魔道VSドミニオンズ2
## 主天使ドミニオンズ戦――協定と裏の罠
魔導が地面に押しつけられ、身動き一つ取れなくなっていた頃。
「……お待ちください」
戦場に、か細い声が響いた。
嫉妬だった。
顔色は青ざめ、肩は震え、両手には何枚もの書類を抱えている。ドミニオンズの姿を目にすると、彼女は怯えたように足を止めた。
「主天使ドミニオンズ様……。どうか、お話を聞いていただけませんか……?」
「今さら何を話す。お前たちの抵抗は終わった。魔導はすでに私の統治下にある」
「……はい。おっしゃる通りです」
嫉妬は反論せず、深々と頭を下げた。
「私たちが間違っていました。天界の秩序を乱し、主天使様に刃向かったこと……本当に申し訳ありません」
「……嫉妬……」
地面に伏せた魔導が、かすれた声を漏らす。
「もう……無理ですわ……」
その言葉には、疲労と悔しさが滲んでいた。
「わたくしたちでは勝てません。魔法は発動前に無効化され、逃げることもできない。抵抗するほど傷が増えるだけ……」
魔導は目を伏せた。
「ご主人様の自由を守りたかっただけなのに……。これ以上戦えば、仲間まで傷つけてしまいますわ……」
嫉妬は書類を胸に抱きしめた。
「……もう、やめよう。魔導ちゃんも、みんなも、これ以上傷ついてほしくないよ……」
ドミニオンズは二人を見下ろした。
魔導の魔力は乱れ、抵抗も途絶えている。嫉妬も戦意を失ったように見えた。
「……それで、降伏するというのか」
「はい……」
嫉妬は震える手で書類を差し出した。
「もう逆らいません。主天使様のおっしゃることに従います。ですから……主人公様のことだけは、どうか……」
「その執着こそが、すべての問題の原因なのだ」
「……はい。私たちが悪かったんです。これからは天界の秩序を乱さず、主人公様のために何かをするときも、勝手なことはしません……」
魔導も目を閉じた。
「……わたくしたちの負けですわ」
「……ごめんなさい。私、もっとみんなを守りたかったのに……」
二人は、誰の目にも敗北を認めた者に見えた。
ドミニオンズはしばらく沈黙した後、書類を受け取った。
「……ほう。ようやく道理を理解したか」
彼が目を通したのは、次の協定書だった。
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**『天界秩序尊重および相互不干渉に関する協定書』**
**第一条 天界秩序の尊重**
我々ヤンデレ一同は、天界の階級制度および神の統治権限を尊重し、天使の職務執行を妨害しないことを誓約する。
**第二条 天使への敵対行為の禁止**
我々は、天使に対する無断の攻撃、拘束、能力の封印、職務の妨害その他これらに類する行為を行わない。
**第三条 地上における行動の制限**
我々は、天界の秩序に重大な影響を及ぼす規模の法則改変、空間操作、軍勢の召喚その他の行為について、天界の許可なく実施しない。
**第四条 主人公に関する活動の制限**
我々は、主人公の自由を尊重するという名目で、天界の統治権限を侵害しない。また、主人公を理由として天界の命令に反抗しない。
**第五条 違反時の措置**
本協定に違反した者は、天界による監督および必要な処分を受け入れる。
**第六条 協定の締結と効力**
本協定は、署名者が内容を確認し、自らの意思で署名した時点で効力を発する。締結後、署名者は協定に定められたすべての条項を誠実に履行するものとする。
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読み終えたドミニオンズは、満足げに頷いた。
「内容に異論はないようだな」
「はい……。もう反抗するつもりはありません……」
「……どうか、これで終わりにしてくださいませ……」
魔導の懇願を聞き、ドミニオンズは協定書に署名した。
金色の文字が紙面に刻まれ、神の統治を象徴する印が浮かび上がる。
「これで決まりだ。今後、お前たちは天界に逆らうな。神の秩序を乱す行為は、二度と許さん」
「……はい」
嫉妬は消え入りそうな声で答えた。
ドミニオンズは協定書を閉じ、踵を返そうとした。
反抗勢力は屈服した。魔導の法則改変も、嫉妬の執着も、天界の秩序の前に敗北した。
そう確信した、その瞬間。
「……ふふっ」
地面に伏せた魔導の口元が、わずかに緩んだ。
「……チャオ♡」
ドミニオンズの足が止まった。
「……何?」
振り返った彼の目に映ったのは、優雅に扇子を広げる魔導の姿だった。
拘束は消え、彼女は何事もなかったかのように立っている。血に染まった衣服も乱れた髪もそのままだが、先ほどまでの苦悶は消えていた。
「……貴様、なぜ動ける?」
「なぜ、とおっしゃられましても……。もう拘束する必要がなくなったからではありませんの?」
「何を言っている」
「協定書にサインしてくださったのでしょう?」
魔導は扇子で書類を示した。
「でしたら、ちゃんと効力を発揮していただかないと♡」
扇子がひと振りされる。
協定書に淡い光が走り、表向きの条項の下から、隠されていた文面が浮かび上がった。
**『第七条 統治権限の移譲および没収』**
本協定の締結に際し、署名者ドミニオンズは、協定の履行を担保するため、自らが保有する統治権限およびその執行能力を一時的に協定の管理下へ移譲することに同意する。
