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薬学VSスローンズ3

# 座天使スローンズ戦 終盤――毒が回り切るまで


意思揺らぎ薬は、確実に浸透していた。


神羅万象が構築した第三の疑似フィールド。灰色の空間に、スローンズの放つ光が閃く。


絶対の秩序を体現していた車輪は、明らかに歪み始めていた。回転速度は不規則になり、無数の目は別々の方向を向き、光を失った目もある。


神の正義を放つ圧力も弱まっていた。


それでも、まだ強い。


スローンズがわずかに車輪を傾けただけで、空間が軋み、地面の光の円が波打った。


「……この、揺らぎは……。神の玉座を支える意思が乱されるなど、許されん……!」


宣告と同時に、空間が一斉に収縮した。


「――っ、来るぞ!」


格闘特化が叫ぶ。


全方位から見えない圧力が襲い、格闘特化の体が地面に叩きつけられた。受け身を取る間もなく動きを固定され、肩から地面へ押しつけられる。


「ぐっ……! まだ、こんな威力が……!」


腰振りも、腰を沈めた瞬間に軸を止められた。


「くっ……! 振るな、だと……!?」


それでも、固定されかけた腰に力を込める。


拷問特化は新たな防壁を展開した。装甲板を重ね、衝撃を逃がす傾斜壁を配置し、杭で地面に固定する。さらに、破壊された防壁の残骸まで補助構造に組み込んだ。


だが。


「神の正義に、抗うことは――許可されぬ」


防壁は正面から砕かれたのではなかった。


装甲板同士の連結が外れ、傾斜壁が役割を失い、構造そのものが崩落した。


「ちっ……! まだ、ここまで動かせるのか!」


拷問特化は残骸を鎖で束ね、スローンズの進行方向へ打ち込む。車輪の動きを少しでも妨げようとするが、拘束具は光に焼かれ、鎖が一本ずつ弾け飛んだ。


その隙に、腰振りが腰を振る。


「……なら、空間ごと揺らす!」


国滅級に近い衝撃波が斜めに走った。


スローンズの直前で威力をそがれ、本体には届かない。


それでも円環が割れ、圧力の再構成が半拍遅れた。


「……っ、乱雑な破壊よ……!」


スローンズの目が腰振りへ向く。


その一瞬、拷問特化の鎖が一本だけ残った。


薬学は、砕ける防壁と動きを封じられた三人を見つめた。笑顔が消え、小瓶を握る指に力がこもる。


「……ねえ。あなた、主人公くんにも同じことをするつもりだったの?」


返事はない。スローンズの圧力がさらに強まる。


「私たちの大切な人を勝手に裁いて、自由を奪う。それで正義のつもり?」


声は静かだった。


「許さないわ。絶対に」


次の瞬間、彼女は再び笑った。


「でも安心して♡ あなたがどれだけ抵抗しても、最後まで薬を回してあげる。主人公くんを守るためなら、何時間だって付き合えるもの」


最後の鎖が弾けた。


拷問特化は膝をつきながらも、残った杭を握って立ち上がる。


「まだ……終わっていない!」


格闘特化も、固定された体を動かそうと必死にあがいていた。腕が震え、肩が軋む。拳を握ることさえ拒まれる。


「動け……! 俺の体だろうが……!」


指先が動いた。


そのわずかな自由を逃さず、格闘特化は踏み込む。


「おおおおおっ!」


拳がスローンズへ向かう。


だが、届かない。


命中するという結果そのものを拒絶され、拳は車輪に触れる寸前で止まった。


「くそっ……! まだ届かねえのかよ!」


「届かなくてもいい!」


薬学の声が飛ぶ。


「そのまま意識を引きつけて! 動きを固定しようとするたび、薬が仕事をするから! 腰振りくんも、空間を乱し続けて!」


「……わかってる!」


腰振りは固定されかけた軸を無理やり回す。短い衝撃波が連続して走り、円環の再点灯を妨げた。精度は粗く、味方の残骸まで吹き飛ばす。それでも、スローンズの修正を増やすには十分だった。


薬学は車輪を観察する。


固定の宣告が放たれる瞬間。回転が加速するタイミング。複数の目が同時に光るときと、別々に明滅するときの差。


スローンズが秩序を維持しようとするたび、内部で何が起きるのか。彼女は一つずつ見極めていた。


「ふふっ……♡ 抵抗してくれるほど、変化がよく見えるわ。腰振りくんの乱れも、いいデータよ」


新たな小瓶の栓を抜く。


中の液体は虹色に輝きながら、瓶を傾けるたび互いに矛盾する動きを繰り返していた。


薬学が霧状にして散布すると、微細な粒子がスローンズの周囲へ広がった。光に触れても消えず、燃やされても押しつぶされても、完全には失われない。


粒子は車輪や無数の目に付着した。


「……不純物を、排除する……!」


スローンズの目が一斉に光る。


「神の秩序に、異物の存在は――」


「排除しようとするたび、あなた自身が調整しなきゃいけないのよ♡」


薬学は楽しげに告げた。


「あなたの力を直接消しているわけじゃないわ。絶対であろうとする、その仕組みに負荷をかけているの。乱れを直せば別の乱れが生まれる。そちらを直せば、最初の乱れが戻ってくる」


