↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
117/178

薬学VSスローンズ2

# 座天使スローンズ戦――じわじわと侵食する薬


「……できたわ♡」


薬学が小瓶を掲げた。


淡い虹色の液体。その表面では泡が上下逆さまに沈み、光を受けるたびに青、紫、不気味な緑へと色を変えていた。


「これは『意思揺らぎ薬』よ♡」


「……何をするつもりだ」


スローンズの無数の目が、薬学を見据える。


「座天使様は『不動の正義』を掲げ、あらゆる意思と行動を固定する。なら、その固定を内側から崩してあげればいいの」


薬学は楽しそうに笑った。


「あなたの意思を直接操るんじゃない。あなたが意思を固定する仕組みそのものに、相反する反応を植えつけるのよ」


「馬鹿な。私の権能は、神の正義そのものだ。揺らぎなど許されぬ」


「ええ。だからこそ、面白いのよ♡」


薬学は小瓶を軽く振った。


「あなたが『動くな』と命じるたび、内側には『動こうとする力』が生まれる。あなたが異常を修正すれば、薬は次の異常を生み出す。修正するほど、修正すべき箇所が増えていくの」


「……!」


「神の正義を消す必要なんてないわ。あなた自身に、正義を維持する負担を増やし続けてもらえばいいのだから♡」


拷問特化が感心したように呟いた。


「……いい出来の薬だな。相手が自分の力を維持するほど、負担が増える仕組みか」


「そういうこと♡ 拷問くん、理解が早くて助かるわ」


「褒められている気がしないな」


「褒めているのよ。ご主人様のために、もっと頑張ってね♡」


「……了解だ」


格闘特化が拳を握る。


「薬学、タイミングをくれ! 俺が注意を引きつける!」


「俺は空間を揺らす。直撃できなくても、円環と圧力を乱せばいい」


腰振りも腰に手を当てた。


「お願いね♡ 無理に攻撃を当てようとしないで。二人の攻撃が本体に届かないことは、もうわかっているでしょう?」


「わかってるさ! それでも、目を俺に向けさせることはできる!」


「俺もだ。止まらねえ!」


格闘特化が飛び出した。


音速の正拳。鋭い蹴り。身体をひねって繰り出す連続攻撃。


しかし、拳も蹴りもスローンズには届かない。到達するという結果そのものが、権能によって拒絶されていた。


「こっちだ、座天使様! まだ終わってねえぞ!」


その背後で、腰振りが腰を振る。


ブンッ!


国滅級の衝撃波が灰色の空間を走り、地面の円環を砕いた。光の柱が傾き、固定されていた圧力が一瞬だけ薄れる。


「……不許可」


衝撃波はスローンズの直前で消滅した。


だが、戦場の乱れまでは消えない。


スローンズの車輪が、わずかに傾いた。


「……なるほど。戦場そのものを乱し、私に修正を強いるか」


「そういうことだ。その間に、薬は回る!」


腰振りが二発目を放つ。


直後、スローンズの車輪が回転した。


「無益な抵抗だ」


格闘特化と腰振りの身体が、地面へ押しつけられる。円環状の光が足首から胸元へ這い上がり、二人の動きを封じた。


「ぐっ……!」


「くっ……!」


「お前たちの連携も、準備も、すべて私の裁定の内側にある。時間を稼ぐという意思さえ、私が許さなければ成立しない」


その瞬間、拷問特化が残った装甲板を押し出した。


杭と連結具を組み合わせ、スローンズと薬学の間に防壁を築く。薬学が小瓶を投げるための通路も、強引に確保した。


格闘特化が、固定されかけた腕に力を込めた。


「……腰振り! 合わせろ!」


「おう!」


格闘特化が渾身の正拳を放つ。同時に、腰振りが全力の衝撃波を叩き込んだ。


二つの攻撃は、スローンズ本体には届かない。


だが、正拳が空間の境界を叩き、衝撃波が円環の光を揺さぶった瞬間、権能の再構成にわずかな遅れが生じた。


「……今だ、薬学!」


「ええ♡」


薬学が小瓶を投げた。


虹色の液体が砕け、粒子となって広がる。正義の光が大半を焼き払う。しかし、二人の攻撃が生んだわずかな綻びに入り込んだ粒子だけは、光に焼かれることなく、車輪の溝へと潜り込んだ。


