限定版には裏がある、愛情特典、本人の許可なし
# 番外編――キーホルダー商戦、あるいは日常の延長戦
みんなにまだ語ってなかったな。
俺はこの物語の主人公だ。
十一個のキーホルダーを全部身につけた翌日の話をする。
カチャカチャカチャ。
歩くたびに、ベルトとポケットから十一個の分身たちが音を立てる。
重い。目立つ。絶対に外しにくい。
「……正直、邪魔だ」
そう呟きながら屋敷の廊下を歩いていると、後ろで楽しそうな声がした。
「ふふっ……ご主人様、ジャラジャラと素敵ですわね♡」
魔導だ。
扇子で口元を隠し、目を細めている。
「これは……商売のチャンスですわ」
彼女は隣にいた監視特化に身を寄せ、ゴニョゴニョと耳打ちした。
監視はしばらく聞いていたが、やがて頷いた。
「ほうほう……なるほどですわ。記録にも残しやすいですし、賛成です」
*
まず二人は、慈愛の元を訪れた。
「慈愛さん♡ わたくしたちにも、十一人分のキーホルダーを作っていただけませんこと? ご主人様が身につけてくださっているのを見て、どうしても欲しくなってしまいましたの」
純粋な訴えだった。
嘘だが、純粋な顔で言っていた。
慈愛は聖母のような笑顔で快く頷いた。
「もちろんですわ♡ 皆様の分身を、もっとたくさん作れますのね。喜んでお作りします」
(内心:ご主人様だけでなく、みんなも身につけてくださるなんて……幸せですわ♡)
次に二人が訪れたのは、科学と薬学の部屋だった。
科学には強度上昇を依頼。
「キーホルダーの耐久性を、国防新素材並みに引き上げてくださいませ。壊れないことが商品価値ですわ」
「了解ですわ。数値を最適化します」
薬学には光沢と最終的なパッケージングを依頼。
「見た目の美しさと、触ったときの感触を向上させてくださいませ♡」
「ふふっ……薬学的アプローチで、ツヤも香りも整えましょう♡」
そして魔導・科学・薬学の三人で、正式なパッケージを完成させた。
「これで商品として完璧ですわね♡」と魔導が満足げに微笑む。
さらに拷問特化を巻き込んだ。
「量産できる施設が必要ですわ。お願いします」
拷問は腕を組み、短く答えた。
「……いい出来の工場を作る。逃がさない構造にもしておく」
「さすがですわ」
最後に問題が発生した。
「自分たちだけの魔力と科学力だと、少し面倒くさいですわね」
魔導がそう呟いた瞬間、腰振りが路地裏から拉致された。
「うおっ!? 何だよいきなり!?」
「量産工場の電力を、お願いしますわ♡ 腰を振って発電していてくださいませ」
「おれ、発電所かよ!! でもまあ、振れるならいいか☆」
こうして、量産体制は完成した。
*
ここで魔導は、さらに一細工を加えた。
彼女は扇子を開き、独占販売戦略を披露した。
「通常盤の前に、予約販売で『限定版』を出しましょう♡ 期間はわずか三日間。数量限定。価格は通常盤の三倍。早期購入特典として、シリアルナンバー入りの保証書と、わたくしたち四人だけの特別メッセージカードを付けますわ。転売防止のため、購入者一人につき二個まで。ネット販売のみで、店舗には一切流通させません。これにより『手に入らない』という希少性が生まれ、需要を最大化できますわ♡」
監視・科学・薬学を巻き込み、本人たちの許可を取らないまま、限定版の開発が始まった。
声の収録は、屋敷の地下室で秘密裏に行われた。
監視が過去の私的ビデオや通信記録から音声を抽出する。
「ご主人様との会話ログ、すべて保存済みですわ♡ 『ご主人様♡』『逃げ道はありませんわ』『データ上、最適です』……必要な部分だけ切り出します」
科学が音声を清浄化し、薬学が「聞いた人の好感度を微増させる」微かな周波数を付加する。
魔導は自分のパートを自ら吹き込みながら、満足げに微笑んだ。
「ふふっ……ご主人様の『普通に飯を食わせろ』『普通に寝たい』も、ちゃんと入れますわよ♡ ご本人の許可は……後で取りますわね」
本人たちには「新しい防犯ブザーのテストですわ♡」と偽って、追加の短いセリフを録らせた者もいた。
森羅万象の「整えましたわ♡」、嫉妬の「応援してますわ♡」、格闘の「おれについてこい!」などが、そうして集められた。
限定版の内容はこうだ。
- 各ヤンデレの声入り(押すと複数パターンのセリフがランダム再生)
- 専用アクリルスタンド付き
- 豪華箔押しパッケージ
- 個別シリアルナンバー
- 薬学特製の微かな香り付き
- 科学による耐久・防水・耐衝撃仕様
魔導が満足げに扇子を振る。
「ご主人様の分も、ちゃんと入れますわよ♡」
監視がカメラを回しながら頷く。
「音声データ、すべて記録から抽出しましたわ♡」
