ケルビムVSエンジェル 最下級天使の逆襲2
## 智天使ケルビム戦――報告書と百七十五回分の執行
光が反転した直後も、ケルビムの優位は揺るがなかった。
無数の瞳が輝き、四つの顔が戦場の現在、過去、未来を同時に観測する。
先ほど生じた解析の遅延は、わずか一瞬。ケルビムはすでに原因を特定し、対抗策を組み上げていた。
「……興味深い。記録経路を分散し、私の解析結果を逆利用したか」
背後の光輪が、再び回転を始める。
「だが、同じ手段が二度通用すると思ったのなら、見込み違いだ」
光が爆発した。
今度の攻撃は、単なる光弾の連射ではない。
防御すれば防御の弱点を解析し、回避すれば次の攻撃で逃げ道を塞ぐ。反撃すれば、その能力の仕組みまで取り込んでいく。
一発目を防いだ瞬間、二発目が防御の弱点を突く。
二発目を避けた瞬間、三発目が移動先を塞ぐ。
そのすべてを、ケルビムの無数の瞳が同時に制御していた。
「科学、来ますわ!」
監視特化の叫びに、科学が無効化フィールドを三層に分割する。
「第一層で解析、第二層で干渉、第三層で反射……!」
光の奔流が激突した。
第一層、消失。
第二層、歪曲。
科学は即座に第三層の構造を書き換え、光の一部をケルビムへ反射させた。
だが、ケルビムは避けない。
別の光輪が反射光を受け止め、その構造を解析。今度は科学のフィールドへ逆流させた。
「反射経路まで逆算された!?」
「反射を成立させる条件は、すでに把握している」
ケルビムが指を動かす。
第三層が内側から破裂し、科学の身体が吹き飛んだ。端末が地面を滑る。
「ぐっ……!」
科学は倒れたまま端末をつかんだ。
「監視! 攻撃の軌道だけじゃない! 光輪の回転周期と、解析が更新される瞬間も記録して!」
「了解ですわ!」
監視特化は残されたカメラと記録装置を一斉に起動した。
正面、側面、上空、地中。さらに神羅万象が疑似フィールドに組み込んだ空間記録機構まで連動させる。
ケルビムの光が動くたび、数千に分割された映像データが保存されていった。
「光輪の回転、攻撃の分岐、解析経路の変更、再計算のタイミング……すべて記録しますわ!」
監視特化は次々と記録経路を切り替える。
「あなたが何度攻撃を組み替えようと、組み替えた事実までは消せません。永久保存ですわ♡」
「記録経路を増やしたところで、処理能力の差は埋まらない」
ケルビムの周囲に無数の光が出現した。
「記録を開始した瞬間から、その経路も私の解析対象だ」
光が走る。
カメラが破壊され、転送経路が断たれ、保存映像が改ざんされる。それでも監視特化は、残った装置をつないで記録を続けた。
「くっ……! 記録媒体が半分以上……!」
「半分残っていれば十分ですわ!」
最後の記録装置が起動する。
「科学! データを送ります!」
「受信した! 攻撃の分岐条件が見えた……!」
しかし、解析に必要な時間はない。
光の槍が科学へ迫る。
一本が三本に、三本が九本に分岐し、逃げ道を塞いだ。
「解析する前に潰される……!」
その瞬間、戦場の影が動いた。
「でしたら、時間はこちらで作りますわ」
潜入特化が、各所に仕込んでいた封鎖術式を一斉に起動する。
光の経路が複数箇所で遮断され、空間の裏側に仕込まれた術式が光輪同士の接続を妨害した。
連携に、わずかな乱れが生じる。
「今ですわ、科学!」
「分かってる!」
科学は記録データをフィールドへ直接流し込み、攻撃そのものではなく、次の攻撃へ情報を引き継ぐ接続部分だけを狙った。
光の槍が、目の前で停止する。
「捕まえた!」
「なるほど。連携部分だけを切り離したか」
ケルビムは即座に槍の軌道を書き換えた。
「だが、そのフィールドを維持する演算負荷は計算したか?」
端末に警告が連続する。
「演算負荷、限界突破!? これ以上は――!」
フィールドが崩壊した。
