番外編13「脱獄ごっこ」最終日
5日目「勝利と、契約の罠」
五日目の朝。
主人公は、女性陣に囲まれた部屋で目を覚ました。
「…………」
周囲を見渡す。
森羅万象。魔導。科学。薬学。監視。潜入。慈愛。嫉妬。
そして、エンジェル。
「……なんで俺が囲まれてるんだよ」
「おはようございます、主人公様♡」
魔導が扇子を開いた。
「昨日は看守側の勝利でしたわ。主人公様を無事に捕まえられましたもの♡」
「いや、俺は看守だったんだぞ!」
「昨日のルールでは、主人公様は脱獄役でしたわ」
「勝手に変えただろ!!」
「変わったからです♡」
「その理屈、便利すぎるだろ!」
主人公は頭を抱えた。
なんとかこの包囲を突破し、看守側に戻らなければならない。
そこで、主人公は魔導に向き直った。
「……魔導。取引をしよう」
魔導の目が輝いた。
「あら♡ 主人公様から契約のお話ですか?」
「俺がこの包囲を突破できたら、俺を解放しろ。看守側に戻して、五日間の勝負を正式に終わらせるんだ」
「なるほど……。では、こちらからも条件を提示いたしますわ」
魔導は一枚の契約書を取り出した。
「こちらにサインをしていただければ、看守として再スタートが切れます。五日間の成果も、きちんと認めますわ。チャオ♡」
「本当だな?」
「ええ。契約ですもの♡」
主人公は契約書を確認した。
細かい文字が並んでいたが、看守への復帰と五日間の成果の承認は、確かに明記されている。
「……よし。サインする」
主人公は署名した。
魔導は契約書を受け取り、満足そうに微笑んだ。
「契約成立ですわ♡」
その直後、女性陣が一斉に動いた。
「では、看守側の皆さん。配置についてください♡」
森羅万象が空間を整え、科学が施設のシステムを切り替える。潜入が通路を確認し、監視が全員の位置を把握した。
「おい、待て! 俺はまだ包囲を突破してないぞ!」
主人公が叫ぶ。
魔導は、にこやかに答えた。
「契約書にサインをしていただければ、看守として再スタートが切れると申し上げましたわ」
「だからサインしただろ!」
「ええ。ですから、看守として再スタートです♡」
「包囲を突破する条件は!?」
「その条件は、契約書にはございませんわ」
「…………は?」
魔導は扇子を閉じた。
「契約書をよくお読みにならなかった主人公様の責任ですわね。チャオ♡」
「お前、最初からこれが狙いだったな!!」
「もちろんですわ♡」
主人公は頭を抱えた。
だが、契約は成立してしまった。
「……くそっ。なら、話は早い」
主人公は顔を上げた。
「全員、聞け! 俺は看守側に復帰した。だったら、やることは一つだ!」
男性陣が顔を見合わせる。
「五日間の勝負を終わらせる。全員、看守として動け!」
「おう!」
格闘特化が拳を握り、拷問特化は拘束具を手に取った。腰振りスペシャリストも、通路の先を見据える。
主人公は女性陣を見回した。
「お前ら、俺を捕まえたことに満足して油断してるだろ。今度は俺たちが、お前ら全員を捕まえる番だ!」
「あら♡ 主人公様、本気ですの?」
魔導は楽しそうに笑った。
「もちろんだ!」
主人公の号令で、男性陣は一斉に動き出した。
森羅万象が作った空間を突破し、科学のシステム変更に対応しながら、監視の目をかいくぐる。潜入が通路を押さえ、慈愛と嫉妬も逃走を試みる。
だが、主人公は女性陣の能力を熟知していた。
「格闘特化、正面を押さえろ! 拷問特化、拘束具を使え! 腰振りスペシャリスト、逃げ道を塞げ!」
「了解!」
男性陣は互いに連携し、女性陣を一人ずつ追い詰めていく。
女性陣も本気で抵抗した。森羅万象が空間を変え、科学が設備を操作し、魔導が妨害を仕掛ける。
それでも、五日間の脱獄ごっこで培った経験は、男性陣にも蓄積されていた。
主人公の指示のもと、格闘特化が森羅万象を押さえ、拷問特化が拘束具で薬学と科学の動きを封じる。潜入と監視の連携も、腰振りスペシャリストが逃げ道を塞いだことで崩れた。
最後に残った魔導が、扇子を口元に当てる。
「あらあら……。まさか、本当に全員を捕まえるつもりですの?」
「契約で看守に戻ったんだ。だったら、最後まで看守をやり通す!」
主人公は魔導の前に立った。
「これで終わりだ!」
男性陣が一斉に包囲を完成させた。
魔導は満足そうに微笑む。
「お見事ですわ♡」
こうして、女性陣全員が看守側に捕まった。
格闘特化が拳を突き上げる。
「よし! これで俺たちの勝ちだ!」
拷問特化は、修復された拘束具を確認して頷いた。
「五日間、よく持ちこたえた」
腰振りスペシャリストも、満足そうに息を吐く。
「最後は、ちゃんと看守側に戻れたな」
主人公は疲れ切った顔で、それでも宣言した。
「……五日間の脱獄阻止、達成だ」
女性陣は笑顔で手錠を受け入れた。
「はい♡ 主人公様に捕まえていただきました♡」
森羅万象が優雅に補足する。
「私たちは、最初からご主人様に本気で追いかけていただきたかったのですわ♡」