当該権限は、本協定に定める相互不干渉の条件が満たされるまで、署名者本人の意思によっても行使できないものとする。
また、本条項は、署名者が協定書の内容を確認し、自らの意思で署名した時点で自動的に発動する。
「……何だと?」
ドミニオンズの笏が震えた。
周囲を満たしていた黄金の光が失われ、空間を支配する紋章が次々と消滅していく。魔導を押さえつけていた術式も、跡形もなく消えた。
「馬鹿な……! 私の統治権限が……!」
ドミニオンズは笏を振った。
何も起こらない。
法則を正そうとしても、世界は応答しなかった。
「なぜだ! なぜ私の命令が通らない!」
「ご自分で署名なさったからですわ♡」
魔導はあっさり答えた。
「貴様……! 最初から、これを狙っていたのか!」
「ええ。あなたの統治能力は厄介でしたもの。わたくしの法則改変も幻影も召喚も、すべて無効化される。正面から戦えば勝ち目が薄いことくらい、すぐに理解しましたわ」
彼女は一歩、ドミニオンズに近づいた。
「ですから、戦い方を変えたのです」
「……私を騙すために、敗北を演じたというのか」
「その通りですわ♡」
魔導は協定書を指先で弾いた。
「あなたは、わたくしたちを屈服させたかった。天界の秩序を守り、自らの統治が絶対であることを証明したかった。だから、わたくしたちが心から降伏したと信じられる状況を用意したのです」
嫉妬が後ろで小さく手を叩いた。
「……魔導ちゃん、ほんっと性格悪いよね……」
「あら♡ 嫉妬の謝罪も見事でしたわよ」
「褒めてる場合じゃないでしょ! 私、本当に心が折れそうだったんだから! 頭を下げるのだって、結構つらかったんだよ?」
「演技が上手でしたわ♡」
「だから、あとで絶対に埋め合わせしてよ!」
「ご主人様にお願いして、ランチでもご一緒しましょうか?」
「……それは、ちょっと嬉しい」
「ふふっ♡」
二人のやり取りに、ドミニオンズの顔が怒りで歪んだ。
「貴様ら……! この私を騙したというのか!」
「騙しただなんて、心外ですわ」
魔導は胸に手を当てた。
「天界の秩序を尊重することも、天使に敵対行為を行わないことも、協定書に書いてありますわ」
「ならば、この第七条は何だ!」
「協定の一部ですわ♡」
「ふざけるな!」
ドミニオンズは笏を振り上げた。
しかし、世界は沈黙したままだった。
魔導はその様子を眺め、口元を緩める。
「主天使ドミニオンズ様。ルシファー様を玩具……いえ、お仲間にしているわたくしに、天使の階級第四位程度のあなたが、本気で勝てると思っていたんですの?」
戦場の空気が凍りついた。
「ちょっと待って、魔導ちゃん! 今、玩具って言いかけなかった!?」
「あら♡ 聞き間違いですわ」
「絶対に違うよね!? ルシファー様を玩具って、どういう関係なの!?」
「まあ、いろいろありますの♡」
「説明する気、全然ないでしょ!」
嫉妬が叫ぶ一方、ドミニオンズは言葉を失っていた。
ルシファー。その名が天界で意味するものは重い。
その存在を玩具と呼びかけ、訂正したかと思えば、今度は仲間だと言い切る。しかも魔導は、誇張している様子すらなかった。
「……貴様は一体、何者なのだ……」
魔導は優雅に一礼した。
「ただの、ご主人様を愛するヤンデレですわ♡」
「……ふざけるな……!」
「ふふっ♡ もちろん、これも茶番の一部ですわ」
魔導は協定書を掲げた。
「最初から、あなたを正面から倒すことだけが目的ではありませんでした。あなたの強さを理解した時点で、別の勝ち筋を探していたのです」
彼女の瞳が細くなる。
「あなたがどれほど強くても、自分で判断して行動する以上、選択は避けられません。戦うか、退くか。処罰するか、許すか。そして、相手を屈服させたと確信したとき、何を選ぶか」
「……私の判断を利用したというのか」
「ええ♡ あなたは世界の法則を支配できても、自分自身の判断まで完全に固定されていたわけではありませんもの」
魔導は楽しそうに笑った。
「わたくしたちは、あなたが勝利を確信し、自ら協定書に署名すると読んだのですわ」
嫉妬は呆れ顔で彼女を見た。
「……魔導ちゃんって、本当に性格悪いよね」
「三回目ですわよ、嫉妬」
「だって、あんなに苦しそうに倒れてたのに、全部演技だったんでしょ!?」
「苦しかったのは本当ですわよ?」
「えっ?」
魔導はにっこりと微笑んだ。
「痛かったですもの♡」
「そこは本当なんだ!?」
「ええ。でも、負けるつもりはありませんでしたわ」
魔導はドミニオンズに向き直った。
「さて、主天使様。これでご理解いただけましたかしら?」
ドミニオンズは笏を握りしめたまま、答えられなかった。
戦闘で敗れたのではない。
勝利を確信した瞬間、自らの判断によって敗北を確定させていたのだ。
魔導は扇子を閉じた。
「ご安心くださいませ。わたくしたちは、天使に逆らわないと約束しましたもの」
そして、悪戯っぽく微笑む。
「……ですから、統治能力を失ったあなたに逆らう必要もありませんわね♡」
「貴様ぁぁぁぁぁっ!!」
ドミニオンズの怒号が、疑似フィールドに響き渡った。
嫉妬は肩をすくめた。
「……うん。やっぱり魔導ちゃん、性格悪い」
「褒め言葉として受け取っておきますわ♡」
魔導は優雅に一礼した。
「チャオ♡」
神の統治を執行する主天使は、自ら署名した協定によって、その権限を奪われた。
戦場の主導権は、完全に逆転していた。