光の槍が科学の肩を貫き、彼女は地面に倒れ込む。
「科学!」
「まだ……止めないで……!」
科学は血のにじむ手で端末を握り直した。
「監視の記録、潜入の封鎖、神羅万象の空間構造……全部重ねれば、ほんの一瞬だけ連携を止められる!」
「その一瞬を作るのが、私の仕事ですもの」
潜入特化はケルビムの背後に現れ、最後の封鎖術式へ魔力を注ぎ込んだ。
光輪の一つが回転を乱す。
「……まだ抵抗するか」
ケルビムが振り返る。
「ええ。ご主人様の平穏を乱す相手に、道を譲るわけにはいきませんわ」
「ならば、その抵抗ごと封じる」
光が走り、潜入特化の退路を切り取った。
「しまっ……!」
身体が光の帯に捕らえられ、地面へ叩きつけられる。
それでも彼女は、最後の力で術式を起動した。
「科学! 監視! 今ですわ!」
監視特化が記録した攻撃軌道。
科学が抽出した情報伝達の接続条件。
潜入特化が封鎖した光輪同士の経路。
三つの情報が疑似フィールドを通じて一点に集中する。
ケルビムの光が、一瞬だけ逆流した。
「……何?」
肩に、細い傷が走る。
「ダメージ、通りましたわよ……!」
科学が息を切らしながら笑った。
「攻撃を無効化したわけじゃない。成立条件の一部を、一瞬だけこちらの制御下に置いたのよ……!」
ケルビムは傷を見つめ、それから三人へ視線を戻した。
「……見事だ」
その声から、先ほどまでの軽蔑が消えていた。
「能力を相互に補完し、私の情報処理に一時的な負荷を与えた。認めよう。下位天使としては異例の連携能力だ」
四つの顔が、三人を見据える。
「だからこそ、これ以上の猶予は与えない」
光が膨れ上がった。
三人が作った隙は、確かにケルビムへ届いた。
だが、彼女は依然として圧倒的だった。
そして、戦場を見つめていたエンジェルが、ゆっくりと立ち上がる。
「……ありがとうございます、皆さん」
彼女はバインダーを胸に抱いた。
「これで、ようやく執行できます」
ケルビムの視線が向く。
「最下級天使エンジェル。お前の戦闘能力では、私に傷ひとつつけられない」
「ええ。知っています」
エンジェルはあっさりとうなずいた。
「剣も槍も格闘技も、あなたほど上手には扱えません。けれど――」
彼女はバインダーの表紙を撫でた。
「記録なら、誰にも負けません」
「そのバインダーの仕組みも解析済みだ」
「そうでしょうね。でも、あなたはひとつだけ分かっていません」
バインダーが開かれる。
そこには、天界での敗北、失態、上位天使たちの身勝手な行動、そして後始末を引き受けた者の記録がびっしりと並んでいた。
エンジェルの指がページをめくる。
「アークエンジェルが星にされたとき。プリンシパリティがゲームの売却不可ボスにされたとき。パワー軍団が朝の腰振りで全滅したとき。ヴァーチュースが清楚なメイド服で帰還したとき……」
一枚、また一枚。
「私は全部、報告書にまとめました。被害状況を整理して、関係者に確認して、提出して、差し戻されて、書き直して……!」
エンジェルの声が大きくなる。
「上位の方々は好き勝手に地上へ降りて、好き勝手に暴れて、好き勝手に失敗する! 帰ってくれば、私の机に書類が積み上がるんです!」
バインダーを握る手に力がこもった。
「提出期限は待ってくれません! 書類は勝手に減りません! 誰も手伝ってくれません! 私がどれだけ忙しくても、誰も気にしません!」
ケルビムが眉を動かした。
「……それがどうした?」
「お昼休みだって、そうです!」
「……ランチ?」
「そうです、ランチです!」
エンジェルは叫んだ。
「私だって、温かい食事を椅子に座って落ち着いて食べたいんです! なのに報告書の差し戻し、追加資料、失態の聞き取り、提出期限の前倒し! 食堂に着いた瞬間、呼び戻されたことだってあります!」
ページには、日付、時刻、業務内容、食事を断念した理由が几帳面に記録されていた。