「……何だ、これは」


スローンズの車輪が、ほんのわずかに傾いた。


「……今だ!」


「ええ♡」


薬学が小瓶を投げた。


瓶はスローンズの手前で砕け、虹色の液体が無数の粒子となって広がった。


正義の光が粒子を焼き払う。だが、一部は光の流れに逆らい、一部は光に溶け込むように姿を消した。残った粒子は車輪の回転に沿って渦を巻き、無数の目へまとわりつく。


「……無意味な抵抗だ」


スローンズが光を放った。


轟音とともに虹色の霧が吹き飛び、拷問特化の防壁がまとめて破壊される。


「ぐっ……!」


拷問特化は腕を交差させて耐えた。


しかし、光が収まった後も、車輪の溝や無数の目の縁には、極細の粒子が残っていた。


「……何だ、これは」


スローンズの車輪が回転する。


ほんのわずかに、その速度が落ちた。


無数の目のうち、一つが光を弱める。


「ふふっ……♡ 第一段階、確認」


薬学は二本目の小瓶を取り出した。


「一回で終わるなんて思っていないわ。あなたの権能は強力だもの。だから、少しずつ重ねていくのよ」


「させるものか」


車輪が高速回転し、無数の目から放たれた光が戦場を覆った。


拷問特化の防壁が、正面だけでなく左右と上方から押し潰される。装甲が引きちぎられ、杭が抜け飛んだ。


「ぐあっ……!」


吹き飛ばされながらも、拷問特化は薬学へ手を伸ばす。残った拘束具を集め、彼女の作業場を守る防護構造へ組み込んだ。


完成する前に、次の光が襲う。


防壁が歪み、接合部が裂ける。


「……まだだ。ここだけは、通さない……!」


「拷問くん!」


「お前は作業を続けろ!」


腰振りが、固定されかけた身体の中で腰を沈めた。


「……一発、本気でいく。なるべく、山の方へ」


国滅級の衝撃波が斜め上へ放たれた。


スローンズ本体には届かない。だが、疑似フィールドの遠方がえぐれ、円環の光が大きく乱れた。


戦場全体にかけられた圧力が、再構成を強いられる。


その数秒で、拷問特化は薬学の周囲に新しい枠組みを完成させた。


直後、スローンズの光が彼を直撃した。


防壁ごと地面へ叩きつけられ、金属片が飛び散る。腕から血が流れた。それでも、拷問特化は片膝をついたまま操作を続けた。


スローンズが静かに告げる。


「防壁を重ね、壊れたものを再利用し、形を変えて抗う。その工夫は認めよう。だが、私が存在を許さなければ、壁は壁として機能せず、衝撃も私には届かない」


残った防壁が、一斉に沈み込んだ。


「……なるほど。なら、壁を壁として使う必要はない……!」


拷問特化は装甲板を捨て、細い杭と連結具だけを残した。それらを薬学の周囲へ打ち込み、防壁ではなく、作業を続けるための足場と支えに変える。


「……いい出来の、苦し紛れだ」


彼は血を拭い、立ち上がった。


「これなら、壊すのにも少しは手間がかかるだろう」


「……お前たちは、どこまで抗うつもりだ」


「最後までだ!」


格闘特化が叫ぶ。固定された身体に力を込め、わずかに腕を動かした。


腰振りも短い衝撃波を連打し、円環の再点灯を妨害する。


「直撃できなくても、お前の修正を忙しくする!」


「ならば、その意思を根元から封じる」


車輪が激しく回転した。


二人の周囲の円環が収縮し、足首、膝、腰、胸、肩、腕を順番に固定していく。


「ぐっ……ああああっ!」


「くっ……!」


二人は歯を食いしばった。


「……まだ、だ……!」


「……まだ、振る……!」


「お前たちは動けない」


「だったら……動けるようになるまで……!」


「許さぬ」


二人の身体が完全に停止した。


拳は半ば握られたまま、腰は半ば沈んだまま。呼吸さえ、極限まで制限されている。


「……格闘特化くん! 腰振りくん!」


薬学が振り返る。


「振り返るな!」


拷問特化が叫んだ。


「薬学、薬を回せ! こいつの攻撃は、まだ終わっていない!」


「……わかっているわ♡」


薬学は二本目の小瓶を投げた。今度は正面ではなく、車輪の回転軸を狙う。


「同じ手が通じると思うな」


正義の光が集中し、小瓶は空中で粉砕された。虹色の液体が焼かれて消えていく。


「あら。全部、消されたと思った?」


薬学が指先を動かした。


砕けた小瓶の破片に付着した液体が、光の外側へ弾き飛ばされていた。その数滴が車輪の裏側へ回り込む。


「……っ!」


スローンズの回転が乱れた。


車輪の一部が一瞬だけ逆方向へ回り、無数の目がばらばらに明滅する。正義の光が途切れた。


「今よ!」


拷問特化が残った拘束具を射出した。


杭が地面に突き刺さり、連結具が車輪の周囲へ広がる。スローンズを直接拘束することはできない。それでも、次の攻撃に必要な空間を一瞬だけ乱した。


腰振りを縛る光が、わずかに緩む。


「……くれ!」


彼は残された自由を振り絞り、腰を振った。


短い衝撃波が円環を乱し、権能の再構成を半拍遅らせる。


