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天使編――地上侵攻、光の軍勢と王国の陥落

## 第一幕――天界の軍勢、降下


【王国・東部国境】


「……おい、あれは何だ?」


朝靄の向こうから、白銀の鎧と翼を持つ天使の軍勢が現れた。目視できるだけでも数千。先頭の天使が告げる。


「地上の者たちよ。ヤンデレという異常な存在を浄化する。武器を捨てなさい」


「ここは我らの国だ! 勝手に踏み込ませるものか!」


守備隊長の号令で、王国軍は盾壁を築き、弓を放った。矢は天使にも命中したが、彼らは怯まず降下。光の槍が盾壁を打ち崩す。


王国兵は縄や錘つきの網で一体を捕らえた。だが、別の天使が地面に槍を突き立てると、衝撃で兵士たちは吹き飛ばされ、捕らえた天使も解放された。


天使軍は正面から押すだけではなかった。側面に回り込み、上空から指揮官を狙い、王国軍の防衛戦術を見て攻め方を変えていく。


【天界軍・前線指揮所】


戦況を観測していた智天使ケルビムが、王国の地図を見つめる。


「盾壁が完成する前に側面を取る。拘束網は飛行経路を限定してから使わせる。各隊で共有してください」


天使軍は王都へ向かう進路を三つに分けた。王国軍が戦術を修正するたび、ケルビムはその情報を集め、次の対策を命じた。


## 第二幕――王国軍、最後の防衛線


【王国・西部街道】


王国軍は石橋の手前に盾壁を築き、狭い橋で敵の数を制限しようとした。天使たちは正面から圧力をかける一方、別働隊を上空と森林側へ回す。


「後ろにも敵が!」


王国軍が隊列を立て直す前に、光の槍が降り注いだ。兵士たちは必死に応戦したが、橋の上で戦うための陣形は、森林に囲まれた場所では機能しない。


「撤退! 第二防衛線まで下がれ!」


天使軍は深追いせず、橋と街道を確保した。王国軍は敗れただけでなく、次の戦場を選ぶ自由も失っていった。


橋を落とせば別の道へ回られ、街道を封鎖すれば上空から越えられる。救援に向かえば元の防衛線が薄くなる。兵士たちの判断は正しかった。それでも、各地の戦況を同時に動かす天使軍に、王国軍は主導権を奪われていった。


## 第三幕――王国軍の反撃


【王都・南門】


国王は王都の防衛線を再編し、自ら王剣を手に前線へ出た。


「王覇気功を使う。中級天使であろうと、正面から叩き伏せてみせる!」


王覇気功を発動した国王の剣は、天使の防御を切り裂き、一撃で相手を吹き飛ばした。兵士たちの士気が上がり、盾壁も前進する。


だが、ケルビムはその戦いを観測していた。


「瞬間的な突破力は脅威です。しかし、生命力を削る技なら長くは続かない。国王との直接交戦は避け、周囲の兵士を分断してください」


天使軍は国王の正面を避け、城壁の内側や救護所を狙った。国王は仲間を救うために王覇気功を繰り返し、少しずつ消耗していく。


王国軍は確かに天使を倒した。だが、戦場全体を制御する天使軍の進軍は止まらなかった。


国王は負傷兵を運ぶ兵士たちを見つめた。目の前の敵を倒しても、別の区画が襲われる。王国軍に勇気も戦力もあったが、戦場全体を一つの意志で動かす仕組みが足りなかった。


## 第四幕――下級天使たちの戦果


【王都・北区/中央広場】


王国兵は路地に網を張り、複数人で下級天使を拘束した。一体ずつなら、倒す機会はある。


しかし、天使は光で拘束を破り、仲間が救援に駆けつけた。王国兵は負傷者を抱えて撤退する。


中央広場でも、兵士たちは住民を守るため盾壁を維持した。天使たちは正面を押さえながら屋根と側面へ回り、同時降下で防衛線を崩す。


「住民を先に逃がせ!」


隊長の命令で王国軍は後退した。下級天使たちは戦闘の記録を共有し、次の部隊へ対策を伝える。王国軍が一か所で善戦しても、その間に別の場所が突破されていった。


兵士たちは罠を工夫し、住民を逃がし、下級天使を一時的に拘束することにも成功した。だが、一体を止めるのに複数人を要する王国軍に対し、天使軍は増援を送り続ける。勝利は得られても、戦線全体を押し戻すには至らなかった。