「一度や二度じゃありません! 十回でも二十回でもありません!」
エンジェルの目が潤む。
「百二十八回です!」
戦場が静まり返った。
科学が倒れたまま顔を上げ、監視特化も思わず手を止める。
「私がランチに行けなかった回数です! 食べ損ねた回数です! 自分の休憩時間を、上位天使の尻拭いに奪われた回数です!」
エンジェルはケルビムを睨みつけた。
「あなたも、その原因のひとつです!」
「天界の業務は階級に応じて分担される。下位天使が記録を担うのは、秩序の維持に必要なことだ」
「必要なら、百二十八回もランチを奪っていいんですか?」
「業務の必要性と、個人の食事時間は別の問題だ」
「では、あなたが代わりに報告書を書いてくださるんですか?」
ケルビムは沈黙した。
「書いてくださるんですか!?」
「私の役割は、神の叡智をもって状況を解析することだ。下位天使の事務処理を代行することではない」
「ですよねえ!」
エンジェルは笑った。目はまったく笑っていない。
「自分の仕事は自分の仕事。私の仕事は私の仕事。上位の方々の失敗は私の仕事。追加の報告も私の仕事。ランチを逃しても自己責任!」
彼女はバインダーを抱きしめた。
「もう、うんざりなんです!」
バインダーが強烈な光を放った。
魔導が仕込んだ具現化の術式が、科学の解析データ、監視の記録、潜入の封鎖情報を吸収していく。
「……でも、仕事の恨みだけではありません」
エンジェルは別のページを開いた。
そこには、主人公に関する記録が並んでいた。
『ご主人様、本日も大変お元気でした』
『ご主人様、本日のお食事は大変おいしそうでした』
『ご主人様、本日も平穏な日常を希望されていました』
そして、その下には別の記録。
『本日、ご主人様が一般女性へ視線を向けた回数――合計四十七回』
エンジェルの頬が、ぴくりと動いた。
「……四十七回」
顔を向けた回数、三十回。
特定部位に視線が向いた回数、十二回。
通り過ぎたあとに振り返った回数、五回。
「合計、四十七回」
声だけは、妙に穏やかだった。
「ご主人様は普通に飯を食って、普通に寝たいだけ。ええ、分かっています。私はご主人様の意思を尊重します。ご主人様の平穏を守ります」
彼女は顔を上げた。
「……なのに」
バインダーの表紙が、ぎしりと鳴る。
「どうして、ほかの女性を見るんですか?」
誰も答えなかった。
「私は毎日、報告書を書いています。上位の方々の失態を片づけ、ランチまで奪われている。それでも、ご主人様の記録だけは欠かしません」
ページをめくる。
「発言、行動、食事、睡眠、表情、困っていたこと……私は全部、覚えています」
エンジェルは四十七回という数字を指で叩いた。
「なのに、ご主人様は一般女性を四十七回も見たんです」
「……それは主人公の自由だろう」
ケルビムが口を挟んだ。
エンジェルの動きが止まる。
「……自由?」
「視線を向けること自体に問題はない。回数を記録して執着することに合理性はない」
「合理性……」
エンジェルは肩を震わせた。
「ふふっ……あははっ! そうですよね! 私のランチも、仕事も、ご主人様への愛も、合理性で測れば無駄ですよね!」
涙を浮かべながら、満面の笑みを見せる。
「百二十八回もランチを逃した気持ちも、ご主人様がほかの女性を四十七回も見た気持ちも、あなたには理解できない!」
バインダーが開く。
「でも、記録は残っています」
二つの数字が赤く輝いた。
ランチを逃した回数、百二十八回。
主人公が一般女性を見た回数、四十七回。
「合計、百七十五回」
ケルビムの無数の瞳がバインダーへ集中した。
「……待て。その記録を何に利用するつもりだ」
「執行します」
エンジェルは即答した。
バインダーが変形し、記録された数字が光の弾丸へと変換されていく。
科学が目を見開いた。