小瓶を指先で回す。


「完璧であろうとするほど、自分を追い詰めていく。素敵な仕組みでしょう?♡」


「黙れ……!」


スローンズの怒号とともに、疑似フィールド全体が震動した。


地面の光の円が一斉に輝き、光柱が砕け散る。破片は空中で静止した後、三人へ向かって降り注いだ。


拷問特化が頭上に装甲を重ね、正面に壁を立て、左右には鎖の網を張る。腰振りは短い衝撃波で破片の軌道を乱した。


「……なるべく、壁の外だ!」


「いい出来の、乱暴な補助だ」


直後、衝撃が防壁を打ち破った。


「ぐっ……!」


装甲板が砕け、鎖が引きちぎられる。拷問特化の体が吹き飛び、地面を転がった。


「拷問!」


格闘特化が叫ぶ。


助けに向かおうとした瞬間、スローンズの圧力が強まった。


「動くことを、許可しない」


格闘特化と腰振りの全身が固定される。膝も腕も首も、指先すら動かせない。


「……っ、くそ……!」


「……振るな、だと……!」


スローンズの車輪が、再び力強く回転し始めた。


薬学の笑みが消える。


「……まだ、持ち直すの?」


スローンズは残った権威をかき集め、乱れを押さえ込んでいた。回転の乱れを別の力で補い、目の焦点がずれれば残った目で判断し、固定の圧力が揺らげば、さらに強い圧力で押さえつける。