魔導も満足そうに微笑んだ。
「五日間、本気で追いかけていただき、最後には本気で捕まえていただく。最高の脱獄ごっこでしたわ。チャオ♡」
ルール上、看守側は勝利した。
男性陣の実力と努力も、確かに認められた。
主人公はようやく安堵の息を吐いた。
「……これで、本当に終わりだな?」
「ええ。五日間の勝負は終了ですわ♡」
魔導は契約書を大切そうにしまった。
「ところで、主人公様。契約書には、もう一つ大切な項目がございます」
魔導が、扇子で口元を隠しながら微笑んだ。
「…………何だ?」
「契約書の第百八条をご覧くださいませ♡」
「百八条!? そんなに項目があったのか!?」
「ええ。署名する前に、すべて確認していただくお時間は十分にございましたわ?」
「お前、わざと細かい文字で書いただろ!!」
「まあ♡ 契約書の文字の大きさまで指定されておりませんでしたもの」
魔導は涼しい顔で、契約書の該当箇所を指さした。
「こちらですわ。『主人公様の生活環境を最適化するため、記録係エンジェルの生活管理権限を拡張する』。そして、その具体的な内容が……」
彼女は、わざとらしく一拍置いた。
「エンジェルさんも、今後の夜の生活に加わるという項目ですわ♡」
「はああああ!?」
主人公が契約書をひったくり、該当箇所を探す。
そこには、確かに小さな文字で記載されていた。しかも、別紙の補足条項にまで細かい条件が並んでいる。
「こんな項目、聞いてないぞ!!」
「おや? 契約書に書いてある内容を、わざわざ口頭でも説明する義務はございませんわよね?」
「そういう問題じゃない!!」
魔導は扇子を閉じ、にっこりと笑った。
「ご安心くださいませ。エンジェルさんには、すでに必要な説明を済ませてあります。記録用の様式も、わたくしが特別に用意して差し上げましたわ♡」
「準備がよすぎるだろ!!」
「策略家ですもの♡」
そのとき、エンジェルがバインダーを抱えたまま一歩前に出た。
頬を赤らめ、恥ずかしそうに頭を下げる。
「よ、よろしくお願いします、主人公様♡」
「お前、本当に納得してるのか!?」
「はい♡ 魔導さんから、主人公様の生活をより正確に把握するための重要な職務だと説明を受けました」
「説明の仕方が絶対おかしい!!」
エンジェルは、バインダーを胸元にぎゅっと抱きしめた。
「これまでは、主人公様の日々の行動や、皆さんとの接触状況を記録してまいりました。でも、夜の生活だけ記録対象から外すのは、不公平ではありませんか?」
「何が不公平なんだ!!」
「主人公様のことなら、昼も夜も、すべて正確に把握しておきたいのです♡」
エンジェルの瞳に、熱のこもった光が宿る。
「就寝時刻、睡眠時間、寝返りの回数、寝言の内容……いえ、それだけでは不十分ですね。今後は、主人公様のご希望と皆さんの同意を確認したうえで、必要な記録を作成し、厳重に保管いたします♡」
「記録の範囲を勝手に拡張するな!!」
「ご安心ください。記録用紙はすでに三十種類用意してあります。分類番号も付けました♡」
「三十種類!?」
「はい! 魔導さんが分類体系を考えてくださったんです!」
「魔導おおおおお!!」
主人公の叫びを聞きながら、魔導は優雅に紅茶を口に運んだ。
「わたくしは、エンジェルさんの職務を手伝っただけですわ。彼女が主人公様のすべてを記録したいとおっしゃるので、契約書に必要な権限を追加して差し上げたのですもの」
「お前がそそのかしたんだろ!!」
「人聞きの悪いことを。わたくしは、彼女の希望を法的に実現可能な形へ整えただけですわ♡」
エンジェルが、うっとりと主人公を見つめる。
「魔導さんは、本当に優秀な方ですね……♡ これで、主人公様のことで記録できない項目がなくなります」
「感心するな!! そして、その目で俺を見るな!!」
エンジェルは、すかさずバインダーを開いた。
「記録します。主人公様、契約条項の追加に強い抵抗を示す。声量、通常時比二・四倍。魔導さんへの抗議、継続中……♡」
「今すぐ閉じろ!!」
「ですが、記録の正確性を損なうわけにはまいりませんので♡」
「その正義感を別のところで発揮しろ!!」
魔導は、扇子で口元を隠して笑った。
「ふふっ。これで契約書は、より完璧なものになりましたわね♡」
「どこがだ!!」
「主人公様の生活を、昼も夜も、漏れなく管理できるのですもの」
「管理される側の意見を聞けえええええ!!」
「大丈夫です。主人公様を正しく導くのが、私の役目ですから♡」
主人公は天井を仰いだ。
五日間の脱獄ごっこは、こうして幕を閉じた。
看守側は勝利した。
男性陣の実力も努力も、確かに認められた。
だが、主人公は最後の最後で契約書の罠にはまり、エンジェルまで夜の生活に加わることになった。
そして翌朝、エンジェルのバインダーには、新たな記録項目が追加されていた。
『主人公様の夜間行動記録――本日より開始♡』
主人公の悲鳴が、屋敷中に響き渡った。