「……いい出来の、一瞬だ!」


拷問特化が叫んだ。


格闘特化を縛る光も緩む。


「……今だ、格闘!」


「おおおおおっ!」


格闘特化が拳を振るう。


やはり、スローンズには届かない。


だが、無数の目が彼の行動を固定し直そうと、一斉に向きを変えた。


その一瞬、薬学の三本目の小瓶が車輪の下へ投げ込まれた。


瓶が砕け、虹色の粒子が車輪の溝へ入り込む。正義の光が焼き払うより早く、粒子が無数の目の周囲へ張りついた。


「……これで、三段階目♡」


薬学は微笑んだ。


「最初の薬で誤差を生み、二本目で修正の負担を増やし、三本目でその誤差を固定する。あなたが正義を執行しても、修正すべき異常は消えないの」


スローンズは答えなかった。


車輪は回転し、無数の目は光っている。神の正義は、まだ健在だった。


だが、その回転には確かな乱れが生じていた。


「……まだだ。まだ、私は……」


スローンズの声が途切れた。


次の瞬間、彼は権能を最大出力で解放した。


灰色の空間が激震する。天を支える光の柱に亀裂が走り、地面の円環が次々と砕けた。


圧力が戦場全体を覆い、拘束具を粉砕し、薬学の足場を崩し、四人を地面へ押しつける。


「ぐああああっ!」


薬学の手から、小瓶が落ちかけた。


拷問特化は動かない腕を伸ばし、格闘特化は指先を動かそうとする。腰振りも、腰の軸だけでも動かそうと歯を食いしばった。


それでも圧力は止まらない。


「神の正義は、揺らがぬ! 私の意思は固定されている! この程度の異常で、私が……!」


言葉が途切れた。


車輪の回転が乱れ、正義の光が一瞬だけ消える。無数の目が別々の方向を向いた。


固定されていた格闘特化の指先が動く。拷問特化の拘束具が数センチ浮き、腰振りの腰が半拍だけ沈んだ。


ほんのわずかな変化。


だが、スローンズ自身が誰よりも強く認識していた。


自分の意思が、揺らいでいる。


自分の権能が、完全には維持できなくなっている。


「……私の、意思が……?」


薬学は地面に片膝をついたまま、楽しそうに微笑んだ。


「ええ♡ 効いているわ。まだ、あなたを倒すほどではないけれど」


「……黙れ……!」


「嫌よ♡ せっかく、ここまで観察できたんだもの」


薬学は残った小瓶を握りしめる。


「あなたは強い。だから、何度でも正義を執行し、何度でも自分を修正し、揺らぎを押さえ込もうとする。でも、そのたびに薬は働く。あなたが自分を保とうとするほど、あなた自身と相反する反応が積み重なっていくの」


「……!」


「急に倒すんじゃないの。じわじわと、あなたが絶対だと信じているものを侵食していく。あなたが『不動』でいられなくなったとき、初めて終わりよ♡」


拷問特化が、血を流しながら身体を起こそうとした。


「……いい出来の侵食だ。俺は……まだ、止められる……」


格闘特化も歯を食いしばる。


「薬学の薬が完全に回るまで……俺たちが時間を稼ぐ……!」


腰振りも、低く息を吐いた。


「本体に届かなくてもいい。空間を乱して、あいつの修正を増やせば……薬はもっと深く入る」


だが、スローンズの圧力が三人を再び押し戻した。


最後の拘束具が砕け、格闘特化の腕が地面に押しつけられる。腰振りの腰も固定され、薬学の防護構造が崩壊していく。


四人は、押し切られる寸前だった。


スローンズは揺らぎを感じるたび、権能を強めて異常を押さえ込もうとしていた。その抵抗が、戦場をさらに破壊していく。


「……神の正義は……!」


車輪が回転する。


だが、その動きが一瞬だけ止まった。


「……っ!」


無数の目が、ばらばらに瞬く。


薬学は、その変化を見逃さなかった。


「……ふふっ♡ 今の、覚えておくわね」


彼女は傷ついた三人を見た。


「拷問くん、格闘特化くん、腰振りくん。もう少しだけ、お願いできる?」


拷問特化は砕けた拘束具を握りしめた。


「……いい出来の、最後の時間稼ぎだ」


格闘特化は、地面に押しつけられた拳に力を込める。


「……ああ。最後まで、やってやる……!」


腰振りも、固定された腰に力を込めた。


「……俺もだ。届かなくても、振る。……ご主人様のためだ」


三人は、再び立ち上がろうとした。


座天使の不動の権威は、まだ崩れていない。神の正義も、まだ戦場を支配している。


それでも、その内側には確かな揺らぎが生まれていた。


意思揺らぎ薬は、スローンズを一瞬で倒すための薬ではない。


彼が力を使い、正義を執行し、絶対的な不動を保とうとするたびに、その根幹を少しずつ侵食していく。


拷問特化と格闘特化と腰振りは、押し潰される寸前まで前に立ち続けた。


薬が、スローンズの内側で作用し続けるために。


そして薬学は、次にどんな変化が起きるのかを確かめるように、虹色の小瓶を見つめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。