## 第五幕――ゲイバーのお兄さんのゲリラ戦


【王都・裏通り】


「正面からやり合うのは無理ねえ。なら、地形を使うわよ」


ゲイバーのお兄さんは、酒樽や荷車を路地に配置し、王国兵と罠を仕掛けた。天使たちが路地へ入ると、樽を落として足場を乱し、縄と網で動きを止める。


「はい、いらっしゃいませー! 腰振り衝撃波ぁぁっ!!」


衝撃波が路地を駆け抜け、天使たちをまとめて吹き飛ばした。


「よし。地形と小道具、最後は力技。悪くないわね」


だが、ケルビムはすぐに戦法を解析した。


「同じ路地へ入る必要はありません。建物を迂回し、上空から包囲してください。衝撃波の射程外を維持すること」


再戦では、天使たちは距離を取って包囲。お兄さんの衝撃波は届かず、光の縄に拘束された。


「ちょっとぉぉっ! 俺、平穏厨なんだけどぉぉっ!」


奇襲は成功した。だが、同じ手は二度通じなかった。


天使軍は衝撃波の射程と発動の間合いを記録し、次の部隊へ共有していた。お兄さんの奇襲は戦術として成功した。だが、天使軍は次の戦闘では建物の外から包囲し、彼の得意な間合いそのものを奪った。


## 第六幕――王城に集結する十人


【王都・王城】


王国軍の防衛線が次々と突破され、十人のヤンデレたちは王城に集まった。


「敵は戦闘データを共有し、こちらの対策にすぐ対応していますわ♡」


科学が端末を操作し、監視情報が敵の進路を示す。薬学と慈愛は負傷者の支援に当たっていたが、戦線が広すぎて追いつかない。


「なら、戦場そのものを変えればいいのですわ」


森羅万象が空間を歪め、天使軍の進路をねじ曲げた。進軍速度は落ち、王国軍は一時的に反撃へ転じる。


しかし、ケルビムは地図に頼るのをやめ、各部隊の現在位置と観測結果から進路を再構築した。


「急ぐ必要はありません。異常な空間の範囲と規則を測定しましょう」


天使軍は再び進軍を始めた。その上空に巨大な光の柱が降り立つ。


王城の窓が白く染まり、兵士たちは空を見上げた。森羅万象の空間操作で得た猶予は、長くは続かなかった。魔導は扇子を閉じ、仲間たちへ告げる。


「相手が能力を観測するほど、こちらの手札は減っていきますわ。決着を急ぐ必要がありますわね♡」


その言葉に答えるように、光の中から主天使が姿を現した。


## 第七幕――主天使ドミニオンズ、秩序の宣告


【王都上空】


「我は主天使ドミニオンズ。神の秩序を地上へ執行する者である」


ドミニオンズが手を掲げる。


「第一条。地上における異常な法則改変を停止する」


森羅万象の空間操作が押し戻され、魔導の魔法陣が停止した。科学の装置は出力を落とし、薬学の強化も阻害される。


「能力を個別に破っているのではありませんわ。能力が成立する前提そのものを制限している……!」


魔導が法則陣を解析するたび、別の規則が上書きされる。森羅万象の空間操作は変更そのものを禁じられ、科学の装置は作動条件を奪われ、薬学の強化は効果が発現する前に抑え込まれた。能力を破壊するのではない。能力が成立する土台を封じる――それがドミニオンズの秩序だった。


「なら、規則を上回る力で壊す!」


格闘特化が音速の拳を叩き込む。天使の盾が大きく揺れたが、貫くには至らない。ドミニオンズが拳そのものを弱めたのではない。攻撃が届くまでの力の伝達条件を制限し、破壊力を削いでいた。


腰振りスペシャリストの国滅級衝撃波も、法則陣に受け流される。さらに、光の壁がヤンデレたちを分断し、回復や情報共有まで妨げた。


天使軍は秩序陣形を組み、一体が攻撃を受けても別の部隊が位置を埋める。


格闘特化が前列を崩しても、後列が盾を構えて穴を埋める。腰振りスペシャリストが衝撃波を放っても、法則陣が威力を流し、隊列の損傷を最小限に抑える。拷問特化の防壁は正面の攻撃を防げても、分断された仲間全員を守ることはできなかった。


