殴ることをやめる理由にはならなかった。


セラフィムの翼が、わずかに乱れる。


「なぜ退かぬ。お前の拳は、私には届かない!」


「届かないからって、殴るのをやめる理由にはならないだろう!」


主人公は歯を食いしばり、再び拳を構えた。


「エンジェルを傷つけた。地上を侵略しようとした。おまけに、それを正義だと言い張る。そんなお前を前にして、はいそうですかと引き下がれるか!」


セラフィムの表情から、余裕が消えた。


「愚かな人間め。神の炎の前に、己の無力を知れ!」


炎が膨れ上がる。


森羅万象の修復が、再び押し戻されようとしていた。


主人公は燃え上がる戦場を見渡し、森羅万象へ声を張り上げた。


「森羅万象! 世界を直すだけじゃない。あいつが何をしても、俺が攻め続けられる場所を残してくれ!」


森羅万象は、彼の要求を受けて微笑んだ。


「承知いたしましたわ、ご主人様」


彼女が指を鳴らす。


主人公の足元に、炎の侵食を受けても崩れない細い道が伸びた。


世界全体を守り切るのではない。


主人公が戦い続けられる場所を確保し、セラフィムの浄化が広がる速度を抑える。


それだけでも、戦況は変わった。


主人公はその道を踏みしめ、セラフィムを睨みつけた。


「これで逃げ道はないぞ」


「逃げるのは貴様の方だ、人間!」


セラフィムが翼を広げ、白い炎を集束させる。


森羅万象は、主人公の拳へ視線を向けた。


「ご主人様の拳が届く世界に、整えればよろしいのですわ♡」


修復と浄化。


神の聖性と、世界を整える権能。


そして、何度弾かれても戦いをやめない人類最強の男。


森羅万象が世界の法則を書き換えようとする一方で、主人公はセラフィムの攻撃を引き受け、その注意を自分へと引きつけ続ける。


彼は、ただ森羅万象に勝利を委ねているわけではない。


世界を整える時間を稼ぎ、自ら突破口をつかみ、その先にある決着を自分の拳でつけるつもりだった。


「来い、セラフィム。お前の言う神の正義がどれほどのものか、俺自身が確かめてやる」


白銀の世界が軋む。


神の炎が燃え盛る。


森羅万象は次の一手を定め、主人公は拳を握り直した。


三つの力が交錯する戦場で、熾天使セラフィムとの本当の戦いが始まろうとしていた。

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