予約販売はネットで開始された瞬間、秒速で完売した。
値段は通常盤よりかなりふっかけていたにもかかわらず、だ。
「……予想以上ですわね」と科学が淡々と報告する。
その後、通常盤が今まで通りの形で売り出された。
通常盤の音声バリエーションは、限定版に比べてかなり抑えられている。
各キーホルダーにつき、基本的に二〜三種類のみ。
- 「ご主人様♡」
- 「愛していますわ♡」
- ごく短いキャラクターらしい一言(例:科学「データ取得中です」、腰振り「振るぜ☆」程度)
限定版のような長めのセリフや、主人公の「普通に寝たい」ボイス、ランダム再生機能は搭載されていない。
パッケージも簡素で、アクリルスタンドは別売り(しかも在庫わずか)だった。
街中やネットでは、購入者の声が聞こえてきた。
「限定版買っておけばよかった……」
「声の種類少ないけど、まあ可愛いからいっか」
「アクリルスタンド欲しすぎる」
「主人公の『普通に寝たい』ボイス、限定版だけなのがつらい」
「通常盤でも十分かわいいけど、差がわかりやすすぎる」
*
仕上げに、魔導と科学は慈愛と潜入の元を訪れた。
「慈愛さん。アイドル活動を通じて、このキーホルダーを宣伝していただけませんこと?」
「はい♡ 皆様のお役に立てるなら」
「潜入さん。月刊誌のページや漫画の広告欄に、自然に紹介されるよう手配をお願いしますわ」
「お任せくださいませ。すでにルートは確保済みですわ」
作成に関わったメンバー――魔導、監視、科学、薬学、拷問、腰振り――が円陣を組んだ。
野球で言うところの、エンジンだ。
魔導が扇子を閉じて宣言した。
「このプロジェクト、絶対に成功させますわよ♡ チャオ♡」
みんな「おー!」
もちろん、慈愛と俺は何も知らなかった。
*
結果は、作戦通りだった。
キーホルダー商戦は、バカ売れした。
販売数(推定・王国全域)は以下の通りだ。
**限定版(予約販売・即完売)**
全体で約80万個(高単価)
**通常盤**
1. **嫉妬** 128万個
国民的アイドル効果。応援消費が爆発した。
2. **魔導** 97万個
優雅で謎めいた雰囲気が人気。「裏がありそう」で売れた。
3. **森羅万象** 84万個
リーダー格の安定感。「整えましたわ」感が支持された。
4. **慈愛** 76万個
優しさそのもの。癒し系需要が高かった。
5. **主人公** 68万個
「普通に飯を食わせろ」「普通に寝たい」ボイスが意外と刺さった。共感消費。
6. **科学** 61万個
理系ファンと「データが取れそう」層に支持された。
7. **薬学** 58万個
「飲んだらどうなるか」的な好奇心で売れた。
8. **監視** 49万個
「見られている感」を求める層に刺さった。
9. **潜入** 45万個
影の薄さが逆に神秘的だと評価された。
10. **格闘特化** 38万個
熱血武人人気。男の中ではトップ。
11. **拷問特化** 29万個
職人気質と「壊れない」イメージで堅実に売れた。
12. **腰振り** 22万個
「振ると発電しそう」というネタ需要で最低だが、ゼロではなかった。
合計で通常盤約755万個、限定版約80万個、合計約835万個。
王国の人口を考えると、異常な数字だ。
*
翌日。
俺は居間でコーヒーを飲んでいた。
隣には格闘特化。
向かいには森羅万象。
慈愛がポットを持って、丁寧に注いでくれている。
穏やかな時間だった。
そのとき、テレビが急に音量を上げた。
『商業的大ヒット! ヤンデレキーホルダーが王国中でバカ売れ中!! 特に嫉妬ちゃんの分は入手困難! 限定版は即完売で高額転売も!』
慈愛の手が止まった。
ポットが床に落ちた。
俺と格闘特化は、同時にコーヒーを吹き出した。
「……は?」
森羅万象が静かにカップを置いた。
三人の視線が、ゆっくりと交わる。
格闘特化が拳を握る。
「……お仕置きしに行くか」
俺は立ち上がった。
「行くぞ」
森羅万象が優雅に微笑む。
「整えに行きましょう♡」
慈愛はまだ呆然としていたが、やがて小さく頷いた。
「……わたくしも、お話を伺いに行きますわ」
こうして、キーホルダー商戦の裏側にいた面々のもとへ、報復の一行が向かうのだった。
……なかなかハードだろ。
俺のポケットは今も、十一個のキーホルダーでジャラジャラ鳴っている。
普通にコーヒーを飲んで、普通に休みたいだけなのに。
この屋敷では、それすら許されない。
読んでいただきありがとうございます。
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