「敵の陣形を崩さない限り、こちらの攻撃は通りませんわ!」


魔導の声に焦りが混じる。だが、陣形を崩すために必要な能力が、すでに制限されていた。個々の能力では勝っていても、連携を封じられたヤンデレたちは明確な劣勢に追い込まれた。


格闘特化が前列を崩しても、天使たちはすぐに隊列を閉じる。森羅万象の空間操作は規則に押し戻され、慈愛の回復は光壁に遮断された。能力を使うたび、仲間との連携まで切り離されていく。


「このままでは、一人ずつ潰されますわ!」


魔導は法則陣の隙を探した。だが、解析する時間すらケルビムに与えられない。ドミニオンズが能力の成立条件を奪い、天使軍がその隙を逃さず陣形を維持する。突破口を作れないまま、彼女たちは防戦へ追い込まれた。


## 第八幕――智天使ケルビム、戦場を読む者


【王城・西側防衛区画】


「私は智天使ケルビム。戦場の解析と情報統括を担当しております」


ケルビムは、ヤンデレたちの能力を次々に挙げた。


「能力には発動条件があり、効果範囲があり、使用後の変化がある。観測を重ねれば、対策を立てられます」


格闘特化が殴りかかるが、天使は攻撃の軌道を読んで盾を差し出し、別方向から槍を突き出した。森羅万象の空間操作も、変化の兆候を観測され、経路を避けられる。


ケルビムの指示で天使軍は回復支援を遮断し、退路を塞ぎ、能力同士の連携を断つ。


「慈愛様の回復経路を遮断。森羅万象様の操作範囲から離脱。格闘特化様には正面から近づかず、攻撃後の隙を狙ってください」


命令は簡潔だった。天使たちは自分の判断だけで動かず、観測した情報を共有し、必要な役割を果たす。誰かが倒れても陣形は崩れず、別の兵士がその位置を引き継ぐ。


「あなたは自分で戦わず、私たちの戦い方を壊しているのですわね」


魔導の指摘に、ケルビムは静かに頷いた。


「戦場で勝つために、相手の得意な勝ち方を許す必要はありません」


「皆様がどれほど強力でも、戦場全体を把握できなければ、能力を最大限に発揮できません」


ケルビムは敵の強さを侮ってはいなかった。だからこそ、正面から競り勝とうとはしない。攻撃の軌道、回復の経路、空間操作の範囲――観測した情報を部隊全体へ渡し、ヤンデレたちが得意な戦い方を選ぶ前に、その選択肢を潰していく。戦場の主導権は天界側へ移った。


## 第九幕――座天使スローンズ、正義の圧力


【王城・中央広場】


座天使スローンズが現れると、広場全体に圧力が満ちた。兵士たちは膝をつき、盾を構える腕さえ動かなくなる。


拷問特化が防壁を張り、格闘特化が拳を放つ。しかし、正義の圧力は防壁に亀裂を走らせ、格闘特化の踏み込みを止めた。腰振りスペシャリストの衝撃波も押し潰される。


そこへ国王が王覇気功を発動し、王剣でスローンズに斬りかかった。剣撃は防御へ食い込み、スローンズの足元に亀裂を走らせた。


「見事である。だが、その力は長く続かない」


圧力が増し、国王の動きが鈍る。国王はそれでも王剣を振るい、スローンズの足元へ亀裂を刻んだ。兵士たちは希望を見いだしたが、その瞬間、別働隊が左右から回り込み、国王を守る兵士たちを分断する。


国王は援軍を救うために剣先を向け直した。その一瞬の隙を、スローンズは逃さなかった。正義の圧力が国王を押し戻し、王覇気功の代償が一気に身体を襲う。生命力を使い果たした国王は片膝をつき、天使軍は正門を突破した。