自らの存在を支える根幹を酷使してでも、秩序を維持しようとしていた。


「神の玉座を……支えるのが……我が存在……!」


圧力がさらに増す。


薬学の周囲に残っていた小瓶が次々と破裂し、彼女を守る防壁にも亀裂が走った。


「っ……! 追加の薬を届ける前に……!」


彼女は残った瓶を抱え、身を低くする。


前に出れば固定される。立ち止まれば押しつぶされる。


薬が回り切るまで、あと少し。


そのとき、崩れた防壁の向こうから拷問特化が立ち上がった。傷だらけの体で、地面に突き刺さった杭を引き抜いていく。


「……薬学。まだ、必要か」


「あと少し! あいつに修正を続けさせればいい!」


「了解した」


拷問特化は杭を投げた。


一本目は弾かれ、二本目は光に焼かれ、三本目は空間に固定される。


だが、四本目が車輪の軌道をかすめた。


ほんの一瞬、回転が乱れる。


「今だ!」


格闘特化は固定された体を、残った力のすべてで動かした。筋肉が震え、骨が軋む。それでも拳が数センチ前へ進む。


攻撃は届かない。


だが、スローンズの目が一斉に彼へ向いた。


腰振りの固定が半拍だけ緩む。


「……本気だ!」


残された自由を振り絞り、腰を振る。


国滅級の衝撃波が円環の群を直撃した。


本体には届かない。だが戦場の秩序が歪み、スローンズの修正負荷が跳ね上がった。


「……っ、この乱雑さまで……!」


その瞬間、薬学が最後の小瓶を投げた。


「――これで、最後よ♡」


瓶が砕け、霧がすでに付着していた薬の粒子と混ざり合う。


一瞬、何も起きなかった。


スローンズは車輪を回し、目は光を放ち、神の正義もまだ失われていない。


「無駄だ……! 我が意思は……不動……!」


声が途切れた。


車輪が大きく跳ね、逆方向へわずかにぶれる。無数の目が別々の方向を向き、ある目は光を放とうとし、別の目はそれを止めようとする。


固定の圧力が強まった直後に弱まり、弱まった直後に再び強まる。


スローンズは、自らの権威を維持するために矛盾する命令を同時に処理し始めていた。


「……修正……せよ……。いや、排除を……。違う……固定を……!」


「神の正義は……揺らがぬ……! 揺らぐことは……許され……!」


車輪が大きく減速する。


それでも、スローンズは残された力を注ぎ込み、乱れを修正しようとした。光が再び強まり、空間が軋む。疑似フィールド全体が最後の抵抗に震えた。


拷問特化の足元が崩れ、格闘特化が地面へ押しつけられる。腰振りの軸が縫い止められ、薬学も片膝をついた。


それでも四人は、目をそらさなかった。


「……もう少しよ」


薬学は震える指で空の小瓶を握りしめる。


「ここまで回った薬を、今さら止められるわけがないわ……♡」


車輪が、最後に一度だけ回った。

そして、止まった。


無数の目が光を失い、神の正義を支えていた光が消えていく。


空間を押さえつけていた圧力が消失した。格闘特化の体を固定していた力がほどけ、腰振りの軸が戻り、拷問特化の鎖が地面へ落ちた。


「……動け……ぬ?」


スローンズの声がかすれた。


「我が意思が……我が権威が……なぜ……」


意思揺らぎ薬が、ついに体の芯まで回り切ったのだ。


力そのものが消えたわけではない。権威を支える不動の意思が、矛盾する命令を修正し続けた末に、機能を維持できなくなったのである。


「……神の玉座を……支えることが……できない……」


巨大な車輪が傾き、地面へ沈むように停止した。


薬学は傷だらけの体を起こし、空の小瓶を振った。


「……完了よ♡ あなたが乱れを直すたび、その修正を次の揺らぎにつなげた。最後まで権威で薬に対抗していたからこそ、ここまで時間がかかったのね」


彼女は停止した車輪を見つめた。


「でも、おかげで『不動』を維持できなくなる境界がよくわかったわ♡」


「……つまり、もう動けないんだな?」


格闘特化が拳を握る。


「あら。私たちを固定する権威も維持できないはずよ。好きにしていいわ♡」


「なら、今度こそ逃げられないようにしてやる」


拷問特化が鎖を拾い、停止した車輪へ歩み寄った。


鋼鉄の枠で外周を挟み、太い鎖を何重にも巻きつける。中心軸を固定し、回転部には楔を打ち込んだ。四方の鎖を地面の杭へつなぎ、車輪をがっちりと拘束する。


ガンッ!


最後の楔を打ち込むと、拷問特化は鎖を引いて強度を確かめた。


「外周、軸、回転部の三段固定だ。これなら簡単には動けん。いい出来だ」


「神の玉座たる我を……このような鎖で……!」


「その権威で外してみろよ」


車輪はわずかに揺れただけだった。


「……おい、腰振り」


「……ああ」


格闘特化と腰振りは、拘束された車輪へ向き直った。


「さっきまで散々やってくれたな。俺の拳を止めてくれやがって……!」


「俺の衝撃波も、最後までまともに通らなかったからな。最後くらい派手に決めさせてもらうぜ」


「ま、待て……! 神の玉座たる我を、何と心得て――」


「知るかああああっ!」


格闘特化の拳が車輪の側面を捉えた。


轟音とともに、巨大な車輪が拘束具ごと地面から浮き上がる。


「まだまだああああっ!」


腰振りが渾身の腰振りを叩き込んだ。


国滅級の衝撃波が背後から直撃する。


**ドゴオオオオオオオオンッ!!**


鎖が弾け飛び、固定枠と楔が砕け散った。スローンズの巨体はさらに加速し、浮遊する岩塊を粉砕し、遠方の城塞を貫通する。


そして、疑似フィールドの境界線を越えた。


場外だった。


『――場外!』


神羅万象のフィールド管理機構が、無情な判定音を響かせた。


しばし、沈黙。


「……勝った、のか?」


格闘特化が拳を見下ろす。


「最後に吹っ飛ばしたのは俺たちだろ」


腰振りは満足げに頷いた。


「場外ホームランだな」


「神の玉座をホームランにする人、初めて見たわ……」


薬学は呆れたように呟いたが、すぐに目を輝かせた。


「待って。薬で権威を維持できなくなったところに、二人の攻撃を重ねたのよね? この関係を記録しなくちゃ♡」


「そこはもういいだろ!」


「よくないわ。とっても重要なデータよ♡」


薬学は空の小瓶をしまった。


「でも……これで、主人公くんが脅かされることはなくなったわね」


三人は静かに頷いた。


神の正義をまとい、あらゆる行動を固定した座天使スローンズ。その権威を崩したのは薬学の実験、逃げ場を奪ったのは拷問特化の拘束具、最後に決着をつけたのは格闘特化と腰振りの力技だった。


「……次は、もう少し壊されにくい防壁を作る」


拷問特化が砕けた拘束具を拾い上げた。


「次もあるのかよ……」


格闘特化が呆れる。


「あるでしょう。改良の余地があるもの♡」


薬学は楽しげに笑った。


第三の疑似フィールドには、無数の亀裂と破壊の痕跡が残されていた。


そして、神の玉座は空の彼方へと場外ホームランされていた。

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