「記録された事象の回数を、具現化術式の出力に変換しているの!?」
「ええ。魔導さんが仕込んでくださった術式です」
エンジェルはバインダーを構えた。
「科学さんの解析データで出力を補強し、監視さんの記録で照準を固定。潜入さんが封鎖した経路から攻撃を通します」
彼女はケルビムを見据えた。
「私ひとりでは、あなたに攻撃を当てられません。だから、皆さんの力を借ります」
科学が血まみれの顔で笑った。
「……ようやく使ってくれたわね。私たちが残したデータを」
監視特化が最後の記録装置を操作する。
「照準固定。回避経路は三つ。うち二つは封鎖済みですわ」
「残る一つも、閉じますわ!」
潜入特化が最後の力で術式を起動した。
光の経路が一瞬だけ閉ざされる。
「私の行動を制限したつもりか!」
ケルビムは別の光輪を展開し、封鎖術式を破壊し始めた。
科学の無効化も、監視の記録も、潜入の封鎖も、彼女を完全には押さえ込めない。
それでも三人は、崩壊する術式を維持し続けた。
あと一瞬。
エンジェルが攻撃を通すための、一瞬だけ。
エンジェルはバインダーをケルビムへ向けた。
「智天使ケルビム。これまでの報告書業務に対する、私の個人的な恨み!」
一発目の光が宿る。
「ランチを百二十八回も奪われたことへの、正当な抗議!」
二発目が重なる。
「そして、ご主人様が一般女性を四十七回も見たことに対する、どうしようもない嫉妬!」
三発目が轟音とともに膨れ上がった。
「全部まとめて――執行します!」
「待て! その出力は――!」
ケルビムが初めて声を荒らげた。
「百七十五回分、衝撃波、発射しますね♡」
**ドゴォォォォォン!!**
バインダーから放たれた衝撃波が、光の壁を打ち破った。
ケルビムは防御光輪を三枚重ね、威力を分散させる。
だが、衝撃波は一発ではなかった。
**ドゴォォォォォン!!**
二発目が、歪んだ光輪の弱点を突く。
**ドゴォォォォォン!!**
三発目が、その接続部へ集中する。
ケルビムは防御を再構築しながら、攻撃の軌道を解析した。
「この程度で、私を倒せると思うな!」
四発目が放たれる直前、彼女は回避先を見切った。
身体をひねり、直撃を避ける。
衝撃波は肩をかすめ、背後の空間を吹き飛ばした。
「見切ったぞ!」
反撃に移ろうとした瞬間、監視特化が叫ぶ。
「今の回避動作、記録しましたわ!」
科学が端末を叩く。
「回避後の姿勢を反映! 照準を修正する!」
潜入特化が封鎖術式を再起動する。
「逃がしませんわ!」
回避先がわずかに制限された。
「残り、まだありますからね♡」
五発目。
六発目。
七発目。
衝撃波が連続して放たれる。
ケルビムは光輪を重ね、軌道を逸らし、出力を分散させる。一発ごとに防御を削られながらも、そのたびに対抗策を組み上げていった。
「……っ、まだ終わらないのか!」
「終わりませんよ!」
エンジェルが叫ぶ。
「百二十八回、ランチを奪われたんです!」
八発目。
「ご主人様が一般女性を四十七回も見たんです!」
九発目。
「私がどれだけ報告書を書いたと思っているんですか!」
十発目。
衝撃波が防御光輪を大きく揺さぶり、ケルビムの身体が初めて後方へ押し戻された。
「こ、こんな……下位の記録が……!」
四つの顔が困惑と怒りに歪む。
「主人公のチラ見回数と、ランチを逃した回数だと!? 神の叡智に、そんなものが何の関係がある!」
「関係あります!」
エンジェルは即座に言い返した。
「私にとっては、どちらも大問題なんです!」
彼女はバインダーを抱きしめ、涙目で叫ぶ。
「ご主人様が誰を見るかは、ご主人様の自由です! 分かっています! でも、嫉妬するものは嫉妬するんです!」
衝撃波が、再び光を貫く。
「ランチだって私の楽しみです! 忙しくても、お昼くらい普通に食べたいんです! それを百二十八回も奪われたんですよ!」
もう一発。