## 第十幕――熾天使セラフィム、神の炎


【王城・大回廊】


「この先は、私たちの国ですわ!」


森羅万象が空間を歪め、天使軍の進路を塞ぐ。しかし、熾天使セラフィムの神聖な炎が空間の歪みを追い、逃げ道ごと焼き払った。


格闘特化の拳はセラフィムを動かせず、薬学の防御薬と拷問特化の防壁も炎に押される。森羅万象が空間そのものを崩そうとしても、セラフィムはその中心に立ち続けた。


「地上の力で、神の炎を止めることはできない」


格闘特化が炎の間をすり抜けて接近し、拳を叩き込む。だが、セラフィムの翼がわずかに揺れただけだった。反撃の光が走り、格闘特化は回廊の壁まで吹き飛ばされる。腰振りスペシャリストが衝撃波を重ねるが、炎は衝撃を呑み込み、逆に攻撃経路を焼き払った。


森羅万象は空間を閉じ、魔導は法則陣の隙間を探した。科学は残る装置を再起動し、薬学は仲間の身体を支える。それぞれができることを尽くしたが、上位天使たちの連携は崩れなかった。


ドミニオンズが能力の成立条件を封じ、ケルビムが攻撃と回復の動きを先読みする。スローンズの圧力が退路を狭め、最後にセラフィムの炎が防壁ごと戦場を焼いた。


四人の役割は明確だった。能力を使わせない者、行動を読んで崩す者、逃げ道を奪う者、正面から焼き払う者。ヤンデレたちは一人の能力を補うために仲間の助けを求めるが、その連携こそがケルビムの狙う隙になっていた。


## 第十一幕――ヤンデレ軍団、総崩れ


【王城・中央回廊】


「全員、一斉攻撃ですわ!」


科学が残された兵器を起動し、薬学が強化を施す。拷問特化が防壁を張り、森羅万象が攻撃経路を整え、格闘特化と腰振りスペシャリストが前へ出た。魔導の法則改変も加わり、十人の力が一斉に天使軍へ叩き込まれる。


砲撃、音速の拳、国滅級の衝撃波、空間操作――防御陣形に亀裂が走り、下級天使が吹き飛んだ。


「効いてますわ!」


だが、ドミニオンズが秩序陣形を再構築し、ケルビムが防御を最適化。スローンズの圧力が攻撃を鈍らせ、セラフィムの炎が魔法陣を焼き切った。


天使軍が反撃に転じる。格闘特化が一体を倒しても次の天使が前に出る。薬学の強化は制限され、慈愛の回復は負傷者の数に追いつかず、防壁も圧力に砕かれた。


「一体ずつなら倒せる! なのに……!」


「なら、一度だけでも陣形の核を砕きますわ!」


森羅万象が空間を折り畳み、科学が残存兵器を一点へ集中させる。格闘特化と腰振りスペシャリストが前衛をこじ開け、魔導がその一瞬に法則改変を重ねた。天使の防御陣に亀裂が走り、セラフィムの炎が初めて押し返される。


だが、ドミニオンズが能力の発動条件を再制限し、ケルビムが空いた陣形を即座に埋めた。スローンズの圧力で前衛が膝をつき、後方からの光弾が集中攻撃の準備を崩す。慈愛は倒れた仲間を庇い、薬学は最後の薬剤を使い切る。嫉妬が主人公の名を叫ぶなか、十人は一人、また一人と倒れた。


最後まで抵抗した彼女たちの力が足りなかったのではない。勝機を作るための一瞬を、四人の連携が許さなかった。


「残る問題は、英雄ご本人です」


ケルビムは王城の奥を見た。


## 第十二幕――王国陥落


【王城・玉座の間】


王国軍の最後の防衛線が崩れ、国王は王剣を杖代わりに立っていた。


「この国の秩序を決めるのは、貴様たちではない!」


国王は残された生命力を振り絞り、最後の王覇気功を放つ。


「この国の者たちを、好き勝手に管理させるものか!」


王剣が光を帯び、玉座の間を一直線に駆ける。周囲の天使たちが防御姿勢を取るほどの一撃だった。しかし、ドミニオンズの法則陣が攻撃の力を抑え、スローンズの圧力が国王の踏み込みを止めた。


王剣が床に落ちた音が、玉座の間に響いた。国王は拾おうと手を伸ばしたが、指先に力が入らない。ドミニオンズの秩序が最後の一撃を削ぎ、スローンズの圧力が膝をつかせた。兵士たちも救援へ向かえず、王国の抵抗はここで終わった。


「王国軍、武装解除を確認。王城、制圧完了」


東部国境、西部街道、北区、中央広場、南門。主要拠点すべてに天界軍の光点が灯った。


天使軍は住民への不要な攻撃を避けながら、武器を回収し、街道を封鎖し、統治機構を管理下に置いた。王国軍は最後まで戦ったが、戦場全体を制御する天使軍に敗れた。


王国軍は局地戦で勝っても、隣の防衛線が崩れれば撤退を迫られた。天使軍はそのたびに街道と退路を押さえ、各部隊を分断する。王都に戦力を集めることさえできなくなり、国は戦場全体の制御を失った。


## 第十三幕――天界軍の報告


【王城・玉座の間】


「王国軍は集団戦術を用いましたが、戦闘データの共有と部隊運用の最適化で防衛線を突破しました」


ケルビムが報告する。ドミニオンズはヤンデレたちの能力を制限し、スローンズは移動を封じ、セラフィムは抵抗を焼き払ったと続けた。


「地上の秩序は回復へ向かう」


セラフィムは頷いた。だが、ケルビムは一つの問題を指摘する。


「主人公です。王国軍とヤンデレ軍団は制圧しましたが、本人はまだ我々の管理下にありません。ルシファーを討伐し、ミカエルとも戦った存在です。単純な戦力比較で判断するのは危険でしょう」


「ならば、本人を確保する」


セラフィムの命令で、天界軍は主人公の屋敷へ向かった。


## 終幕――地上に降りた光


【王都・夜】


王都は天界軍の管理下に置かれ、ヤンデレたちは王城地下に拘束されていた。


そのころ、郊外の屋敷で主人公は窓の外を眺めていた。


「……今日は妙に静かだな」


いつもなら誰かが騒いでいる。魔導の実験、科学の装置、薬学の検査、格闘特化の修行。エンジェルがバインダーを抱えて記録する、そんな日常が消えていた。


窓の外が白く輝く。ドミニオンズ、ケルビム、スローンズ、セラフィムを中心に、無数の天使が屋敷を包囲した。


「地上の英雄よ。我らはあなたを狂愛から解放するために来た」


主人公は深いため息をついた。


「……あいつら、まさか負けたのか?」


## ――最弱天使、主人公の「普通」を守る


【主人公の屋敷】


「彼女たちを排除すれば、あなたは本来の自由を取り戻せます」


セラフィムの言葉に、主人公は眉をひそめた。


「つまり、お前らも俺の生活を勝手に判断して、勝手に乗り込んできたわけだ。帰れ」


「拒否は受け付けません」


そのとき、バインダーを抱えたエンジェルが主人公の前に立った。


「私は、主人公さんの『普通に飯を食って、普通に寝たい』という意思を最優先事項として記録しました!」


ケルビムは命じる。


「あなたの任務は記録と報告です。天界へ戻りなさい」


かつてなら従っていたエンジェルは、バインダーを握りしめた。


「申し訳ありません。今回の命令には従えません。主人公さんの意思に反する命令だからです!」


彼女はバインダーを開き、記録した言葉を力に変えて主人公を守ろうとした。


ページに記された「普通に飯を食って、普通に寝たい」という願いが光を帯びる。エンジェルの周囲に薄い防壁が生まれ、天使軍の光の鎖を一瞬だけ押し返した。最下級天使の力とは思えない抵抗に、天使たちがざわめく。


「主人公さんの意思は、記録するだけのものじゃありません! 守るべきものです!」


だが、セラフィムは手を下ろさなかった。神聖な炎が防壁を包み、ページに宿った力を焼き消していく。


バインダーが手から滑り落ちた。


「主人公さん……ごめんなさい。最後まで、守れませんでした……」


「謝るな! お前は十分やった!」


エンジェルは微笑み、意識を失った。天使たちは彼女を拘束し、バインダーを回収する。


主人公は倒れた彼女を見て、拳を握った。


「……お前ら、俺の仲間に何をした?」


## 追加シーン――人間最強、最後の抵抗


主人公の身体から凄まじい闘気が立ち上った。地面が震え、天使軍の前列が身構える。


「魔王ルシファーを倒した。ミカエルとも戦った。次元に穴を開けたことだってある。俺をただの人間だと思っているなら、見当違いだ!」


主人公の姿が消えた。


一撃で盾が砕け、二撃目で天使の列が崩れた。主人公は槍を身をひねってかわし、敵の腕を取って投げ飛ばす。そのまま蹴りを叩き込み、前衛を突破した。


「前列、下がれ! 盾壁を維持しろ!」


天使たちは慌てて隊列を組み直す。しかし、主人公は魔法に頼らず、肉体と技術だけで盾壁を破壊した。音速を超える踏み込みから拳、肘、蹴り、投げ技を連ね、前列を次々と戦闘不能にしていく。彼の強さは、天使軍が想定した「英雄」という分類を明らかに超えていた。