「あなたたちは私の記録を当然のように使い、私の時間を当然のように奪う! 私が怒ることまで計算に入れている!」
もう一発。
「だったら、その怒りも、嫉妬も、恨みも、全部まとめて返してやります!」
バインダーが眩い光を放った。
ケルビムの防御光輪が次々と砕け散る。
それでも彼女は倒れなかった。
残された光輪をすべて前方へ集め、衝撃波を正面から受け止める。
「私は智天使ケルビム! 神の叡智を預かる者だ! その程度の個人的な記録で、私のすべてを崩せると思うな!」
光が爆発した。
衝撃波と防御光輪が激突し、疑似フィールド全体が揺れる。大地に亀裂が走り、空の一部が剥がれ落ちた。
エンジェルのバインダーにも、ひびが入る。
「……っ、まだ……!」
科学が叫んだ。
「エンジェル! 今なら防御の再構築が間に合っていない!」
「分かっています!」
監視特化が残された記録装置をすべて接続する。
「攻撃経路、固定! これが最後の記録になりますわ!」
潜入特化も、崩壊寸前の封鎖術式へ全力を注いだ。
「この一撃だけは、通しますわ!」
三人の連携が、最後の一瞬を作り出す。
防御光輪が再構築される直前、エンジェルはバインダーを構え直した。
「四十七回分の嫉妬!」
光が弾ける。
「百二十八回分のランチへの恨み!」
さらに光が重なる。
「そして、これまで私が書き続けてきた、すべての報告書の重み!」
最後の衝撃波が放たれた。
**ドゴォォォォォォォォン!!**
ケルビムは両腕を交差させ、残された光輪をすべて展開した。
それでも、衝撃波を防ぎきれなかった。
光輪が砕ける。
聖衣が裂ける。
肩と腕に明確な損傷が刻まれた。
ケルビムの身体が、地面へ叩きつけられた。
轟音のあと、静寂が訪れた。
エンジェルは荒い呼吸を繰り返しながら、バインダーを胸に抱いていた。
科学は端末を落とし、監視特化は残された映像を確認する。潜入特化は、ようやく封鎖術式を解除した。
三人とも、立ち上がる力さえ残っていない。
だが、彼女たちは確かに見た。
智天使ケルビムが、地面へ倒れた瞬間を。
エンジェルは震える手でバインダーを開き、最後のページに記録を書き込んだ。
『智天使ケルビム戦。科学特化・監視特化・潜入特化の連携により、解析と防御の一部を一時的に無効化。エンジェルの記録具現化攻撃が直撃。ケルビムに明確な損傷を確認』
ペンを止め、さらに書き加える。
『ランチを百二十八回奪われた恨み、執行済み』
その下に、もう一行。
『ご主人様のチラ見四十七回に対する嫉妬、未解消』
「……ふふっ」
エンジェルは満足そうに笑った。
「まだ、解消していませんからね♡」
そのとき、地面に倒れていたケルビムの指が動いた。
「……記録したな」
低い声とともに、彼女はゆっくりと上半身を起こす。
傷ついた身体。砕けた光輪。乱れた聖衣。
それでも、無数の瞳には神の叡智が宿っていた。
「見事だった。三人の連携、そしてエンジェルの具現化攻撃。確かに私は損傷を受けた」
ケルビムは立ち上がる。
「だが、勝敗が決したわけではない」
空が再び白く輝き、背後に新たな光輪が展開された。
「この戦闘の記録は、私にとっても貴重な情報となった。次に同じ手段を使われても、もう通さない」
四つの顔が、エンジェルたちを見据える。
「次は、私の番だ」
エンジェルはバインダーを閉じ、傷ついた身体で立ち上がった。
「ええ。まだ終わっていませんね」
笑顔で答える。
「でも、記録は残りました。あなたが傷ついたことも、私たちが一矢報いたことも、全部」
ケルビムは答えなかった。
ただ、無数の瞳が、かつてないほど鋭く彼女たちを見つめていた。
智天使ケルビムは、依然として強者だった。
エンジェルたちは、まだ勝っていない。
それでも、絶対的な情報優位を誇る智天使に、確かな損傷を刻み込んだ。
その事実だけは、もう誰にも消せなかった。