「正面からの迎撃を避けろ! 複数方向から牽制し、攻撃後の隙を狙え!」


ケルビムの指示で天使軍は距離を取り、左右から槍と光弾を放った。主人公は避けながら突進し、防御陣形を何度も崩す。だが、敵は倒れても次々と補充される。


主人公は包囲を破るたびに、倒れた天使を踏み越えて前進した。法則を改変するヤンデレたちとは違い、彼の武器は極限まで鍛えた肉体と戦闘経験だ。天使軍は正面から受け止めるのを諦め、距離を取った。


「対象は近接戦闘に特化しています。包囲を維持し、遠距離攻撃で消耗させてください」


ケルビムの命令が全軍へ伝わる。槍と光弾が四方から飛び、主人公の進路を狭めた。ここからは、個々の天使を倒す戦いではなく、軍勢の包囲を突破できるかどうかの勝負だった。


ドミニオンズの法則陣が展開し、主人公の能力を制限する。スローンズの圧力が身体を押さえつけ、セラフィムの炎が退路を塞いだ。主人公は無能力場と肉体だけで抗い、天使たちを何度も吹き飛ばすが、包囲は狭まっていく。


主人公の無能力場が広がると、天使たちの術式も一部が乱れた。彼はその一瞬を逃さず、光槍をかわして盾壁を殴り砕く。包囲に穴が開いた――だが、ドミニオンズが秩序陣を重ねて術式を立て直し、ケルビムは主人公の次の進路を読み切った。スローンズの圧力が足を止め、セラフィムの炎が突破口を塞いだ。


一人ずつなら倒せる。突破口も何度も作った。それでも、四人の上位天使と軍勢が役割を分担する限り、主人公の前には次の壁が現れ続けた。


主人公は倒れた天使の槍を蹴り飛ばし、迫る光弾を避けながら、包囲の薄い場所へ突進する。拳が盾を砕き、肘が鎧をへこませる。数体をまとめて吹き飛ばした先に、ようやく屋敷へ続く道が見えた。


だが、ケルビムが即座に部隊を移動させる。ドミニオンズの法則陣が地面を覆い、主人公の踏み込みを鈍らせた。そこへスローンズの圧力が重なり、セラフィムの炎が前方を塞ぐ。


主人公は炎を避けて横へ跳び、地面へ拳を叩き込んだ。衝撃で石畳が割れ、天使たちの足元が揺れる。その隙にもう一度突進するが、光の鎖が足に絡みついた。主人公は力任せに引きちぎり、なおも前へ出る。


「まだだ……! 俺は、こんなところで……!」


しかし、天使軍は後退しながら陣形を保ち、遠距離攻撃を重ねた。主人公の身体に傷が増え、呼吸が乱れる。戦闘不能になった天使を踏み越えるたび、次の部隊が進路を塞ぐ。突破する力はあっても、突破した先に終わりがなかった。


「対象の戦闘能力、低下。拘束を維持してください」


ケルビムが告げ、光の鎖が主人公の全身に巻きついた。主人公は最後まで抵抗したが、スローンズの圧力に押さえ込まれ、ついに動きを止めた。


「……俺は……普通に飯を食って……普通に寝たいだけなんだよ……」


ドミニオンズは答えた。


「対象の意思は、今後の管理計画において検討する」


「……俺の人生を……勝手に検討するな……」


それが最後の抵抗だった。主人公は意識を失った。


天界軍は勝利した。王国は陥落し、ヤンデレ軍団は制圧され、エンジェルも拘束された。


ケルビムは記録を閉じる。


「地上の主要な抵抗勢力は、すべて制圧されました」


セラフィムが頷いた。


「次の段階へ進みましょう。英雄を狂愛から解放し、神の秩序を取り戻すのです」


主人公の拳だけが、意識を失う直前まで、わずかに震えていた。

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